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小説|ユリテルド村の村長(11)

アレンはランシェルの事を先程よりも強い力で引き寄せる。

「こっち!父さん達がここに来る!」
「えっ!」
「とりあえず、隠れないと……ッ」

ランシェルはアレンに導かれるまま走り出す。去り際、不安げな顔でこちらを見るベルニカと目が合った。
 ランシェルは、大丈夫だと安心させるように、彼女に対し頷いてみせる。
 ガタンッという鈍い音が響いて壁の扉が倒されるのと、アレン達が部屋の奥の壁の小さな格子に滑り込むのは、ほぼ同時だった。
 格子は割りと簡単に外れる仕組みになっていたようで、アレンが手早く外してくれた。
 入り口は膝くらいの高さしかなく、一人ずつしか入れない。だが入って見ると意外と奥行きがあるらしく、立っていてもぶつからない程度の高さもあった。横からは風の音が聞こえてきており、どこかに繋がってるみたいだった。

「……取引相手からの返事は」

野太い男の声が聞こえた。これは、アレンの父親の声だ。

「了解したとのことで、今夜ここで取引したのち、洞窟の外れで商品を受け取りたいと言ってました」
「……そうか。今日は上玉のお貴族様がいるからなぁ。だっぽりもらわねーとだなぁ!」

だん!と檻を叩かれ、ベルニカがびくりと体を震わせる。
 ランシェルは飛び出したい衝動を抑えながら、2人が出ていくのを辛抱強く待った。
 2人はそこで暫く雑談をしていた。
 耳を澄ませて聴いてはみたが、今回の件とは全く関係のない、ただの世間話のようだ。
 すると、アレンもこれ以上重要な話は聞けないと踏んだのか、ランシェルの服の袖をくいっと引っ張る。
 ランシェルは声は出さずに、首を傾げる事で応じる。
 アレンは次に彼女の後方を指差した。
 ……あっちに行くということだろうか。
 ランシェル達は音もなく立ち上がり、無言で通路を歩いていく。周りは土の匂いがした。広さは十分にあるので歩きやすいものの、日差しが一切入ってこないため、慎重に歩を進めていくしかなかった。
 ある程度あの場から離れたと思われる所で、アレンは足を止めた。……というより、ここが秘密の通路の行き止まりのようで、壁には取ってのようなものが付いていた。それは一定の間隔で置かれ、上まで続いてるみたいだった。

「……この梯子を登っていけば、俺の部屋の前の廊下に出られる」
「……随分深いところにあるみたいだけど、これ、アレンが掘ったの?」

疑問に思っていた事をそのまま口にすると、アレンはにこっと笑った。

「あぁ、うん。そうだよ。父さんが地下を造った時『お前は中には入れない』って言われてね。でもどうしても入ってみたくて、この隠し通路を作っちゃったんだよね!」

まるで子供のいたずらのような感覚で話しているが、こんなに広い道、1日2日では掘りきれないだろう。アレンの執念深さは大したものだ。

「……それはそうと、今夜までに何とかしないと、商談が終わってしまう」
「うん……。そしたら、捕まってる人達を助ける事が出来なくなる」

それに何より、リュウ達はこの事を知っているかも分からない。彼らが戻る前に、商談が終わる事態は何としてでも避けなければ。

「……俺が、帳簿を奪ってくるよ」
「え?」
「俺のほうがこの洞窟に関しては詳しいからな。……父さんは必ず、もう一度外へ出掛けていくはず。その間に俺が帳簿を探してくるから、ランシェは店の仕事を手伝っててくれ」
「そッ、いや、アレンにそんな危険な事させられないよ!」
「……ううん。俺にやらせてほしい。……ランシェ達にとっても大事なことだってのは分かってる。でも……これは、俺と父さんの事でもあるから……。ごめん。ここは、俺に行かせて欲しい」
「…………………………」

アレンからの切実な頼みに、ランシェルは一瞬躊躇ったものの、一つ頷く。

「分かった。でも、無茶はしないでね」
「……分かってるって。ランシェは変なとこ心配性なんだな」
「……心配するのは当然だよ」
「ははッ。ありがとう。……んじゃ、今日の夜、作戦決行な。……絶対に止めよう」

声色の変わったアレンに、ランシェルは再び一つ頷いた。

ブラウン王国中央部よりやや北にあるサジャーネ・バルタス伯爵の邸。五大貴族の中には入れないものの、物珍しい発明品を作れる発明家がいるとかで、五大貴族の次に権力と財力を持つ貴族とされている。
 その伯爵家が所有する聖堂の地下にある隔離部屋で、一人の男が手を後で縛られ、誰かに対して頭を垂れていた。
 この縛られている男こそ、この邸の主、バルタス伯爵本人である。そして、彼の目の前に立つのが、ブラウン王国第一王子、フィル・V・ブラウンであった。
 フィルは彼に似つかわしくなく、険しい顔つきをして目の前の相手を見つめていた。伯爵の後ろにはケイン、フィルの後ろには従者姿のリュウが控える。
 フィルは人知れずため息を溢すと、バルタス伯爵を見下すような格好で話し始めた。

「サジャーネ・バルタス。貴方は自分がなぜ、ここに捕らわれているか、心当たりはありますか?」

バルタスは四十後半の歳上であるにも関わらず、フィルは堂々としていて、その上冷静であった。
 1日2日では身に付く事のない、この気品と態度は、まさしく彼が最上級の教育を受けてきたことを物語っていた。
 バルタス伯爵は、そんな彼に頭が上がらない。

「い、いやぁー。わ、私にはよく、この状況が理解できませんで……」
「言い訳は聞きたくありません」

ぴしゃりと男の言葉を遮断する。
 それでも白を通そうとする男に対し、フィルは侍女を呼んである資料を取ってこさせた 。

「我々が独自に調べた限りの情報では、貴方が"商品"を他国の商人へ売っていた事はすでに核心的な証拠として我々の所に入っています。……ただ、肝心の人身売買の証拠は、どこか別の場所に隠してあるようですが……」

そう言いながら公爵を横目に見ると、彼は証拠がないという言葉を強みに思ってか、ははっ、と鷹をくくったように笑った。

「お言葉ですが、フィル王子。証拠がないのに私を犯人に仕立て上げるなど、決してあってはならない行為です。お早く、この縄をほどいて私を解放しては下さいませんか?」

勝った、とでも言うように、ニヤリと男は口端を吊り上げる。
 フィルはそんな男を、ただ淡々と見つめた。

「ーーーーお言葉を返すようですが、商人として登録されてない貴方が、商品の受け渡しをしているだけで、この国の法で貴方を裁けますよ。それに、我々はすでに貴方を拘束するだけの証拠は掴んでいます」

ぴくり、と伯爵の眉が動いた。フィルは続ける。

「とは言っても、先程も申しました通り、決定的な証拠ではありません。ですが、貴方を重要参考人として城へ連行します。これを」

差し出された布を見た伯爵の顔つきが明らかに変わる。サーという音が聞こえそうなほど、ひどく青ざめていった。

「これがどういうことか、お分かり頂けますね」
「あ、いや、その、これは、えっと」

最早まともな言葉が出てこない伯爵を前に、フィルはゆっくりと瞑目した。まるで、これで終わりだとでも言うように。

「バルタス伯爵家は、陛下も期待を高く寄せていた家柄でしたが……ーー本当に残念です」
「ーーーーーー」

王子の言葉はそのまま王の言葉といえる。
 王家から断絶されたと分かると、伯爵は唇をぐっと噛み殺し、項垂れ、もう頭を上げる事はなかった。

* * *

「……くっ」

バルタス伯爵家を出て、門前に着こうかという時、リュウが耐えきれず吹き出した。

「……ぷはッ。あーはははッ!見たかよ、あの伯爵のこの世の終わりみたいな顔!……くくっ。ははッ!」
「…………リュウ。止めなさい」
「そうですよ。……大体、バルタス伯爵からしてみれば、王家の信頼が消えて権力も失った訳ですし、実際この世の終わりだったと思います」
「ケイン、お前も」
「……すみません。つい」

そんな話をしつつ、3人は門の向こうに視線を向けた。そこに馬が用意されており、それでユリテルド村へ行く手はずになっていた。

「バルタス伯爵から、証拠品の場所は聞き出せたし、あとはクレブレム洞窟に向かうだけだね」

フィルの言葉に応じ、ケインが一つ頷く。

「では、馬車を連れて参りましょう。さすがに王子に馬に乗って頂く訳にはまいりませんので」
「……私だって、戦の時には馬に乗っていくんだよ?」
「分かってます。ですが、密売人を捕らえに行くのであれば、それこそ、王家の刻印の入った馬車で行くほうが、相手方に知らしめる事が出来ましょう」
「…………まったく、私の騎士は、変なところまで気が回るようになったものだね」
「……誰のせいですか」

困ったように笑うフィルに対し、ケインは不機嫌そうに眉を寄せた。

「……んじゃ、俺は先に行かせてもらうから」

そんな2人を余所に、リュウは自分の愛馬に飛び乗った。

「リュウ様」

ケインはリュウにも馬車に乗ってもらうつもりだったのだろう。少し強い口調で名を呼ぶ。
 だがリュウはそれを制し、小さく笑う。

「見ての通り、俺は今、王子じゃない。先に行って何しようと、別に構わねーだろ?……なぁ、王子殿下」
「……………………」

リュウとフィルの視線が一瞬交差する。フィルは、諦めたようなため息を溢した。

「……そうですね。洞窟にはランシェル様や囚われた人々がいます。先に行って、彼女達を助けて差し上げなさい」
「……ーー俺に命令すんな」

冷たく言い放ち、リュウは馬を走らせる。
 空はすでに、茜色に染まり始めていた。

「……フィル王子。リュウ様の言葉は、あまり気になさらないほうが宜しいかと。あの方は、すぐに意見も機嫌も変わるお方です」

気を遣って元気づけようとしているのが言葉や声から伝わってきて、フィルは思わず笑ってしまった。

「そうだね。……でもきっと、あれがあいつの本心なんだろうなって思うよ」

いつも、そうだったから。
 リュウが、自分の前に連れて来られ、今日から兄弟だと言われたあの日から……ずっと、そうだった。
 6歳の時にブラウン王国の養子となって、12年間もずっと一緒にいた。最初は、笑わないし、話さないし、変な奴だと思った。初めて笑ってくれた時は、本当に嬉しかった。
 ーーでも、ある時から気付いた。
 あいつは、どんなに楽しそうに笑っていても。信用しているように見えても。決して、心の底から信頼してくれることはなかった。笑顔を浮かべながら、絶対に近付かせない壁を持っていた。
 それは、他の大人達でも同じ事。十二年経っても、何ら変りない。

「ーーーー僕は、お前達が羨ましいよ」

たとえ血の繋がりが無くとも、互いに信頼し合っているケインとランシェル。

「……僕は絶対に、あいつの『兄弟』になることは出来ない」

リュウは絶対に、自分を『兄』として見ない。
 リュウにとっては、この国の国民全員が、信用する事の出来ない、"敵"なのだからーー。

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