おとなりさん #第1回呆然戯曲賞自由

■第一話のみですが、参加に意義がある。という想いです。よろしくお願いいたします。

■登場人物 3人(+子役)横並びアクリル板仕切りがある状態の朗読演劇を想定しています。地の文もモノローグです。

■名前読み 菊咲(きくまえ・通称キク) 栢(かや) 由綺(ゆき)

菊咲  突然ですが、私には壮大な夢があった。
それは“大都会の女になること!”東京に来れば、東京に住めば、それが叶う。 
見渡す限りの大自然に満ちた土地で生まれ育ってきた田舎っ子なら、誰でも一度は考えるだろう。何かうまくいかなくて挫折したり、理不尽に怒られた時、(こんな閉鎖的な田舎だからこうなるんだ。きっと都会の洗練された、先進的な環境ならこんなことはないし、もしあったとしてもきっと他の選択肢もたくさんあるはずなんだ)※都会の話題にはキラキラ全開で
人生は短い。その中でこんな田舎でくすぶったままの自分は嫌だ。絶対に都会の女になってやるんだ。その強い思いだけで、私(菊咲 )は、この春上京し、一人暮らしを始めた。しかしそこには南極並みに厳しい極寒の試練が待っていた。
「…ひどい。なんで、なんでこんなことに…」
まんまお手本通りの就活スタイルを着込んではいるが、よたよたとしながら私は安アパートへの道をわかりやすく落ち込んだ様子で歩いていた。
そりゃへこみたくもなる。都会の女になるといって東京へ出て来たはいいものの、あてにしていた仕事先はすぐにコロナで倒産。急遽仕事先を探すもあまた宇宙に輝く星の数ほどの企業にお祈りされ、今日はやっとこぎつけた面接において「君、ウチに向いてないと自分で思わない?」と嫌味を言われた帰りである。
…正直こういう、何かにつけて否定から入る文化が嫌で東京に来たのに、世相も運も悪く、頼れる知人も居ないし私には誰一人として味方が居ないんだな~とか考えていた。
面接官の奴らの言ってることは当たってる。だってあてにしていた仕事が無くなってしまったのだから、理想がどうだとか向いてるとか向いてないとかそんなこと言ってられない。実家を捨てて東京に出てきてしまったのだから、生活費を稼がなければならない。その為に仕事を探してるんだから、今は仕事が決まればいい数打ちゃ当たる作戦だ。 自己暗示効果を期待して日々流し見ている意識高め転職活動系ユーチューバーさん達に「そんなのじゃダメです!目標が定まっていない。それは一番悪い例です!」ってユーチューバー独特の早口で凄まれそうだけど、事実生活する為には仕方ないでしょ。『意見を言うなら金をくれ』とは、本当によく言ったものだ。
グギッ! ※靴のヒールが片方だけ折れる
「ッたぁ…。なに、これ…もう…嘘でしょ!ありえんくない…?」
とにかく生活資金がないから、希望でも何でもない企業に土下座して頼み込む勢いで就活してるのに、そのレイド参加必須装備である就活スーツとバッグ、靴の新調なんてしてられない!
※レイドというのは多人数参加型オンラインゲームでの狩りやクエストのことです。大人数で獲物を狩る。ってことだよ!
「…ざけんな!いい加減にして…!」
私は世の全てを呪う勢いで、折れた靴を素早くつかみ上げ、放り投げた。同時にふと、本当に急なことに、ずっとずっと堪えてきた涙が溢れそうになった。自分でも驚いてしまい、動揺が激しい。大人と言われる年齢になって初めてかもしれない。それ以前に、小さいころから私は(泣かないで偉いよね)と言われて育ってきたタイプで、正直まだ自分の中に泣くなんていうピュアな気持ちがあったんだ。などと驚いていた。多分、靴が折れたのがきっかけになったんだろう。
まるで、私の心も、未来も希望も折れたみたいで…。
怒りとやるせなさと叫び散らしたい衝動と。マグマのような混沌としたものが渦巻く中、しかし私は本気で肩で息をしながら、都会の、あと数メートルで寝床にしているボロアパートという場所で夜道に一人、仁王立ちしている。しかも片足は靴無しで、片足は数センチヒールがあるしひどく不格好なかかしみたいだ。
数分してようやく我に返り、自らのヤバさに気づいた。視界に入れたら危険度高めな不審人物になっていたが、怒りの矛先がとある名案へ向いた事で人間に戻れたのだった。
(そうだ!ヒールが折れても新しいの買わないで、修理…も高いから、なんか強力なボンドを100均で見つけてくっつけて、それで治れば、いいんじゃん?)名案が浮かんで、少し気分が持ち直
したのだった。なんというか、格安で済む。格安万歳!
イコール、それなら割と簡単に解決できる。という目標設定のハードルが低いことによる成功率の高さが、より私を鼓舞した。
…のはいいのだが、と、私は斜め上方向を見て、まだ一歩も動いてすらいないのに足をすくませてしまった。
「うう…」
放り投げた靴を拾えばいいだけなんだけど、不運には不運というか、でもこの場合は明らかに自分の本能でつかんで投げたので、他の誰も責められない。なにをもたもたしているんだとは自分でも思うんだけど、私が靴を放り投げた場所はたぶん。いや十中八九例の場所だ。適当にやったとは言え、ついさっき投げたばかりの記憶位は残っている。  その場所はどこかというと、私があまりの駅近と家賃の破格さに即決してしまった。ザ・アパート。アパートの中のアパート。どちらかといえばある日〇〇荘に改名しますと言われても誰もが(せやな)と同意し、異論など皆無なような、よく言えばレトロ、悪く言うと蟻の巣の方がまだ防犯意識高めなんじゃないかという、昭和初期に生を受けたのであろうボロアパートの隣に当たる敷地なのだった。
隣の敷地。つまり普通に考えればおとなりさんなのだけど、えっと~多分そこに投げちゃったかな~というか、私もほら極限状態で、投げようと思って投げたわけでもなく~…
と、さんざん一人で内心言い訳しまくってみたけど、何度斜め上をチラ見しても現実は変わらない。泣きそうというか、嫌なのに試されるアレに行くこわばった顔で私はついに(よし)と意を決した。
私が斜め上に何度もチラ見したおとなりさん、隣んち。
それは世間一般で言う『お墓』なのだった。
アパートを内見した時は「窓からビルじゃなくて緑が見えていいですね~」なんて、都会に就職が決まった事で何でもうまくいきそうな気がしてすべてが輝いて見えていた。しかしその奇麗だな~なんて呑気に感じた緑の樹木の向こうに整然と、びっしりと
古びた趣のある色んな思いが詰まってそうなお墓がびっしり並んでいるなんて、思いもつかなかったのだった。 やたら家賃が安いので、事故物件じゃないかと不動産屋に色々とカマをかけ、部屋の安全を確認したけど、とにかく古いけど内装はリフォームして今風だし、電気系統や水道など不良があればすぐに交換するから!と、引っ越しシーズンもあってやたら高飛車だった他の不動産屋のイラつく営業に疲れきっていた私は、窓から見える緑に(ここだ!)と、安らぎを見出してしまったのだった。
今考えるとこんもりびっしり茂っていて、これでは都会に来た意味がないと思ったけど、都会が過ぎて窓を開けたら数センチで隣のマンションの窓とこんにちは。互いにどういう生活をしているのか丸わかりという気まずさよりは良いと思った。
大都会・東京の代名詞でもある『坂』または『丘』と言われる場所の上にそれはあり、再びチラ見で見上げてみれば薄暗い中に、これまた年季の入った石段があるのだけど、非常に不親切に急だ。坂は東京の名物かもしれない。だけど急だ。たぶん45度以上の角度がある。
とまあ、うだうだしていても仕方がなく、女一人で夜の墓場に入るのも何なのですが、入らなきゃいけない原因である靴を投げたのは私であり、心細いのはやまやまだけど、例えば人に助けを求めても『ええっ!お墓に向かって靴投げたんですか?』と眉をひそめられるのも非常に困るというへんてこな状況の中、私は急すぎる石段を、人目についてないか気にしながらそろりと登って行った。
石段は急なだけで大して段数は無い。せいぜい20段位。でも当然明かりはないし急だし整備された階段ではなく昔ながらの岩そのものでできたような階段で、なかなか危険だ。片足靴無し片足パンプスでは到底登れないので、意を決して残った靴も脱ぎ、片方だけの就活パンプス片手に登っていく。(なんでこんな目に合わなきゃならないのよ。これ以上不幸な女は今夜私以外にいるわけがない)と、世界を呪いながら石段を登りきると寺…ではなく、神社がある。その神社の左脇にもちっちゃい神社っぽいものがあり、反対側の脇が『お墓』なのだった。 昔のつくりというか、神社と寺が隣り合っているのは田舎でもそうだったから違和感はないんだけど、よりによってまさかその『神社・お墓』という二大スピリチュアルスポットの隣に住むことになるとは思わなかった。お墓参りする為の水場が一応残るだけでお寺は近所に見当たらないことから、おそらく私が(ここだ)と決めたボロアパートの建つ敷地にかつては寺があったものと想像がつく。そりゃ、窓から見える緑の向こうがお墓なわけなのだった…。
どんくさい私がそのスピリチュアル立地に気づいたのは、つい最近だ。アパートからこの石段前を通らないと駅に行けない。就活に焦って何度も行き来することがあり、その中でふと、この石段前でぼうっと上を見上げている若い女性が居て、(何かあるのかな)と思って初めてそこに何かがあると気づいた程度だった。何だろうと思いつつ素知らぬ顔で通り過ぎ、後でググって私はアパートの窓向こうの青々とした新緑の向こうに何があるのかを初めて知った。
隣の敷地はお墓。別に田舎でも結構目にするけど、墓地の隣にアパートってさすがに見たことない。部屋自体についてはがいわくがないかなど良く確認はしたけれど、アパートの敷地の過去や近所の敷地がどうだとかなんて、全然眼中に無かった。でも、事実を知っても私はその時はこう思ったのだ。(夜とか見ないようにすればいいし、行くわけじゃないし、コンビニと駅が30分も先に行かないと無いより全然ましだ)
そんな余裕ぶった事を考えているから今こうやって、全てにおいてドン底の女が夜に一人で、しかも靴無しでコソコソと忍びのように抜き足差し足をやるはめになっているのかもしれない。
いやいやイカン!私の人生に染み付いたこのマイナス自虐思考を変えたいというのもあって大都会・東京に一大決心で出て来たのだ。夜のお墓くらいなんだ!ただ墓石が並んでいるだけだ! さっさと靴を拾って帰ってなんとか自前修理の道を探ろう!そうしよう。
ふと、夜の静けさと独特の雰囲気に包まれた神社を見上げる。
石段を上がりきるとすぐ鳥居で、いくらもしないでこじんまりした一軒家のような神社がある。神社は神社で異様な雰囲気だ。それなりに手入れはされているのかもしれないけど、古くさくて木造なせいか、辺りに木の匂いがする…気がする。
2,3分も歩けばすぐそこに都会の喧騒があるのに、ここは暗くて静かで自然そのものの匂いがするというのが五感で直に感じられ、都会のただ中だという感覚を狂わされる。
さすがの私もさっきまでの勢いを無くしかけたけど、ここまで来たのだ。早く済ませよう。思い切って小声を出してみた。
「あのぅ…ちょっとだけ、お邪魔します…」
取り合えず下手に出て謝っていくスタイルは絶対に相手に嫌悪されないはずだ。しかしわたしは神社をあまり見ないようにしながら、放り投げてない方のパンプスで塞がっていない方の手でさっと片手で拝み、右の方へ数歩素早く進んだ。もうとにかくこういう時はえいやっと、早く済ませてしまうに限る。
その時、私以外の何かの気配がした。
由綺 「はっ(※と、息をのむ音)」
栢 ※隣(由綺)の様子をものめずらしそうに眺める。
菊咲 「う…」
私はそろりと忍び足スタイルの最中で固まってしまった。
『声』いや、『音』がした方向を反射的に見るなんて度胸は無い。ただ止まるしか出来なかった。
由綺 ※心配そうに見ている。
栢 ※怪訝そうに由綺を見ている。
菊咲 止まっているのも体力が居る。全く鍛えていないし筋肉なんて無いのでは?というほど運動も苦手な私はそろそろストップモーションがキツく、かつ、さっきの『何か』を感じた方角が気になってしまっていた。こういう時、見たくないのに見なきゃいいのにその方向を確認してしまうのは、所詮人間が動物であるという証なのだろうか…。私は態勢のキツさからゆっくりストップモーションを解除しながら、目線だけでそちらを確認した。
それは神社の正面奥あたりで、ついさっきわたしがささっと通り過ぎた場所だった。通り過ぎたのだから、何も居るわけない。
しかも、こんな時間に。 こういう時、もどかしい程暗闇に目が慣れない。かなり小規模の神社なのでライトアップなんか当然無く、周囲に光を反射するような人工物も無く、年季が入ってそうなやたら入り組んだ彫刻のでこぼこがどこか遠くの光をかろうじて微妙に受けていて、余計不気味になっているくらいだ。
それでも暫く、あるいは数秒、そのまま目だけで様子をうかがっていると、ようやく暗がりに目が慣れてきて、社殿がものすごくアーティスティックな彫刻で装飾されていること。それがめちゃ年代物っぽい感じであること。小さな神社すぎるからかお賽銭箱すら無く、よくある鈴と鈴を鳴らす紐がだらりとそこにあるだけなこと。大体その鈴は神社の中央にあると思うけど、どうやら鈴の手前にも向こうにも、閉まっている神社の社殿にも人の姿は無さそうだし、事実誰もいない。
「はあ…」※安堵の溜息
と、ようやく肩の力と緊張が解けた。
由綺 ※少し哀しそうな表情。
栢 ※由綺を身を乗り出してのぞき込む。
由綺 ※そこで初めて栢に見られていると気づくが、浮かない顔。
栢 ※その様子に驚き、そして困ったやつだという顔をする。
菊咲 ここの暗さにも慣れて来たし、人の気配をもう一度確かめるべく、全体的にざっと見まわしてみる。
セーフ!やはり誰もいないし、何か居る気配は無い。 でも都会だと、買い物中に店でほんの少し後ろに後ずさっただけで気配も無だったのに他人にぶつかることがある。田舎では何の店でもめちゃスペースがあるので、ぶつかるなんて無いし気配を消さなければならないほど見ず知らずの他人の傍に行く場面とか無い。プリウス並みに消音されると田舎では逆に事故が起きかねないのだ。しかし音どころか気配を消せる都会人の空気化能力をなめてはいけない。と思うけど、この狭く暗い敷地で無になって隠れている意味は特に無いと思う。
見える範囲で安全を確認したので、私は当初の目的を遂行しようとまた抜き足差し足を始めた。
由綺・栢 ※移動する菊咲を見ている。栢は足元が素足であることに目を丸くする。
菊咲 「いやそんな、遠くへ飛ぶわけないと…思うんだけど…」 と、小声で独り言を言ってちょっと暗くて怖い中をゆっくりゆっくり探しながら進んだ。投げたのは自分なので方角的にこちらの方だったとは思うのだけど、私に筋肉とか無いし、正直階段の上あたりに靴があると思っていた。でも階段を上っている最中にも見当たらず、少しずつ少しずつ奥へ進んでいる。
多分この神社のつくりというかからして、神社があってその奥の方の敷地に寺と墓場があったのだろうけど、墓地が足りないか削られて神社脇にも墓地がはみ出来てきた感があり、若干斜めになっているとても雰囲気があって苔むした墓石ばかりなのである。どれもこれも年代物で、いかにも何か歴史があって、いわくありげなものばかりが目に付く。
大きなものや綺麗な形のものは無く、自然の石なのかそういう石を選んでいるのか、どれもごつごつしていて多分名前だとかが書いてあるのだろうけど、完全に横になっていたり苔に覆われていたり、ここは本当に東京なのだろうか。実は恐山とか地蔵が千体ある。とかいう場所だったんじゃないかという雑然さで小さなものが無数にある。それがまた怖い…。しかし田舎の風景を思い出すと、一般的な最近の墓は長方形の縦長のどっしりした墓石に、木の長い札みたいなのがついている。あれが無いのでここはまだましだと思えた。(うちの地元、風強いから夜にあれがカタカタ鳴るのだけはほんと勘弁…。あれよりまし。あれよりまし)
と、自分をなだめたり勇気づけたりしながら、首まで伸ばして辺りをうかがってみるけど、レイド必須装備のパンプスは一向に見当たらない。私は立ち止まってみた。 おかしい。私の腕力ではそんなに遠くへ飛ばすなんて多分無理だ。そのあと転がっっていったとしても、このあたりに無いとおかしいのでは。という場所まで来ても靴が見当たらず、私はふーっと重い溜息をついた。
由綺・栢 ※菊咲を見ている。由綺は哀しそう、心配そうな表情。
菊咲 だいぶ辺りを見回したけど靴は無く、じゃあ明日の昼に来ればいいじゃないかとも思ったけど、それはそれで不審な行動が陽のもとに晒されるので、結局私はここまで来たからにはもう少しだけ靴の片割れ探しを続けることにした。そして次に捜索すべき方向を見た。 そちらのおくりの方は少し明るい。この墓地は皮肉な事に奥の方が明かりがあってそちらの方が幾分安心できる。なんで奥に明かりがあるかというと、そちらに某林荘ならぬ『アパート林』があって、その照明が林越しにも墓地を照らしているのである。林荘は大家さんが林さんなんだろうなと思ったけど、アパートと墓地の間に林というか茂みがあるから林なのかもしれない。
まあそれはいい。人工物強しだ。で、その明かりが見えるまで奥に行くのはさすがに怖すぎるなと思うし、林荘の人達に姿を見られて逆におばけ扱いでびっくりされても嫌だし、明かり手前でパンプス捜索はやめようとなんとなく決めた。場所も場所だし、見つからないならもうそういう運命なのだ。どこかで安い靴を見つけろ。というお達しだと思おう。と割り切ると、私はよし。と気合を入れなおして足を踏み出した。
由綺 「はっ!」※と息をのんで立ち上がり、そちらへ行く
栢 「ちょ、ちょっと!なにやっ…て!…」※あまりのことに言葉が続かず、腰が抜けたように動けない様子。
菊咲 「…え?」※スローで大きくすっころぶモーション。
この感覚は人生で一度味わったことがある。自転車でルンルンで走行していた時、突っ込んできた自動車にはね飛ばされたあの時の感覚だ。
やたら時間が長く感じられ、音が何もない。あるのは『助かるか助からないか』の二択なのだ。という感覚のみ。そして今この時は というと…。 『あ、ヤバイ』だった。頭が真っ白になる。
なのに呑気に私の脳は(あ~、あの時ははねられて何メートルか吹っ飛んだけど『ああ、大丈夫だ』って思って、本当に全くの無傷だったんだよなあ…。自転車はめちゃめちゃだったけど)
そして、(ああ…、いくら運が悪いとはいえ。節約しなければならない身とはいえ、新しい靴買うのめんどくさいしお金かかるしボンドでくっつけてみよ~。なんて思って夜の墓場まで入ったのに、苔に滑って岩っぽい地面に後頭部打ってあの世行きかあ…。しかもこれ、臨死体験ダブルで来てない?なんか…、水の感じがするんですけど、いつものあの…感じ…?)と、言うことまで時間たっぷりにセルフ走馬灯出来る時間があった。
※菊咲後ろに倒れそうなところで止まっている。
由綺 素早く移動し、パンプスの片割れを出してその前で菊咲を見る。
栢 「…~~~っ!」※あまりのことに口を押えて足を踏み鳴らす。
菊咲 「…え…?」※一瞬強くフラッシュ
呆けた顔をして私は無傷で、そこにいた。いやおかしい。自転車のくだりの通り、多分大丈夫な時は大丈夫で、大丈夫じゃないときは大丈夫ではないのだ。 整理しよう。たぶん、私は足を踏み出す予定だった。いや、踏み出して、苔に足を取られて見事にすっころび、後頭部を石畳にぶつけるところだった。だって、苔のぬめっとぐにゃっとした感触を私は足の裏で直に体感済みだ。
なのに、私は今、足を踏み出していないことになっている。 呆然と、ちゃんと両の足が地についていることに驚いて、他にどうすることもできないまま、なんとはなしにふと右側を見た。余計驚いたが、先ほどから『多分死ぬかもという事故に遭っていて、その死ぬ瞬間を臨死体験したまま』だし、でもそれは幻だったのか?何なのか?私は何とも無いのかどうなっているのか?誰か教えてください状態って情報多すぎるんですけど、なんとそこに更に情報が増えていて、とりあえず目を引ん剝かなければならない。
先ほど(ああ、もう靴がないしもっと奥の方へ行かないと)とようやく決心したのに。夜だし墓だし怖いし、さんざん注意深く進んできて誰もいないのを確認し続けてきたのに、さっき見た場所なのに!色んな条件を慎重にクリアしてきたはずなのに…。なんとそこに人がいるのである。いや、人の形。というのが多分正しい。真っ白なふわっとした服を身に着けて、『いかにも』といういで立ちで、ぼうっと地面からたたずんでいる。そうとしか言えない。そしてそれは、地面の一点をうらめしげに見ていて何かに手を伸ばしている。※由綺・描写通りに。
それは紛れもない。『それ』が手を伸ばした先にあるもの。それは私が探し求めていた靴である。 私はあまりの驚きに、口をあんぐり開け、そのあとゆっくりと、先ほど臨死体験しつつも手放さなかった左手が掴んでいるもの。片割れの靴を見た。 …同じだ。やはりあのなんか白いものが見ていて手にしようとしている靴と、どう見ても同じだ。(どうしよう)内心ヒヤリとしながらも、そろそろ私の中で同時に処理できることの数が限界を超えていた。
栢 ※菊咲と由綺の周りでサイレントパニックでぐるぐる回ったりしている。そしてハッとする。
由綺 ※無言で少し切なそうに菊咲を見上げる。
菊咲 それをきっかけに、私の脳みそは限界を超えてしまった。
「うわあああ!ご、ごめんなさいごめんなさい!悪気はないんです!悪いのはこの世の中!そ、そう!これでもかっていう、タイミングの悪さ!…で、あの、これ私ので、あ、明日も使うので!!」 と、つっかえながらも早口でまくしたて、何とかその靴は私のものなので、そんなに見ても欲しそうにしても上げられないよという事を暗に伝えつつ、私はとてつもなく大胆なことにそれを素早く奪った。その時
水の感じがした。それが何なのかは私はよく知っている。
由綺 ※(できれば水の中映像か照明)少しだけ目を開いて反応する。靴から手を放す。
栢 ※相変わらずパニックしているが、由綺の様子を見て少し愕然とするけれど、ぼんやりと何か考えるような感じ。
菊咲 水の感じに驚きながらも、他にも何重にも驚かされており、実は今目の前のなんだかわからない。あまり詳細にわかるのもちょっとアレな白い…人、たぶん少年位の見た目のヒトっぽい何かから就活パンプスを奪うことに成功して両方の靴が私の手の中にあることに私が一番驚いていたりする。私は本当に咄嗟の行動や機転や世渡りが下手で、よくもまあ突発的に一番いい対処ができたなと自分の行動をちょっと感心していた。そして、ということはもう用は済んだのだ。あとは素早く何事もなかったかのようにここから立ち去るべきだと、細かいことはすっとばして私の本能はそう告げた。
「じゃ!…お邪魔しました~…」 覇気の無い芸人みたいなかすれた挨拶をしつつ、私はその場をずらかる態勢に入った。なるべくそのヒトっぽい白いものを見ないようにしつつ足早に、しかし夢だか幻覚だかわからないけれど、また苔に足をとられる感覚があったりすると嫌なので、割と慎重にそそくさと歩いていく。
由綺 ※ゆっくり立つ。見送る。
栢 ※急に慌てて身振り手振りで大慌てしながら石段下へ先回りする。その様子に、由綺が不思議そうな顔をする。
菊咲 石段前まで来て一度だけ後ろを振り返ろうかどうしようかと一瞬思ったが、答えは即決ノーだった。足早に下りたいところだが、ここも整備されているとは言いにくい。早めに、だけど慎重に降りていく。降りきるとそこはなんてことない駅前通りにつながる道なので、なんというか安心安全な現世に戻ってきた感じがあると思えた。その小道にようやく足をつければ、そこからは舗装されているし頑張れば速足もできると思うし。なんてことを考えていた。
栢 ※ここから実体、声有り(菊に聞こえている)です。
「お姉ちゃん待って!」※栢が階段下横から出てきて通せんぼ状態になる。
菊咲 「っ!」※咄嗟に靴を抱いて硬直、声を失う。
  (えええ?もう短時間で色々起こって何が何だかよくわからない!え、この子、女の子?だよね…?)見ると小学生よりは中学生っぽい、だいたいそのあたりの年に見える子供がそこにいて
私が何か言うのを待っている。感じがする。
とにかく道路に出たかったわたしは思わず口を開いた。
「ど、どしたの…。」言うが早いかその女の子が私が何か言い終わらないうちにまくしたててきた。
由綺 ※びっくりして上から様子を見ている。
栢 ※ちょっと慌てながら「あっ、あのねあのね。この神社ね。文(ふみ)願掛けをやってるんだよ。お姉ちゃん知らないでしょう!」
菊咲 知らない女の子にびしっと指さされ、唐突にマウントをとられていた。その女の子はくすんだ赤っぽいシャツに淡い茶のスカートといういで立ちで、特に違和感なく人間だった。そして唐突に私の目の前に飛び出してこられても正気を保っていられたのは多分、その子から親近感がにじみ出ているからだと思う。『お姉ちゃん』その言葉に多分私は警戒が無い。田舎の実家には私しか女子がおらず、名前よりもいつも『お姉ちゃん』と呼ばれていたので反射的に警戒の必要がないと思ってしまったのかもしれない。一息ついて私は答えた。
「う、うん。そうだね。し、知らないよ」 そう答えつつ、どう見ても普通の子供に見えるし適当にあしらって早くこの場を立ち去ろうと思っていた。都会だから、意識高い子供のランニング途中とかかもしれない。よく見るとなんだか意識高そうな顔している。なんて考えていると、下から小さな手が伸びてきた。 「んっ?」驚いて変な声を出してしまったが、さっきの階段上での出来事よりは全く落ち着いていた。女の子は何を思ったのか、私の就活スーツのポケットに何か紙っぽいものを素早く突っ込んだのだ。そして私が何か言おうと口を開く前に喋りだす。
栢 「じゃあ教えてあげるね!文願掛けを7日7晩続けると願いが叶うんだよ!で、文だから、おみくじになっている紙に願いや聞きたいこととかなんでもいいから手紙みたいに書いて、それを次の日この社に結んでね!そうしてまた新しいくじを引いて、何が書いてあるかよく見てほしいの!それを7日続けるんだよ!そのくじに天の神様の伝えたいことが書いてあるんだよお~!」※ちょっと焦りながらもにこにこ言う。
菊咲 ※冷めた顔。 「…ああ、そ、そうなの~」とりあえずそう言ってみた。というトーンで私は答えた。いや、でも子供相手にそれは良くないし、大人げないなとは思った。だから
「あ、お、おみくじみたいなものなんだね!えっと、お賽銭入れなきゃ…だよね!」とりあえず精一杯の苦笑いで答える。
栢 「え、いいよお!その代わり、ちゃんとお手紙かお願い事書いて明日またここにきて結んでね!約束だよ!絶対ね!」
菊咲 そういうと女の子は小さな小指だけを『指きりげんまん』と言わんばかりに見せて、ひとつニカっと笑うと道路を登って行っしまった。
そっちの方はこれから私は行くべき方向で、もしかしたらあの子は同じ林荘の子で、私の姿を見たことがあったので声をかけてきたのかなと思えてきた。まあ、それなら夜に子供が一人でも納得がいく。ここから林アパートまでは1分くらいなので、自販機にジュースを買いに行くような距離ではある。道も車が通れない細路地で、危険は少ない。「文ねえ…」 私はつぶやきながら念願の舗装道路に降りる。ああ、人工物の安心感よ。私は一度だけ斜め上を仰いでから女の子が登って行った坂を歩き始めた。
由綺 ※下を覗いていたが菊がこっちを見たので頭を引っ込める。去る菊を見送りながら、元の席に戻る。と、栢が戻って席につこうとしたので声をかける。「…なぜ?」不思議そうな由綺を見て、栢はにっかと笑う。
栢 「あなたのそんな顔、初めて見ましたよ。だからね、どういうことなのか知りたくなって…」※由綺とたんに読み取れない表情に。
「ほらそうやって!何も教えてくれない。一体どのくらいここにいると思ってるんですか?そんなに頑なに覆いのある方、他に居ませんよ」※嫌味っぽい感じで言い、席も戻り足を組む。
「私の性分でもある、お手伝い。ですよ!このままでは何のインパクトも与えられず、あなたは記憶の彼方にやられてしまいます。それは嫌なのではないですか?」※あまりに由綺が反応しないので、鎌をかける感じで言う。由綺、ちらりと目だけで栢を見る。
「ほら~!ほらほら!ね、良かったでしょう。助けになったでしょう?あたしってば良く働く~う!」※機嫌よく言って、由綺を意味ありげに上目で見る。「どうです?少しは気が動きました?」
由綺 ※その言葉に一瞬止まる。そして息をつく。
栢 「ええ~?それだけですか!なんと、隣甲斐がない!!」※オーバーに身振り手振り。かまってほしそうにしている。由綺は溜息をつくような感じ。でも冷静そのもので。
菊咲 その後林アパートまでの道は特に何の問題もなく、一応あの女の子が部屋に入っていくとか無いか姿を探したけど、それどころか誰にも会わず、いつも通り静かだった。私も何事もなく部屋にたどり着き、鍵を閉め、何故だか玄関で呆然と突っ立ってしまっている。
色々ありすぎて混乱していた。でももうここは生活感満載の私の部屋で、両手でパンプスを抱えていなければまあ昨日と一緒だ。
なんというか、部屋の外は危険やゾンビだらけでも、セーブ場所は完全に、どうやったって安全なのと一緒で、ここは安全なのだ。それにようやく気付いて、私はまずほっと息をついてパンプスを玄関に置いた。
でもまだ一歩踏み出して部屋に上がる気になれず、その場に立ち尽くす。
どれくらいしたかようやく先ほどの事を現実的に整理しはじめた。
まず、夜に行ったことが無かったからちょっとビビったけど、あの神社の横から奥が思ったより敷地が広かったなと思った。やはりグーグルマップ探索とは違うなということかと思った。
日々通る駅前につながる道からは石段の角度がきつすぎて上がどうなっているかなんて見えないのだ。そして、奥の墓石びっしりのエリアへ行かなくて済んでよかったな~とか、思い始めた。そこで、あまり思い出したくないことについて考える。それは
『あの白い服…シャツ?を来たヒト…?いや、人だよね。うん人だ。そ、そうじゃないと色々困る』ということについてだ。あまり見ないようにはしていたが、なんとなく少年ぽかった彼の様子や顔を思い出そうとする。すると、ふと、(なんであんな暗闇で顔とか見えたんだ…?そういえば服とかちょっと光ってなかった…?)などと思い始めてぞっとする。でもまあ、心霊番組みたいに下からライト照らされたような感じとかではないのだけど、なんだかぼうっと全体的に白く光っていた気はする。
その白くぼんやり光っていたかもしれないヒトの顔は整っていてあっさり爽やか系のきれいな顔立ちだったと思う。でもそれだと余計に怖い。だって割と顔立ちが整ってる少年が夜に一人、神社で地面辺りにふんわり座って落ちているパンプスに興味を持ち、手を伸ばしていたことになる。
(うん、おかしい。それは絶対無いな)私は首を横にぶんぶん振る。ゲームやアニメ、ファンタジー小説類に抵抗のない私がそう思うのだ。無いだろ。
しかし現実的には少年ではないとしたら、彼はなんなのだ?と、私は考え、たぶんどうやらそれがひっかかって玄関からセーブポイントである部屋の中へ行けないみたいなのだ。私の悪いところというか、頑固なところが発揮されているかもしれない。ぐちゃぐちゃのままでは落ち着けないのだった。それで私は下を見る。
パンプスと、ヒールが見事に折れたパンプスがある。首の皮一枚とはよく言ったもので、本当にそういう感じでかろうじてつながっている無残な靴。私はそれを見て(あ、これなら素人でも強力接着剤あればいけそうじゃん?やっぱ拾ってきて良かった!)と、究極にセコイことを考えていた。
だいたい、例えば最初から諦めるにしても安くて足に合う靴が無いんだよね~なかなか。なんて思ったその時、閃いた。(もしかして?いや、総合的に考えるとやっぱそうだよね…)
私がたどり着いた答え。それはあの白いヒトは多分幽霊的なものなのではという事。え、そんなに簡単に幽霊を認めるの?と言われれば、逆に、あの白い子が人間だとして、あんな時間に一人で綺麗な顔した少年が地面にだべっている方がやばくないですか?という誰も言い返せないであろう鉄壁の事実がある。そして、幽霊というからには何か言いたいことがあるのかもしれない。この、無残すぎる姿をしたパンプスを見て、「しっかりしろ、傷は深いがまだつながっている」と同情したのかもしれない。いやいや
※首を振る。 なんだかわからないけど幽霊には同情というか、同じ気持ちにならない方がいいと思う。と思い直し、それは置いておくことにした。 残るもやもやは一つ。だがそれは多分誰にも解明できそうにない。私は恐る恐る足の裏を見た。 いちおう就活帰りだったのでストッキングを履いていたが、安物だからか厚手で滑ったのかもしれない。いや、滑ったのかどうかがわからないのが一番腑に落ちなかった。幽霊の件より腑に落ちないというのも変な話だけど、確かに後ろにすっころんで頭に衝撃がくるような気がした。…ような?と、私はまたひっかかりを覚える。
まあ、夜だけど白昼夢とか貧血で倒れそうな時に似ている感じかもしれない。良く思い出すと階段を踏み外したような感覚に近かったと思い付き、私は少し気を取り直した。
自分の感覚なのでなんだが、幽霊を認めるよりもこの感覚を疑う自分が居た。しかも相当不審がっており、私は足の裏をよく確認した。(苔…で、滑ったように見える…)深緑色となんだか汚い土色が足の裏に伸びていた。
暫く見ていてもそのシミは消えたりすることも無く、仕方なしにはあと一つ溜息をついてから、そのストッキングを脱ぎ、ようやく私は玄関の上り口に上がる気になった。林アパートは1kなので手を伸ばせばだいたい何でも手が届く。キッチンタオルに手が届いたのでそれで足を拭きつつ部屋奥へ歩きつつぼんやり思った。
(ああ、これは現実だ。でも、あの時の『だめだ』って感覚…。別に、あれが、現実でも良かったのかもなあ… )※暗い顔。
外でどんな恐ろしいことが起きていようとも絶対に不可侵なセーブルームともいえるこの林荘105に帰ってきたからか、私はそんなことを考えていた。そしてああ、また水の感じがする。と思った。※水の中映像
大きくため息をつき、就活装備を外していく。なぜそんなことを思うのか。「現実の方が、キツいから…」そうは言いつつも、手が勝手に明日の面接の為の書類をバッグに詰める。ここのところ、全員面談確約をするなんだか怪しい企業の面談へ行き、やっぱりここではない。そもそもここに必要なスキルが無いし。と毎日自己嫌悪するのだが、面談予定が入っていることで自分を保っており、何の希望も期待もなくも予約だけは入っている日々だった。
自分でもむなしいとは思うけれど、それがなかったら社会から存在を消されたみたいになってしまうと思っている。
そして昨日と同じくスーツをハンガーにかけようとして、ポケットを見ると。
「!」 これは本物なんだなと、私は呑気に思った。おみくじらしきものがポケットに入っている。
広げてみると、まず第一印象として手作り感満載だと思った。決して大量生産品や印字されたものではない。全て筆の手書き風で、ほそっこい流れるような字で色々と書いてある。
私はおみくじなんて嫌いだ。だってそれはギャンブルじゃないか。ギャンブルに運を任せているみたいで嫌で、記憶にある限りおみくじなんて自分からひいたことが無かった。だからか、なんだか見たことも無いものを初めて見る感覚で少しドキドキした。
そこには本当に細長い紙に字が書いてあるだけで、確かにくじというより文だった。中身には
『文みくじ 初吉 運勢:日々続けることが吉。毎日文を書くとなおよい。 健康:すこぶるよし 商い:助けあり 待ち人:すぐそこ 旅行・転居:動けば大凶。やめるべし 便り:早く書くのがよい』 と書いてあった。めちゃくちゃ文を書くことを推奨してくるおみくじなんてあるんだなと思った。そして肝心の私が知りたいのは『就職』とか『仕事運』なんだけどなと思った。まあ、その項目に『大凶。動くな』とか書かれていると余計闇落ちしそうなんですけど…。
私は何となくそのおみくじをほぼ唯一のインテリアともいえる小さめのテーブルに置き、スーツをハンガーにかけ、他の日常的なことを済ませてから落ち着いてもう一度手に取って見てみた。
「う~ん、本物…」どうみてもこれは本物の紙で、まあ変わったおみくじなのだろう。ということはあの女の子は現実の女の子で、なんだかわからないけどこの文みくじ願掛け?の、広報なのかもしれない。と思っためちゃくちゃこれを推してきていた。
昨今神社や寺の御朱印がブームだけど、まあ別にあれは誰か個人が狙って流行らせたわけでもなく、「これ良いでしょう」「私ももらいました」という些細な情報発信が他人に羨ましがられ、『大人が手軽に収集でき、羨ましがられるもの』として「流行」になっているのだと思う。御朱印目当てでもどこかへ出かけるわけで、プチ旅行を味わえて自慢もできる。そう考えるとこれは御朱印のはやり始めと同じで、もしかしたら今後ブレイクするアイテムなのかもしれない。ものすごく特徴あるし、一部に受けそうだな。なんて、かつて広報的な仕事に興味があった私はつい何でも就活的に考えてしまっていた。まあそれがいばらの道というか、あるけど見えないアクリル板みたいな道なんだけどね。
私は改めておみくじを見た。最後の方に『願いや文を裏に書いて神社に結んでね!天から返事が来るかも!』と、どうしても文を書いてほしい。そしてこれを発信してくれ~!というような叫びが聞こえてきそうな箇所が目に入る。
なんだか面白く、私はちょっと微笑んでしまった。 と、同時に現実に引き戻される。
  文字を見る限り、印刷など機械的なもので書かれているわけでなさそうで、では人力で書かれているとして誰が書いているのかは気になった。見るからに達筆で、古風な美人さんが書いていそうな字だ。(あの女の子…な訳ないよね)子供の方が何でも上達は早いし真剣に取り組むから書道の段もとれるとは思うけど、ここまで風流な字は書けないと思う。そしてそこで私はある重大なことに気が付いてしまった。
「あ!」自分で引いたりはしないが、大概のおみくじが100円から、というのは知っている。私は自分で認めるどケチだが、小学生くらいの子供からタダで物をもらおうとかいうのはさすがにありえないと思った。あの子供が渡してきたものではあるが、子供に恵んでもらっているという格好も嫌なものだ。
そして、指切りの形にされた小指が思い出される。色々考えた挙句、タダでもらった。という事実を帳消しにするには、あの子の言うとおり、この文みくじのやり方どおり、『文を書き、神社に結ぶ』をやるしかないという結論に至った。 あの子がどこの子かもわからないし、もしこの林荘の住人だとしても一軒一軒インターホン押して尋ねまわり、運よく女の子に出会えたら100円渡す。なんて常軌を逸している。もしかしたら手が込んでるくじだし、500円くらいする物かもしれない。そう考えると、わりとちゃんと、真剣に『文』を書かないといけない気がしてきた。
ふと、窓が目に入る。これが『緑が綺麗ですね~』と私がうきうき気分で気に入ったでかい窓で、その向こうにびっしり茂みと林と、その向こうについさっきどたばたと現実かよくわからない出来事を体験した例の墓地がある。 ※虚ろに眺めてペンをとる。
ぼんやりと、浮かんだことを女の子に持たされたおみくじの裏に書いてみた。
そしてその後はシャワーを浴び、普通に就寝した。
夢をみた。
いつもの夢だ。この“夢の感じ”を、起きている時に何故感じたのかが気になっていたので、きっとそれを思い出して夢を見ているんだろうな。なんてぼんやり思った。 夢の内容は毎度毎度なんというか、あるようで無くて、ただ水の中を何かに手を伸ばし沈んでいく夢だ。他には何もない。
よく考えると“水の中”という感覚もおかしなもので、水の中にいるような視界だ。というだけで水の中ではないのかもしれない。深い水中だからか目立った音がすることも無く、暗い感じはあるが光が差さないというわけでもなく。全てがぼんやりしていて、なんとなく『たぶんこのままだと死ぬんだろうな』と思っているだけの夢。でももちろん何をどうすることもできない。
小さい頃から落ち込んでいたり悩みがある時、元気が出ない時なんかに見ることが多い。 夢というのは寝る前の一日にあったことを反芻して思い出しているというから、寝る前の一日の中で私は『死にそうかも』もしくは『死にたいかも』と思っているのでは?と考えると、目覚めが良いハズも無く、我ながら毎度落ち込んだ気持ちになる。もし他に考えられるとしたら予知夢的なものかなと思っていて、それだと解釈は『近いうち死にそうになる』となってしまい、縁起が悪い。夢の中を体感している自分が思うに、それほど痛いとか苦しいとか嫌な感覚は無いのだ。だからもしかしたら夢の中の感触のようにすべてがぼんやりと、水中眼鏡越しで見えているように、水の中の世界に溶け込むが如く、この世からいなくなれるのかも知れない。もしそうだったとしたら私はそれでもいいのにと、最近この夢を見るとそう思う。これが出てくる時というのは、特に気分も運勢もまるで全てが落ち込み、どん底の時なのだ。だから夢を見ている私自身が“そりゃこの夢も見るわな”と自分で自分をなだめてしまうのだった。

そんな不思議な朝だが、今までもこれからもそうなんだろうけど、あの夢を見たからと言って水の底に降りて行ってどん底過ぎる現実から永遠にログアウトできました!とはならないのである。 まず起きて意味不明な夢の憂鬱さをいつも通り感じたけど、その後に昨晩の夢ともつかないような、だけど全てが現実に見え、そして体感した。してしまった、不思議な夜の出来事が思い返されていた。 結局昨晩は寝落ちするまで隣の土地での出来事を考えたくないのに考え、思い出してしまってばかりいた。 それはいつものあの夢にも同じことが言える。何故全く同じ夢を何度も見るのか。気にするなという方が無理だ。そして昨夜隣の地で遭ったことでも一番心にひっかかっていたのが“あの夢の感覚がした”ということだった。起きている時にあの感じが来たのは初めてで、何故あの場所でそんな風になったんだろうというのが私の中でものすごく気になっており、苔に足をとられて後頭部を打ったかもしれない白昼夢と共に、変わった位置にある口内炎の如き存在感を放って私の中にあった。 正直気にしすぎとも思えるけど、わからない事は気になるものだ。
でも私は頭がおよろしくない。割と感覚で全てを考える性質だ。だから(そう簡単にはわかったりしないんだろうな)という事しか分からず、そして朝は来て、現実は止まったりしないのだ。
就活人間の朝のルーティーンとしては、ささっとお祈りメールをタイトルで嗅ぎ分け流し見し、就活サイトを覗いてあまりにも無謀そうでも応募をポチり、自身のモチベーションを保つ為に全員面接してくれるめちゃくちゃ怪しい企業を探す。 私のここのところの日々はそんな感じだ。そして荒山に入山する修行僧の気持ちで面接に出かける。世の中にはWEB面談もあるが、林荘でそれをやるのはキツイ。なぜなら某壁薄で有名な不動産物件よりも壁も床も天井も薄く、音類は全部筒抜けだからだ。もしかしたら溜息まで聞こえているかもしれない位である。そのような林荘の環境で、全て筒抜けなのを把握しつつ、日に何社も面接という日常をこなしていたら、お前は一体いつまでそれを続けるんだ。という境地になると思う。私がもし近隣の部屋の住人だったら、聞いている方が辛いんですけど…と鬱にかかると思う。 そういった問題もあり、そして部屋にずっと居るのもなんとなくチャンスを掴めない気がして、全員面談を面談素振りの場。修行僧で言えば寄付をもらう修行・托鉢をしに行く感覚だと思っている。いや思い込んでいる。そしてもし、そのうちチャリンとお布施をくれ、「もしよければうちに来ませんか」と言ってくれる、お地蔵さんのような笑顔の人に出会えたらめっけもんだ。 面接官からしたらこれほど回避したい迷惑客はいないだろうけど、こっちだって必死だ。ただでさえ、素振り面談と思っていても緊張してしまい、言いたいことの五分の一も言えず、だいたい(準備不足で来るなよ)という顔をされることが多い。準備は出来ていても、うまくしゃべれないのはどうしようもないと思わないか。そんなに毎日嫌そうな顔をされ、お前みたいな低レベルな奴なんかという顔をされても自信たっぷりに話せば話を聞いてくれるだろう。という前向きな考えの人は、きっと人生でろくに話を聞いてもらえず、相手にもされなかった経験が無いのだ。私は日々それをやられており、その原因が自分なんだろうなと分かっている。だから臆病になり、余計にうまく自分のことを話せない。そしてそれを克服する為に、これ以上傷つきたくないのに日々傷を負いに出かけているのだ。こんなの修行以外の何物でもない。
あ、これ。特殊な修行を積んだ修行僧以外は絶対にマネしてはいけないですよ! そしてまた、今日も私は行に出かける。
レイド装備を身に着け、因縁のあるパンプスを履こうとして一瞬手が止まる。寝る前に故郷から持ってきた雑貨入れを漁ったら、案の定100均瞬間接着剤が出て来て、我ながら用意の良さを自画自賛した。お値段の張る接着剤でなく100均のものをストックしてあったのがドケチ女として特に優秀であったと誇りに思い、寝る前にくっつけておいた。出来はまあまあ、今のところは問題なし…どれどれ。という感じで、足を入れてみる。特に問題なさそうだし、そのまま家を出ようとした。 瞬間、何か違和感を覚えた。
ふと昨晩、女の子が私に向けて出してきた小指を思い出す。
(そ、そっか。そうだよね。タダより高いものは無いってか~…)しみじみ噛みしめながら、小さな机に置きっぱなしだったくじの紙をポケットに入れる。
栢 ※実はくじを持ってないことに気づいて隣地からとおせんぼの格好をしたり、眉をひそめてにらんでいた。栢と由綺は神社から菊の様子を遠目に見ていたり、少し身振り手振りをしたりしていてもいいし、一度はけていてもいいです。
菊咲 いつも通り部屋を出て駅へ続く道の方へ降りていく。何度通ろうがここは一本道で、昨晩と同じく坂を通り、歴史ありそうな急な石段前を通らなければならない。つまり昨晩おかしな出来事をいくつも経験させられ、おまけにおそらくあれは幽霊だろうと自分で特定したものに出会ってしまった場所の下を通るのだ。
坂の下り始めで既にチラリと神社が見えるのだが、ものすごく俊敏にチラ見してしまい、その後は目を合わせちゃいけない誰かの前を通るみたいに速足で安心安全な人工的舗装道路だけを見て通り抜けた。 ※栢、由綺は出かけていく菊を眺めている。
栢 「帰りに来てくれるよね~?来ないとだめだよお…」ちょっと不穏な様子で手をわさわさして言う。由綺は困ったやつだという顔。
それに対して、嫌味な目つきをする栢。
「願えば叶う願掛けだと言ったのですから!…それに今日を逃したとしたら、昨晩で怖い思いをしたようですから、もうぜ~ったい来てくれなくなるのでは?」 由綺の反応を見る栢。由綺はほぼ反応無しだが、少し寂しそう。それを見て栢ぼそっと
「…どういうことなのかつまびらかにさせてもらいますからね…絶対に!」
由綺嫌そうな目。栢、言っておいてとぼける。

※夜 
※ここから栢の声、姿は客席と由綺にだけ見えているていで。
栢 で、夜になりましたが、あの妙なおなごが来ません。待てど暮らせど…! 陽が落ちる前におなごは家に帰るべきですよ! 尤も、暗くなってから会いたい相手が居れば別ですが!そういう相思相愛の相手との縁がこれっぽっちの微塵も感じられないニンゲンでしたし、なら夜にうそうそ出歩くべきではないですよ! まあ、ただ待ちくたびれているといえばそうなんですが! …え?ところであたしは誰なんだって?嫌ですよお。皆さんほら、あたしの身なりを見てなんとなくわかりません?ほらほら(※客席にポーズを取ったりアピール) いや~、あたしとあたしらの兄弟だか親戚だか遠縁だかと、ぜ~ったい一度は会っていると思うんですよ?そいで、み~んな同じような顔ですし、分かると思うんだけどなあ?
由綺 ※見かねて冷ややかな顔をする。
栢 ※由綺を横目で含み見て、また客席へ向き、内緒話の格好をしてくる。「皆さん、悪いのはあたしじゃないんです。この方が、ぜ~んぜん、な~んにも教えてくれないのが悪いと思うんです!もし長く一緒にある友だと思って下されば、ご自分の素性位、軽くでもお話ししますでしょうに。秘密にされると、もう、根堀り穴掘りのほじくり返して、隅々までひっくり返して隠した木の実を目の前に一つずつ並べてやりたいですよね? …え?そうでもない? いやいやそんな事は無いハズです。全部何もかもどうでもいいなら、このお世話好きのあたしの事もどうでもいいっていうんですか? ね、そんなことないでしょう?知りたいでしょう?だいたい、何かを隠されたら暴きたいし、知らなければ知りたいのが生き物ってもの、生きてる証ってもんですよ? …で、あのおなごが何ぞそのカギを握っているようなんで、またここへ来るように仕向けてさしあげたわけですが… と、やれやれ、やっとこちらへ歩いてきましたよ。…それにしてもよぼよぼですね。よぼよぼのおなごなど、あまり視界に入れたくないものです……」※菊、帰り道の姿。よぼよぼでこちらへ歩いて来る。
菊咲 「…はあ…」 いかにも疲れた様子。
栢・由綺 様子をじっと見ている。 ふと、疲れた目で菊が墓地の方を見る。
栢たちはじっと様子を見ていたら相手がこちらを見て来たので少しだけ目をみはってたじろぐ。 しかし暫く虚ろな目で見る菊だが、ふいに視界をアスファルト道路へ戻してまたよぼよぼ歩き出してしまった。
栢 「…えっ! いや、……ふう。知っていましたとも。こうなることは」 
※由綺 ※栢の行動ですが、地の文を由綺が読んでも栢が読んでもいいです。  昨晩の約束を忘れ、どうやらそのまま家に帰る様相の菊に向けて嫌味っぽい口調で言いつつ一瞬ふてくされたかと思うと急に背を正して軽く何度か咳払い。そして片手をすっと上げ、菊の方へ小指を立てて見せた。いわゆる“ゆびきりげんまん”の形だ。
しかし数秒待ってもあの子は反応を示さなかったので、栢は焦った。(※焦る)
そうこうしていたらとぼとぼ歩いているとはいえ、もうすぐこの社の下を通りすぎてしまう。なので栢は焦っていたのだった。そして一瞬何をするべきか考えると、また一度ぴんと姿勢を伸ばして今度も片手をあげた。そしておもむろに
栢 「ほーらほら。おいで~。あなたはどんどん来たくな~る」
※由綺 と、皆が良く言う“招き猫”のマネであの娘を招きはじめた。
由綺 やや面食らったようなめつきで瞬きしている。
栢 「あなたも本気を出して協力してくださいよ。ここを逃したらもう絶対来ませんよと言っておきましたわよね」嫌味な目で言う。
由綺 ちょっと苦い顔。※そしてこれを見逃さない栢。ちらと菊を見て
栢 「あっ、あ~!!このままでは行ってしまう!去ってしまう!ああ、どうしましょう。もう、これではもう会えない」
由綺 栢の芝居じみたセリフに、はたと止まる由綺。それを見てうれしそうに眼を細め、由綺に向かってお祈りポーズをする栢。
栢 「ああ、これではいけないですよね!やはりそこのあなた、ここへ寄っていかないと~?」
※由綺 やけに甲高い声で栢が言い終えるか終えないかで、突如にしてサーッと雨が降り出しはじめました。それはいかにも局地的な雨で、
柔く弱い雨ではあるのですが、集中的にここらに密集して降るようで、まるで狙いの的になっているあの子は、あまりの雨の圧に少し右往左往し、周囲に雨をしのげそうなのはここだけと気づいてこちらを見上げてきました。 栢は思い通りになってにんまりしています。
栢 「ちょっと!そんな言い方ないでしょう?あなたの為にはたらきかけたのです~~」※いたずらっ子のようにふくれる。
由綺 ※下の菊を見つめ、栢にはしょうがない奴だという溜息をして、また菊を眺めている。
※由綺 そうこうしているうちに雨の勢いが増してきていて、たまらず
あのひとがこちらへ登ってきています。…石段は、お気をつけくださいね。 ※そういう由綺をそれとなく盗み見る栢。全体的に様子をうかがって、何か発見があったように小さく驚く。
なんとか駆け込むようにして、社の屋根下へ辿り着きました。
菊咲 「…だあっ!!何なのこの雨…!おかしい。明らかにおかしくない?」
※ここから地の文、菊に戻ります。 
疲れ果てているのに、更に追い打ちの通り雨とはキレたくもなる。
しかしその前に、1着1式しかない就活装備セットの雨をぬぐうのに忙しかった。貧乏暇なしという事の本質は、貧乏だと手間が無限大に増えますよという事なのかもしれないと、大急ぎで雨を払った。東京に来てウンザリするのは人の多さと湿気だ。私の田舎は湿気で悩む事など皆無な、ほぼ一年中乾燥している地域で、そこから来た人間にとっては大きすぎる環境の変化だ。でも、人の多さはどうにもならないし対処もできないけど、湿気は対処できる。というか、すぐ対処しないと服も部屋も大変なことになりますよという、実体験からくる戒めが私をひとつ逞しくさせてくれている。林荘のボロさだとふつうに生活するにも学ぶことが多い。湿気をちょっとほっておいたらカビに部屋を占領され、どっちが部屋の主かわからなくなる。あのカビどもが家賃を払ってくれるのならそれでもいいけど…。とまで考えてしまうのはかなり末期なようだったし、もちろん今日の面接も溜息しか出ない結果だった。本当に何度行っても勝ち組風に立ち回ることが出来ない…。
それにできればもう二度と来たくないと思っていた場所に辿り着いてしまっている。
お墓が並んでいるエリアの方を見たくないし、かといって神社の正面というのもなんだか趣がありすぎて怖い。だから本殿に背を向けてインスタ映え写真っぽく雨宿りすることができなくて、私は本能的に斜め向きになって雨宿りしていた。
栢 ※ちらちらそわそわと菊を見ている。由綺は落ち着きなさいという顔をしているが、栢がくじの事を思い出すよう、ジェスチャーしている。日。
なんとなく辺りを見渡してしまう。通り雨が降っているとはいえ、昨日よりは早い時間なのでまだ薄明かりがある。昨晩はこっそりひっそり、隠れるように侵入したので気づかなかったけれど、一応小さく狭いながらも神社の形式になっているらしく、よくある手を洗うところがあった。昨夜は気づかなかったし、暗すぎて見えて無かったと思う。そして正面から見て神社の左奥側にある 
もう一つの小さな神社を首を伸ばして覗いてみた。
※栢、ジェスチャーの続き。しかし一向に気づかない菊に怒り出す。「や・く・そ・く したでしょ!早くお手紙ちょうだい!」※菊の目の前でやってるけど見えず聞こえず。由綺は(書いたの?)という顔をしている。やがて業を煮やした栢が立ち上がってどこかから取り出したレインコートを羽織ろうとするのを由綺が止める。 その時、ようやく菊が文みくじのことを思い出す。
菊咲 「うーん…」
バッグから昨夜の不思議アイテムを取り出し、まじまじと眺めてみる。何度見てもくじは実体で、流ちょうに筆で書かれた文字を眺めていると、なんだか心が洗われる気はするんだけど『初吉』
ってなんだろうと思ってしまう。田舎の友達にちょっとスピリチュアル系に強い女子がいるんだけど、その子なら知ってるのかなこの変わったおみくじ。とか考えてしまう。…いや、なるべく田舎の事は思い出したくないな。さみしくなるし。そう思って、神社に何か看板みたいなものはないか、じろじろ見てみた。しかしいかんせん狭い神社で、一軒家くらいの幅しかない中、売店も無ければそういう窓口も無さそうだった。全く宣伝されていないなら、知ってる人が居るはずもない。まさか、だからあの子供が宣伝させられているとかだったらどうしよう…。まで考えて、私は頭を振った。 まあ、それは私の問題じゃないというか、今の私は他人の事を考えている場合じゃないんだし…。 と思い直した。
そして、まずさっさと用を済ませて帰ろうと思った。
由綺 ※栢に向けて意味ありげな視線。
栢 「ああ、えっと、もしかしてくじを結ぶところを探してます?」
※おもむろにレインコートから葉っぱを取り出し、ぷうと吹く。
強めの風が吹き、風が当たった辺りの低木やらから大粒の雨水がパラパラ落ち、その音に驚いた菊がそちらを見る。
菊咲 風に吹かれて落ちてきた雨音にびくっとしながら見ると、先ほどそこにあることに気づいた手洗い場の横に、いかにも七夕の短冊とかを吊るしそうな、竹ではないけど上から枝垂れになっていて、ちょうどよい小枝がある。私はここに結べという事だろうかと思いつつも、他に何かないものか見回してみる。まあ、狭い敷地だしやはり他に何もなく、商売っけがゼロすぎるので不親切だなと思いつつも、そこに結ぶことにした。雨もほぼあがっていた。
本当に通り雨だったようだ。ささっと結んで帰ろう。
栢 「何と書かれているんでしょう!楽しみですね~わくわく」
由綺 「…」 少しだけ高揚しているようす。
栢 ※ここから栢視点、菊には見聞きできません。 
「娘さんがめんどくさそうに結んだ文くじをサッと取るあたし」※その通り行動します。 
「どれどれ…、と中身を見たいところではありますが、そんなはしたないマネはしませんことよ」※優雅な素振りで由綺に文くじを手渡す。
由綺 ※きょとんとしていたが、渡されてそれだけでえもいわれない表情になる。 栢がそれをめちゃくちゃガン見している。暫しして、それでも何も動かない由綺に対し、ジェスチャーで色々指示。
しかし通じず、
栢 「もう、なにやってるんです!これは文みくじだと言ってやったんです。つまり…わかります?」※客席見て、その後由綺を見る。
「何でわからないんですか!文のやりとりができるってことでしょう!そういうふうにしてあげたんです!どうです?もう、咄嗟に思い付いた事ですけどこれ、世が世なら良い商売になることでしょうね…!」自画自賛するジェスチャー。
「…て、まあ今はそれより…早く!」由綺に迫る。由綺はきょとんとしている。「ですからね。文をもらったら返事を出さなきゃあならないでしょう。早く!書いて!くださいよ!」栢どこかからか筆を出してくる。が、出しておいて(あっ)という顔をする。
「あなたは言葉の音がわかっても、読み書きは不得手なんでしたっけ。…では、僭越ながらこの栢がお手伝い全う致しますので遠慮なく」優雅に由綺に一礼。戸惑う由綺だが、せかしてくじを一緒に見る。やがて栢の圧に負けた由綺が、内緒話をするように栢に何事かを伝える。頷きながら、頼りにされ嬉しそうに聞く栢。
菊咲 そろそろ雨もほぼ止んだし、ここからまた急にスコール状態になったとしても林荘までは速足で1分ほど。東京での就活装備に折り畳み傘を加えないと色々乗り越えられないなと思いながら気を付けて石段を下り始める。ここは泥でなくて良かったとは思う。
石段を下りながらふと昨晩の白い少年らしき幽霊?が頭に浮かんだけど、私はすぐにそれを意識から追いやった。 幽霊だったかもしれないけど、いや多分それ以外無いと思うけど、でもまあ私は今無事だし、今夜はそれに会わずに済んだのだし、くじは結び終えたから女の子との約束は果たしたし、おみくじ代がいくらなのかはわからないけど、一応お返しはしたつもり…などと思いながら急すぎる石段を慎重に降りていると、先ほどあったような突風が吹いた。 「…ッ」思わずひるむけど、雨が強くなったわけではなさそうだ。そしてまた一段、降りようとして目の前に何か白いものがチラリと見えた。気がした。 目を凝らすと白く、細長い感じの…見た事のある形。それがふわっと風に飛ばされながら、私の足元辺りめがけて飛んでいる。思わず手を出して受け取ってしまっていた。※上から降ってくるのをキャッチ。
だってというかなんというか、これってさきほど私が枝に結んだくじじゃないか?と、手に取ったものを確認してみる。※くじを開ける仕草 …やっぱりそうだ。一応、あの子との約束なので、返事というか書いたものがあり、それはどこをどう見てもクセのありまくりの私の字だ。以前、とある面接官に、「こんな汚い字で書いたものを提出して良いと思っているのか」と言われたことがあるほどである。以来、手書きで何かしなければならない仕事だけは応募を避けている。この、なにをどうやっても変えられない文字が書かれているんだし、先ほど結んだものが落ちてきたのは間違いない。振り返ってみると、やはりさきほどの枝には何も無く、私は(また結ばないといけないのか~)と、面倒に思った。
一つ溜息をつき、しかし結んでしまえば女の子との約束は貸し借り無しになるのだから、心にわだかまりも無くすっきりする。子供をがっかりさせるかもしれない事をほったらかしにしたら、自分自身、毎日ひっかかりを覚えそうで、私はすぐにまた上へ登ろうと体勢を変えようとした。また強めの風が吹き、一瞬目を閉じた。 するとどこからか声が聞こえた。
栢 「おてがみありがとう。また明日!」※下から言ってます。
菊咲 「えっ?」 驚いて数秒固まってしまったが、昨晩の女の子の声だと気づくと、思わず石段を下って女の子の姿を探していた。林荘の方へ行く道の入り口まで見たが、誰もいない。そしてふと、また結びに行こうとしていた手の中のものを見る。すると、あり得ないことが起こっていた。いや、起こっている。
なんと私の見ている前で、あの憎き面接官にぼろくそ言われた、自分でも汚いと認める文字が、風に飛んでいくようにかき消えていく。
コンタクトが濁っているのではないか?と、何度か目をぱちぱちやっている間に、なんと完全に汚文字がきれいさっぱり消えていた。
「え?」 そう言うしか出来ず、暫しまたフリーズしてしまう。
なんだかこの立ち尽くすやつ、デジャヴがある。…とまで考えられるほどに思考が復活すると、私は何気なく手の中のくじを裏返してみた。 思えば昨日から驚きっぱなしだが、それでも一番、人生最大に驚いていた。 「ええええええええ?」
手に持っていたくじに書いたはずの自分の文字が消えても(疲れてるのかな)と思える。実際肉体的にも精神的にも疲れている。しかしこんなのはあり得ないと思うんだ。
昨夜、女の子からもらったくじは【初吉】だった。なのに今書かれているのはどう見ても【次吉】だ。次吉ってなんだ?なんだか、建物とか建てる棟梁か?とツッコミたくなる。 もはや、突っ込まざるを得ない。そうでもしなければ私の思考が考えるのを拒否しはじめそうだった。 あまり見たくないが、続きを読んでみる。
昨日はいわゆる『ザ・おみくじ』という、運勢を細かく言い当てているようなものだったけど、今日は違った。【見えているものは真実です 人を助けるその心はあなたをたすける 殻にこもらず何でも近くに話しかけよう 傘は危ない 毎日文を書こう!】
…なんだか、前半と後半の温度差がある気がするけど、それより一体… この文みくじ、とやらは 何なんだ~~~~~!?
栢・由綺 栢は物陰からくすくす笑っている。由綺はやれやれという顔をしながらも、菊を柔和な表情で見ている。

第一話 完



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