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小説|ユリテルド村の村長(14)

あれから数時間が経って、漸くフィル達の馬車がクレブレム洞窟に到着した。後は大人しいもので、ガーデュオ達が連行されていく。
それを先導していたのは、リュウであった。
父を見送っていたアレンは、リュウの背を見ながら茫然と呟く。

「どうしてあの人が、ブラウン王国にいるんだろう……」
「……どういうこと……?」

すると、アレンは驚いたように目を見張る。
知らないのかと、アレンはランシェルに目で問いかける。
ランシェルは訝しげに眉を寄せた。
だが、彼女が知らないのも当然かと思ったのか、アレンは自分の顔をランシェルの耳に近付け、そっと教えてくれる。

「ーーーーーーえ?」

次に発せられたアレンの言葉に、ランシェルは一瞬己の耳を疑った。

アレンと別れ、クレブレム洞窟を出ると、ランシェルは混乱した頭でふらふらと森の奥へ入っていった。
水の音が聞こえ始めると、漸く彼女の足が止まる。
ケインに、彼はここにいると言われたから。
その通りに進んでいったら、本当に彼の後ろ姿がそこにはあった。
ランシェルが更に彼のほうに足を進めると、彼がこちらに気付いた。

「……………………何してんの、あんた」

本当に不思議そうに尋ねてくるので、ランシェルは思わず彼から視線を逸らした。

「そ、それはこっちの台詞です。まだ作業が残ってるのに急にいなくなるので、探しに……」
「あー…」

自覚があるのか、少しばつの悪そうな表情になる。

「悪いけど俺、もう暫くここにいるから、あいつらにそう伝えといてくれない?」
「……分かりました。…………あ、の……」
「ん?」
「えっと、……あの……」
「…………何だよ」

リュウがランシェルが言い出すのを待っているのが分かった。
いつもなら怒ったり変なことを言ったりしそうなのに、そんな様子は微塵も感じられない。
今なら、はぐらかしたりせずに本当の事を話してくれるかもしれない。
ランシェルは勇気を振り絞って話を切り出した。

「…………アレンから、貴方が本当はクロキスカ帝国の第一王子だって、聞かされました」
「……………………」

リュウの表情は変わらない。
ランシェルは続けた。

「クロキスカ帝国の前王は十年前に亡くなっているはず。……第一王子なら、次期国王になるはずじゃないですか。なのに……どうしてリュウはこの国に?」

ランシェルは、リュウがいつ頃ブラウン王国の養子としてこの国に来たのかは知らされていない。
本当に純粋に、頭に浮かんできた問いだった。
ブラウン王国で、リュウが貴族達から向けられていた差別的な視線を見てしまったから。
あれは、リュウが敵国の王子だと知っている者だから向けてくる疑いや敵意。
自国にいれば、そんな視線や言葉を受ける事もないのではないかと、思ったのだ。
そんな彼女の表情を読み取ってか、従者姿の青年は困ったように笑って遠くを見つめた。ーー微かに、その瞳が揺れる。

「……ーーーー俺、妹がいるんだ」
「え…………?」

唐突なリュウの言葉に、ランシェルは意図を掴みかねて困惑する。だがリュウは静かな瞳で真っ直ぐ前を見つめていた。

「あいつを助けるため、かな……」

小さく呟いた言葉は本当に小さくて、ランシェルの耳に届く前に風に流されてしまった。
リュウは腰に手を当て空を見上げると、ふっと表情を和らげた。

「……ーーよし、そろそろ帰ろーぜ」
「え……?は、はい……」
「明日城に戻ったら、2日後は舞踏会だ。俺達に笑われたくなきゃ、みっちりダンスの練習しとけよー」
「…………………………そうだった……」

今更ながらに、ダンスに問題点が山積みなのを思い出し、ランシェルは人知れずため息を溢す。
王国に戻るため、2人は馬車への道を急いだ。

* * *

王城に帰還した後、ランシェルはすっかり回復したベルニカの指導のもと、ダンスの特訓に勤しんだ。
最初に比べればだいぶ注意されることはなくなったが、細かい動きに関しては色々と言われた。
そのおかげもあって、一端の貴族並みには踊れるようになれた。
果ては、話し方や貴族のたしなみまで教わり、別にそこまでしなくても、という想いを抱えながら、舞踏会当日を迎えた。

「……へぇー。馬子にも衣装とはまさにこの事だな。似合ってる似合ってる」
「……それ、褒められてるのか貶されてるのか分かりません」

舞踏会用のドレスを着せられ、ベルニカの指示で化粧や髪型のセットまで完璧に整えさせられた。それを、壁に寄りかかって一部始終見ていたのがこの男だ。
ちなみに、王や王子に対する接し方まで丁寧に教えてくれたので、ベルニカの手前、リュウに対しても敬意を払う。

「……こんな踵が高い靴なんて履いたことないので、転びそうです」
「くっ……」

吹き出すリュウを思いっきり睨む。すると、彼はなに食わぬ顔でにやりと笑った。

「ま、転んだら仕方ねーから起こしてやるよ。あんたを招待したのはフィルだけど、あいつのとこまでお前を連れてくのが俺の仕事だしな」

そういうリュウはいつもの従者の格好をしている。
本当に王子の格好はするつもりはないらしく、舞踏会へも護衛役として仕方なく参加しているように見受けられた。

「……そろそろ時間ですわね」

ベルニカのその言葉が合図のように、ゴーンゴーンという始まりを告げる鐘が鳴り響いた。ベルニカはお先に、と言って使用人達と立ち去る。主役は後から、という意味合いも混じっているらしい。
スッ、とリュウは黒の従者用の手袋をはめた手を、ランシェルに差し出した。

「俺らも行きますよ。ランシェル様」
「…………………はい」

そう言って笑うリュウの瞳は、いつものようにからかいが含まれているのだが、それ以上に優しい瞳で見つめられて、ランシェルは思わずどきりとしてしまう。
ぎこちなく彼の手のひらに自分のそれを重ねると、リュウはその手を支えるように自分の指をそっと曲げた。
そして、ホールまで歩き出そうと足を踏み出した時、ランシェルの体がぐらりと傾いた。

「……わ……っ!」

ガシッ、と転ばないように、リュウの腕を思いっきり掴む。リュウは半眼になった。

「……おま…………何やってんの?」
「ご、ごめんなさい」

リュウはそんな彼女の腕を引っ張って、きちんと立たせてやる。

「本気で転ぶなよ。お前、一応今夜の主役なんだからな」
「……分かってます」

話してる間にも、先程の事で崩れてしまった服や髪を素早く直す。さすが従者だと感心したくなる。

「リュウも舞踏会に参加されるんですか?」
「あほか。舞踏会で貴族と踊る従者なんて居る訳ねーだろ。……俺らは会場の外で見張りだよ」
「……そう、ですか」

少し残念に思う自分がいて、ランシェルはふるりと頭を振った。

「もう、大丈夫です。ありがとうございます。……行きましょうか」
「………………りょーかい」

そう言って2人は歩き出す。ランシェルも段々と歩き方のコツを掴んできたようで、リュウに添える手に籠る力が小さくなっていった。
扉の前に立つと、リュウが段取りを教えてくれる。
初めはフィルと挨拶を交わし、2人でダンスを踊る。1曲目は2人だけで。2曲目からは他の貴族も混じりつつ。踊り終えたら、暫く自由時間。フィルが再び呼びに来るので、そしたら王と王妃に挨拶すること。
ランシェルは動作を頭に叩き込み、一つ頷く。
ーーーーリュウの合図で、扉が開いた。

「ーーーー……」

ランシェルは、目の前に飛び込んで来た、人生初の舞踏会の世界に、思わず声が出そうになるのを必死で堪える。
ホールの最奥部には王と王妃が、ホール中央部にはフィルが佇み、他の貴族達はフィルと扉の前に立つランシェルとの道を作るように、両端に別れて立っていた。
扉が開けた瞬間、貴族達の視線が一気にランシェルに集まる。
きゅっ、と重ねられた手を強く握った。
リュウは、大丈夫だとでも言うように、その手を優しく握り返す。
ランシェルは一度目を瞑って、開く。
ベルニカに教えてもらった、礼儀たる笑顔を唇に乗せ、ホールの中へ足を踏み入れた。
ホールの中は音楽隊のゆったりとした音楽が流れているだけで、あとは静かなものだ。
……ここで転んだら、本当に一生の笑い者だろうなと考えていると、少しだけ落ち着いてきた。
リュウの手が離れる。
ランシェルはドレスの両端を広げ、フィルに対して一礼した。

「今宵はお招き頂きまして、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、お会い出来て光栄です」

フィルがにこりと笑うので、ランシェルもぎこちなくだが、笑みを返した。フィルは左手を己の右胸に添え、右手を彼女に差し出す。

「ーー……ランシェル様。私と一緒に踊って頂けますか?」
「もちろんです」

フィルがいつも通りな事に感謝しつつ、ランシェルは差し出された手に、そっと自分の手のひらをそっと重ねたーー。


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