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ニルヴァーナのサウンドが、ハードであってもディミーでないことについて

なにもいまさら言うまでもなく、『Nevermind』は90年代の最重要アルバムであることはもちろん、ロック史上片手で数えられなければならない名盤のひとつ。それは、たんにセールス的(全米1位)なことではなく、影響力という意味で。オルタナティヴ・ロック、グランジのミュージック・シーンに与えた影響は、後進のミュージシャンにとどまらず、何年もステージでうたってきたベテラン・アーティストを唸らせ、レコード会社やマーケットの姿勢をも変える。もちろん、単純にとても素晴らしいアルバムではある。しかし、何故そこまで認められるアルバムを、ニルヴァーナはつくることができたのか。

リーダーのカート・コバーンの才能が、その理由の筆頭だろう。ポップ・センスに満ちたメロディーは、カートが敬愛するソニック・ユースやイギー・ポップが絶賛したというライヴ・パフォーマンスやや、ヘヴィでハードなアルバムのなかで注目されることは少ないが、僕は10年に1人の天才が奏でるそれだったと思っている。

そして、このアルバムから参加した、デイヴ・グロールのドラミングも忘れちゃいけない。本当の意味で彼のドラムが生きるのは、93年の『イン・ユーテロ』からだろうが、このパワーがバンドの音を変えたことは間違いない。

また、その後ガーベージを結成することになる、プロデューサーのバッチ・ヴィッグとの出会い(ヴィッグは当時シーンをもっともリードしたプロデューサーだった)や、地元シアトルを離れてカリフォルニアで行われたレコーディングも、このアルバムのサウンドに影響を及ぼしたと思う。たしかに重いんだが、決して暗くはない。それを商業的と捉えるかどうかは、もちろん個々の好みだろうけども。

ほかにも、先鋭的な時代性があったりと様々な要因も考えられるんだが、この先は少し曲を聴きながら。

1曲目の「Smells Like Teen Spirit」、これが総てを象徴している。過言でも大仰でもない。イントロのギターのカッティングに重なってくる、パワー溢れる強いドラムス。粗っぽく生々しいギター。ざらついたサウンド。鳥肌が立つくらい、衝動しかない。ところが、逆説的だがカートのメロディーはポップだ。絶望や孤立、そしてコーラスでも「How Low?」と歌い、重くハードなサウンドに乗せているのにもかかわらずダークなイメージはない。まったくもって不思議だが、それはレコーディングしたカリフォルニアの、明るく乾いた空気や気候も、ひとつの要因に挙げられるのだろう。

そして「Come As You Are」などは、メロディー・メイカーとしての力を理解するのに、非常にわかりやすい曲だと思う。おなじラインのリフレインが印象的な穏やかな曲。それが輪郭を粒立たせ、説得力を持つことになる。アンプラグド・ライヴを収録した『Unplugged in New York(’94)』を聴けば、更にわかりやすいかと思う。

ほかのどの曲を聴いても、非常に高い水準でできているサウンドなんです。カートのメロディーがニルヴァーナのサウンドと相まって、混沌や葛藤のなかにある人間の美しい感情がさらに煌めきを増している。「ロック史上片手で〜」という僕の言いかたも、決して大袈裟でないことは、理解して頂けるのではないかと思う。

ただ、この『Nevermind』は、カートが望む以上の成功をもたらしました。カートは、自ら「ビートルズ以来の偉大なバンド」と言うように、成功を望んではいた。だけど、ここまで注目を浴び、時代の象徴、カリスマと見られることまでは考えていなかったんだろう。持病から逃れるために手を出したドラッグに逆に飲まれることになり、そして、プレッシャーからノイローゼにもなる。

次作『イン・ユーテロ』のツアー中には、大量の精神安定剤を飲んで自殺を図った。ツアーは中止。この、カートの壊れていく姿さえ、ファンやマスコミは見つめてしまった。そして、ドラッグの治療のために入院した病院からも脱走。最後は自宅の寝室で、ショット・ガンで頭を撃ち抜いたを、発見されることになる。

没後25年以上が経つ…。生きていてほしかったな。重圧を巧みにすり抜けるだけの、逞しさを持って欲しかった。そして2020年の現在、彼がいったいなにを唄うのかを、この耳で聴きたかった。

カート・コバーンの死が商業的に与えた影響も大きかったけど、パティ・スミスやニール・ヤングが、そのショックを真っ正面から唄ったほどだ。僕にとってもやはりグランジであり、オルタナティヴ・ロックのカリスマ。そのジャンルや時代を支配したアルバム。

余談だけども、このアルバムがシアトルで録音されてたら、時代の流れはまったく違うことになっていただろうな…と思っている。

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