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【短編】愚塊

「なあ、何であんたは生きてるんだ?」
「……」
 ――― ――― ―――

 青年の名はソラ……彼は、第六感と言っていいのかどうかは定かでないが、普通の人にはない感覚を持つ男だった。
 
 他人の考えが手に取るように読め、また、自分の考えも、自由に発信できた。便利な能力だが、嗅ぎたくない匂いを嗅いでしまったり、見たくないモノを見てしまったりするように、彼もまた、不幸な思いばかりしていた。

 それがきっかけで、喧嘩となってしまったり、気味悪がられたりしてきたのである。
 
『な、何で分かったんだよ……』
『お前……何なの……?』 
『あんた……おかしいわ!』
 ……

 誰も彼も、彼が第六感を持っているなんて思ってはいない。心理学か精神分析学かなんかをかじっていて、動作や表情から人の内情を読めるのではないかと、不快に思われているのである。
 心の隙間に土足で入ってくるようなその感覚に、誰も近づかず、ソラは孤立した。
 ――― ――― ―――  

 望まず生まれ持ってしまった、障害……
 予期せず招いてしまった、不幸……

『な、何であたしの考えが読めるの? 気持ち悪い……』

 ……これは、生まれて初めて、深く彼が愛を抱いた人に、最後に言われた言葉である。

 ソラは人生に絶望した。
 ――― ――― ―――

 ソラは、生きにくさのあまり、自殺しようとした。
 だが、怖い……
 首くくり、リストカット、投身、中毒……どれも徒労に帰した。
 怖くてできないのである。

「ゔえええええ……」
 服用した毒を全て嘔吐し、ソラは暫く寝込んだ。
 そして、脳内から、不特定多数に発信する……

『助けてくれ』
 その後……ソラは気を失ってしまった。
 ――― ――― ―――

 ……
 ……
 ……
「生きてる……のか……?」

 ソラは、虚ろな目で起き出した。
 そして、太陽の元を歩く。

(俺が、助けてくれと発信しても、受け取った人は、その発信源が分からない……そして、その発信は、俺の脳内を出た瞬間に、気味悪い、気色悪いモノと化してしまう……ああ、苦しい……)

 その時……
「助けてくれ」
 
――ビクッ! 
 何者かの無機質な声に、ソラは振り向いた。
 そこにいたのは、彼と同年代と思しき、謎の男……

「あ、あなたは……」 
「よお、急に驚かせて悪いね。俺の名はシンジ……『助けてくれ』っていう声を頼って、この街に来たんだ」
 
 ソラは驚愕した。
 それは、シンジと名乗る男が『助けてくれ』という叫びの発信源を受信してくれたことだけではない。

(よ、読めない……?)
 意識の内でも、シンジの心の中を読むことが出来ず、ソラは少々、狼狽した。

「安心してくれ。俺も読めない」
 読めないとは言っているが、シンジはしっかり、ソラの心情を読んでいた。

(このシンジという男……心に鍵でもかけているのだろうか……)

「も、申し遅れました。ソラって言います」
「へえ、ソラ……ちょっと君に頼みがある」

 ソラは、シンジと共に、ある廃ビルに向かっていた。
 ほぼ同年代だからとはいえ、そんな謎の男についていくのは危険が伴う。
 だが、ソラは『第6感』を除く感受性により、その男がそれほどまで危険ではないと判断した。
 もっとも、心の中が見えない以上、何を考えているのか分からないというのが人間であるが……
 ――― ――― ―――

「ここだ」

 そこは、都会の一角にある、小さなビルの地下だった。
 階段を下り、たどり着いたのは、これまた小さなホール……
 だが、中には、たくさんの人がいた。

(宗教の勧誘かな?)
 ソラはそう思ったが、どうも様子が違う。
 
 ステージのような場所に、椅子が一つ、ライトアップされた。
 その上には、世にも奇妙なモノがいる……

「ん?」
 ソラは、それが何なのかは分からなかったが……持ち前の第6感により、その答えを導き出した。

「人間……?」
 そして、恐怖する。
 椅子の上にあったのは、目も鼻も耳も口もなく、腕も足もなく、ただ、呼吸器官に当たると思われる場所に穴が開いた、肉の塊だったのである。

「あ、あれは……」
 ソラは奇異な感情に……口がきけなかった。
 シンジは冷静に答える。

「愚塊……なんで愚かな塊なのかは知らないけど、ここに来る人たちはみな、あの方を愚塊と呼び、敬って来た……」
「ぐ、愚塊……?」
「ああ」
 ――― ――― ―――

 シンジは、この奇妙な場所と……この奇妙な会合について……詳しく語った。

「ここは、愚塊連合……ここに来ている人達は皆、君のように、望まず生まれ持ってしまった、異能を抱えている人たちだ……」
「異能……?」
「ああ……5本のはずの指が、6本ついているだけで、あるいは1本少ないだけで……人は気味悪がり、障害扱いする……異能も同じさ……」
「……」

 ソラは、突然開けた新しい世界への衝撃に、やはり口がきけなかった。
 ――― ――― ―――

「みんな……聞いてくれ……」
 シンジがマイクを手に取り、話し出した。

「この男の名はソラ……俺達と同じく異能者だ。その能力は、人の心を読む能力……」

「オオッ……」」」」」
 会場が湧きたった。

「よく来てくれた!」
「ありがとう!」
……

 周りの人たちは、ソラの来訪に感動した様子で、ソラの元へ駆け寄り、挨拶にやって来る。
 そして、沸き立った会場が、再び、静かになった。
 
「じゃあソラ……頼む……」
「ああ……」
 ソラは、落ち着き払って、強く、重々しく返事をした。

 頼む……とだけ言われて何をすればよいのか。ソラは、持ち前の第六感によって人々の意志を見抜いたのである。

 それは、意思疎通の出来ない肉の塊に他ならない、愚塊との交信だったのである。

「…………」
 ソラは、ステージに立ち上がり、目の前の椅子の上に置かれた、肉の塊に意識を集中させた。

 その瞬間……!!!
「ヴウッ!!!」

 地獄の底から這い出してくるような強烈な叫び声が、鼓膜を掴んで揺さぶるように、ソラの脳内に響き渡った。

――ヴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
――コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ 
――コロシテクレコロシテクレコロシテクレコロシテクレコロシテクレ
――死ニタイ死ニタイ死ニタイ死ニタイ死ニタイ死ニタイ死ニタイ死ニタイ
 ……

「う、ゔわあ、うわあああっ!!!」
 あまりの衝撃に、ソラは絶叫を上げた。
 ――― ――― ―――

 ……
 ……
 ……
「あれ……?」
 気が付くと、そこは、自室のベッドの上だった。
 しかも、時間も戻っている。
 
 ソラは、虚ろな目で起き出した。
 そして、太陽の元を歩く。

(何だ……夢だったのか……? 夢にしては、あまりにも鮮明過ぎて……)

 その時……
「ちょっと君……」
 
――ビクッ! 
 振り向くと、そこにいたのは、シンジ……ではなかった。

「君は……?」
「俺の名はホールド……君は、ソラだな」

 そこにいたのは、ホールドと名乗る、見知らぬ、しかし筋骨隆々とした男だった。
 何故、ホールドはソラの名を知っているのであろうか。
 
「俺も、君と同じく、異能者だ……」
「ホールド……君も、第六感を持っているのか……?」
「いや、俺が持っているのは、もっと役立たずの能力さ……」

 ホールドは、ソラをどこかへ連れ出した。
 ソラは、再びあの集会所へ連れていかれると予想していたが、違ったのである。
 ――― ――― ――― 

――バシンッ!!!
――バゴンッッッ!!!
……

「凄い……」
 ソラが連れてこられたのは、柔道畳の敷き詰められた、体育館のような場所……
 
「ふんっ!!!」
――バシンッ!!!
――バゴンッッッ!!!

 柔道着のようなモノを着込んだホールドは、自身に向かってくる、体格の遥かに優れた巨大な男たちを、5人6人、流れるような体術のみで、拳も蹴りも使わずに投げ飛ばしていく……
 しかし……

「合気道でも、柔道でもない……何だろう。この格闘術……」
 それは、格闘技に関してはほぼ素人のソラでも、眼を見張るような、美しい動作だった。

「そこまでっ!!!」
 審判員のような男が、止めの合図をした。

――オォー! パチパチパチパチ……
 拍手と歓声がホールドを包んだ。
 ホールドは一礼する。

 その後、違う舞台となった。

「俺の能力は、与えた力がそのまま自分に返ってくる能力だ……」
 やって来たホールドが、ソラに説明した。
 
「それは……」
 一言では分からなかった。だが……

「俺が相手に攻撃をすると、そのダメージがそのまま自分に返ってくるんだ……」
「あぁ……」
 ホールドの告白を聞き、先ほど彼が見せた、体術の理由が分かった。
 
 殴っていないのではない。殴れないのである。
 同様に、蹴っていないのではなく、蹴れないのであった。

 何と優しい体術……
 ……という前に、何と役立たずな能力であろうか……

「うーん……」
 ソラが、返す言葉を選んでいた時、優しく、ホールドが言った。

「うん、君が持っている、第六感とは違って、非常に役立たずな能力さ。でも、俺は感謝しているんだ。俺はずっと、人の痛みの分からない、野蛮な人間だったからね……」
 ――― ――― ―――

 その後……
 ソラが連れてこられたのは、先ほどの「愚塊連合」の集会所だった。

 夢と同様に、ソラは愚塊との交信を試みる。 
 そして……ソラは淡々と、読み取れた言葉を述べていった。

「……生きにくさを感じることがあるかもしれないが、異能を持つ者、即ち君たちは、選ばれた存在だ。愚塊連合皆で、手を取り合い、強く生きようではないか」

――オオォ!!!!!
 会場が小さく沸き立った。
 ――― ――― ―――

「ソラ……」
 皆が解散したのち、階段の登り口で、ソラを待っていたのは、シンジだった。
 
「君は……シンジ……?」

 シンジの言った一言に、ソラは凍り付く。
 すべてを見透かすようなシンジの慧眼……
 ……ソラは、本当に凍り付いたかのように動けなくなった。



「お前、嘘をついたな……」
 
 愚塊 完
 ――― ――― ―――


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