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不自由であると自由になれる


これまでの人生の中で4回海外に住んでいた経験があります。

いいな〜、羨ましいとたくさん言われてきて、

確かに、住んでいるからこそ、
日本から飛ぶより、短い時間で
海外のいろんな景色を見ることができました。

日本では高価な食品が、
とてもリーゾナブルで手に入りました。

ただ、それは瞬間で、
毎日をそこで生活をしていくとなると
日本と同じように日々日常生活を送っているわけで、、

そうなると日本は便利でいいな〜なんてよく思っていました。

言葉が通じることの便利さ、
何かトラブルが起きた時の日本の丁寧な対応、

こんな時、日本だったら、こんな風にしてくれるのにな〜と
何度思ったか。

中でも、
あ、こんな時100均があれば〜、が
一番頻繁に思っていたかも笑

海外に比べると
日本は、あちこち娯楽施設も多い、
お手頃価格から高級まで雑貨もレストランも質の幅も量も多い。

こんなのあったらな〜、以上のものが手に入る。

でも、
ふと思ったんです。

便利すぎるがゆえに、
簡単に手に入りすぎて、
あるのが当然と思っていたかも。

選択の余地がありすぎて、
選ぶのに迷って見えないストレスと時間がかかってたかも、と。


これ、日々の生活雑貨だけでなく、
目にする情報や習い事、全てに置いて言えるなと思ったんです。


結果、
何をしていいかわからない、
どれを選んだらいいかわからない、失敗したくない。


海外にいた時、
言葉が通じないし、スラスラとわかるわけではないので、
何かしようと思った時に
選択が限られてました。

食材も日本ほどいろんな野菜があるわけではないから、
もうそれを買うしかなく、

洗剤の匂いもきついから、
なんとか気にいるのを見つけたら、それ一択!

在庫がなくなったら、目の前ですぐ補充される、、、
なんて日本くらいですからね。

正直ニュースとかも、全て聞き取れるわけではないし、

隣の人の会話が耳に入ったところで、
何を言ってるかわからないから、
聞こうとしない限り、まるでバックミュージック。


それは、
お得な情報も入らなかったかもしれないけど、

下手な噂情報やネガティブなエネルギーをもらうことも
ありませんでした。

まあ、お得情報もわからないから、
「損した!」なんて自覚もないわけで。


つまり、

一見、不自由な生活ではあるのですが、
情報も、選択の余地も限られているため、
「悩む」ということがほとんどなかったんです。

「あるはず」と思うから、
ないことにストレスを感じるけれど、

そもそも「ない」のだから、「ある」という発想にならない。

「悩む」時間がないので、
時の流れは、日本より遅く感じていました。


日本は、とても便利で、
かゆいところに手が届きまくるほど、
選択が山ほどあり、

情報も勝手にどんどん耳に飛び込んで来てしまうから、
聞きたくないことも入ってくる、

おかげで脳は情報処理に忙しく、疲れ切ってヘトヘトに。

なんだかわからないけど、いつも
「忙しい」と言ってしまう。


先進国の中で、
日本は、幸福度ランキングの最下位。

これだけ、物が溢れてるのに幸せではないということは、
物があることが幸せと限らない、という証拠で、

選択がありすぎる、
容易に比較できてしまう日本は、
もしかしたら、とっても不自由で、不便な国なのかもしれません。


カウンセリングをしていると

「やりたいことをやったらいいと言われても、
自分のやりたいことがわからない」

「何が向いているのか、わからない」とよく伺います。

正直、わからないなら手当たり次第、
やってみないと、
何か向いているかわからないのですけど、

「好き」という気持ちより、

「向いているから、これが良い」
「やりたいことをやってるのが正しい生き方」

ってジャッジが働いてしまっているからだと思います。

そこを回避するには、

目に入りすぎてしまうもの、
耳に入りすぎてしまうものを遮断して、

選択を狭め、
自分の心の声を聞こうとすることが一番。

外側を不自由にしてみたら、
内側は自由になれるのではないでしょうか。









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