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小説|ユリテルド村の村長(16)最終話

その後のパーティーは滞りなく終了し、会談から2日が経った。ランシェル達は会談の後も今後について話し合い、契約を結んだ。彼女は今日、ユリテルド村へ帰ることとなっている。
クリスには、舞踏会が終われば帰ると伝えている。
あれから2日も経ってしまった。早く帰らなければ、要らぬ心配をかけてしまう。昨日の内に王と王妃には去る事を伝えてある。
ランシェルは、この国に来たときよりも少し重くなった荷物を持って立ち上がった。

「準備終わったか?」
「はい。まぁ…………って、うわぁあ!」

突然目の前に現れた相手に驚き、ランシェルは思わず声を上げる。ドアはきちんと鍵までかけていたはずなのに、この人、いつからここに……っ!

「な、な、なんで……?!」

半ばパニック状態のランシェルに、リュウはやれやれといった感じでため息をついた。

「……昨日の陛下の話を聞いてなかったのかお前」
「いや、それは聞いてましたけど……。女性の部屋に入る時は、もう少し気を使って頂きたいといいますか……」

ごにょごにょと語尾を濁らせながら文句を言う彼女を見ながら、リュウは昨日の会談の事を思い出していた。


◇ ◇ ◇


「ーーーーそれでは、ランシェル様に護衛を一人、付き添わせるという事で、そこにいるリュウを貴女の護衛役として派遣致します」
「…………………………は?」

声を上げたのは、リュウとランシェル、2人ほぼ同時だった。リュウは渋い顔を見せる。

「いやいや、何で俺だよ」
「何でじゃない。ユリテルド村の件を許可するよう進言したのはお前でしょう。それに、お前はクロキスカの国民に顔が知られている。あの国の者達も、お前がいると知りながら仕掛けてくるほど馬鹿ではない」
「ケインでも良かったのですが、フィルが、ケインは自分の護衛だからと、頑なに拒みましてね」

フィルと王は口々に理由を述べてリュウの反論を防ぐ。それに、と、王は続けた。

「ユリテルド村は、私達の国でもあるのです。この村を守り、ランシェルを守ることは、王としての義務です。リュウ、村に行けない私の代わりに、あの村を守って下さい」

王にそこまで言われれば、リュウも折れざるを得ない。

「…………承知しました」

諦めたようなリュウの言葉に、王は満足げに頷く。
すると、今まで王の隣にいながらずっと発言を控えていた王妃が、そっと口を開いた。

「リュウ」

呼び掛けられたリュウは、ぴくりと小さく反応する。

「……少し、2人で話しませんか?こちらへいらっしゃい」
「……………………」

王妃はスッと立ち上がり、王とランシェルに一礼ずつすると、ドアに手をかけた。暫く黙ったままのリュウだったが、王妃が扉を開けて外に出ると、黙ってそれに付いていった。



「…………で、話って何?」


通称、王妃の宮殿と呼ばれる塔の前に差しかかった時、リュウは足を止めた。
雨で濡れた木々の葉や花々につく雫が塔の大理石に反射し、2人の周りをキラキラと照らし出す。
王妃も足を止め、ゆっくりとリュウを振り返った。少しだけ顔を下に向けるが、その瞳はどこか遠くを見つめていた。

「……実はね、貴方をユリテルド村へ向かわせるよう王に勧めたのは私なのです」
「…………何で俺だったの?」

王妃の発言に、リュウは別段驚く事はない。
元々、この国は王妃の国だ。その時大貴族だった公爵家の息子と結婚した後は、王の役目を現王に移してはいるが、王妃の立場に揺るぎはない。
ただ、この優しさゆえに、政治の表舞台の主役となるのは難しいと判断されただけだ。……まあ、現王も優しい性格なので、あまり大した違いは無さそうなのだが。
王妃はリュウの顔を見て、ふわりと微笑んだ。

「貴方ももう大人だものね。この城に縛られていては、自由に動く事もままならないでしょう。自分で色々なものを見て、感じて、自分のすべき事を、精一杯おやりなさい」

……この人は、リュウが何故この国に留まっているのか、留まらなければならないのか、その理由を知っている。
だからこそ、リュウがこれから進もうとしている道の足枷にならないよう、この城からリュウを解放する準備をしてくれているのだ。
全く、お優しい性格は直らないもんだな。

「良いのかよ。俺、あんたらの敵になるぜ?」
「えぇ。分かっています。でも、私はリュウを信じていますから」

王妃は一歩、リュウに近付く。スッと衣擦れの音が静寂に響いた。

「私は、クロキスカ帝国の前王妃を知っています。とても優しく、そしてとても心の強い方でした。貴方はあの方によく似てるわ。だから、もし貴方がこの国の敵になる日が来たとしても、それが害になることは決してないのだと、私は信じています」

リュウの目の前に来て、王妃の足が止まった。彼女の白く細長いその手が、そっとリュウの頬へ伸ばされる。
ふわり、と彼女の指がリュウの頬に触れた瞬間、リュウの瞳の奥が微かに揺れた。
王妃は花が咲くように微笑む。

「貴方は私を母とは思えないでしょう。ですが、私にとっては、貴方は大切な子供の一人であることに変わりはありません。……それは、覚えておいて下さいね」
「………………」

王妃の言葉に、リュウは何も応えなかった。
ただ、呆れるように下を向き、少しだけ、何とも言えない表情を浮かべて、笑った。


◇ ◇ ◇


目の前で相変わらず抗議を続けている彼女を見て、リュウは目を細め、薄く笑う。
そういやこいつも、何となくあの人に似てるんだよな。

「はぁー。ここの連中はどいつもこいつも、お人好しばっかだなー」
「はい?」

突然の発言に、ランシェルは意味が分からなすぎて困惑する。
そんな彼女を余所に、リュウは一つ瞑目すると、ゆっくりとその瞳を開けた。顔面には、いつもの意地の悪い笑みを浮かべるのも忘れない。


「ほれ。早く出発しないと、今日中にたどり着かなくなるけど、それでも良いんですかねー?」
「あ!だ、ダメです!早く帰らなきゃ!」
「……ったく」


フッと表情を緩ませたリュウは、ひょいとランシェルの鞄を担ぐと、肩越しに彼女を見やった。


「ほら、さっさと行くぞー」
「ま、待って下さい」
「くっ。やーだね。待てって言われて待つバカはいねーんだよ」


そう言って本当に従者はすたすたと一人で歩いていってしまう。それに置いていかれない為に、少女は慌てて走り出した。
王宮の外では眩く太陽が国中を照らしている。それぞれに目的を持ち、為すべき事を成し遂げようとする者達がいる。
そんな者達をも、太陽は暖かく包み込む。
物語はまだ、始まったばかりーー。


End.

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