笑うバロック展(238) CD聴き取りノート2010/情熱的に聴いたころ

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2010年06月
Hume,Passion & Division
Heinrich
ガット弦の音が素晴らしいと。
バス・ヴィオルとテナー・ヴィオルとクレジット。
プロフェッサー・ローレンス・ドレフュスとドクター・ルーシー・ロビンソンに謝辞が。
先日聞いたガラッシのCDにも「ミクロコスム」の言葉が。人間のこと、生態系のこと----いずれにせよ、ガンバは瞑想的です。
考えてみれば、弓奏するリュートと考えられなくもありませんし。本来無伴奏といわずとも、「ソロ」が想像できます。
チェロはやはりそういうわけにはいかず、「無伴奏」が例外的に聴こえます。

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2010年05月
Bach: Viola da Gamba Sonatas
ずっと昔に買って何回も聴いたはずなのに、改めて聴くとなぜか以前より「よく聴こえる」のです。テンポも中庸の徳、楽器間のバランスもよい、何も特別なことはしていない?という感じ。「夏は涼しく、冬は暖かく」できるようでなかなかできない当たり前のおもてなしみたいな。ドレフュス先生はアメリカの人で「ちゃんと」研究もしている人らしいです。相方チェンバロ奏者の伝手でSIMAXかららしい。買った当時はバッハのCDはこれくらいしかなかった、というころの名盤。以前聴いたニ長調の実演にも感動しました。

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2010年05月
Johann Gottlieb Graun: Concertos for Strings
18世紀ど真ん中のグラウン。ドレスデンやベルリンの宮廷で活躍。最近作品番号が整理され、GraunWVがつきました(GWVはグラウプナーのものらしい)。タルティーニの影響があるらしい。
閃きのある職人の仕事集です。協奏曲書きとしては、クヴァンツやCPEバッハよりはるかに上手と思います。音楽一家の中ですくすく育ったらしい、だから19世紀的面白エピソードは皆無です。中央アジアの民族部族の相違を表わす装飾具などは無名のしかし「族」の歴史が面々と刻まれた記憶を表わします。どれも個人は埋没していますが、ある「族」を明確に表わします。グラウンの協奏曲はその「族」性が強烈だと思います。最高のドイツハムのようなとでも。無名な各個人個人の努力によって封印された「族」の伝統を、最近はしっかり芸術の中に読解しようとする研究も進んでいるので----弟のオラトリオがロングランなのも頷けるような。

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2010年05月
ヒンデミットのオルフェオ

1954年のライブ録音。いろいろとご託宣が書かれていますが、シンプルによくまとまった演奏と思いました。CDには、最初の出版譜のPDFデータもおまけでついています。この立派なスコアがあったので、現存する最古のオペラとしての地位があり、復活蘇演がもっともしやすい作品であった----確かに。ヒンデミットの作曲は先入観なく聴くと、わたしにはシンプルで美しい曲に聴こえます。ビオラやビオラダモーレのための曲やハープ・ソナタなど。
フランツ・イエリネクというハープ奏者がクレジットされていてなかなかの活躍です。リュートは、カール・シャイト!!ですし。
アーノンクールは参加してた、という感じかしら。アーノンクールに関しては、その後のバッハのカンタータ全集でテルツを採用したことがエポックのような気がします。癖のある録音より、DVDを見るほうが好きですが。でも初期のころからスゼやバーベリアンなんかとも録音をしていたと記憶してます。
バロックの声楽作品の復興については、やはり時期は大分遅れますがレオンハルトの「町人貴族」の登場などは忘れがたく今も大切な1枚。ロジャースの「オルフェオ」も。
ビバルディは「四季」のせいで声楽が置き去りにされた感があります。最近のオペラの蘇演もすごいと思うのですが、きっかけはボウマンあたりの「スターバト・マーテル」あたりが印象深いです。カウンターテナーがイギリスの合唱団の伝統から抜け出し、オペラのビルトーゾの可能性を示した、ように聴きました。その点に関しては、ヤコブスのチェスティやカバリの録音より印象が深いのです。

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2010年04月
バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻
アファナシエフ

アーナンダはいいけれど、アファナシェフの顔は余計でしょう。このジャケから中身が誤解されそうです。リヒテル、グールド、グルダあたりを聴いて、消去法で後世に残る演奏を録音しようと思ったら、選択肢はふたつかしら?アファナシェフ(1995)ムストネン(1997)。改めて聴くと器で受け止めないと、どんどん土に沁みていく雨のような演奏ですね。人が必要な分は器で受け、あとは土を潤すのでよい、という感じ。クラシック音楽聴取のひとつの極端な例かも。今回なんとなくアーナンダジャケが納得できたような、できないようなムムムです。

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2010年03月
ロッソ-イタリア・バロック・アリア集
プティボン

好みなので何も言うことはございません。いつものプチボンさまでした。派手で劇場的なのに、とてもオーセンティックに聴こえます。「説得力のある」とはこうしたもの!!と傾聴拝聴の限り。お釈迦様の手の上で説法を聴くようなものかしら。もとい、立派な音楽家の適切な音楽に接した、と申し上げておきましょう。加えて愛すべき個性的音楽家と。

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2010年03月
Bach, Sonatas & Partitas for Solo Violin
Ibragimova

評価がわかれる演奏かしら。アファナシェフの平均律とかが好きな人にはいいかも(「わたしにも弾けそうな演奏方法」と浜田先生が当時評していました)。ロシアの人たちのバッハは面白いと思う。クレメル、ムロバ、ベンゲロフ(確かテレビではバロック弓でシャコンヌを弾いていました)、このイブラギモバ。かと思えばマイスキーみたいなバッハを弾く人もいて。イブラ女史は、汗まみれのマイスキーとは対極といえそうな氷の女王です。ザオセを聞いた後なので、確かキリマンジャロ山の凍ったライオンだったかしら伝説を思い出しつつ。昔伊藤みどりというフィギアの選手が当時あった「規定」という演技なしで円を描くだけとかの得点が苦手でした----その後「規定」はなくなりましたが、シャコンヌの長調のコラールみたいな部分はとても美しく響いていました。熱っぽくない始まり方と終わり方なのですが。ハ長調のソナタなんかは繊細な建築物みたいでよかったです。

古楽の人の録音より、音量のダイナミックが幅が大きいかも。わたしには◎です。弦のだいご味かしら。
----ふと、薬師丸ひろ子の歌のようだ、と。余計好みが分かれそうな例えになってしまったかしら。

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2010年03月
J.S. Bach, Art of the Fugue (Die Kunst Der Fuge) (Ws) [DVD]
Akademie Fur Alte Musik Berlin

もともとがある意味「架空」の音楽なので、これもOKでしょうか。あり得ない編成、です、たしかに。スパラの無伴奏チェロよりはいいかも。バッハはトロンボーンというかザックバットというかは、あまり使っていないのではないかしら。シュッツも使っていますから可能性の否定はできませんが。ファゴットも通奏低音の一部で採用されるのは、バッハの指示というわけではないでしょう。ベルリン古楽アカデミーは相変わらず上手でした。顎当てや当てる位置や、ひところ取り沙汰されたことはもう昔日の彼方です。楽器、構え方、奏法が少々違っても、チームワークが崩れることはありません。派閥みたいなものが超克されて、個々の奏者のレベルがアップしてしまった、ということかしら。うれしいようなさびしいような。ビオラの女性奏者のひとりだけが他の奏者と反対の縁位置を顎当てしていて珍しかったです。

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2010年02月
Marais, Gallot, Force et La Douceur
Ghielmi, Pianca

ギエルミとビアンカの最新盤と思います。タイトルが「強力と甘美」とでも。レイノルズの「蛇を絞め殺す幼いヘラクレス」がジャケットに。ベビーフェイスと思われがちなマレのインサイドワークのテクに焦点を絞った選曲?かしら。それにしてもいつもながら、マレの曲集の広い範囲から、微にいり細にいった曲選びの妙味は、日本の詞華集のようです。かなりマレの曲を聴いて語法を知っていることの下地がないと、ずいぶん地味な盤です。マレの曲集らしくないと思う人もいるでしょう。あれもマレこれもマレたぶんマレ、という感じ。子気味よく、気の利いたビアンカのサポートもいつもながらトレビアン。ビッグネームでも全曲集なんて出せないマレで我が道を行く無敵のデュオです。パール&サンタナ組と最強タッグ決定戦してほしいです。



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ブログに観たもの聴いたもの食べたものを綴っていました。そうしているうちに、自分が「バロック音楽」に関心が高いことがわかってきました。本当に美しい音楽もたくさんあります。音楽は聴いて判断するものですが、時に思わず笑ってしまうことも。ちなみに、ヘッダーはオブローモフ氏。
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