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小説|ユリテルド村の村長(4)

リュウが案内した離れに着いた時、真っ先に思ったのは"圧巻"。この2文字だけだった。王城もそれは立派なものだったが、ここは他とは次元が違うように思う。湖の水面に浮かぶかの如く建てられたその離宮は、白を基調としたデザインとなっていて、所々に違う色の石を埋め込む事で、色彩に色合いを出している。その石が水に反射するとキラキラと輝き、まさに壮観だった。離宮へは、湖にかかる一本のアーチ状の橋を渡るしかなく、孤高の城と呼ぶにふさわしいものであった。

「ここは現王妃が建てさせた客人用の塔なんだ。前のはもう古くなってたからな。壊して新しく造り直したんだよ」
「……凄いですね」

塔に足を踏み入れると、より一層静けさと優雅さが増した。まるで神聖な聖宮にいるかのような気分になる。
そして当然の事ながら、一つ一つの空間がとてつもなく広い。

「……こんなに広い部屋だと、落ち着かなさそう」

そもそもランシェルの村は、野菜や薬草などを育てる為に敷地は広くなっているが、家々は最小限の大きさで建てている。部屋は寝起きにしか使わないから、本当に小さなものだし、こんなに広い部屋に出会うのは初めての経験だった。
物珍しそうに敷地内を眺めるランシェルに対し、リュウはくっ、と口を横に開いて笑う。

「お前、本当に面白いな」
「………………」

褒められてるのか貶されてるのかよく分からない言葉に、ランシェルは反応に困って半眼になる。自分では相当小さな声で呟いたつもりだったのに、凄い地獄耳だ。
その間もリュウの笑い声は続くが、ーー突然、彼の表情がすぅっと引き締まった。
はっとしたランシェルが前を見やると、また雰囲気が変わり、人がちらほらと立ち話をしているのが見受けられた。上品な服装をしているのは一目で貴族と分かるが、話をしている貴族の後で静かに控えているのは使用人だろうか。会話には加わらず、少し斜め下を見つめている。
……不意に、その視線が横にずれた。ランシェル達を視界に捉えた使用人の少女は、目を見張り、動揺したように瞳を震わせると目を背けた。見れば、他の使用人達も似たような表情をとっており、貴族達はこちらに気付くと、ひそひそと何かを話している。
……何だろう、この視線。……なんか……何かーー。

「ーーランシェル様をお連れしました。エスティア・ベルニカ様にお伝え願えますか」
「……只今確認して参ります。こちらで少々お待ちください」

そう言って使いが足早に駆けていく。そこで初めてランシェルは、自分が目的の場所に辿り着いたのだと悟った。

「……ここが、良いとこですか?」
「あぁ。……ま、お前にとっては地獄かもだけどな」
「え?……それってどういうーー」
「ーーお待たせ致しました。姫がお待ちです。こちらへどうぞ」

ランシェルの言葉は、戻ってきた使いによって遮られた。
案内されるままに部屋の奥へと進んでいくと、一際広い空間に出る。そこに小さな少女の後ろ姿が見えた。

「姫。客人をお連れしました」
「ーーそう。ご苦労様」

2人を振り返った少女は、唇に笑みを乗せて目を細める。肩より少し長めの綺麗な巻き髪が、ふわりと揺れる。

「初めまして。エスティア・ベルニカと申しますわ。どうぞ、お好きなように呼んで下さいね」
「あ……はい」

年齢はきっとランシェルよりも下だろう。見た目のわりにしっかりとした少女に、ランシェルは曖昧な返事しか出来ない。
言葉遣いを見るに、言葉や雰囲気の柔らかさが、まだ幼げな少女の愛らしさを強調している。
それ以上の言葉が出てこないランシェルの代わりに、リュウが仲介として一歩前に出た。

「急な訪問を先にお詫び致します。……今日はベルニカ様にお願いがあって参りました」
「……私に出来る事でしたら」
「はい。ベルニカ様はダンスがお上手でいらっしゃいますから、ぜひ彼女に指導をお願いしたいのです。ランシェル様はダンス経験がなく、舞踏会で恥をかいてしまうと嘆いておられるものですから……」
「よ、よろしくお願いします!」

頭を深々と下げるランシェルをひたと見つめたベルニカは、ふわりと花が咲くように微笑んだ。

「頭をお上げ下さい、ランシェル様。……私で良ければお相手致しますわ。ですが、今日の夜には一度自邸に戻らなければいけないので、夕方までになってしまいますけれど」
「それで構いません」

ハッキリと言い切るリュウに、一つ頷くとベルニカは手を叩く。

「では、さっそく始めましょう。……貴女達は、呼ぶまで下がっていてくださいな」

ベルニカが召し使い達にそう告げると、彼女達は明らかにほっとした表情になってその場から立ち去っていく。

「貴方も、一度外へ出てくださいますか?ダンスは集中力が肝心ですので」
「私は彼女の護衛をするよう陛下から仰せつかっております。どうか、部屋の隅にて待つ事をお許し下さい」

陛下から、という言葉に驚いたのか、少女は目を丸くしてランシェルを見つめる。

「まあっ。陛下のお知り合いの方でしたのね。そうとは知らなかったものですから、無礼な振る舞いをお許し下さい。……そういう事でしたら、そこで見ていて下さって構いませんわ」
「感謝します」

リュウが一礼して隅に下がると、ベルニカはランシェルの手を取って微笑んだ。

「では、始めましょうか」

ベルニカとのダンス特訓が始まって数時間。ランシェルは後悔の色を隠しきれなかった。

「ーー全っ然だめです!そこはもっと上品に。……あーだめだめ、そこは右ではなくて左足を出すんですのよ!さあ、もう一度」
「うぅ……」

意外と厳しいベルニカの指導で、ランシェルはもうへとへとだ。
それでもベルニカは追い討ちをかけるように指示を出してくる。
そして何より、ランシェルの集中力を乱しているのは、彼女の後ろで遠慮もなしに笑っている、この男だ。

「……ははっ、ヤベー……お腹いてー」
「……う、うるさいですよ!そんなに笑わないで下さいっ」
「くくっ、……まぁ、素人にしちゃ、ちょっとはマシになったんじゃねーの?」

目に溜まった涙を指で拭うと、リュウはランシェルに応じた。なぜか、ベルニカも彼の言葉に同意を示す。

「ーー……そう、ですわね。最初に比べれば着実に踊れるようになってきましたし、これなら陛下の前で踊っても恥をかくという事はないでしょう」
「ほ、……ーー本当ですか?」

今まで注意されてばかりだったベルニカに褒められたのが余程嬉しかったのか、思わず顔を上げてベルニカの顔を覗き込む。すると、彼女は自信たっぷりな表情で頷いてみせた。

「えぇ。私が教えたんですから。でも、まだまだ改善点はいっぱいありますわよ?これからも特訓して、最高の舞踏会に致しましょうね!」
「ーーーーはいっ!」

意気込みたっぷりの彼女にランシェルも元気良く返事をする。彼女とは明後日にまた会う約束をして、部屋を後にした。
今日はダンスの練習で疲れたので、リュウとも塔で別れて自分の為に用意された部屋に入ると、ベッドに倒れ込むようにして横になった。

「ーーーーつ……かれた」

この城に招待されてからというもの、本当に忙しいことこの上ない。村での仕事もそれなりに大変だが、馴れない土地に来たからか、相当に疲れた。
明日も朝から予定を入れられたし、早く体力を戻さなくちゃ。
すぅっと少女が瞳を閉じると、そのまま規則正しい寝息を立て始める。目の前にある食事も口に入れずに寝入ってしまった彼女の瞳は、明日の朝まで開かれる事はなかった。

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