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【中編】恋(完結済)

〇巻頭「とある戦士の恋」

 ……
 ……
 ……
 彼女は俺の憧れだった。

 彼女は精鋭戦士。
 そして俺は、ただの平の戦士。
 
 階級が上の彼女には、頭が上がらない。
 でも、彼女は俺と対等に接してくれた。

 俺達戦士はいつ、どんな怪物、怪戦士に出くわして、どんな残酷な死に方をするか分からない。 
 常に命と肉体を最大限懸けることになる戦士の仕事は、時に「この世の地獄」と称される。

 だが、俺は楽しかった。
 彼女が一緒なら、どんな地獄でさえも、俺には天国に思えた。

 彼女は俺の心の支え……いや、それ以上の存在だった。
 ……
 ……
 ……
 ――― ――― ―――

〇トラベルコ戦士基地「訓練場」

エース:「ゔはあっ!!!」
――ドシャアッッ!
 
 ここは、トラベルコ戦士基地の訓練場……
 平戦士のバトルスーツを着た男が、精鋭戦士のバトルスーツを着た女に、流れるような繊細な技で投げ飛ばされ、リングに背中を叩きつけた。

 男の名はエース、戦士連合本部の平戦士である。

マリア:「大丈夫……?」
 女の名はマリア……戦士連合本部でも有能と名高い精鋭女戦士だった。

エース:「大丈夫です!」
マリア:「よし……じゃあ今日はここまでにしよっか」
エース:「はい!」

 バトルスーツを脱ぎ、タオルで汗を拭きとる彼女からは、いつもいい香りがする。どんな美しい花の花弁も、黄金のような蜜も及ばないような、至福の香りだった。
 
 ……抱きしめたかった。
 だが、エースは男……性欲に負けようモノなら、それはただの敗北となり、自らの身を貶めることになる。
 それがエースの戦士道だった。
  
マリア:「ねえエース、ご飯食べに行こっか?」

エース:「行きます!」
 ――― ――― ―――

〇街の料理屋

マリア:「腕を上げたわねエース。目まぐるしい成長よ」

エース:「マリアさんのお陰です。本当にありがとうございます!」
 エースは、肉や野菜を焼きながら、照れつつ笑顔で答えた。

マリア:「そんなにかしこまらなくていいわ。私とあなたの間柄でしょ。夕食なんだから、あなたも食べて頂戴」

エース:「ありがとうございます」

マリア:「それに、今日は私のおごりよ、遠慮しないで」

エース:「え? それは……」

マリア:「いいのよ。あなたは頑張ってるんだから、ご褒美よ」

エース:「……」 

 エースは少々気後れしたが、しばらく二人は食事を楽しんだ。
 そののち……

マリア:「ちょっとお手洗い行ってくるわ、待ってて」

エース:「はい!」

 彼女の姿が見えなくなると、エースは即座に伝票を手に取り、会計を済ませた。
 その後……

マリア:「店員さん、会計お願いするわ」

エース:「あ、お会計でしたら、先ほどお連れ様が先に……」

マリア:「ええ!?」
 ――― ――― ―――

マリア:「エース! あなた!」

エース:「ん?」

 エースは澄ました顔をして、会計時に貰った飴を舐めていた。
 そして、会計時に貰っていたもう一つの飴を彼女に手渡す。

マリア:「私はあなたの上司よ。後輩におごられるなんて聞いたことないわ。さあ、領収書を出してちょうだい。いや、出さなくてもいいわ。大体これくらい……」
 
 懐から財布を取り出し、札束を取り出そうとする彼女を、エースは手で制した。

マリア:「???」

エース:「いいんです……マリアさん」

マリア:「私は、精鋭戦士なのよ?」

エース:「確かに、精鋭戦士の貴女の方が、俺より所得を多く貰っているかもしれません。ですが、いいんです。俺は、お金よりももっと大切なモノを、いつも貴女に貰っているんですから……」

マリア:「エース……」

 マリアは、顔を赤らめ、エースの肩に手を置くと、上目遣いで彼を見つめて来た。
 
エース:(やばっ……)
 周りには誰もいない。
 それに、宵闇が全てを包んでいる。
 そして夜空は、美しい星光のスポットライトを照らしてきた。

 マリアは目をつぶり、その燃えるような唇を、徐々にエースに近づけてくる。

エース:(このまま……)
 しかし、悲しいことに、顔を真っ赤に紅潮させてしまったエースは、その動揺を悟られぬよう、プイッと彼女から眼と背を向けてしまった。 

マリア:「……」
 もしかしたら彼女は、後輩にはぐらかされたと、悲しい顔をしていたかもしれない。しかし、エースは動揺を抑えるのに精一杯だった。
 
 もし彼女とそのまま接吻に達していたなら、エースの欲望に潜む野獣が飛び出し、彼女を押し倒していただろう。

エース:「俺は、未熟者なんです……」

マリア:「そんな……」

 エースはぶんぶん首を振ると、真顔で彼女に向き直り、澄んだ眼で言った。

エース:「明日の勤務も、よろしくお願いします。マリアさん……」

マリア:「ねえ、マリアって呼んで……」

エース:「うっ! よ、よろしくお願いします。マリア……」

マリア:「うん、よろしくね。エース……」
 
 エースは膝がガクガクし、帰っても中々寝付くことが出来なかった。 

(俺はまだまだ未熟だ……)
(もっともっと強くならないと、彼女の隣には立てない……)
(立ってはいけない……)

 その夜から、エースは彼女への想いが膨れ上がるあまり、寂しいことに、逆に彼女を避けるようになってしまった。
 ――― ――― ―――

〇恋の炎

 しかし、それから、エースは鍛錬、自主練に、より一層励むようになり、さらにメキメキと実力を上げた。
 実績も溜まっていく。
 
 とうとう彼は、戦士連合上層部の眼に留まる。
 精鋭戦士や将校達は、口々に彼を噂した。

精鋭戦士A:「やるね、彼……」
将校A:「へえ、トラベルコ戦士基地のエースっていうのか」
将校B:「エースって名前だけど、エースではないらしい。本当のエースは、あのマリアだってよ」
精鋭戦士A:「ほう……ってことは、あのマリアの部下にあたるのか」
 ……
 ――― ――― ―――

 その後……戦士基地で、エースはマリアに呼び出された。

マリア:「これ見て、エース」

エース:「ん? これは……」
 マリアが手渡してきた書類は、昇格試験に関するモノだった。

マリア:「上層部から、エースを昇格させないか?という打診が来たわ」
エース:「へえ……準精鋭にですか」
マリア:「違うわ」
エース:「え?」
マリア:「精鋭戦士への昇格よ」
エース:「精鋭戦士に……?」
 
 戦士には、平戦士、準精鋭戦士、精鋭戦士という三つの位分けがある。
 真ん中の準精鋭戦士は、実力は高いモノの、任期が短く経験も浅い者に与えられる称号であり、数も少ない。
 近年はその存在意義が疑問視されている。
 
 そのため、ある程度経験を積んだ平戦士であるエースが、位を飛ばして精鋭戦士に昇格しても、おかしいことではなかった。
 とても喜ばしいことであるが、エースにとっては複雑だった。

エース:(仮に精鋭戦士になれたとしたら、俺は彼女と同格になれる。だが、きっと俺は彼女とは別の場所に配属されることになるだろう。そしたら、彼女には近づけても、物理的には彼女と離れ離れになる……それに、位と実力は話が別だ)

 エースは少々揺らいだが、丁重に言った。

エース:「折角の話ですが、いったん見送らせてください」

マリア:「どうして?」
 彼女は瞳を丸くして、尋ねた。

エース:(俺は、あなたと一緒にいたいんです)
 エースはそう告白したかったが、彼女にしてみれば、エースはただの後輩の1人に過ぎない。
 そして、言った。

エース:「俺はまだ、この街にいたいんです。精鋭戦士になれば、きっと管轄が違ってしまうでしょう。この能力は、人類みんなのために使うべきですが、この街で生まれた俺は、まずこの街を守っていきたい。他の地域に出張を命じられれば全然飛んでいきますが、出来れば、この街を離れたくはないんです」
 苦し紛れに、エースはそう言った。

マリア:「そう? 分かったわ。いったん見送っとく」
 ――― ――― ―――

〇内偵の捜査団

 そんな時、トラベルコ戦士基地に、別の戦士基地から捜査団が入り込んでいた。

 内偵を仕切っていたのは、戦士シンジという男……平戦士であるが、エース同様、上層部に一目も二目も置かれている男だった。
 それも、あまり良い意味でないのだが。

 彼は、仲間の「カノイ」と共に、麻薬取締官として、捜査にやって来たのである。

カノイ:「明らかに、この戦士基地に、合成麻薬が運び込まれた形跡がある。この戦士基地にいる何者かが、流通を斡旋しているんだ」

 シンジ、カノイは、電気工事士に化けて忍び込み、監視カメラの映像を調べ上げた。
 しかし、証拠のVTRは見つからない。
 だが、一目には分からないのだが、不自然にトリミングされ、偽造された映像を発見した。

 何かを感じ取ったカノイは、監視カメラ担当の警備員の女の子を締め上げた。

警備員:「ゆ、許してください……許してください……」

 女の子相手に容赦しないカノイを、シンジは窘めたが、カノイは手を緩めない。可哀想な彼女は、泣きながら真実を告白し、切り取られた映像を差し出した。

 そして、浮上したのは……
 何と……

シンジ:「関わっているのは、戦士補佐のAとB、平戦士のC……そして、精鋭戦士のマリアだ。主犯格は恐らく彼女……! だが、まだ他にも伏兵が潜んでいる可能性がある」
 
 シンジの通報と、証拠のVTR提出により、秘密裏に「精鋭戦士マリア捕縛部隊」が結成された。

 彼女は精鋭戦士……
 その他の戦士基地から、強者の精鋭戦士3人が招集されることとなった。
 しかし……
 ――― ――― ―――

〇マリアを捕らえろ

 真夜中……

 裏街のスーパーで食料を買い込んでいた、マリア、そしてA、B、Cを、精鋭戦士3人が取り囲んだ。
 しかし……
 食料と見せかけ、その中身は……

精鋭戦士X:「見つけたぞ……マリア……」

マリア:「あなた達は……」

精鋭戦士X「俺達は戦士連合の精鋭部隊だ。どうしてこんなことになったか、分かるだろうな」

マリア:「ぐっ……」

精鋭戦士X「分からないとは言わせないぞ……」

 A、B、Cの3人は、マリアを庇い、立ち塞がった。
 だが、相手は強者の精鋭戦士……それも3人である。
 
 全く歯が立たず、A、B、Cは力尽きてしまった。
 マリアは彼らを守るべく、食料品を投げ捨てて戦った。
 戦ったのだが……

マリア:「ぐうっ!!!」
 やはり分が悪かった。
 3人相手に健闘したのだが、その美しい顔を殴られ、腹を蹴られ、壁にしたたか叩きつけられた。
 
 その時……

――バッ!!!
 突如、3人の前に立ち塞がったのは……

マリア:「エース……!!!」

エース:「遅れてすみません! マリアさん!」

精鋭戦士X:「貴様!!! その女を……」

エース:「黙れ!!!」

 やはり、精鋭戦士への昇格の声がかかるだけあって、エースは只ならぬ強さだった。
 マリアの健闘によってダメージを受けた3人を、強烈な力で殴り伏せたのである。

マリア:「そいつらはBOZZ(怪戦士集団の一つ)の一味よ!恐らく近くに仲間がいるわ! 早く逃げてエース……増援部隊が来たら、いくらあなたでも……」
 マリアはエースにバレぬよう、嘘をついた。

 エースはそれには答えず、倒れたA、B、Cを叩き起こし、軽傷であることを確認すると、食料品を持たせた。

 そして自らは、マリアを抱き上げ、逃走したのである。
 ――― ――― ―――

〇異変

 転がるように、5人は戦士基地に逃げ込んだ。

エース:「BOZZの襲撃だ! すぐに通報しろ! 応援を呼ぶんだ!」
職員:「はい!」
エース:「あと、戦医を呼んで来い!」
職員:「はい!」
 
 マリアはひどい怪我を負っていた。
 ひどい怪我だったが、命に別状はなく、大病院に運び込まずとも何とかなった。

 ずっと心の支えにしてきた先輩戦士の、初めての敗北……
 命に別条が無かった安堵感と、彼女への強い想いにより、エースは涙を流していた。
 
マリア:「エース……エース……?」

エース:「マリアさん!」

 マリアは、意識を取り戻した。

マリア:「助かった。恩に着るわ……」

エース:「良かった。本当に良かった」
 エースは、不意にマリアの手を握った。

マリア:「見違えたわ。いつの間にかあんなに、あなたが強くなっていたなんて……」

エース:「マリアさん……貴女のお陰です」

マリア:「ふふふ……よいしょっと……」
 マリアは起きだした。

エース:「マリアさん、軽傷じゃないんです。安静にしてください」

マリア:「奴らが、BOZZが徒党を組んで、戦士基地を襲撃に来るかもしれない。早く逃げないと……」

エース:「先ほどCが、本部に通報しました。即座に近隣から応援部隊が、この基地にやって来るでしょう……」

マリア:「そう……そうね。ありがとう」

 それは、Cがついた真っ赤な嘘である。
 だが、通報を受けた戦士連合本部から、新たに捜査部隊が派遣され、強行突入される可能性もある。
 いつまでもここにいるわけにはいかない。
 だが……

エース:「マリアさん……」

マリア:「ん?」

エース:「少し聞きたいことが……」

マリア:「何かしら?」
 マリアは動揺を隠し、尋ねた。

エース:「BOZZのことはよく知っています。だが奴等は、怪戦士集団というより、荒くれ者を集めた、ただのギャングだったはず」

マリア:「……」

エース:「トップともなれば、かなりの強さはあるでしょうが、それでも平戦士並みでしょう……」

マリア:「う、うん……」

エース:「徒党を組んだとて、あなたを、それに、平戦士のCまで共に蹂躙するなんて、只者ではないと見えます」

マリア:「ええ、彼らはBOZZと名乗ってたけど、恐らく、BOZZが委託した、外部の怪戦士だと思うわ。とんでもない強さだったもの」

エース:「思い違いかもしれないが、あの3人、どこかで見たことがあるような……」
 マリアはドキリとした。
 ――― ――― ―――

〇珍客

 その後……ジュースを片手に、シンジ、カノイが戦士基地にやって来た。

C:「ん? 君たちは?」
 この時はCが応対した。

シンジ:「本部から特命を負って来たんだけど、精鋭戦士のマリアっている?」
C:「いや、今丁度出払ってて……」
シンジ:「ああ、そう? エースはいるか?」
C:「エースは……」

 その時……
エース:「ん?」 
 エースが丁度裏から顔を出した。
 
 瞬時にCはエースに耳打ちする。
C:(連合本部の服を着て化けているが、顔は割れてる。奴らはBOZZの手先だ。マリアの命を狙ってる。気を付けて応対してくれ……)  
 
 Cの丁重な嘘……エースは無言で頷いた。
 
シンジ:「よう、エース……」
エース:「君達は……?」
シンジ:「戦士連合本部から特命を負ってここに来た。平戦士のシンジと……」
カノイ:「カノイだ。よろしく」
エース:「あ、ああ……よろしく」

エース:(???)
 手先にしては、妙に気が抜けている。
 それに、戦士シンジ……どこかで聞いた名前だったような。
 
シンジ:「エース、君は自分を見失っているぞ……」

エース:「え?」

シンジ:「トラベルコ戦士基地の次期エース……本部でも話題になってるから、俺の耳にも入る。だが君のその強さは、彼女の、マリアのために得た強さだろう? それは本当に、強さと言えるのか……?」

 戦士シンジの、全てを見透かすような慧眼……
 どこでどうやって掴んだのかは定かではないが、彼は、エースの、彼女に対する想いを知っている。
 しかし、何故BOZZの手先が、こんな妙な話をするのだろうか?

シンジ:「軽傷じゃないんだろ? 彼女……大事にしてやれよ?」

エース:「え? あ、はい……」

 そのまま、シンジ、カノイは戦士基地の隅っこにある机で、持ち込んだご飯を食べ始めてしまった。

エース:「ん?」
 不信感を覚えたエース……
 Cを見ると、彼は不自然に震えていた。
 ――― ――― ―――

〇精鋭戦士ピース

エース:「あっ……!!!??」

 医務室に入り、エースは仰天した。
 男が1人、マリアに寄り添い、その身柄を抱きしめていたのである。
 口づけをしているように見えた。
 いや、している。

 それだけではない。
 その男は、精鋭戦士のバトルスーツを着ていたのである。

 さらにその顔を見て、エースは二重に仰天する。
エース:「あ、あなたは……」

 男は、世界的に有名な戦士連合本部精鋭戦士「ピース」だったのである。
 その実力は、精鋭戦士の中でも頭一つ抜ける強さだとか。
 明らかにマリアより格上である。

ピース:「いや、たまたま近くを通りかかったら、BOZZの一団にマリアが奇襲を受けたって聞いてね。様子を見に来たんだ」

エース:「へ、へえ、そうなんですね……」
 
 エースは顔を引きつらせながら答えた。

ピース:「今仲間から連絡があってな。BOZZの殺人部隊がここに向かっているらしい。急いで同志を連れて……」

 その時……

エース:「なるほど……あんたが元締めだったのか、ピース」

 エースは、ピースを鋭利な眼光で睨みつけた。
 現場に戦慄が走る。
ピース:「ん?」
 ピースは顔色を変えなかった。

エース:「どういうことだ? エース……?」

マリア:「……!」
 エースから湧き出でる容易ならざる憤怒を感じ、マリアは怯え、後ずさりした。

エース:「さっき、マリア達4人が持っていた箱の中に入っていた袋が気にかかって、一つくすねていたんだが……これ、麻薬だよな……?それも、麻薬以外に用途のない合成薬物だ」
 
 エースが取り出したのは、変色した指示薬だった。

エース:「それに、さっきマリア達を狙った謎の3人……うっかり気づかなかったが、アレは戦士連合の精鋭戦士達だ」
 
 恐るべきエース。
 彼はそれを分かっていながら、3人の精鋭戦士を手玉に取ったのである。
 凄まじいポテンシャルがある。

エース:「ここに来る殺人部隊ってのも、BOZZの名を語った、連合の裏切者達だろう……俺や、他の戦士達を殺し、麻薬取引の罪を押し付けようというんだ」

ピース:「ふっふっふっふっふ……」
 ピースは同じく顔色を変えない。

ピース:「腕っぷしだけの新星かと思っていたが、頭も切れるようだな……エース……ここで殺すには惜しい……今寝返れば、君の命は助けてやるが、どうだ?」

 エースはそれには答えず、悲しい眼差しで、マリアの顔を見つめた。
エース:「マリアさん……」

 目は口程に物を言う……
 エースの鋭い戦士の眼は、マリアの心を突き刺した。
 だが……

マリア:「フンッ……正義感だけじゃね、戦士はやっていけないのよ……!」

 彼女は吐き捨てるように言った。
 これまでに見たことない、敬愛する先輩女戦士の悪党面……
 エースは眼をしかめた。
 ……心が割れそうだった。
 
エース:「あんたがどんな悪党でも、恩がある……俺がその野郎を倒したら、罪を償ってください……」

マリア:「フ……フフッ……私も倒せないあんたに、この男が倒せるとでも思ってるのかしら……見損なったわ。馬鹿が……!?」
 ――― ――― ―――

〇相まみえ精鋭戦士

――バギュウンンンッッッ!!!
 銃声のような音が響き渡る。

エース:「ぼふぁあッ!!!」
 それは、ピースの弾丸のような拳が、エースの身柄に炸裂する音だった。
 エースの身体は吹き飛び、壁にめり込んだ。

 恐るべき強者精鋭戦士……
 不意打ちでは無かったにも関わらず、ガードする余裕もなかった。
 
ピース:「フン……口ほどにもない……」

 だが……血を吐き捨てて、エースは立ち上がった。

エース:「……ハア、ハア……貴様がどれだけ強かろうと、俺は拳一つで討ち取れる男じゃないぞ。ピース……」
 
ピース:「フン……流石だ、骨はあるようだな」

 その時……
マリア:「もうやめて、エース……」

 女神の如く立ちはだかり、情けをかけたのは、マリアだった。
 それも、エースのよく知る、先輩戦士マリアの顔だった。
 しかし……

エース:「黙れマリア……この女狐が……」

 鋭い言葉と、血の滝から覗かせるエースの鋭い眼光に、マリアは怯え、たじろいだ。

ピース:「どけ……マリア……俺がやる」
 ピースが再び、エースに拳を向けた。

ピース:「残念だが、楽になれ……新星……」

――バギュウンンンッッッ!!!
 再び拳弾丸が放たれた。

 その時……
 ――― ――― ―――

ピース:「なっ……!!!」
 ピースは仰天した。

 どこからともなく現れた謎の男が、あろうことかピースの殺人拳を平然と受け止めたのである。

ピース:「貴様は、シ、シンジ……?」
 それは、シンジだった。
 拳弾丸の銃声を聞きつけ、突入して来たのである

シンジ:「見損なったぜ、ピース……あんたほどの男が、まさか闇に落ちるとはな」

ピース:「な、何故貴様がここに……!」

――ビリッ!
 シンジの拳から、燈赤の電撃のようなものがピースに流れた瞬間、ピースは崩れ落ちた。
 
――バガンッッッ!!!
 シンジは、憤怒に満ち満ちた表情で、崩れ落ちたピースの身柄を蹴り飛ばしたのである。

マリア:「く、くそっ!!!」
――ガシャアアアン!

 マリアは派手に窓を叩き壊し、逃走した。
 その時……
 ――― ――― ―――

〇引導

――バギュウンンンッッッ!!!!!
 拳弾丸よりもさらに強烈な音が響き渡り、眼を覆いたくなるほどの閃光が飛び込んできた。

 その閃光と轟音は、稲妻によるモノだった。
 星の広がる晴天の夜空から、何故稲妻が落ちたのか。

エース:「ん?」
 エースは血を拭って起きだし、窓から外を見た。

 先ほど逃走したマリアが、道路にぽっかりと空いた、亀裂のそばにうずくまっていた。
 その傍らに立っていたのは、カノイ……先ほどの稲妻は、彼の能力によるものだったのである。

シンジ:「そろそろピースの組織した、殺人部隊がここにやって来る」
カノイ:「その前に、引導を渡してやれよ、エース……」  
エース:「ああ、ありがとう、シンジさん、カノイさん……」

 マリアは、乱れた髪をかき分け、ムクリと起き上がった。
 そして、立ちはだかる3人を見て呆然としながらも、ひきつった笑顔を構え、言った。
 
マリア:「知らないうちに、立派になったのね……エース」
エース:「あんたのお陰だ……マリア」
マリア:「私のお願いを、聞いてくれるかしら?」
エース:「言ってください」

マリア:「殺して」
エース:「……」

マリア:「あなたが戦士としてさらに上に進むなら、たとえ私に想いがあろうとも、私情に左右されることなく、容赦なく叩き伏せる正義感を持たなければならないわ」
エース:「……」
マリア:「それは無慈悲でも残酷でもない、大切なモノ。鋼の強さ……戦士の強さよ」
エース:「そうかい……」

 エースは心の炎を燃やし、拳を固めて、じりじりとマリアに歩み寄った。
 
シンジ・カノイ:「!!!!!」」
 
 エースから湧き上がっている強烈な憤怒と、殺意にも似た波動を感じ、ただならぬ予感を覚えたシンジ、カノイは、彼を制すべく、思わず歩み寄った。

 次の瞬間……
 エースは乱暴にマリアを押し倒すと、強烈な怪力を以て彼女の服を引き裂き、その身ぐるみを剥がし始めたのである。

マリア:「キャアッ!」
 彼女は女の悲鳴を上げる。

シンジ・カノイ:「おい!エース……!」」
 シンジ、カノイは慌てて彼を止めようとした。

 強靭なバトルスーツも破り、下着も引き裂き……その乳房が露わになる。
 しかし……そうやってエースが取り上げたのは、毒刃だったのである。
 
シンジ・カノイ:「あっ……」」
 シンジ、カノイは揃って驚く。
 
――ガキャンッッッ!
 エースは物凄い力で毒刃を叩きつけた。
 刃は砕け、仕込まれた毒が飛び散る。

 それだけではない。
 マリアが懐に隠し持っていたのは、謎の錠剤が入った薬瓶……恐らく猛毒である。
 エースはワナワナと怒りに身体を震わせ、瓶をひびが入る程握り締めると、心を落ち着けてそれをシンジに手渡した。

シンジ:「これは、青酸毒か……」

 さらに、彼女の靴下の裏に隠されていた、小さな拳銃……
 エースは一発だけ込められていた弾を取り外すと、渾身の力で踏みつけた。
 弾は潰れ、使い物にならなくなった。

 毒刃、薬瓶、拳銃……彼女はもしもの時のために、自殺する手段を隠し持っていたのであった。
 ――― ――― ―――

〇殺人部隊鎮圧

 自殺の手段を取り上げられ、半ば裸に近い格好の彼女は、冷たい道路にうずくまって、おんおんと泣き出した。
 エースは、黙ってバトルスーツの上着を脱ぐと、彼女に着せた。
 
 その時……
 荒れ狂ったバイクや車の音が響いてきた。
 恐らく殺人部隊であろう。

マリア:「放っておいても、しくじった私は、どうせ殺人部隊に殺される運命……それに、あなたが殺されるところを見たくはない。早く私を置いて逃げなさい!」

エース:「うるせえっ!」
――パチンッ!
 エースは彼女に、強烈な平手打ちを食らわせた。
 頬が赤く腫れた彼女は、またエンエンと泣き出す。

エース:「あの世になんて逃がさねえからな……」

 そして、エースは泣きわめく彼女の身柄を乱暴に担ぎ上げた。
エース:「逃げましょう。シンジさん、カノイさん……いくらあなた達が強いとはいえ、分が悪い」

シンジ:「いや、大丈夫さ」
カノイ:「ああ」

――プシュッ……
 シンジ、カノイは道端に腰掛け、のん気にもジュースの栓を開けた。

エース:「ええ?」
 その時……

――ファンファンファンファンファン!!!
――ファンファンファンファンファン!!! 
――ファンファンファンファンファン!!!
 ……

 突如、何台もの戦士装甲車がサイレンを鳴らし、戦士基地を取り囲んだ。
 
ルーランド:「フン……」
 出てきたのは、ピースよりもさらに格上と名高い、精鋭戦士ルーランド……戦士連合本部No.3と呼ばれる男だった。
 そして、彼が率いる戦士連合の精鋭部隊だった。

ルーランド:「神妙にしろよ。中毒者共……」

 ルーランド率いる精鋭達は、圧倒的な力で殺人部隊を蹂躙すると、一人残らず打尽して締め上げ、連行していった。

 シンジはルーランドを呼び止め、言った。

シンジ:「ルーランド、エースはさっき、ピースの拳を食らって怪我をしている。立ってはいるが、恐らく軽傷ではない」

ルーランド「そうか。すぐ救護隊を呼んでくる……」

 そして……

ルーランド:「苦労したな。エース……よくやった」
 ルーランドは、運ばれるエースの肩を、暖かく叩いてくれた。
 ――― ――― ―――

〇大団円

 その後……
 ピース、マリアを主犯格とする麻薬取引組織は、基地を暴かれ、流通ルートも明るみに出て、関わった末端組織まで殆どお縄につく結果になった。

 あの場所で、エースは確かに、精鋭戦士ピースに敗北を喫した。
 シンジ、カノイがいなければ、確実にその命を失い、マリアも取り逃していたことだろう。

 だが、たとえ敗北を喫したとしても……それは無理もないことである。
 ピースの強さは精鋭戦士の中でも上位にあたる。

 それから、シンジとカノイの口添えもあって、エースはその功績を称えられ、精鋭戦士への昇格を認められたのであった。
 そうしてエースはマリアに代わり、トラベルコ戦士基地を仕切ることになった。

 エースは、本物のエースに成り上がったのである。
 ――― ――― ―――

〇巻末「とある戦士の恋」

 しかし……
 心の支え……
 愛しきマリアを失った、精鋭戦士エースは、威厳に欠けた。

エース:「好き、嫌い、好き、嫌い……」
 彼は、暇さえあれば、戦士基地に生けてある花の花弁で、少女のように恋占いをしていたのである。

「クスクス……」
 ……
 新しく配属された受付の女の子や、女戦士達は笑っている。

 上司マリアにぞっこんで、燃えていた頃の彼を知る者たちは、彼の内情を顧み、揃って手を拱いた。

シンジ:「何だありゃ……」
 たまたま近くを訪れて、顔を出しに来たシンジは、そんな彼の様子を見て、開いた口が塞がらなかった。
 ――― ――― ―――

 無理もない。
 愛する彼女が自分だけのモノだと、知らず知らずのうちに、心の中で欲望のままに束縛していた彼女……

 そんな彼女が、格上精鋭戦士のピースに抱かれながら、接吻をしていたのを見たのは、エースただ1人だった。
 彼は誰にもそのことを言っていない。

 恋は盲目……
 彼女がピースのモノだったということが分かっても、諦めることが出来ないのが、人の想いである。
 
エース:「彼女は、自分のことを好いていてくれただろうか?」
エース:「少なくとも、嫌ってはいなかったのではなかろうか?」
 ……

 しかし彼は、一時の激情のままに、嫌がる彼女の身ぐるみを強引に引き剝がし、図らずとも辱める結果となった。

 それだけに留まらず、泣き喚く彼女に、彼は強烈な平手打ちをも放った。
 泣きっ面に蜂とはこのことである。

エース:「彼女は今、自分のことをどう思っているのだろうか……」
エース:「彼女は、自分にあんなに美しい微笑と視線を向けておきながら、その影で、ピースに心を売っていたのだろうか」
 ……

 色々な考えが止めどなく溢れ、渦巻く。
 恋病とは、そんなモノなのである。
 ――― ――― ―――

シンジ:「おい……!」
――ペシッ!

 そんなエースの後頭部を、シンジは先ほど破り取った先月のカレンダーを丸めて、叩いた。
 
エース:「……ん?」
 心ここにあらず……エースは間の抜けた返事をする。
  
エース:「うえっ! シンジさん!」
 そしてシンジを見て仰天し、彼は現実に引き戻された。

シンジ:「よお、久しぶり」

エース:「お久しぶりです、シンジさん。その節はお世話になりました」

シンジ:「それはいいとして、何なんだこのザマは……?」 

 シンジは、千切られた花弁を指さした。

エース:「いや、これは……」

シンジ:「重症だな」 
 ――― ――― ―――

シンジ:「彼女の言葉を忘れるな……エース」

エース:「彼女、何て言いましたっけ」

シンジ:「私情に左右されるな。それは戦士の強さに通ずる……そんな内容だった気がする」

エース:「はい……言ってましたね」

シンジ:「まだ間もないかもしれないが、君は精鋭戦士であり、今やトラベルコ戦士基地のエースなんだ……君がマリアを想っていたように、今、君を想っている戦士や戦士補佐が、沢山いるんだ。君をそこまで立派に育て上げた、彼女の心を忘れるな」

エース「……」
 応える代わりに、エースはあふれ出でる涙を拭い、立ち上がった。

 ――― ――― ―――

エース:「俺は、未だ未熟者だ」

 夕闇の空に、彼は呟いた。
 彼の恋病が治るのは、まだ先かもしれない。
 しかし、彼には再び、戦士の炎が灯ったのである。

 恋 完
 ――― ――― ―――

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