くぼたか史 ep9 ONE PIECE


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中学1年の春、ぼくはなかなか学校に行けなかった。持病が悪化していたからだ。家のベッドで暇をしている毎日だった。

そんな時、小学校からの同級生である奏太という友達が、両手に何やら大きな手提げ袋を持って家に訪ねてきてくれた。

「暇だろうから、これ貸してあげるよ。面白いよ」

そう言われて手提げ袋の中身を見てみると、そこにはONE PIECEという漫画がギッシリ詰まっていた。なんと、1巻から45巻まである。

奏太にお礼を言ってから、ぼくはONE PIECEを読んでみた。今まで読んだ漫画はブラックジャックとケロロ軍曹だけだったから、こういう長編のしっかりしたストーリーの漫画は初めてだった。

読んでみてぼくはものすごい衝撃を受けた。信じられないぐらい面白かったからだ。

まず1話と2話が最高だった。主人公のルフィが大きすぎる夢を絶対に叶えられると迷いなく信じ切って公言する姿がカッコよかった。

そして色々な場面で描かれる男気がいい。ゾロが相手との格の差を知らしめるために自分の腹を切った場面はものすごく痺れた。ペルが爆弾と一緒に吹き飛んだシーンでは絶句した。

そういう場面を見るたびに、自分の苦しみなんかちっぽけだと思えた。ボロボロになって戦うONE PIECEのキャラクターに比べれば、点滴の針を刺す痛みなんてなんでもない。家でベッドで寝ている退屈なんてなんでもない。

「所詮フィクションなのになに真に受けてんの」と、きっと人は笑うだろう。でもぼくは、たとえフィクションでも本気で向き合いたい。

ONE PIECEというフィクションから、ぼくは本当に色々なことを教えれられた。夢、絆、信念、食べ物の大切さ、水の大切さ、命の大切さ……。これだけのものを教えることのできる尾田先生は本当にすごいと思う。

そしてぼくは、ただすごいと思うだけじゃなくて、自分でも何かを生み出してみたいと思っている。物語を書いて人を感動させたい。

だから、ぼくの名前を覚えていて欲しい。タカシという名前を。いつかぼくの名前はきっと、全世界に知られることになるから。


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何度読んでも素晴らしい文章だ。ぼくは2年ぐらい前に自分で書いたブログ記事を読んで悦に入っていた。コメント欄を見ると、15個もコメントが書いてある。

「めちゃくちゃ感動しました!絶対有名人になれると思います!応援しています!」
「すごい文章力!マジで才能あると思います!」
「ルフィみたいに夢を公言するのがかっこいいと思います!頑張ってください!」

この「Oneping」というONE PIECEファンサイトを見つけて本当によかった。ここの人たちと繋がっているのはすごく楽しい。みんなONE PIECEのことが大好きだし、ぼくと親しくしてくれるし、何より礼儀正しい。全員がアイコン付きのアバターを持っているからか、2chとかと違って荒らしをする人が全然いないのだ。

ああ、でも前に1人だけ問題のある人がいたな。「明美」というアカウント名の頭の固い人で、「フランキーがコーラで元気になる仕組みはどうなっているのでしょうか?」とかいう信じられないことをよく言っていた。周りは当然「ノリですよ!」とか言って説明してあげるんだけど、「意味が分かりません。ちゃんと説明してください」とか強気で言うからみんなから叩かれていて炎上していた。

ぼくはなんとかその事態を解決したいなと思って、炎上しているスレッドに長文を投稿した。詳しくは覚えてないけど、「明美さん、みんなから叩かれていて辛いですよね。別に喧嘩をしたいわけじゃなくて、ただ『ノリ』というものがどういうものか本当に分からないんですよね。『ノリ』というのは……」とか「みなさんも少し落ち着きませんか。色々言いたくなる気持ちは分かりますが、ノリというものが本当に分からないのならしょうがないじゃないですか」とか言って、両者に共感しつつ優しく丁寧に話しかけた。

パソコンでその長文を打つ様子を見ていた姉の理香は「あんたネットの人たちになに真剣に向き合ってんの? ネットなんて荒れて当然で、何したって平和になるわけないじゃん」と呆れていた。でも実際にはなんと、事態が見事に解決したのである。明美さんは「なるほど、そういうことだったんですね。丁寧に教えてくださってありがとうございます」と言ってくれたし、みんなも「私たちも言い過ぎました」とか言ってくれた。

ぼくはそれがものすごく嬉しかった。リアルで自分が友達とケンカをした後に仲直りできた時でもそうだけど、なんらかの争いが解決して平和になった時の喜びには格別なものがある。「ああ、よかったなぁ。人間っていいなぁ」と心がじんわり温かくなっていくのだ。

この時のぼくの行動は色々な人からスレッドでお礼を言われただけでなく、わざわざDMをしてくれた人までいた。「突然すみません。今回の件、みんな荒れまくって収集つかないと思っていたのに、タカシさんのおかげで平和になってものすごく驚きました。本当にすごいと思います。それだけ伝えたくて。失礼しました」みたいな内容だった。
あまりにも嬉しくて理香にそのDMを見せたけど、残念ながら「ふーん」という反応だった。


まぁそういう例外はあったけど、このサイトは本当にみんなが仲良くて、ぼくにとってすごく大切な居場所になっていた。学校から帰ってきては毎日寝るまでのほとんどの時間をこのサイトに費やしていた。

そんな生活をしていたのは、ぼくが部活をやっていなかったからだ。医者のせいではないんだけど退院後もぼくの体は不調が続き何度か入院や簡易的な処置を繰り返していたから、部活なんてとてもできる状態ではなかったのだ。奏太と晴人はテニス部に所属していたしぼくもテニスは小学生の時に習い事でやっていて好きだったから、元気ならテニス部に入っていたと思う。奏太たちがテニス部の活動をしているのを羨ましく思いながら、ぼくは毎日まっすぐ家に帰っていた。

帰ってからの膨大な時間を消費するのにOnepingは最適だった。ONE PIECEの毎週の考察以外に、主に4つのことができた。ブログと絵とDMと読者ストーリーだ。

ブログは毎日のように書いていた。文章を書くのは楽しいし、なんだかぼくは面白い文章を書ける才能があるみたいだ。タイトルはONE PIECEと同時にハマッて毎日のようにアニメの無断転載動画を見ていた銀魂のタイトルのようにおかしな感じにして、本文は真面目な内容やふざけた内容を書きまくっていた。

絵はモッさんというアカウントの人がものすごく下手な状態から毎日のように投稿してどんどん上達していく姿に憧れてぼくも描き始めたけど、全然続かなかった。まず正面顔ばかり描くから全然楽しくない。斜めの顔やかっこいいポーズの絵を描けばいいのに、「まずは正面顔を描かなきゃいけない」と思い込んで、途中から楽しくなくなっているのに正面顔ばっかり描いていた。そしてすぐに飽きて描かなくなって、モッさんがものすごく上達していくのを指をくわえて見ていた。あれは情けなかった……。

DMはユーザー同士で誰とでもできた。楽しいサイトを作ってくれた管理人さんにサプライズで感謝を示そうと、仲のいいユーザー同士で密に連絡を取り合って壮大な企画をした。ぼくはその企画の幹部でかなり力を入れたんだけど、管理人さんはあまり喜びを表に出さない人で、ちょっと期待外れのリアクションだったのが残念だった。

1番面白かったのが読者ストーリーだ。海賊ものの好きな小説を書いて投稿する欄で、ぼくはものすごく気合を入れて取り組んでいる。最初の1話は超長くて1万字くらい投稿したらものすごい評判が良かった。「こんなに長い1話書けるなんて!」とか「感動しました!天才だと思います!」とか色々言ってもらった。

それから毎週日曜日に更新すると宣言して、どれだけ忙しくても必ず守っている。今も定期テストの前なのに読ストを書こうとしているところだ。

ああ、勉強なんてせずに物語だけ書いていたいなぁ。ルフィたちは勉強しなくていいのに、現実は全然面白くない。

ONE PIECEの世界が羨ましいなぁ……。病気も勉強も退屈もない……。
そんなこと考えても意味ないんだけど、ぼくはけっこう本気でそう思っていた。


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