「変わる」ではなく「還る」、自分に還ることが自分そのもので生きること
カウンセラーに
「変わりたい」とSOSを出すこと
「何をどうすれば変えられますか?」と言ってきてくれること
これほど尊いものはないと思っていて、、、
振り返って欲しいんです。
5年前、10年前、悩んでいたこと、心に引っかかっていたこと
今、解決してますか?
結構そのまんまの人が多いのではないかと思います。
もしくは、馴れ合いのまま進み、
そこを感じるのをやめてしまった、、、とか。
それは、相手が悪いのではなく、
あなたが変わりたくないことの証でしかなくて、
ほんの少しでも動けば、
現実はなにかきっかけをくれるのに、
その日をやり過ごすことだけに向かうから、
その先の来年も、再来年も
同じ言葉を発して、変わらない状況を生きている、
ただそれだけのこと。
こういう仕事をしていると
「わたしどう?変わったでしょ?」とアピールしてくる人もいるのですが、
大概において、
自分からアピールしてくる人ほど、
あ、そうなんだ、と思う時が多く、、、
これは、本当に自負でしかないのだけど、
わたしと関わってくれた人は、
「最初に出逢ってくれた時と随分雰囲気変わりましたね。」と伝えると
「そうですか?自分では全然わからないです。」
という言葉が返ってきて、
そのたびに、良かったと嬉しさをかみしめます。
それは、わたしが本当に伝えたい
「変わる」世界ではなく、「還る」世界だから。
人は、無意識に様々な観念を
「まっさらな本来の自分」に上乗せしていきます。
長女(長男)は我慢しなきゃとか
トロくていつも親に怒られてたとか
こんなに頑張ってるのに下だから認めてくれないとか
だから、きっと世の中ってものはこうなんだ、と決めて
無意識領域に落とし込んでしまう。
その人がその人で生きるとは、
「素」ってこういう感じよね〜と意識し
自然っぽく振る舞うのではなく、
すでに最初からそこに存在していた
「本当の自分」が軸になっている場所。
もともとそこにあるのだから、
「変わる」云々とかおかしな話で、
ただ、本当の自分が浮上にしたにすぎなく、
だから、
「え?わたし変わりました?なら嬉しいな。」となるのです。
ただ、感覚は、鋭くなります。
余計な観念で本当の自分をマヒさせなくていいから、
必要な方向へと勝手に呼ばれていく。
表面的な言葉の矛盾の中に生きている人を
見抜いていくことができる。
身軽になれば、
生かされている「使命」を果たそうと魂が動きやすい、
その感覚がわかってきます。
そうすると、
「なりたい自分になる」とか、
「やりたいことをやれてる自分」とか、
それは、自分の欲をただ埋めているだけと気付き、
「そういえば、前は、感謝しなければって思っていたかも。。」
「わたしは、今これをやれって言われてるんですね。」
という言葉に変化していきます。
エゴを埋める行為だから「感謝しなくちゃ」となるだけで、
本当の自分でいれば、
感謝なんて、ほっといてもじわじわわいてきます。
感謝したくなる出来事が
どこからともなく頻繁に降り注いできます。
外側からの揺さぶりが来ても、
自分の還る場所を知っているから、ちゃんとすぐに戻ってこれる。
とは言っても、
ここが「還る」場所という感覚を腹落ちさせるために、
エゴであがきまくる体験っていうのも必要な過程なんだろうな〜と思います。
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