マガジンのカバー画像

My Mind Wanders

50
短編小説をまとめました。 有料部分に小銭を投げ込むと、投げなきゃよかったなーと思うような数行のあとがきが表示されるとか。
運営しているクリエイター

2014年7月の記事一覧

友本(短編小説/643字)

 売り込み続けた才能がさっぱりと売れず、いい才能がないからもう人間はやめる、と友人は宣言した。

 人間閉店セールだ、と彼はワゴンに座り込んで旗を出し、客引きを始める。

「人間が売れたら、それを元手に本を買うんだ」
「そんなに読みたい本が?」
「人間である俺がもういないんだから、読めるわけないだろ」
「ああ、そうか」
「俺は本になる。本になってみんなに読まれて、立派な名著を目指すのさ」
「それっ

もっとみる

ほとぼりさん(短編小説/1371字)

 私たちの町に、ほとぼりさんがやってきた。みんなが団扇や扇風機を持ってきて風を送るけれど、ほとぼりさんは冷めない。

 ほとぼりさんは冷まさないと大変なことになる。具体的にどうなるのか誰も知らないけれど、ほとぼりさんは常に冷まし続ける必要があると教えられていた。

 ほとぼりさんは熱い。熱いのに温かいものが好きだから、冷ますのに苦労する。

 屋根の上にのぼって日向ぼっこするほとぼりさんへ、冷却ス

もっとみる

枕神(短編小説/374字)

 枕だってたまにはぐっすり眠りたいはずだと考えた私は、枕用ネグリジェを仕立てて着せ、枕用枕を作って枕の下に敷き、枕用シーツをかぶせ、一日ベッドに寝かせておいた。私はソファーで横になる。

 夜、枕神が枕元――ではなくソファー元に立って、告げる。

「こんなにも枕のことを想ってくれた人はあなたが初めてです。お礼に、枕投げで必ず命中する枕パワーを授けましょう」

 社員旅行、新婚旅行、傷心旅行、家族旅

もっとみる

ミミクリ コロネット(短編小説/5272字)

 王冠を手に入れた。

 王様がつけているような大きいコロナじゃなく、お姫様がつけているような小さい金色のコロネットだ。演劇の小道具か何かだろうかと思って眺めているけど、どうもそれにしては作りが精細で、はめ込まれた宝石もフェイクには見えない。

 でもだからといってわたしは王様ではないので、これをかぶって椅子にふんぞり返ったりはしない。家臣もいないし。

 王冠は教室のロッカーの上に置かれていた。

もっとみる

本質(短編小説/784字)

「人間は本質を覆い隠すのが好きだ。なぜだかわかるかね」

 博士はふさふさにたくわえた白ヒゲを触りながら、聞き飽きた講釈を始めた。

「汚れているからだよ。人は鑑賞に耐えうるほどの本質を持ってはいない。だから装飾品で身を覆い、言語で武装し、数でごまかす。希少品が希少になるのは、希少になるほど他のものが多いからだ。この世で希少とされるものが一個数だけ何億種類もあれば、たとえそれぞれが特別なものであっ

もっとみる

まだ動く(短編小説/5543字)

 夜中に変な音がして、浴室へ行くと電動歯ブラシがつけっぱなしになっていた。

 オンにした記憶はない。使った後はきちんとオフにして充電器においたはずだった。けど動いている。

 まあいいかと電源を押してみるもオフにならない。あれ、と思いながらボタンを連打。無反応。充電式だからバッテリーごと外さなきゃだめかなと思うものの、外し方がわからないし面倒くさい。そのままタオルに包んで朝まで放置した。

 そ

もっとみる

アイソレイト(短編小説/371字)

 三十歳の私が、私を切り分けた。十三年分若くなった私と、十三歳の私に切り分けられる。十七歳になった私は高校に行って、十三歳の私は中学に行く。

 十七歳の私は現代の高校に馴染めず、小学校からやり直そうと思う。七歳になった私は小学校へ行こうとするけれど、十歳の私が先に小学校へ行ってしまった。七歳の私の居場所がない。

 じゃあ、幼稚園に行こう。五歳になった私は、二歳の私を置いて出かけようとする。二歳

もっとみる

香る教室(短編小説/783字)

 最近の女子生徒たちの流行は、携帯電話に香りをつけて遊ぶことだ。もちろん、直接香水を吹きかけたりなんかはしない。私が学生だった頃には考えられないことだが、今や携帯電話にも匂いを発する機能が備わっているのだ。休み時間ともなると、複数のグループが、花やお菓子や香水の匂いをつけた携帯を嗅がせあっている。

 二月十四日。女子たちは想い人の携帯へ、チョコレートの香りがつまったメールを送信する。チョコレート

もっとみる