髪の長いお寿司屋さん
僕は小学4年生、一人っ子。お父さんとお母さんは、仕事で忙しい。週末のお昼ご飯は二人ともいないから、500円玉を好きに使っていいスタイル。でも、一人でも寂しくない。
ひいきにしているカウンター7席だけのおすし屋さんがあるからだ。家の近所にある最近できたこのおすし屋さんで、僕はもうすっかり常連なのだ。
小学生が一人でおすし屋さんって、おかしな話かもしれない。僕だって最初は緊張した。
でも、「なんか新しいお店ができてる!」って気づいて、おすしが大好きだから興味をそそられて、【週末ランチ握り、500円ポッキリ】の看板を見た日には、入らないわけにはいかなかった。
外から見る限り、中にお客さんはいないし、500円玉を確認して、「入っちゃえ!」って勇気を出して、頭にのれんを感じながら扉を開けた。
そしたら、「しまった!」って思った。なぜならそのおすし屋の大将ときたら、つやつやにワックスをぬった長―い髪の毛を後ろでくくってポニーテールにしていたからだ。
白い帽子もかぶっていない。それ以外は本当におすし屋さんって感じなのに。お父さんとお母さんと行ったことのある、【回らないおすし】ってやつ、あれと同じ。「らっしゃい!」って響く声で言われるし、魚とお酢のいいにおいがするし、水槽にフグとエビが泳いでいるし、どこからどう見てもおすし屋さん。
ただ、その髪だけは、馬のしっぽみたいにつやつやな、長―い髪だけは、どう見てもおすし屋さんじゃなかった。でも入ったからには逃げ出すわけにはいかない。端の席によじ登った。
「ランチの握り一つください。」大きな声で言った。「あいよっ!」って声がでかすぎてちょっとビクッとした。でも握りが来たら、さらにビックリ。マグロにタイにエビにヒラメ、イクラにウニに鉄火巻き。もひとつおまけに赤だしだ!
「ごゆっくりどうぞ」って今度は落ち着いた声の大将。僕はおすしにかぶりついた。おいしい!思わず声に出た。大将をぱっと見てみたら、あごを少し引いてうなずいたようにみえた。
お会計が済んで「まいどありっ。」と言われるまで、まだまだ緊張していた僕だけど、勇気を出して「おいしかったです。」と言ってみた。すると大将は「ボウズ、次来る時は11時半までこい。サービスしてやる。」と言ってくれた。
僕はそれ以降、週末はここ以外ではお昼を食べなくなった。なんてったって、開店前の貸し切りにサービス付きだ。大将は毎回ランチの握りとは別で、うどん、からあげ、天ぷらとかをサービスしてくれた。
日がたつうちに、行列ができるほどの店になっていたけど、僕はいつも独り占め。開店前は僕の時間だ。それでも大将とは緊張してなかなか話せなかった。
ある時、どうしても気になっていた長―い髪のことを、勇気を出して聞いてみた。大将はゆっくりした口調でこう言った。
「まあ、短くしてりゃ一見、清潔に見えるんだろうけどな。短くても、抜けるもんは抜ける。帽子をかぶったとしても、帽子より下の髪は抜けるし、てのひらに刺さったりもするんだぜ。これが、意外と痛いんだ。こんなあぶねえもんが、おいらのスシに入ったらどうする。かといって、工場みてえにすっぽり帽子をかぶるのもおかしい話だ。それだったらこうして髪を前から全部持ってきて後ろで束ねて、一本たりとも落ちねえってのが、おいらのやり方よ。スシ屋らしくねえのはわかってる。そんなことより、スシが安全においしく食べてもらえればいい。」
僕は感動した。変だ変だと思っていたけど、この長―い髪は、大将の優しさと、おすしに対するこだわりだったんだ。僕は大将のおすしが、大将が、ますます好きになった。
それからも当たり前のように通っていたけど、大将はお店の仕込みで忙しそうで、なかなかしゃべる機会がなかった。でもある時、ピーンときて、また勇気を出して大将に話しかけてみた。
「大将!髪の毛が入らなければいいんだったら、スキンヘッドにすればいいんじゃない?ちょっと手入れがめんどうだけど。スキンヘッドだったら、さすがに大丈夫だよね?」
すると大将は、コトッと包丁を置いて、ゆっくりこっちを見て、こう言った。
「ボウズ、ロングヘアは、女にモテる。」
大将はニヤッと笑って、僕もニヤッと笑い返した。
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