笑うバロック展(281)  我が家の春音楽祭2016 (フォルクレ全集の記録とともに)

フォルクレはクイケンの「ベルサイユの音楽」盤で最も衝撃を受けた曲でした。
クイケンとサバールが2組曲ずつ録音し、なかなか全5組曲を聴く機会がありませんでした。
フォルクレはマレと違ってビオラやチェロの編曲が、おそらくなく、当然ピアノもなかろう、クラブサン曲として取り上げられることを除くと、ほぼガンバの復興に伴うオリジナルな印象を強く持ちました。わたしにとってガンバの曲は、マレでなくフォルクレが代表でした。
全曲録音もクラブサンが先行しています。ガンバはパンドルフォ、ドゥフツシュミットに続いて、サカイさんは3人目の快挙かしら。師匠のコワンも録音してない。ルセはクラブサンで全曲あり、という布陣。
楷書が過ぎるというような感想がありましたが、わたしはじっくり聴けました。そもそも「天使と悪魔」という区別もあまり気にしたことはありません。どちらかというと、バイオリンのコレルリに対応するのがガンバだとフォルクレあたりじゃないかしら、と。ピエス=小曲として分割されたり抜粋されたりするより、構成されたひとまとまりの組曲として、整然と聴けました。「構成」感はマレよりはるかに感じます。サカイさんは確かに装飾が少なめかと思いますし、ビルトーゾを誇示するテンポ設定もなし。先行2盤は2枚組に対して、3枚の長尺だし。第5組曲だけで47分。ガンバでなければ出せない音をしっかり出していると。
礒山300選でタルティーニの「悪魔のトリル」はモダン楽器演奏が多いのでバロックを超えている、と書かれていました。フォルクレは「悪魔」呼ばわりされるけれど、かなり純粋なバロック音楽に感じます。名曲選に選ばれることはなく、ややもすると際物扱いです。
サカイさんの録音は、5つの組曲全体に構成感が行き届いて、きちっとしたフランス・バロックの独自性を示していました。サカイさんをきちっとしたフランス・バロックを演奏するガンバ奏者とした場合、もっともフランス勢の強いフランス・バロックの演奏なのではないかしら。パンドルフォは外連過多だし、ドゥフツシュミットは名妓性と歌心に欠けるきらいがあります。端正で品がある「悪魔」、フランスにはいそうじゃありませんか。
フォルクレについては、ずいぶんとこだわっていて、過去を見返しても似たような記録をたくさん記していました。まあ、よほど気に入っている作品なのでしょう。

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サカイさんの動画あり。余分な通奏低音楽器を排してサント・コロンブのようなデュオで。いや「楽譜のまま」といった方がよいかしら。通奏低音群の選択とリアライズは本当にセンスが問われます。わたしが借用した「再発見と書きかえ」は、サント・コロンブの作品に低音を追加した試みのものでした。ずいぶんと長く聴いてきたものです、感慨深い。こうした自由さや多様性がバロックの醍醐味でしょう。

2016年現在マレ全集も未完な様子ながら、かなりの曲数が聴けるはず。クープランのビオール組曲になると2組曲1枚のせいか、10人くらいの奏者が録音しています。(2組曲は1958年にデズモンド・デュプレがサーストン・ダートとオワゾリールに。ヴェンツィンガーは1組曲のみ)
参考にもう一度フォルクレを検索してみました。
「forqueray pieces de clavecin」
どうも、全曲2枚組は下記の演奏でほとんどみたい。(ランヌ以外は部分的にしか聴いたことがありません)当然メジャーに録音はなく。
レオンハルトが録音するまで、実際ほとんど手がついていません。
はじめからガンバ原曲が特定されていた様子。ピッチの取り方は違いがあるかもしれませんが、モダン楽器での演奏はおそらく皆無でしょう。ヴァイスならギター版があり得るけれど、おそらくフォルクレで同様のことをするのはかなり異例で勇気がいることでしょう。バッハのゴルトベルクの極北----とでも。

1982 ヤニック・ル・ガイヤール
1994 ジャック・オッホ
1996 リュック・ボーセジュール
2002 クリストフ・ルセ
2002 ミッツィ・メイヤーソン
2004 ニシヤマ・マリエ
2008 ブランディヌ・ランヌ
2010 ケテル・ハグザンド
2011 ミシェル・ボルグステーデ

2016年の春に以下スクラップのような解説でクラヴサン奏者中田聖子とガンバ奏者品川聖のコラボレーションによる、全曲演奏会が開かれた模様です。後から知り大変残念です。日本国内の古楽の活動もかなり多岐にわたってきているようです。もはやそれを追いかける余裕はありません。
「天使と悪魔」でなく、「ブルゴーニュとシャンパーニュ」に例えるのは悪くありません。
サカイさんでも、品川某さんでも、どうかグラウンの協奏曲全集お願いします。さながらグラウンの近くにいたヘッセは貴腐ワイン?でしょうか。

「フォルクレの肖像、二つの楽譜」中田聖子

 フランスのバロック音楽をお好きな方がフォルクレの名からまず頭に浮かべられるのは、アントワーヌ・フォルクレ Antoine Forqueray( 父 ʻle pèreʼ)でしょうか、 それともジャン=バティスト=アントワーヌ・フォルクレJean-Baptiste-Antoine Forqueray (息子 ʻle filsʼ)でしょうか?……あら、貴方はアントワーヌの甥のミシェル? そちらの貴方はその甥のニコラ? …… といった方も居られるかもしれませんが、音楽家一族のこの名から父子のどちらをまず思われるのかは、ヴィオルとクラヴサンのどちらをお好きなのかによって二分されるのではないかと思います。
 国王のシャンブル付き楽団の常任奏者であった父アントワーヌは、ルイ14世が愛好したヴィオルの名手でした。彼とクラヴサンを弾くアンリエット=アンジェリックとの間に生まれた息子ジャン=バティストもまた並外れた才能の持ち主で、その才能に嫉妬した父によって20歳の頃には牢獄に閉じ込められ、フランスから追放される危機に陥った話はよく知られています。

(とかくマレとフォルクレは全く違うタイプの対照的ビルトーゾと評価される。マレの音はエクセレントなボーヌワインのような自然な調和があり、時として振り子時計のように響く。フォルクレのサウンドはイタリアの歌とフランスのハーモニーの共鳴と和解によって、弾け香り立つシャンパンのよう)

 残酷な少年時代を過ごしたにも関わらず、息子ジャン=バティストは1747年に出版権を得て父アントワーヌの作とする29曲のヴィオル作品に基づく5つの組曲を出版しました。即ち、アントワーヌ・フォルクレ「通奏低音付きヴィオル曲集 Pièces de viole avec la basse continue」です。この曲集の序文より、第3組曲に3つのジャン=バティストの作品「アングラーヴ LaAngrave」「ヴォセル La du Vaucel」「モランジあるいはプリゼー La Morangis au LaPlissay」を加えたことが分かっています。又、バス旋律及び通奏低音の数字付け、そしてヴィオルの指使いもジャン=バティストの手によることが明記されています。ヴィオルの音色を巧みに使い分ける手法、低音弦のハイ・ポジションの使用、あまりそれまで例が無かった配置を持つ和音など、実験的と言える試みが見られ、ヴィオルの可能性を開拓した作品だと言えるでしょう。

(1747年6月のメルキュール・ド・フランスに出版広告が掲載。1728年にマレは没しておりビオールの威光は陰り始めていた。スコアの製版は有名なバイオリニストのルクレールの夫人ルイーズが制作した) (サカイ盤は計32ピースを31トラックで構成。第4組曲の「パッシーの鐘」と「ラトゥール」が1トラックで演奏されている) (サカイ盤レーベルのネット上に第1組曲の「コタン」「ベルモン」「ポルトゲーズ」がサカイ、マルティノーのビオール・デュエット版で観られる)

 そして、ジャン=バティストは、この父の曲集のクラヴサン用編曲も出版しました。クラヴサン独奏への編曲は決して珍しいものではありませんが、音域工夫のための移調が行われることもまた珍しいことではなかったにも関わらず、この作品集ではヴィオルの低音域の使用を保持したまま編曲が行われています。クラヴサン独奏版曲集の序文を見ると、ヴィオルの低音弦の響きによるキャラクターを維持するために音域の変更を行わなかったことが記されています。しかしながら、より作品のキャラクターを表現するためのクラヴサンらしい技巧的な工夫を曲集のあらゆる部分で見ることが出来ます。
 フォルクレ父子の「ヴィオル曲集」は、このようにして「ヴィオルと通奏低音用の楽譜」と「クラヴサン独奏の楽譜」の二種類の楽譜として残されています。フォルクレと聞いて父アントワーヌを思われた方は前者を、息子ジャン=バティストを思われた方は後者をよく聴かれているのではないかしらと思いますが、本日はこの二つの楽譜をそれぞれのピースに割り当てて演奏致します。又、私たちの演奏表現において両版を同時に用いることが出来ると思えたものは、リピート時に版を入れ替えて演奏するということも行います。二つの楽譜によるフォルクレの5つの組曲をお楽みいただけますと幸いです。

(ピースによって適宜ビオール版、クラブサン版を選択構成はセンぺ、ジェイ盤や、マレク、ウルバネス盤などに事例)

 最後に判っている範囲で恐縮ですが、各ピースに付けられたタイトルについてプログラム順に説明を記載いたします。フォルクレ父子のヴィオル曲集には、タイトルに人物名が付されたものが多くありますが、人物のキャラクターを音楽で描く肖像画のような「ポルトレ」と呼ばれる音楽がこの時代のフランスでは多く書かれていました。フォルクレのヴィオル曲集の殆どがポルトレで構成されています。

その解説を先般のサカイさんのCDの解説に置き換えてみます。

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CD1
第4組曲 Quatrieme Suite
1.マレッラ La Marella : 1745年の皇太子妃の結婚式で演奏したヴァイオリニストのポルトレと思われる。
2.クレマン La Clément : クラヴサン教師であり作曲家のシャルル=フランソワ・クレマン(1720-1781以後)のポルトレと思われる。
3.ドーボンヌ Sarabande. La Dʼabonne : 不明。
4.ブルノンヴィユ La Bournonville : ラボルドに仕えていたクラヴサン奏者アントワーヌ・ブルノンヴィユ(1675-1753)のポルトレ。
5.サンシー La Sainscy : 不明。
6.パッシーの鐘 La Carillon de Passy : パリ近郊のパッシーを描いている。18世紀のパッシーはファッショナブルな場所で、アレクサンドル・ド・リッシュ・ド・ラ・ポプリニエール(1693-1762)の主催でコンサートが開催されていた。
ー6.ラ・トゥールLa Latour : パステル画家モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール(1704-1788)のポルトレ。

第2組曲 Deuxieme Suite
7.ブーロン La Bouron : 恐らく音楽家ジャン=ジョゼフ・カッサネア・モンドンヴィユ(1711-1772)の公証人ボロンのポルトレ。
8.マンドリン La Mandolin : 楽器のマンドリンを描いている。
9.デュブリュイル La Dubreüil : 恐らく「和声の手引き Manuel harmonique」(1767)と「リリック辞典Dictionnaire lyrique」(1764)の著者であるクラヴサン教師ジャン・デュブリュイル(1710?-1775)のポルトレ。
10.ルクレール La Leclair : ヴィルトゥオーゾのヴァイオリニスト、ジャン=マリー・ルクレール(1697-1764)のポルトレ。
11.ビュイソン La Buisson : ジャン=バティスト=アントワーヌ・フォルクレの妹シャルロットの夫で、議員・検察官であったピエール・ビュイソンのポルトレ。舞曲シャコンヌとして書かれている。

CD2
第3組曲 Troisieme Suite
1.フェラン La Ferrand : クープランの弟子のジョゼフ・イアサンテ・フェラン(1709-1791)のポルトレ。
2.摂政 La Régente : オルレアン公フィリップ(1674-1723)のポルトレ。
3.トロンシャン La Tronchin : 恐らく当時最も有名であった医者テオドール・トロンシャン(1709-1781)のポルトレ。ヴォルテールやディドロと交友があった人物である。
4.アングラーヴ La Angrave : 不明。ジャン=バティストの手によって加えられたピース。
5.デュ・ヴォセル La du Vaucel : 恐らく天文学者のシャルル・ヴォセルの父のポルトレ。ジャン=バティストの手によって加えられたピース。
6.エノー La Eynaud : シャルル=ジャン・フランソワ・エノー(1685-1770)のポルトレ。
7.モランジまたはプリセー La Morangis ou La Plissay : 不明。ジャン=バティストの手によって加えられたピース。

第1組曲 Premiere Suite
8.ラボルド La La Borde : 音楽家ジャン=バンジャマン・ド・ラボルド(1734-1794)の兄で徴税請負人のジャン・ジョゼフ・ド・ラボルド(1724-1794)のポルトレ。
9.フォルクレ La Forqueray : アントワーヌ・フォルクレのポルトレ。
10.コタン La Cottin : 恐らくサン・エティエンウ・デュ・モンの司祭コタンのポルトレだと思われる。
11.ベルモン La Bellmont : フォルクレと演奏していたと伝えられるヴィオル奏者のポルトレ。
12.ポルトゥゲーズ La Portugaise : ポルトガルの女性を描いている。
13.クープラン La Couperin : 同じ宮廷で共に活躍していたフランソワ・クープラン(1688-1733) へのオマージュ。クープランのクラヴサン曲集第3巻の第27オルドルには、フォルクレの名を持つピースが含まれる。

CD3
第5組曲 Cinquieme Suite
1.ラモー La Rameau : 作曲家ジャン=フィリップ・ラモー(1683-1764)のポルトレ。
2.ギニョン La Guignon : ヴァイオリニストのジャン=ピエール・ギニョン(1702-1774)のポルトレ。
3.レオン La Leon : 恐らく、1743年に亡くなったマリー=エリザベス・デュ・ベックへのオマージュ。
4.ボワゾン La Boisson : ジャン=バティストの最初の妻との結婚立会人であったマーク=アントワーヌ・ボワゾンのポルトレ。
5.モンティニ La Montigni : プロイセンの科学者エティエンヌ・ミニョット・ド・モンティニ(1714-1782)のポルトレ。
6.シルヴァ La Sylva : 恐らく王妃の主治医ジャン=バティスト・シルヴァのポルトレ。
7.ユピテル Jupiter : 詩と気象を司るローマ神話の主神ユピテルを描く。曲中に雷鳴を描写する部分がある。



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