日本政策研究センター

日本政策研究センター 代表伊藤哲夫批判

「この日本では、自民党は立憲主義を破壊したと進歩派の論者たちは折に触れていう。しかし、本当に立憲主義が破壊されるとはどういうことなのか、もっとその恐ろしさをこの中国の現実をもって考えてみるべきだと思うのだ。彼らは権力が恐ろしいといって自民党政権の危険性をいう。しかし、そういいつつ、実は権力が本当に暴走した時の真の恐ろしさは見ようとさえしないのだ。

 彼らはいう。政治家や公務員には憲法を守る義務があるが、国民にはそんな義務はない。なぜなら国民は主権者であるからだ、と。しかし、その主権者がもし一定のイデオロギーに絡めとられ、暴走を始めたとしたら、誰がどのように止めるのだろうか。

 というのも、毛沢東という権力者とその革命イデオロギーに唆されて人民が暴走したのが文革だったのだ。人民こそが主人公であり、修正主義に走る「人民の敵」は打倒されねばならない。まさに「造反有理」――「無法無天」「革命無罪」こそが、この革命を貫く論理だとされたのだ。

 フランス革命も同様だった。そこで起こった殺戮劇は、まさに人民主権イデオロギーの随伴物でもあった。「国民は……あらゆるものの源泉である」とシェイエスはいったが、彼には採択された人権宣言など単なる紙切れにすぎなかった。人権宣言のインクも乾かないうちに、人民による「人権の蹂躙」が始まったのだ。 

 権力者だけが問題なのではない。国民もまた暴走する。それをどう縛るか。これもまた立憲主義の問題であろう。」(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

 この政策研究センターの代表の伊藤哲夫の、立憲主義にたいする批判の内容に、二か所下線を引いた。どこを勘違いしたか、「権力が暴走した時の真の恐ろしさを見ようとさえしないのだ。」という、自民党政権のシンクタンクが、馬鹿ことを口にするものだ。

権力を現に掌握している自民党が、反憲主義をかざして、まさに暴走し現在ある日本国憲法そのものを蹂躙しているではないか。

この権力暴走を止める仕組みがどこにもないから、私たちは彼らの暴走を突き崩す具体的な反権力闘争の拡大と、こうした権力の暴走を現在の日本の法体系では止める仕組みがないからこそ、どうしたら彼ら一握りの権力を排除し、あるいは封じ込めて真に主権者である国民主導の政治が実現できるかを考えている。

 もし、一定のイデオロギーが現独裁政権を打倒し民主主義を回復させるてめに立ち上がっていたとしても、むしろ体制維持のために警察や公安、あるいは自衛隊すらも動員して弾圧するのが、既成権力の論理だろうが。

中国共産党という一国の民族社会主義の王朝型権力を打倒しようと立ち上がった、人民の民主化の流れを圧殺したのが天安門事件の本質だ。人民の人権蹂躙ではなく、権力の人権蹂躙への解放を求めたものだ。

よろしくお願いします。