孤児たちの夢、億千の扉の間

眼球が破裂した柘榴のようなBEMがこん棒状の前肢で私の側頭部を思い切り殴りつけた。
背後を通りがかったリトル・グリーン・マンの一人がぎょっとした。
苦労して立ち上がると、血の混じったつばを吐き、私は丁寧に帽子の形を直した。
「ジェシカ・ノーウィンドという名に」
BEMは私が言い終わるの待つことなく、もう一度、私を殴り飛ばした。

取り込み中だ。手短に自己紹介しておこう。
私の名はフライデイ・ネクスト。しがない探偵(オプ)だ。
今回、私が銀河の愛すべき生物多様性を体験する羽目になっている理由は簡単だ。
人探し。普遍的な嫌われ仕事というやつだ。
逃げたやつは見つけてほしくない。
攫ったやつはお調子者に強烈な愛情をいだく。
とりわけ銀河の大族がソル系人に対していだく愛情と来たらとびきりだ。

ソル。
在りし日の恒星ソルの超新星爆発のひかりは、今も銀河にゆっくりと拡散しつつある。
相対性理論を出し抜くことができれば、光円錐に沿って、リアルタイムで見学すら可能だ。
脱出の日のことを私が思い出すことはもはやない。

「何処でもドア」の発明によって銀河の大族による植民は爆発的に進んだ。
失踪者という問題も生じた。
その一人、ジェシカ・ノーウィンドのホロは不幸そうには見えなかった。
ただ、残されたものが問題だった。

浮遊する、小さな暗黒の球体≪フェッセンデン≫。
銀河にまだ2例しか存在が確認されていない、人工の小宇宙。

気が付くと几帳面なボットが私の体を清掃ボックスに押し込めようとしている。
かわいいやつだ。
蹴飛ばして追い払うと、私は、もう一度ジェシカについてじっくり考えてみた。

「火、貸してくれない?」
見上げると、ぼんやりとした表情の女が立っていた。
ミラーグラスの向こう側は義眼で、裸足で、路上に似つかわしくない盛装だった。
彼女の右手から何かが落ちた。
ドン、と何処かで爆発音がした。

勿論、断りはしなかった。
この時も、最後に別れた時も。

【続く】


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