彼は無情な審判者、純血の権威が闇世界を操る
「お嬢ちゃん、こいつでここに来ちゃあダメだと思わんか?」
馴染みのある声が突然、水を差す。
「しまった」
声を発したのは、ボクではなくクロサキの方だった。
霧の中に浮かび上がる、黒い高級サルーンの電気が一槌。エンジンからは蒸気がのぼっている。
死の静けさに覆われるスラム街の通り。
湿ったアスファルト。闇は化け物のようにうねる。
霧とマンホールからの窒息しそうな蒸気が、あたりを臓物が詰まった瓶詰めのようにする。
クロサキは煙草に火をつけ、観音開きのドアをか細い悲鳴の様な擦音を伴って開き、黒曜石の様な虚無に向け、細く煙を吐きかけた。
闇の中の影が震える。
法の維持人であるクロサキが動く意味は明白だ。誰かが掟を侵したのだ。
震えている影は1つ、2つ、3つ。
煙で身を隠しながら男はゆらっとビロードの上を滑る様に歩み出した。
その跡に漂うは
シガリロの煙と深い静粛さ
「裁闘(さばとぉ)っ・・・
クロサキが呟く。
闇世界における、裁定が下されることを示す合図。
煙が滲む様に消えると、クロサキは闇と一体となる。
クロサキは回転を始めた。見る見るうちに腕は伸長し、12フィートもの長さとなった。
びゅんっひゅんっ、空気を切り裂く音と共に、地面に落ちる球体が、1つ、2つ、3つ。
切り裂かれた宙は、傷口が開いたまま元には戻らない。
「出て来い」
背後から忍んでくる影が
絞り出す様に声を発する。
ークロサキか
「秩序を乱したな。純血の権威の名の下お前を裁く。」
罪名を告げる男の銘はクロサキ。
無情な審判者として知られる「純血の権威」。
相手はどうやら跂踵会の異形。蠢く喉部から瘴気を吐きかけるか
それとも今にも飛び出しそうな肋の尖か、クロサキに襲いかかるのタイミングを値踏みしている。
「震喜狼の輪舞(しんきろうのろんど)っ!」
クロサキが乾いた高い声で発すると
数十本になった腕が、闇にゆらっとして、覆い尽くす。
クロサキは石畳の上でスキップをする様に踊り始める、
【続く/798文字】
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