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小説|ユリテルド村の村長(1)

ーーどうか、元気に育ってね。

ある村の一角にある大きな家の中で少女は目覚める。
最近見るようになった、女の人の夢を思い出しながら。
とは言っても、夢の中の女性の顔は知らない。
誰かに手を引かれながら走る少女の後ろから、幾度となく聞こえる小さな声。
その正体を知りたくて後ろを振り向こうとすると目が覚める。
……その繰り返しだった。

少女の名は、ランシェル・ブランジェ。
ブラウン王国、スティナ皇国、クロキスカ帝国の3大国のちょうど中心部に位置するこのユリテルド村は、現在どこの国にも属しておらず、各国の様々な人々が訪れる大きな村となっていた。
その村をまとめる村長が、このランシェルなのである。

この3大国の中で一番小さな国なのがブラウン王国であり、長きに渡り平和を築いてきた。だが近年、クロキスカ帝国とは敵対関係にあり、その戦に備え、スティナ皇国と同盟を結んでいる。
その状況下で、資源や農作物が豊富なユリテルド村はまさに宝の宝庫であり、ブラウン王国にとっても他国にとっても、勝敗を握る重要な鍵だった。
その重要な役目を担っているユリテルド村の村長に、まだ16歳になったばかりの若い娘を置くことに村人達は反対していた。
まだ若いのに、自ら苦しい道のりを進む事はない。
だが、ランシェルは自分の意志を貫き通した。
先代の村長が残したユリテルド村を、何としてでも守りたかったから。
先代の村長には、言葉では言い尽くせないほどの恩がたくさんある。
6歳の頃に父が亡くなって両親の居なくなった自分を村長はここまで育ててくれた。
立派な人間になれるように。
ランシェルが元々興味のあった、薬草の見分け方や調合方法、弓矢の使い方、それから、もしもの時の為の戦闘用具の場所、村長しか知らない村の秘密が書かれた倉庫の場所など、何から何まで教えてもらった。中でもこの創庫は、歴代の村長から受け継いだとても大切なものだから、敵に奪われないよう、村長しかその場所を知らない。
そんな大切な場所まで、先代の村長はランシェルに教えてくれた。
「お前がこの村を、村人達を、守ってくれ」と言って。
だからランシェルは、先代の村長が亡くなった後、ここを自分が村長となって守り抜くと決めたのだ。

ランシェルは部屋の階段を下ると、台所に人影を見つけて声をかける。

「クリス。おはよう」
「あら、おはようランシェル。今日は遅かったわね。もう皆起きてるわよ」
「ごめん。気になる夢を見てたから」

この少女はクリス・ノエル。ランシェルとは同い年で、昔からこの村で一緒に遊んだりしていた親友だ。
ランシェルの父が亡くなってからは、よくご飯を持って来てくれていた。

「あぁ、そういえば……。テーブルの上に手紙を置いておいたわ。大切な書類かもしれないと思って」
「ありがとう」

そう言って手紙を受け取ると、宛先を確認した。
封の所に獅子の紋様が書かれている。
これはブラウン王国からの文の証だった。
このユリテルド村は3大国では取れない珍しい薬草などが手に入る為、3大国と商売する事が多く、ランシェルも薬草や畑の状態などを書いた手紙をそれぞれの国に送る事があるので、王国からの文はそれほど珍しいものではなかった。
今回もその事だろうと思い、手紙に目を通す。

「…………」

一瞬の沈黙。
クリスが心配になってランシェルに声をかけると、彼女は手を震わせていた。
悪いとは思ったのだが、ランシェルの手にしている手紙をちらりと覗くと、クリスは驚いた顔をして口に手を当てた。

「まあ……」

そして、ランシェルの行動の意味を理解する。

手紙の内容は、次の通りだ。

『ランシェル・ブランジェ様
暖かい季節を迎え、色とりどりの花々が咲き始めた今日、いかがお過ごしでしょうか。
いつも我が国の為に貴重な薬草を送って下さり、感謝の念が絶えません。
是非とも一度直接お会いし、こちらの感謝をお伝えしたく思っております。

そこで、今日より1週間後に催される我が国の舞踏会に貴女を招待させて頂きたいのです。
迎えの馬車を向かわせましたので、そちらに乗って王家までいらして下さい。
貴女にお会い出来る日を心よりお待ちして申し上げております。
ブラウン王国 第一王子
フィル・V・ブラウン』

沈黙を続けるランシェルとは反対に、クリスは自分の両の手の平を合わせて嬉しそうに微笑んだ。

「まるで恋文のようだわ。フィル王子からこんなお手紙を頂けるなんて、ランシェルったらずるい」
「……そういえば、クリスはお城で働いてた事があるんだっけ?」
「えぇ。とは言っても1年くらいだったけれど。王子様方にお会い出来るなんてお城の中でも難しいのよ?こんな機会滅多にないもの。行ったほうが良いと思うわ」
「……でも私、ダンスなんて踊れないし」

するとクリスは口元に手を当て、クスクスと笑いながら頷く。

「そうね。でも、ダンスを最初から踊れる方なんていないわ。きっとお城の方々が教えて下さるから大丈夫よ」
「そう……かな」

ランシェルは、自分の知らない土地へ向かうことに戸惑いもあったが、村の外の世界を知って村の今後に活かせることも見つかるかもと、王家へ行くことを決意した。

* * *

翌日。迎えに来た馬車に乗り込み、クリスに体を向ける。

「じゃあ、しばらく留守にするけど、村をお願いね」
「えぇ。こっちの心配はしなくても大丈夫よ。舞踏会楽しんで来て」
「うん」

従者が馬を走らせる。すると、ユリテルド村はあっという間に見えなくなってしまった。窓の外を眺めると、森ばかりが目に映る。ユリテルド村から王国の城まで山を一つ越えなくてはならないのだ。
ランシェルは出発前にクリスから貰った袋を大事に抱えた。中からは甘く香ばしい香りが鼻をくすぐる。
クリスが焼いた特製のクッキーだ。王家に行くのに手ぶらではいけないと、今朝届けてくれた。
クリスの優しさに感謝しながら窓の外を眺めていると、ふと、ランシェルの目にある物がとまった。

「あ、あの、すみません。ここで少し止めて下さい」

従者にそう頼むと、馬車を降りて草を掻き分けながら道を反れていく。途中で振り向くと、後ろでは、距離をとりながら従者がついてきてくれていた。もしもの時の配慮だろうか。その姿に少し安心を覚えながら、ランシェルはある木の側で立ち止まる。

「あった」

ランシェルが手に取ったのは、ヘテロの実だった。ヘテロの実は薬草と同じ効果があり、潰して傷口に塗ると症状が良くなる。また、飲み薬としても使える万能薬だ。
数日前の王家からの手紙に、王妃様の体調が優れないので煎じる薬草を届けて欲しいと書かれていたのを思い出したのだ。一応薬草はお届けしたが、ヘテロの実はその辺の薬草よりも効き目が高いので、持っていって差し上げたい。
ランシェルはヘテロの実を持ち、従者のほうへ向かおうとする。だが急に足場が崩れ、ランシェルの体は後ろに引っ張られる。

「ーーーー……」

しまった、と口が動いた。ヘテロの実は崖付近にしか生えないから、もっと注意すべきだったと今更ながらに後悔する。
すると、側に控えていた従者がランシェルの腕を掴む。ぐいっと引き上げようとする姿が、彼女の視界の端に映った。

「ーーーーちっ……!」

従者が舌打ちをした次の瞬間、ポキッ、と枝が折れる音が聞こえ、今度こそ下へ落ちていく。
ランシェルの意識は、落ちる事を認識したのとほぼ同時に遠退いていったーー。

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