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「C・ラルーの不思議な歌声」人類最古の三大楽器、人類最古の音楽形式

高音質で知られたアメリカのレーベル。1988年、ニューヨーク州のトロイでクレイグ・ドリーとブライアン・レヴィンによって設立された。2人の姓名、 [Dor]y Br[ian] を併せたネーミング。オルガニストのジャン・ギユーや、エドゥアルド・マータ指揮ダラス響といった実力派演奏陣を起用し、創業地「トロイ貯蓄銀行音楽ホール」音響の良さで知られるホールなどで録音。高音質優良演奏アイテムによって一世を風靡したが、2005年に倒産してしまった。

バロックに限らず古楽系の録音も多々。ボルティモア贔屓で追っかけましたが、ボルティモアのロン・マクファレンがバロック分野でベアードと共演したり、ラバディが活躍したり。今も手放せないCDがたくさん。

その中にボルティモアのラル―がいます。レコードえんま帳が詳しく解説、ありがたいこと。

長岡鉄男レコードえんま帳114「C・ラルーの不思議な歌声」

ドリアンの新譜で「ララバイ・ジャー二-」というのを聴いて気に入った。カスター・ラルーというソプラノの声が独得である。他にもないかと探したら「トゥルー・ラヴアーズ・フェアウェル」というのが手に入った。ラルーのドリアンでのデビュー作「デモン・ラヴァー」は1983年に出ているのだが、古すぎて入手できなかった。ラルーはヴァージニア州アレゲ二-高原に生まれて育った。
アレゲ二ー高原はアパラチア山脈の一部であり、地下資源は豊富だが、いわゆる山村僻地であり、コープランドの《アパラチアの春》にも見られるようなのどかな土地柄だ。ニューヨークやシカゴとは正反対。ここでは古い民謡が伝承されており、誰でもが呼吸するのと同じように歌った。この土地柄がラルーの音楽の基礎を作った。ラルーの最初の歌の教師は母親だった。民謡であり、子守歌であったと思う。正規の音楽教育は、メリー・ボールドウイン・カレッジと、ボルティモアのピーボディ音楽学校で受けた。彼女の関心は古楽、古謡、その発声法にあり、卒業後、1983年から古楽アンサンブル、ボルティモア・コンソートに所属して国際的に活躍するようになる。年齢不詳だが、1960年頃の生まれではないか。CDに録音しているのは古いフォーク、バラッドが中心だが、中世、バロックの、いわゆる古楽もレパートリーのはずである。古楽の歌い手はたくさんいるが、ラルーはひと味違ったものを持っている。都会育ちと田舎育ちの違いかもしれない。彼女の経歴についてはドリアンの資料はゼロに近いのてよくわからない。

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○トゥルー・ラヴァーズ・フェアウェル~アパラチアのフォーク・バラッド1994年、ニューヨーク、トロイ貯蓄銀行ミュージック・ホールで録音。歌はカスター・ラルー伴奏はボルティモア・コンソートのメンバーで、メリー・アン・バラード(ソプラノ・ヴイオル、バス・ヴィオル)、マーク・キュデック(シターン、バス・ウィオル)、ロン・マクファーレン(リュート)の三人。シターンはリュート属の楽器である。16曲、56分3秒。内11曲は1932年に出版された『南アパラチアの英語のフォークソング』という本に入っている。セシル・J・シャープという人が1916~18年に採集した曲を、モード・力-ペルスという人がまとめたもの。他に1932~39年採集の曲が5曲。採集地はケンタッキー、テネシー、ヴァージニア、ノース・力ロライナ、オハイオの各地に及んでいる。いずれも作詩者、作曲者不明。採集したのは20世紀に入ってからだが、曲が成立したのはもっとずっと前だ。アメリカ原住民の音楽というとインディアンの音楽になってしまうが、ここに集められている作品はイギリス、スコットランド、アイルランドの匂いがある。トゥルバトウールの流れも汲んでいるようた。
 (1)は〈タ-トルダブ〉戦死した恋人へ呼びかける娘の歌。無伴奏でいきなり歌い始めるが、独特の発声。わりとオンマイクの録音だがエコーが絶品。もやもやしたエコーや、フラッタ一気味のエコーではなく、まさにこだまの感じで、濁りのないきれいな声としてはね返ってくる。詩も曲もそれほど芸術的なものではないが、悲しみに忘れた詩を淡々と歌っていく、わかりやすくしんみりとした歌だ。このディスクの第一曲としてふさわしい。詩のラストは「私の墓を広く深く掘って、頭と足の所に大理石を置き、中央に一羽のタ-トルダブを置いて下さい。私が愛のために死んだ場所を世界に見せるために」∃-ロッパではタートルダブはキジバトのことだが、アメリカの方言ではモーニングダブ(ナゲキバト) のことだとある。キジバトはわが家の庭にも棲みついて
いるがどうしようもない烏だ。ナゲキバトは悲しげな声で鳴くハトだそうだからこの詩にぴったりだ
ろう。
 (2)は 〈フェア・マーガレットとスウィート・ウィリアム〉やはり悲恋物のバラッドで、ラストは「マーガレットは古い教会の庭に埋められ、ウィリアムはその隣に埋められた。マーガレットからは真っ赤なバラが、ウィリアムからはプライアーが生えた。それは高く高く育ってからみ合った」といった、
どこかで聴いたようなストーリーになっているが、リュート、シターン、バス・ヴィオルの伴奏付きで、音像の位置関係はナチュラル。ラルーの声はオペラ歌手やり-卜歌手の声とは明らかに違い、フォーク歌手のものだが、いわゆるフォークの声とも違う。地声に近く、やや硬い感じもあるが、作った声ではなく、まさに呼吸するのと同じように歌うという感じだ。地声といっても日本の民謡歌手のように力いっぱい声を張り上げるタイプではなく、実に淀みなく歌が出てくる。この調子なら何時間歌い続けても疲れないのではないか。一聴稚拙な感じもあるのだが、無伴奏の歌をじっくり聴くと稚拙どころではないことがわかってくる。
(3) 〈ジプセン・デイヴイー)はジプシー男と駆け落ちした郷士の妻のコメディ・タッチの歌。ラ・タ・タ・タ・ティンというスキャットが繰り返し歌われて、明るく軽快な感じを出している。リュート伴奏。(5)〈ソルジャー・ボーイ・フォー・ミ-〉は太鼓のような伴奏が入るが、バス・ヴィオルの胴を叩いているのだろうか。(6)〈口-ド・ベイトマン〉は、冒険好きの貴族ベイトマンがトルコで投獄されるが、王女に助けられて脱出、再会を約したが、案の定知らん顔。7年たって王女は海を渡り、ベイトマンの居城に向かう。さあどうなる? まさにバラッドである。
(7)〈ベレイナ〉はリュート伴奏の早口歌。(15)〈レベル・ソルジャー〉は無伴奏のフォーク。反乱軍の兵士の歌だが、ストーリーはない。故郷を遠く離れ、銃声と死体に囲まれて飢えている。ヤンキーが自分を殺さなければ、死ぬまで生きて、緑の丘に城を築き、雁が自分を見ながら飛んでいくだろう。哀れな兵士のはかない夢を、優しく、ものうく、あきらめに似たおおらかさで、朗々と歌う。これは16曲の中でも絶品だ。声と、そのエコーだけの世界。空間表現がすばらしく、暗い無重力の宇宙空間にただひとり歌うといった趣きがある。極めて単純なソフトだが完璧な再生は難しい。ハイコンポ・クラスではただの歌にしかなるまい。(16)はタイトル曲だが、リュート、シターン、ソプラノ・ヴイオルの伴奏つき、しめくくりの曲には弱い。(15)と入れかえるベきだった。

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○ララバイ・ジャーニー
1995年7月、ニューヨーク、トロイ貯蓄銀行ミュージック・ホールで録音。子守歌の旅である。ラルーの歌。クリス・ノーマンの木製フルート。フルートは木管楽器に分類されているが、実際には真鍮、銀、金、白金などの金管である。リコーダーにしろフルートにしろ、もともとは木製で、一部に竹や葦があった。骨製のフルートもある。人骨で作ったフルー卜、1本8万円で買わないかと奨められたことがあるが、気味が悪いので買わなかった。木製フルートは民族楽器が中心だが、19世紀まではクラシックでも使われていた。このディスクではフルートは伴奏オンリーではなく、全17曲のうち6曲はフルートのソロである。クリス・ノーマンはカナダ、ノバスコシアのハリファックスの生まれ。10歳からオーケストラのフルー卜奏者を目ざして練習を始めたが、インディアナ大学音楽科、ピーボディ音楽学校に学び、木製フルートに興味を持つ。アンティークとして興味を持ったのではなく、現代フルートとの音色の差に注目。ルネサンスから20世紀まで、幅広く演奏して国際的評価を得ている。トラッド・ミュージック演奏のアンサンブル「エリコン」のメンバーで、ボルティモア・コンソー卜にも所属しており、ドリアンからソロ・アルバムも出している。演奏者にはもうひとりケルティツク・ハープのキム・ロバートソンの名前があるが、なぜか活字が小さくなっている。(3)(4)(6)(7)(9)(11)(15)(16)(17)の8曲に伴奏参加しているのだが、半分以下ということで活字が小さくなったのだろうか。キムはCDもたくさん出しているヴェテランである。
タイトルは子守歌の旅だが、ラルーとノーマンが目ざしたのは声とフルートの融合である。フルートで歌い、声でフルー卜を演出する。彼らに言わせると、fupranoであり、sopruteであるという。そこにハープを加えたのは、人類最古の三大楽器として、声、フルート、ハープを揃えたかったからだ。子守歌を選んだのはこれも人類最古の音楽形式のひとつというのが理由。こういったコンセプトがみごとに成功したのがこのディスクだ。子守歌は英語圏のウ工-ルズ、アイルランド、スコットランド・マン島、アメリカ、カナダの各地からとられているが、フォスターの歌も2曲入っている。ノーマン自身の作品もある。
(1)〈フイ=フイ〉はフルート・ソロ。この音でまずショックを受ける。尺八の荒々しさ、鋭さを全部取り去ったような、優しく、なつかしく、深く、浸透力のある音。(2)〈ホイッパーウィルの歌〉北米産のヨタカの一種で、ホイッパーウィルというように鳴く。アメリカ、オサークに伝わる子守歌。ラルーの歌が入るが、これが一段とショッキングだ。か細く、甘く、優しく、消え入るような声、といっても聴いてみなければわからない。言葉では表現できない声だ。「トゥルー・ラヴァーズ・フェアウェル」のラルーとは声が違う。ラルーはフルートのような声を出し、ノーマンは人の声のような音を出しているのか。声にフルートの伴奏がついているのではなく、声とフルートの二重唱、あるいは二重奏である。(2)がこのディスクを代表する絶品、他の歌はやや「トゥルー・ラヴァー---」に似てくる。録音は優秀、ハッタリのないナチュラルな優秀録音。声もフルートもハープもとがったところのないマイルド・サウンドだが、ぼけた音ではなく、繊細で鮮明、太い線でがっしりと描くのではなく、細い線で克明に描いて、角もしっかり出ている。エコーは「トゥルー・ラヴァー---」よりやや控え目だが雰囲気はいい。分解能のない装置だと、声とフルー卜が分離できないかもしれない。(8)のフルートの高音がすばらしい。(12)は〈ケープ・ブルトン・ララバイⅠ〉pp演奏、超オフのフルート・ソロで、雰囲気だけあって音がないという感じ。不思議な録音だ。とにかく変わったCDである。

The True Lover's Farewell
1. Turtledove
2. Fair Maragret And Sweet William
3. Gypsen Davey
4. Arise, Arise, Ye Slumbering Sleeper
5. Soldier Boy For Me
6. Lord Bateman
7. Berayna
8. The Outlandish Knight
9. Lady Gay (The Wife Of Usher's Well)
10. Johnny Home From Sea
11. Charlie's Sweet
12. Earl Brand
13. The Lady And The Dragoon
14. The Nightingale
15. The Rebel Soldier
16. The True Lover's Farewell
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Lullaby Journey
1. Hwi Hwi - Traditional Welsh
2. The Whippoorwill Song - Traditional Ozark
3. Sweetly She Sleeps, My Alice Fair
4. Lovely Willy - Traditional Irish
5. Morpheus Descending
6. Cradle Song
7. Gloomy Winter's Now Awa'
8. Mine Eyes Are Now Closing To Rest - American Shape Note Hymn
9. All The Pretty Little Horses - Traditional American
10. Hwi Hwi Reprise - Traditional Welsh
11. Manx Lullaby - Traditional Manx
12. Cape Breton Lullaby I - Traditional Cape Breton
13. Cape Breton Lullaby II - Traditional Cape Breton
14. Gartan Mother's Lullaby - Traditional Irish
15. Acadian Lullaby - Traditional Nova Scotia
16. Now I Am Asleep - Traditional Scottish
17. Beautiful Dreamer

アパラチアというと2000年頃の「歌追い人」という映画を思い出します。

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