笑うバロック展(93) レジェンド探索アレグリのミゼレーレ

ポエム・アルモニクの新盤はアレグリのミゼレーレでした。
タイトルも「ANAMORFOSI~ローマと北イタリアのバロック声楽芸術」というもの。

----中心をなす演目は、アレグリの『ミゼレーレ』。モーツァルトが暗記して記譜するまで楽譜が門外不出だったことで知られるこの作品に、可能なかぎり17世紀に書かれた当初の響きで迫ろうとするうち、プログラムはいつしかイタリア初期バロック最大の音楽拠点でもあったローマの作曲家たちの世界へ。微妙な半音階や暗喩的な音使いが驚くほど官能的な、なまめかしい音で信仰心をかきたてる初期バロック特有の音世界がいかに魅力的か、肌感覚で伝わる至芸を存分に味わえます。アレグリがいかに同時代人モンテヴェルディのバロックな音世界の近くにいたか、当時の宗教的替歌なども織り込みながら聴かせる注目のプログラムです。

ウィキ検索によると下記。

1770年代初期に三つの公認された写譜が、神聖ローマ皇帝レオポルト1世、ポルトガル国王、ジョヴァンニ・マルティーニへと渡った。しかしながら、システィーナ礼拝堂で毎年歌われている『ミゼレーレ』の美を再現させることは誰にも成し得なかった。バチカン宮殿から持ち出されたアレグリ作のミゼレーレは、実は1638年前後のグレゴリオ・アレグリと、1714年のトンマーゾ・バイ(「Bai」は「Baj」とも書く。1650年生 - 1718年没)の合成による版であった。(1770年モーツァルト採譜、1771年バーニー出版以降)1831年にフェリックス・メンデルスゾーンによっても写譜された。また、フランツ・リストによるものを始めとして、18世紀から19世紀にかけて写譜された譜面が現存する。ローマの司祭であるピエトロ・アルフィエリが出版した1840年の版には、アレグリとバイの作品のシスティーナ合唱団での演奏習慣を保存する意図により、(バーニー版にはなかった)装飾音が含まれている。

手元にあるクリストファーズ指揮シックスティーン盤の解説によると、このCDで採用されたのは「メンデルスゾーン採譜の装飾付きの版」とのこと。教皇の礼拝堂では演奏のたびごとに「付加的な装飾」がなされ、暗闇の中での演奏を誰かが記憶し、演奏後に記譜されたようです。どうも「装飾」には、和声的な付加と旋律の装飾が混在しているみたい。よって、メンデルゾーン版の付加装飾は、アレグリの時代にはなかったもの。この解説の時点で、よく使用されるふたつの版のうち、録音されたメンデルスゾーン版ともうひとつのアレグリ版といわれる版があると書かれています。このアレグリ版が、上記バーニー版のことなのかアルフィエリ版のことなのかは、よくわかりません。パブリックな楽譜サイトで検索すると10種以上が掲載されています。バーニー版、アルフィエリ版とも閲覧は可能です。
そして最新のデュメストル盤は、今年の夏のユトレヒト古楽祭のライブを聴く限りでは、かなり雰囲気の違う曲になっていました。
前例がないわけではなく、1993年のア・セイ・ヴォーチ盤は「シンプルな端正さが際立つ原曲版と、やや世俗的な装飾の付いた壮麗なバロック編曲版の2版の演奏を収録」とあります。デュメストルのも同じ楽譜ではないかしら。演奏は技術と表現の傾向がかなり違います。ア・セイ・ヴォーチ盤は器楽のディミニューション的に聴こえます。装飾する1パートが強調されます。デュメストルのは、マドリガル的な起伏豊かな(半音階的で不協和的?)、というのかしら。
デュメストルもア・セイ・ヴォーチも、いずれも、高音の階段をスルスルと上がっていくカタルシス的な演奏にはなりません。ふと気が付いたのですが、バーバーの弦楽のためのアダージオとその改作のアニュスデイが、似た雰囲気かしら。というより似た傾向で好まれる曲、とでも。とすると「シンプルな端正さが際立つ」中から浮上するように上昇する高声は、多分にロマン派的好みなのでしょう。
もっともデュメストルのライブの解釈も、即興的というより捏造的ですが、システィナの閉鎖された空間で「醸成された」特殊な音楽の「記憶」一例として、マドリガル歌唱の技術的向上と相まって説得力が強いと感じます。

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なんとも不思議な曲です。ルネサンス風に聴こえていたものが、実はバロック時代のものであり、演奏される場の門外不出感がロマンを醸成し、演奏してロマン的だったので20世紀後半に人気を博し、それがまたもう一度原典再現の流れで見直され、しかし21世紀の初めの時点での初期イタリアバロックの演奏表現の技法や習慣は、変化していて、2019年のライブは過去のどれとも違う雰囲気を湛え----。

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