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みえないちから

荒川 裕子

 朝のワイドショー番組でダイヤモンド・プリンセス号の乗客隔離のニュースが連日伝えられていた頃、感染症の専門家が「イベントなど人が多数集まるものは、1年後に延ばせるなら延ばした方がいいだろう」と言っていた。その時わたしは「3月前半までは厳しいかも。4月だったら大丈夫だろう」と漠然と思っていた。この先、どんな事態になっているか想像もできていなかったあの頃。

 わたしは、福井市文化会館を拠点に、文化事業を展開しているNPOの職員で、アートマネージャーという仕事をしている。音楽やダンスや演劇等の舞台企画・制作、ワークショップ、学校アウトリーチ等、アートに関する様々な事業を企画運営している団体だ。
 例年4月の第二週は、障害のある人を中心とした太鼓やダンスの舞台発表をする公演がある。この事業は私が担当していて、4月の公演は、15回目という節目の回であった。お客さんと一体となって楽しめる企画を用意し、スタッフも出演者も相当気合が入っていた。
 
 感染者は日に日に増加、報道も過熱し、世間が未知のウィルスの恐怖に怯えていた時期、学校が休校となった。出演者の大多数は特別支援学校や学級に通っている小中高生。学校に行くことが許されないのに、課外活動に参加できるはずもない。2月末から練習は休止。イベント自粛もあり、3月1日に公演中止を決定した。チラシ納品の翌日だった。

 実は、わたしの職場の文化会館は老朽化のため2021年3月末で閉館する。公演を1年延期するということは、この思い出のつまった会館で15回目の公演をできないということになる。スタッフで話し合い、同じ年度内の2021年3月に15回記念公演を行うこととなった。

 舞台の出演者は知的や発達の障害のある子たちが多く参加している。この自粛生活の中で、みんな何してるかな、とふと考える。あるお母さんは「最初はプンプン怒ってたけど、最近は自分なりに受け入れているみたい」と話していた。少し安心した。ただいろんな子がいるし、あの子は家にいてお菓子ばっかり食べているんじゃないかと、心配もしている(自分そうだ)

 友人・知人の中で、あの人はどうしてるだろう? と気になって仕方のない自分がいた。連絡をとってみると、ある人からは「実は今日、荒川さんのフェイスブック見てたよ。ラインが来てびっくりした」と。以心伝心? 
連絡をとったことには理由があった。普段から話をしている中で悩み事を聞いたりしていて、コロナで鬱っぽくなっているのではないかと心配する気持ちと、自分もついつい見てしまうニュースやワイドショーから、不安な気持ちになり、誰かと話したい欲求があったから。大変だね、怖いよね、という気持ちをただ誰かと共有したかった。

 対面できないことでコミュニケーション手段はオンラインが当たり前となった。
4月初め、中古のタブレット型パソコンを買い、話題のzoomにチャレンジした。いまでは、zoomで遠くの友達と話したり、福井の仲間と話したり、仕事の打ち合わせも。思いもしなかったオンライン生活。仕事柄、人一倍会って話をするということに、ただこだわっていたようにも感じている。いまでは、オンライン飲み会、オンラインワークショップ、オンラインヨガなど、あちこちで開催されている世の中となった。

 オンラインを手にしてから、コロナでモヤモヤする気持ちもちょっと楽になった。人って、人と会って(オンラインでもオフラインでも)話すって大事だなと改めて思う。

コロナ禍において、モヤモヤする気持ちとうのは、単にウィルスや世間に対してだけでなく、何も動き出せていない自分に対するものも大きかった。様々な業種の人が、たいへんな状況下で動き出しているのを見ると、なぜだか申し訳ない気持ちにもなった。人が集まることが劇場界の当たり前だが、いまはそのフォーマットが使えない。だから悩む。でも、オンラインでもつながることができるし、いまは可能性も感じている。

 つい最近、とあるバンドの無観客ライブ映像をCS放送で見た。観客は当然誰もいないが、観客がそこにいるような不思議な映像だった。映像なのにリアル。感動する。もちろんバンドの力があってこそだが、演出やテクニカル、編集とプロフェッショナルな仕事が結集されすばらしい作品だった。特にファンというわけではないがライブに行きたくなった。この状況下だからできること、今までそっちの脳ミソを使ってこなかったということを思い知らされた。コロナ禍だから発想を広げるチャンス、そうポジティブにとらえたい。

 まずは、自分の仕事、文化芸術に関わる仕事というのは、いったい誰の何のためにあるのか、今一度語れる言葉を見つけ、共有していく。そして、コロナ禍によって可視化される様々なことを冷静に見つめ、劇場界、文化芸術に携わる人々の”常識”とされていることをいまこそ問う。大きなことはできないが、自分と自分が関わっている小さな社会から考えていきたい。一ミリでも、前へ。


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