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偉大な学習漫画「のだめ」

2020年6月29日の朝日新聞。「リアル・さくさくら」。

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自粛中の子供がアマゾンプライムで40話ほどのアニメを視聴していました。スピーカから流れる音を聴くと各楽曲が手際の良い解説とともに。そういえば雑誌連載時心待ちにして読み続けたものでした。このアニメを全話通してみれば、いわゆる「クラシック音楽」について、一通りの教養が身につくでしょう。爆笑しながら。大変な「学習漫画」といえます。こんな学習を図らずもさせてしまう----日本人のスゴイところかも。


のだめカンタービレ 18巻目 2007年06月
とうとう18巻。
二ノ宮先生は、相変わらず快調にとばしています。おそらくは感動のラストまで、構想が固まっています。「天才ファミリーカンパニー」のときも、「グリーン」のときも、構成力に驚かされました。マンガは、連載人気や、編集方針でストーリーの全体構成の変更を余儀なくされることがあり、特に長編では尻すぼみや未完も多い世界です。女流マンガ家さんたちはしっかりしている人が多いです。(24年組のおかげですね、きっと。)
しかし、二ノ宮先生は、フィクションとドキュメンタリーの調合がお上手。クラシックを殊更特別視することもなく、しかし確実に「芸術」の一分野として描いています。
18巻の見所は、ひとつは、のだめのサロンコンサート。かなりリアルにヨーロッパのクラシック需要の一側面を捉えています。どうやって、クラシックの演奏家が世に出てくるかのひとつのドキュメントとなっています。千秋のコンクール優勝編とは違った描き方で、多様性があります。(素晴らしい!執事さんとの心の交流は二ノ宮先生のオリジナルなのだろうか?)
もうひとつは、オクレール先生の指導方法です。すでに、功なり名を遂げた中国人ピアニストに、料理のアナリーゼをさせるところ。優れてヨーロッパ的です。「音」と「味」は絶対レゾナンスな関係だと思いますので。二ノ宮先生のクラシック・ブレーンの優秀性が理解できます。そのピアニストが自分の世話に来た母にモーツァルトを聞かせるところなど、泣かせます。(その中国人ピアニストがすでにモーツァルトのパロディになっていて、モーツァルトを理解する上でも素晴らしいエピソードです)すべての登場人物に、かなり国際性があるのですが、愛情を注いでいるのがよくわかります。このエピソードひとつとっても「北京バイオリン」をはるかに凌駕していると思います。アジアの国のクラシックへの取り組みの多様性と、悲喜交々が描かれます。
とはいえ、二ノ宮先生は、クラシックを題材にしながら、実に独自性の高い「マンガ」に仕立ています。
二ノ宮先生のマンガによって「日本のクラシック」はずいぶん救われましたね。日本のクラシック関係者は二ノ宮先生に足を向けて寝られないでしょう。
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サロンコンサートでまず弾かれるバッハのイタリア協奏曲。お客様は速いテンポにちょっと驚きますが、徐々に引き込まれるというもの。わたしがここで思い出すのは、ロベール・カサドシュの演奏です。(そういえばオクレール先生のイメージはちょっとカサドシュっぽいか。二ノ宮先生のモデルからキャラクターを造型する力量はすごいと思います。リアルな部分だけを抽出して、外見イメージは総合しながら二ノ宮カラーに染めていくのが上手いですね)
しかし、前巻のマルレのコンサートのバッハのチェンバロ協奏曲といい、きちっと細かいところまでリサーチして描いています。
古楽がムーブメントとして活発になってから、チェンバロ協奏曲がピアノで弾かれるケースは少なくなっていましたが、また最近、ペライヤやヒューイットなどが録音しています。それと、1052は古楽の世界ではバイオリン協奏曲版の録音が増えたかしら。この曲たしかリヒテルなんかも弾いていたと記憶しています。
チェンバロ版では、先般来日したはずのコンチェルト・コペンハーゲンとモルテンセンの演奏が素晴らしいと思います。お勧めしてくださったTさんに感謝ものです。

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のだめ20巻目あわせ青柳新書 2008年03月
よくドライブしてました。ベルクの協奏曲で3位というのが、二ノ宮ブレーンのよいところ?いや二ノ宮先生のセンスと思いましょう。登場人物の演奏曲目によるキャラ分けも見事にはまっている感じです。クライスレリアーナの登場や、マスターヨーダの課題曲も興味深いです。プロの演奏家として通用する量と質のレパートリの構築をしなければいけないのですから。
青柳先生が、くち尖らかして弾くスタイルから、のだめのモデルのひとりはアルゲリッチと書いてましたが、ショパンの3番ソナタの怒涛の演奏----オクレール先生が最終楽章はやりすぎといいますが、アルゲリッチのはほとんど音が団子化寸前のようなものだった印象がありますので多少は意識しているのかしら。ラベルの協奏曲の名演もありましたし。
いずれにしても、名曲ご案内が多く興味を惹かれますが、マンガが進んでいないという感じです。ストーリーと中にでてくる曲が絡まない、ただ演奏シーンだけが多いので、名曲紹介ガイドブックを見ているようです。それでも特異なキャラクターを「目の前の音楽に向かう」ように徐々にさせて、「天ファミ」の後半の盛り上げを感じさせます。いくらでも続けられるでしょうが、やはりコンセルバトワール編で完結と計画しているはずです----違うかしら。
青柳先生の本で知りましたが「コンセルバトワール」が「コンサバ」だったとは。アーノンクールも確かパリ音楽院を腐していましたが、「コンサバ」の量産を批判する意味だったのかしら。
アルゲリッチはシューマンの2番ソナタも録音してます。演奏は示現流。ブラームスのラプソディも。
幸田延以来の日本の女流演奏家の系譜の中に、須江麻子と野田恵は外せない存在になりました。久野久と三浦環、原千恵子と安川加寿子、中村紘子と青柳いづみこ----。発言し続けることはマイノリティをあらわすのかもしれません。
非DVD化映画のひとつ「コンペティション」でエイミー・アービングがプロコフィエフの3番で、リチャード・ドレイファスの「皇帝」を蹴散らすシーン、わたしはスカっとしましたが、スポーツの世界ではあまりないジェンダー対決の圧倒的決着が、あまり評価されないのかも。実際弾いた女優アービングもすごかった。実物大「キングコング」とか実物大「タイタニック」はチープな印象しか受けませんが、実物大プロコフィエフは見応えが充分でした。

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のだめプロポーズは、「もののけ姫」サンみたい?完結の想像 2008年08月
完結の想像をすると、たとえば----(1) のだめ はコンクールに出場し審査員特別賞みたいなものをもらい、シングルマザーとして九州へ帰りピアノ教室を開きます。そこへ時々訪れる千秋。ふたりは地方都市のコンクールや音楽祭の準備に忙しく----。(2) のだめ は千秋をふり、奥様をなくしたオクレール先生と結婚パリで暮らし、子供も授かります。オクレール先生没後は、セツコ・クロソフスカのようになります。
しかし、西洋音楽というのは、「ナウシカ」に登場した「進んだ文明の甘い秘密の誘い」みたいな要素をやはり持っています。「不滅の名曲」なんてホント「不老不死の秘薬」みたいですし。 のだめ にはナウシカのようにそれを拒絶し、清濁併せ呑む強さを身につけ、限られた生を生きる選択をしてほしい----ような気がします。

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ブラームス:交響曲第1番~のだめカンタービレ 2009年11月
2005キングレコード R☆Sオーケストラ 千秋真一
のだめ企画もの第一弾だったと記憶してます。
不思議なCDでした。間違い探しドボ8収録。たしか実演の指揮者とオケの正体が取り沙汰されましたっけ。(誰か知っていたら教えてください)わたしも初心者には聞きやすいと思いました。それからドボルザークとブラームスの親交を思い出しました。偉人伝なんかではブラームスがジムロックを紹介するのじゃなかったかしら。こういう企画でないと実現しなかった組み合わせなのかも。

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「のだめオーケストラ」LIVE! 2009年11月
2006 のだめオーケストラ
最近うちの子供たちが気に入って聞いています。2小節目で間違えるモーツァルトとか、峰版春とか、気に入っているみたい。きっと「好い」なんでしょうね。
のだめ企画もの第二弾だったような。
演奏はともかく、資料として興味深いCDでした。
ニノ作品は、ページから音が漂ってきそうな勢いがありましたから、よい企画でした。作品中の演奏は一体どんなものだろう?と興味津々でした。実際の編曲や演奏はややインスタントの感が否めませんが、タイムリーさをとりましょう。いまのクラシック隆盛は「のだめ」様様。当時コーダンシャの部長さんが「来年はクラシックがブレークします!!」と叫んでましたもの。演奏側はまだ半信半疑だった時代かもしれません。

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のだめカンタービレ 22巻目  2009年8月
話らしい話がありません。考えようによっては大胆な巻です。ほとんど演奏シーンだし。ただ音楽家として生きる覚悟を自ら決めなくてはならない---というオクレール先生のお話は大団円へまっしぐらという感じです。
BGMにムストネンのショパン協奏曲をかけてみました。1movのピアノの出だしは、ちょっと似た雰囲気が味わえます。初めて聞いたときはブロムシュトテット先生の柔軟さに感心しましたが、ミルヒーもこんな感じかしら。

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のだめカンタービレ 23巻目 2009年11月
「吉田秀和賞」をさしあげたいです。
講談社の担当者は勇気をふるって鎌倉に全巻持っていくべきです。必ず面白がってくれると思います。クラシック音楽の価値を上げるために貢献している真摯な作品であることは、吉田先生くらいの方ならすぐわかると思います。ただ、売れているから必要なかろうと判断されるかも。担当者は日本のマンガ家がそんなに裕福ではないことを教えてあげてください。その上で「吉田秀和・音楽創作賞」くらい作るよう提案してください。クラシックの価値を向上し普及する創作(小説、マンガ、映画、舞台、テレビドラマなど)に与えられる、とかなんとかいってさ!!
おそらくですが、プロットの通りの完結だと思います。ふた昔前なら人気連載を筋立て通り完結なんて考えられなかったと思いますが。
まずはニノせんせの人生の転機にもなった作品に拍手を。番外編だけで2、3巻はいけそうです。
クラシック音楽普及に大貢献!!これまで、これほど貢献した人と作品があっただろうか?マネジメントとパブリシティのダメダメなクラシック界の「超・大恩人」と思います。のだめがオルガン奏者だったら、カザルスホールも閉館しないですんでいたかも。
特別視されていた音楽を、受信側にとって日常に迎え入れ、それをプロの仕事という視点から、発信側にとっては特別なものに再昇華させた「プロのマンガ家」ニノせんせに重ねて拍手を。
これからは、クラシック音楽に興味のある人には、まずこの作品の通読を勧めます。420円×23巻。どうか1回海外演奏家のコンサートを聴きに行く程度の金額の投資を、これから親しもうという人たち自身が自分のために投資してほしいです。
日本編とEU編を結び付けて完結する難しいラスト、ニノせんせのプロの手腕(剛腕辣腕ですな)を堪能しました。父、息子とその嫁の中心にはベートーベンの31番ソナタを配し、モーツァルトのデュオで日本編からのふたりのロマンスを締めくくり。カサドシュは夫婦ピアノ息子指揮とピアノでしたが。確かに21世紀の日本ではカサドシュ・ファミリーのような日本人家族が登場してもおかしくありません。血脈では断絶しているのに、音楽では結び付ける親子という設定が素晴らしい。
ミュンヘンへ向かうヤスとターニャの列車の中のシーンからの2ページぶち抜きの一節(日本のコミックの大団円の王道をいくページです)は、ニノせんせのメッセージと信じて、感激感涙でした。国際結婚がまた増えそう。
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聞き始めたら途中で止めることができなくなる音楽や演奏が、ジャンルに限らず素晴らしいのだと、岡田暁生せんせはいってます。のだめは、まさに途中で止めることができない作品でした。

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