都バスに乗って文化会館小ホールに新人のオーボエを聴きに(2020年1月)

これ以降、ライブ演奏は聴いていません。もともと機会があれば聴く程度の行動力でしたので、それほど困りません。

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「ここに泉あり」出身のきれいなお嬢様デュオ。伴奏ピアノはお父様がドイツ人。
余計事ながら、アメリカのローゼンというチェリストが件の俳句の夏井某の義理の弟と聞いて、なぜチェリストは日本人妻を好むのかしら?山中湖に住んでいるらしい。
「新進演奏家育成プロジェクト リサイタル・シリーズTOKYO90」なるシリーズ。もちろん何の期待も予備知識もなく、当日券2500円で飛び込みました。18時30分に職場をでて、座るやいなや拍手という具合。
オーボエが大層重そうで、聴いている方が肩こりします。ブレスが馴染むまで、聴いている方が息苦しくなります。日本人は唾液が多いのか、聴いている方が喉が渇いて唾を飲み込みます。申し訳ないけれど、何で体格にソグワナイ楽器を選ぶのでしょう。
前半は特にオーボエの音として語る「語彙」が貧困に聴こえ、楷書だが単調で退屈します。
ただシューマンは、始まったらピアノのせいかシューマンだな、わかりました。
ボザはCDで聴いていたのでわかりました。
デュティユーは、都会的におしゃれにしたストラビンスキーみたいな聴こえました。
休憩のときプログラムを見て確認。ヘンデルは規模の大きなソナタではありませんでした。
休憩後、ジブリみたいなヘッドは美しいが退屈。ブリテンあたりからノッテきた感じ。グーセンスが一番印象好く。
映画音楽みたいにも聴こえましたが、ボーン・ウィリアムスっぽくも。
後で検索したら、アルブレヒト・マイヤーが「楽園へのあこがれ」というCDでR・シュトラウスとセットで録音していました。オケ伴奏より、今夜のピアノ版、最後のカデンツァの伴奏の低音連打がよく響いて、雰囲気をだしていました。拾い物と思ったけれど、知らぬはわたしばかり、みたい。
終わってみれば、古典派はないけれど、オーボエの歴史を一夜で展観しました。おなか(お耳)いっぱいです。
昔は何か期待にダンボ耳で出かけ座るや眠くなったものですが、この10年ほど無計画当日券プログラム見ず聴くせいか眠くなくなりました。

画像1

ヘンデル:ソナタ ト短調 HWV364a
シューマン:5つの民謡風小品より op.102
ボザ:田園幻想曲 op.37
デュティユー:オーボエとピアノのためのソナタ
マイケル・ヘッド:オーボエとピアノのための3つの小品
ブリテン:オヴィディウスによる6つの変容 op.49
ユージン・グーセンス:オーボエ協奏曲 op.45
アンコール曲・ラヴェル : ソナチネ第2楽章

楽器はどこのだろうか。キーがキラキラたくさんついた楽器。オーボエのメーカーなんて考えた事もなかった。
終わって、上野駅のマンゴツリーカフェで1500円の上野プレート。ミニ・汁ビーフン、ミニ・グリンカレー、ミニ・ガパオのてんこ盛り。駅前から都バスで戻りました。

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