星なき熾天のコンスピラシー
1969年7月20日、すべての星が、落ちた。
バズ・オルドリンが月面から見上げる空から、拭い去るように、星が消えていく。
人の宇宙への旅は、その栄光の到達点で、殺された。
「オムファロス公理。はい、説明できる人?」
まばらに手が挙がる。
「天文学が長年陥っていた誤ちを説明する原理です」
「はい。そうです。人類は、星を観測することで《外》が存在すると信じてきました。ですが、それは天蓋に映るただの像でした」
ピロン。携帯にテキストメッセージ。
「夜、部室で」
知らない、番号。
「ジュリアン・サユーズ、天蓋研究会の唯一の部員、お父上は」
50年前からずっとここは同好会だ。そして、父は、
「幻のアポロ搭乗員。飛ばなかった男。マスコミの方ですか。今更ですね」
「違うわ。そう。ジュリアンくん。《外》ってあると思う?」
天に星はなく、見いだされた法則は幻だったと誰もが知っている。
「陰謀論ですよ。天蓋は情報を含まず反射もしない。そんな虚無の《外側》なんて、光円錐の外側よりも虚しい仮説でしかない」
「それ、誰の言葉? 外がないなら、天蓋にかつて投影されていた星空って、何だったのかしら。誰が映していたの?」
「もういいですか。あなたみたいなひと、たまにいるんですよ」
「私はナジェージダ。大切な名だわ」
「あのですね!」
「今夜、ここに最後の星が降りる」
「え?」
「天蓋の外、真実の歴史から、亀裂を越えて、船が落ちてくる」
「あなたの船よ、お父上の作った船」
彼女はグラウンドから視線を空に向けた。
一条の流星が、星のない空に、見えた。
「涙滴型の銀の魔弾、リーフナー」
振動と轟音、流星に向けて、地上から、赤い火線が走る。
「駐屯地から? 何と戦ってる?」
「空を閉ざしたものが、いま、最後の星も落とそうとしているわ」
青く澄んだ無機的な目がぼくを見た。
「あなたは、どうしたい?」
【続く】
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