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【短編】荒野の夜

「今、隙間からお前を見ているぞ……」
 
 ――― ――― ―――

 荒野の街「クロムデザート」の英雄にして、名保安官と名高い男……「マック」が亡くなった。
 死因は心臓発作……突然死であった。
 
「あのマックの死因が、心臓発作だと……?」

 彼を敬愛する部下たちは、彼の死を悲しむどころか、納得がいかない。どんな死因でも彼らはその事実を受け入れられないだろうが、総員、それとは違った異変を覚えていた。
 
 しかし、マックの死は突然死ではあったが、自然死ではなかったことを、彼らはまだ知らない。
 ――― ――― ―――

 西部劇のセットを地で行くような街「クロムデザート」。
 この街にも「怪物」から人々の「平穏」を守るため、戦士が常駐していた。
 特に取り決めがなされているわけでもないが、ここに常駐する戦士は皆、一流に銃を扱うために、昔の映画に倣い「保安官」と呼ばれている。
 
 ここの治安を守る保安官たちの銃の扱いが優れている理由は、他ならぬ、マックの存在による。

 マックの訃報が流れたその頃、、、
 その街に、一人の男がやって来た。
 彼の名はシンジ……戦士である。彼は、古い友人だったマックの訃報を受け、葬儀に参列するためにここを訪れたのである。
 
「まさか、あんな剛健な男が、こんなにもあっさり、心臓発作で逝くなんてな……」
 シンジもまた、彼の死を信じられずにいる者の一人だった。
 
「やあ、シンジ……」
 保安官および保安隊の詰め所……いわゆる「戦士基地」に赴くと、一人の男がシンジを迎えた。
 彼はホーキンス……マックの部下で、右腕とまで呼ばれる男であった。

「久しぶりだな……ホーキンス

 ホーキンスは、シンジを明るく迎えようとしていたが、悲しみをこらえる姿勢が垣間見えた。

「マックはどこにいるんだ? ここじゃないのか?」
「街の外れにある家にいるよ。俺は、これを取りに来たんだ」

 ホーキンスがシンジに手渡したのは、古びた拳銃とホルスターだった。マックの愛銃にして、形見である。
 
「やっぱり、一番彼の死を悼んでいるのは、こいつじゃねえのかな……」
 ホーキンスは、銃を眺めながら言った。

「マックさんは言ってたよ。この銃には何回も命を救われたってな。一緒に棺に入れようって意見もあったんだが、なんだか勿体なくてな……」

「奴の右腕だった君が使ったらいい。マックも遺言を残してたら、そうするだろう」

「ああ、ただ……ただよ……ううっ……恐れ多くてよ……」
 ホーキンスは眼に大粒の涙を浮かべていた。
 ――― ――― ―――

 外れの家に着くと……たくさんの人間がいた。
 皆、マックの部下、あるいは、彼を頼りにしていた者たちである。
 
 多くの人間がいるにも関わらず、静かだった。
 皆、彼を深く悼んでいるのである。
 
 家族や親友の死ならばともかく、浅い関係だった知人の葬式などは、時に面倒な用事と捉えられてしまうものである。

 しかし、参列者がほぼ全員憔悴し、目に涙を浮かべている。
 これほどまでに本質的な葬式を、シンジはまだ見たことがなかった。

「葬儀は明後日なんだがな。みんな、マックさんが死んだっていう実感がわかなくて……ただただショックなのさ……」

「ああ……」



 その夜、奇怪な事態が発生した。
 ――― ――― ―――

「マックさんの遺体がない!!!」
 マックの部下の一人が叫んだ。

 シンジ、ホーキンスは脱兎のごとく彼の眠るはずの部屋へ向かったが、棺の中はもぬけの殻だった。

「死亡診断書は私が出しました。生きていたとは考え難い」
 医者の額に冷や汗が浮かぶ。

「じゃあ、誰かが盗みだしたのか?」

 怒りに満ち満ちたホーキンスの一声に、その場にいた全員が顔色を変えた。

「何人もの人が出入りしてたんだ。死体を携えていたなら気づかないはずはないんだが」

 その時、シンジは別の異変に気づく。
「これは……」

 裏口の窓が開いていた。 
 シンジ達は、参列者のほぼ全員に聞きこんだが、誰も不審な人物を見ていなかった。
 そして、マックの愛銃まで無くなっていたのである。
 
 男たちは夜通し捜査を続けたが、見つからなかった。だが、
 ――― ――― ―――

 次の日の朝……

「マックさんだ! 街外れにマックさんがいるぞ!!!」
「何だと!?」
 シンジ、ホーキンスはじめ、男達は駆け付け、唖然とする。

「きゃあああああ!!!」
 女の悲鳴が響き渡った。

 シンジ達が見たのは、怒りに満ちた表情を浮かべ、立ちすくむマックだった。
 死んだはずの人間が生きて動いている。
 その顔に生気は感じられなかった。
 何と奇怪な光景か……
 
「おお、神よ」
 神父は声を震わせて神の御名を口にし、十字を切った。

「マックさん……? マックさん……?」

 ホーキンスは、静かに語りかけた。
 マックは、ブルブルと震えた手で、腰のホルスターに手をかけ……

「!!!??」」」」」
 銃を抜き、こちらに向けたのである……!

「危ないっ!」

――バキューンンンッッッ!!!
――キュイーンンンッッッ!!!

 銃弾は危うくホーキンスに当たるところだった。
 
「止むを得ない!」

――バキューンンン!!!
 シンジがマックの脚を撃った。

――バタッ
 ……マックはその場に倒れ込んだ。
 
「し、死んでいます。間違いなく死んでいます」 
 誰よりも早く、駆け付けた医師は、震えた声で言った。
 
 当然のことながら、シンジの撃った弾は致命傷にはならなかった。
 しかし、全員、動く死体を見ていたのである。

「邪な魔物が潜んでいる」 
 神父が、そう呟き、再び十字を切った。
 ――― ――― ―――

「きゃあああああ!!!」
 
 立て続けの怪事……男たちはへとへとだった。 
 マックのいる部屋から、絹を裂くような女の悲鳴が響き渡った。
 それは、遺体を清拭していた看護師によるものだった。
 
「目玉が、目玉のような物体が、マックさんの足元から飛んで行ったんです!!!」

 目玉のような物体とは……?

「おい、ホーキンス……」
 目玉のような物体と聞いて、ホーキンスの顔色がみるみるうちに変わっていく。
 ――― ――― ―――

 ホーキンスは言った。
「マックさんは、目玉の怪物『怪眼(かいめ)』を追っていると、生前に話したことがある」
「怪眼?」
「詳しくは知らない。だが、彼は恐れていた。どんな怪物を相手にしても怖気づかないマックさんが、唯一恐れていた何かだ」

「怪眼……怪眼ってのは……」
 シンジの顔色がジワリと変わる。

 ――― ――― ―――
 怪眼……名だたる戦士の遺体に憑りつく怪物として知られているが、それ以上の能力は分かっていない。見た者、見られた者は死ぬと言われている不吉な存在。その奇々怪々な能力は、一夜にして一つの戦士基地を丸ごと潰したという都市伝説もあるほど。全世界に出没例がある。
 ――― ――― ―――

 得体の知れない相手に、対抗策が思い浮かばず、皆、途方に暮れていた。
 日が落ちても、誰も帰ろうとはしない。それだけ、マックは人望の厚い男だった。

 それもそのはず、ホーキンスをはじめ、元々マックの部下たちは、ストリートチルドレンや、破落戸だった連中だった。
 明日の見えない生活を強いられていた窮境を、彼に救われ、法の陣営で正義を貫くことを決めたのだった。
 
「シンジ……」
 ホーキンスが口を開いた。

「もし、マックさんを殺した奴がいるなら、そいつがどんなに恐ろしいギャングでも殺し屋でも、俺たちは命を捨てる覚悟で、敵討ちに身を投じる……」
「………………」
「しかし、俺達は今、どうしたらいいのか分からない……マックさんが、人知れず奇妙な怪物を追っていることは知っていた。もう分かり切っているが、この事件は、人知を超えた怪物の仕業なんだ。頼む、分かる範囲で教えてくれ……奴の正体は何なんだ? 何も手立ては無いのか?」

 シンジは言った。
「怪眼。眼球のような風体の怪物だが、正体は分からない。だが、見た者、見られた者は死ぬ、奴について分かっていることはそれだけだ。とにかく、情報を集めなければ……」
 
 その時……

「待ってくれ……」
 墓の下から響いてくるような、重々しい声に、その場にいた皆が身震いした。

「来て正解だった。俺なら奴と戦えるかもしれん」
 部屋の隅、暗がりに座っていた男。
 死装束のような服を着ていて、細長い何かを携えている。刀だろうか。

「リュウさん……いつの間に……」
「そうか……リュウさんなら……」
 ……
 ……

 薄暗い彼の風貌とは裏腹に……部下たちの顔に、明るい安堵感か見られた。
 
「リュウ……?」
「シンジ、この男なら、確かに奴を倒せるかもしれんぞ」
 ホーキンスの口元に笑みが戻った。

「リュウ、君は、怪眼のことを知っているのか?」
 シンジは尋ねた。

「いや、知らない、だが……」
 リュウは目を開いた。その眼球は白く濁っていた。
 
「……俺は目が見えない」
 ――― ――― ―――

 剣士リュウ……この男はこれまで、常人にはおよそ考えつかないような、凄まじい人生を送ってきた。

 彼は元々、裕福な家庭で生まれ、家族の愛情に包まれて健やかに育っていた。
 しかし、6歳の時、彼は眼を患い、全盲となってしまう……
 
 ある日、とある景勝地で、あろうことか両親は、光を失ったリュウを見放し、断崖から可愛いはずの我が子をを突き落としたのだった。

 リュウは、岩肌に肉を抉られ、呪の叫びを上げながら落下した。

 幸か不幸か、彼の命は尽きなかった……死の痛みに呻き、リュウは7日7晩うめき声をあげていたという。その断崖は、不気味な呻き声が聞こえると言われ、今でも恐れられている。
 
 リュウは、見えない眼で、長きにわたって山の中で暮らした末、ある寺の住職に拾われ、育てられた。リュウは、不思議な「能力」を視力と引き換えに、文字通り開眼したのだった。
 ――― ――― ――

「俺は、視力が皆無な代わりに、人には見えないものが見える。例えば、気配や、音、温度だ」

 リュウは、腰を上げた。

「あの霊足のリュウに、こんなところでお目にかかれるとは……」
 シンジは驚嘆した。

 霊足……言うまでもなく、リュウの通り名である。リュウは、どこの戦士機関にも属していない戦士であり、俗に野生戦士と呼ばれる。そして、その実力は数多の戦士の中でも上位陣と言われる精鋭戦士に通づると言う。しかし、その実力と存在は、公的でないために、都市伝説めいていたのである。

「怪眼……俺も初めて聞く怪物だ。手強いのか弱いのか……しかし、この街中に悪い気が充満している……」
 リュウは顔をしかめた。

「このまま放っておけば、また一人ずつ、死人が出るぞ……!」

 全員、鳥肌を立てた。
 夜がやって来る。
 ――― ――― ―――

 真夜中……
「マックから、絶対に目を離すなよ」
 リュウはそう言い、家から出て行った。

「俺達も行こうぜ!」」」」」
 ホーキンス達が言ったが、シンジが止めた。

「あまり人員を投入してはマズい気がする。相手は能力のはっきりしていない新手。奴の思うつぼだ。操られて取り返しのつかない事になるぞ」
 シンジの気迫に、皆は黙り込んだ。

「取り敢えず、銃の手入れでもしておけ」
 ――― ――― ―――

 1時間、2時間……
 シンジの顔に、段々と不安が濃くなっていく。
 無線も入らない。
 
「あの霊殺のリュウが、そこらの怪物に敗れるとは思えない……」
「しかし相手は……死体を操る恐ろしい奴だ。今、殆ど得体が知れないってことが何よりも恐ろしい……」

「あまり気が乗らないが、小数人で様子を見に行かないか……?」
 ホーキンスが名乗りを上げた。

「そうだな。俺も行く」
 シンジも続く。

「全員、死体を見張っていてくれ……それと、無線を張っておいてくれ……連絡する」

 シンジ、ホーキンスは数人の部下をつれて、夜の街に踏み出した。
 ――― ――― ―――

 街の灯はほとんど落ちている……人っ子一人いない。
 その他、特に異変は無かった。
 しかし……

「何の音だ?」
 ホーキンスは街はずれの墓地に目を向けた。
 荒風が吹きすさぶ中……何やら咽ぶような音が聞こえてくる。
 二人は墓地に駆け出した。

「リュウ! リュウ! どうしたんだ!」

 墓地では、リュウが跪き、ひたすらお経を唱えていた。
 リュウが刀を抜き、それを自身に突き立てようとした瞬間……

「危ない!」
――パチンッ!!!
 シンジが、リュウの刀を蹴飛ばした。

 その瞬間……シンジは見てしまった。

 リュウの傍らの闇の中で、禍々しい雰囲気を持った目玉のような何かが、眼だけでニヤリと笑ったのを……

「お止めなさい! 尊い方々の前で……失礼ですぞ!」
 リュウは目を瞑ったまま立ち上がった。

「ひ、ひぃ!!!」
 驚きと恐怖のあまり、ホーキンスは悲鳴を上げた。
 リュウを包む暗闇から突然、数十個の眼球が現れたのである。

「ホーキンス! 伏せろ!」

――ガッ!!! バチバチバチッッ!!!
 シンジが、一個の眼球に波動を流した。

――バチバチバチッ!
 眼球から眼球に波動が伝播し……一つ一つ目玉が消えていく……
 最後の一つになった瞬間……

「でやあああああ!!!」
 正気に戻ったリュウが、刀を投げた。

――カチーンッッッ!!!
 眼球は刀を弾いた……

――バギューンッッッ!!!!!
 ホーキンスは、マックの愛銃の引き金を引いた。
 静かな荒野に一発の銃声が響き渡る。

 そして、先ほどまでの禍々しい雰囲気が……一気に消えた。
 ――― ――― ―――

 リュウは、幻を見せられていたという。

 名だたる戦士達に周りを囲まれ……
 切腹をしなければならないと思い込まされたという。

「シンジとホーキンスが来てくれなかったら、俺は死んでいたかもしれない。命を救ってくれて、ありがとう」

 リュウ、シンジは握手を交わした。
 ――― ――― ―――

 後日……
 件の墓地で、銃弾が突き刺さっていた目玉型の石が見つかった。
 戦士連合の研究機関に送られて調べられてはいるが、依然、正体不明のままだと言う。

 以降、怪眼が出没したという報告は、なされていない。
 
 異界の生物か……
 はたまた怪人の超能力か……
 一体、怪眼の正体は何だったのだろうか……
 
 荒野の夜 完
 ――― ――― ―――

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