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JRの改札を抜けると雪国であった。

仕事でお世話になっている社長さんとゴルフをしに64回目の福岡出張に行ったのち、
 
これまた先輩から「新潟行かない?」とのお誘いを受け、予定を調整して戻ってきた羽田空港から東京駅に直行。
 
荷物をロッカーに預け、上越新幹線の自由席を買い、MAXたにがわで「越後湯沢」に向かった。
 
越後湯沢というと、スキー場というイメージが最初に湧くと思うが、ノーベル賞の受賞者である川端康成の小説「雪国」の舞台でもある。
 
 
僕はその小説を読んだことは無いのだけれど、
国語の先生に、習ったことを思い出す。
 
いわく、雪国の冒頭の本当にスゴいところは、有名な一文目ではなく、二文目らしい。
 
 
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
 
『夜の底が白くなった』
 
 
夜の  底が  白くなった
 
 
それぞれの単語は幼稚園児でもわかる言葉にも関わらず、
 
その情景がありありとイメージできる。
 
 
たとえ(比喩)の表現力がゾッとするほど絶妙なのである。
 
 
 
話が飛ぶが、
 
僕はテラスハウスが好きで欠かさず見ている。
 
世間でも人気の理由のひとつは、山ちゃんの比喩的ツッコミなのではないかと思う。
 
 
「悟空とベジータみたいになってきた」
 
とか
 
「ガラクタばっか、ドラえもんが焦っているときか」
 
とか
 
瞬時に出てくる秀逸なたとえは、誰でも一度は目にしたことがある光景だからこそ、笑いと共感が起こるのだと思う。
 
 
 
ニュージーランドにシンボルの国鳥として生息する、キーウィという飛べない鳥がいる。

「飛べない鳥なんて、ゴルフをやらない人間みたいなもんだよね」
 
なんて、さり気なくゴルフ好きの友達が言ったときは、天才的なセンスだな〜 と感心した。
 
 
多くの優れたリーダーが残したスピーチや名言にも必ずと言っていいほど、比喩が用いられている。
 
 
きっと、できる人は、コミュニケーションにおいて、たとえを用いて、相手に自分ごとだと捉えさせることが上手だ。
 
そこにユーモアが加わると、親しみもわく。
 
 
豊かなメタファー(比喩表現)は「人の心を動かす」と、村上春樹も言う。
 
 
「子供のころ、熱を出して学校を休み、布団の中から天井を眺めているときの気持ち」
 
「コンシエルジュの顔がかすかに曇る。共和党を支持するラッパーを見るときのような目つきで僕を見る」
 
「帰りのドライブは退屈だ。前に見たことのある大河映画をもう一度見せられているようだ」
 
「彼女はまるでカフェ・オレの妖精のように日焼けが魅力的だ」
 
 
など、個人的にはたまらない。もはや、比喩がアートの領域だと思う。
 
どれも可笑しくて、斬新で、そして愛嬌のある表現。
 
普段の生活でも、意識してみたら、なんでもない日常はユーモアに溢れている。
 
クスッと心を動かすヒントは、日常のその辺にたくさん転がっているかもしれません。

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