くぼたか史 ep4 当たり前

「はい、山口菌〜」

給食の時間に、田中さんが右手を森さんの二の腕に擦り付けながら言った。森さんは「ちょっとやめてよ!」と半笑いしながら言って二の腕の触られた部分を右手で拭き、その右手を同じように田中さんの二の腕に擦り付けた。田中さんは「ちょっと返さないでよ〜!」とか言って笑っている。何度見てもくだらない光景だ。

山口菌というのは、山口くんの菌という意味だ。山口くんには山口菌という菌があって、山口くんが触ったところには山口菌がついて汚れてしまうらしい。そしてその菌は手で取ったり人に擦り付けたりできるのだそうだ。

誰が発明したかも分からないこの「菌つけごっこ(という名前が広く使われているわけではないけどぼくはこう呼んでいる)」は学年中で流行っている。と言ってもいじめというわけではなく軽いノリみたいな感じで、山口くんに限らずあらゆる人にカジュアルに菌ができる。本橋くんをからかいたい時はそれまでなんともなかった本橋くんに突然本橋菌ができるし、岡さんをからかいたい時は岡菌が存在することにする、と言った感じだ。久保菌ができたことも何度かある。軽いノリだから菌と言われて本当に傷ついたり怒ったりする人はほとんどいなくて、「ちょっとやめろよ〜」とか言いながら楽しんでいることが大半だ。今も山口くんは笑っている。

「山口菌」は回り回ってぼくにつけられた。今度は誰に菌が回るんだろうと班のみんなが期待してぼくを見るけど、ぼくは何もしない。黙々と給食を食べ続ける。

こんなこと、やるわけがない。本当にくだらないと思う。何も面白くないし、本気でなくても菌呼ばわりされた側は多少嫌な気持ちするだろ。

前に1度田中さんに「ナントカ菌とか言うのやめたら? そんなのあるわけないじゃん」と言ったことがあったけど、田中さんは笑わずに大真面目な顔で「菌はあるんだよ!?」と返してきたのでぼくは呆れかえってしまった。そりゃ菌はあるけどそれぞれの人特有の菌はないし、仮にあったとして、手で綺麗に取ったりつけたりできるわけないだろ。

でも、こんなくだらないことをぼく以外のクラスメイト全員がやっているのだ。どんなに真面目な子も優しい子も、菌をつけられたら必ず誰かに返している。人類どうなってんだよ……。みんな頭も性格も悪すぎるだろ……。

いや、それ以外は大体みんないい人なんだけどさ……。田中さんや森さんだって、班が一緒の理科の実験中にいつもぼくに意地悪してくるけど、本当に嫌だと言ってからは優しくしてくれてるし……。菌つけごっこなんておかしいと思うぼくが過剰なんだろうか……? 当たり前の感覚だと思うんだけどな……。

田中さんは「久保つまんな〜」と言って、今度は隣の席の李さんの肩をわざわざ触った。「はい李菌〜」と言ってその手を山口くんの服に擦り付ける。すると、こういうのを笑って受け流さないタイプの李さんが少し怒りながら言った。

「なんやて〜」

途端に爆笑が起きた。中国の血を引いている李さんはよく変な日本語を使うのだ。

李さんは言葉遣いだけじゃなくて性格とかもかなり変わっていて、いじめというほどではないけど、クラスメイトからのからかいの対象になっている。李さんが菌呼ばわりされる回数はこのクラスでダントツで多い。

かわいそうだな、と思う。こんなに頻繁にからかわれ続けてたらすごく嫌な気分になってしまうだろう。ぼくは李さんになるべく普通に接しようと心がけている。

そんなこんなしているうちに、今度は李さんの頭の悪さをみんなで笑う流れになった。
田中さんが李さんに問題を出す。

「日本の都道府県は全部で何個あるでしょう?」

「うーん」李さんは少し考えてから答える。「10個ぐらい?」

みんながまた爆笑する。今度はぼくも笑った。李さん、めっちゃバカじゃん。

ぼくも李さんに話しかけた。「かいけつゾロリの作者の原ゆたかってこのクラスの原くんのお父さんだと思う?」

「え、そうじゃないの?」

李さんの応答にまたぼく含めたみんなが笑った。ぼくは面白くて、次から次へと李さんを試す質問をした。李さんがトンチンカンなことを言う度に大笑いが起きる。

その時、「ちょっと、何してるの!」と厳しい声が降ってきた。振り向くと、担任の藤田先生が怖い顔をして立っていた。

「そんな風に次から次へと質問をして、李さんの答えに笑って……。李さんが嫌な気持ちになるってことが分からないの?」

途端にみんながシンとなる。藤田先生は怒ると怖いからだ。50歳ぐらいのおばあさんだけど、かなり迫力がある。
ぼくは藤田先生に言われてやっと、自分が酷いことをしていたことに気がついた。確かにこんなことされたら嫌な気持ちになるよな……。

「なんでこんなことをしたの? 久保くん」

いきなり名指しされてしまった。ぼくは俯いてボソボソと答える。

「……李さんが変なことを言うのが面白かったからです」

「久保くんが同じように笑われたら嫌じゃないの?」

「嫌です……。ごめんなさい」

「はい。2度としないでちょうだい」

先生は厳しくそう言い、班の他の人たちにも順番に同じように怒った。
みんなすっかり反省して、先生が自分の机に戻った後もぼくたちの班だけお葬式のような空気で給食を食べることになった。

ぼくもめちゃくちゃ反省していた。ぼくは李さんをからかわないようにしようと思ってたのに、つい加担してしまった……。ぼくは基本的に人に意地悪なことをしないけど、人をバカにすることは結構あるな……。友達にも「お前バカだろ!」とかよく言うし……。気をつけよう……。


昼休みになっても落ち込み続けていたら、席に座ってるぼくのところに藤田先生が向かってきた。またさっきのことを怒られるのかなと思って身構えると、先生はなんとにっこりと笑った。

「あんなに怒られて怖かったでしょう」

え、と思った。怒った後なのになんでこんなに優しく話しかけてくれるんだろう?

「はい……。すごく怖かったです」

「次からしなければいいよ。ほら、元気出して!」

ぼくは尊敬の眼差しで藤田先生を見つめた。悪いことをしたら厳しく怒るけど、その後はパッと切り替えて優しく接してくれるなんて。藤田先生はやっぱりすごいな、と思った。

そう、藤田先生には度々感動させられるのだ。

ある時、李さんが先生に対して指をさしたか舌打ちをしたか「ウザ」と言ったか何か失礼なことをした時、「今私はすごく嫌な気持ちになりました。2度としないでください」と李さんを厳しく叱ったのだ。ぼくは李さんはいつもクラスメイトからからかわれていて先生から守られるだけの人だと思っていたから、李さんが悪いことをした時に李さんに対しても容赦なく叱った先生を見て、なんてフェアなんだろうと思った。

あと、ぼくが「トイレに行っていいですか」と聞いた時に「私がダメって言ったら行かないの? 『行かせてください』でしょ」と言ったり、ぼくが自分の病気の話を先生としてる時にクラスメイトから「何の話してるの?」と聞かれた時、即座に笑顔で「内緒!」と切り返してぼくに「ね〜!」と言ったり……。藤田先生を見ていると、学校の先生ってすごいんだな、とよく思わされる。


先生に元気出してと言われたし、自由帳に落書きでもして遊ぶかと思った時、クラスメイトの中島さんに「久保くんちょっといい?」と声をかけられた。きたか、と緊張が走る。

中島さんは手招きしてぼくを廊下に呼び出し、周りに人がいないこと確認してからぼくに小さい箱を差し出した。

「はい、バレンタインチョコ!」

「……ありがとう……」

ぼくは頑張って笑顔を作りながらお礼を言ってチョコを受け取り、廊下にかけてある自分の手提げかばんの中に素早く隠した。

お互い、じゃあ、と言ってぎこちなく離れ、別々に教室に戻る。よかった、誰も不自然に思ってない。

中島さんはぼくのどこをどう好きになったのか、1年生の時からバレンタインの日に毎年本命のチョコをくれる。箱の中には手紙も入っていて、「私は久保くんのことが好きです。来年も一緒のクラスだといいな。これからもよろしくね」とか書いてある。

中島さんからチョコや手紙をもらって嬉しいかというと、申し訳ないけど正直全然嬉しくない。ぼくは小野さんが好きだからだ。

斜め前に座っている小野さんを見つめる。今日もすごく可愛くて、見つめただけでドキドキしてしまう。

小野さんを好きになったきっかけは、3年生の時のこの小学校で毎年行われる文化祭みたいな行事だ。何かの出し物をやる場所が分からなくてぼくが困っていたら小野さんが話しかけてくれて、「私その場所知ってるから案内してあげるよ!」と言って、なぜか裸足のまま遠くまで案内してくれたのだ。その時、「こんなに優しい人いるんだ!」と思って好きになってしまった。まだたまにしゃべるぐらいの仲だけど、だんだん仲良くなりたいなと思っている。

そんなわけで中島さんからのチョコレートには正直困ってしまうんだけど、毎年ホワイトデーにはお礼のチョコを返している。市販の板チョコを買ってお母さんと一緒に溶かしてビーズを乗せて固めて、「チョコありがとう。これからもよろしく」みたいな手紙を添えて……という感じだ。お互いに4年間全く同じことをしているだけなのに中島さんは満足なのかなと疑問なんだけど、まぁ中島さんがそれでよしとしてるんだからいいかなとなんとなく思っている。


中島さんと一緒の教室にいるのが気まずくて、グラウンドに行ってドッヂボールに参加しようかなと一瞬思った。でもな……。全然ボール取れないし、この前やっと取れたからさあ投げようと思って意気揚々と振りかぶったら、その振りかぶったところをタケに取られて投げられてしまって、あまりにも悔しくて泣いて教室に戻っちゃったんだよな……。また参加してもそうなるだけかな……。

迷ってたら、藤田先生が教室で遊んでいるみんなに呼びかけた。

「このノート落ちてたんだけど、名前書いてないんだよね。みんなの中にこの持ち主いる?」

藤田先生は見せても問題なさそうなページを選んで開いて見せた。みんなが先生のところに集まったのでぼくも集まりページを見つめる。すると書いてある字がすごく汚かったので、ぼくは言った。

「こんな汚い字、ぼくは書かないですよ!」

その瞬間、藤田先生の顔から柔和さがまた消え、思い切り眉をひそめた。「そんなこと言ったらこのノートの持ち主の人が傷つくでしょう?」

ああ、またやってしまった。ぼくはまたまた大反省した。
ぼくはこういう風に、何も考えずに思ったままのことを口にして失敗することがよくある。

掃除の時間に「箒の方が楽しいからぼくは雑巾やりたくない」と言って先生に「でも誰かが雑巾やらなきゃいけないんだよ」と怒られたり、前日欠席した前の席の背の高い男の子に、「君がいなかったから黒板がよく見えたよ」と言って「じゃあ俺はいない方がいいってことね」と言われたり……。

いつも失敗したなと思ってからすごく反省するんだけど、誰かに指摘されるまではまずいことを言ってるとか分からないんだよな……。どうすればいいんだろう……。


学校からの帰り道、ぼくはいつも通り3人の友達と仲良く一緒に帰っていた。武藤くんと奏太と晴人だ。ぼくは大抵この3人と一緒にいる。

武藤くんがみんなに話しかけた。

「みんなチョコ何個もらった? 俺は4つ!」

こいつ、4つももらったのか……!羨ましい……!
武藤くんはイケメンだし運動神経抜群だしお金持ちだしと、あらゆるスペックが高い。そのくせドッヂボールの時に女子には優しくボールを当てるとかいう優しさもあるから、女子からモテるのは納得だ。

「俺は全然」奏太が答える。「ていうかバレンタインとか興味ないし」

奏太らしい答えだ。奏太はすごく勉強ができるけど斜に構えたり気難しかったりするところがある。ジャイアンみたいなクラスメイトであるタケに意地悪される度に激怒していて、よくぼくにだけ愚痴を聞かせてくる。
聞いてても全然面白くないタイプの愚痴だからぼくはだんだん嫌になってきて、ある時お母さんに「もうぼくに愚痴言わないでって奏太に言おうと思うんだ」と言ったことがあった。でもそしたらお母さんに「あんたにだけ愚痴を吐くってことは、それだけあんたのこと信頼してるってことでしょ。あんたに愚痴をこぼさないと辛いんだろうから聞いてあげなさいよ」と言われ、「確かにな」と納得し、それからは愚痴を言われた時はおとなしく聞くようにしている。

「晴人は白井からラブラブのチョコもらったんだよな〜」

武藤くんが晴人をからかうと、晴人は「まあ……」と恥ずかしそうに頷いた。

晴人は最近白井さんと両思いだということが分かって、男女の付き合いを始めたのだ。小学生で誰かと付き合ってる人なんて他にいないから、クラス中からからかわれている。

ぼくは羨ましすぎて嫉妬していた。白井さんとどんなことをしてるんだろう。もうキスしたのかな……。白井さん可愛いから、キスしてるとしたらめちゃくちゃ羨ましいな……。だいたい晴人はおしゃべりに全然興味なくてゲームしかしない人なのに、白井さんは晴人のどこを好きなわけ……?

「なぁ、久保は今日は遊べないのかよ」

武藤くんが話を変えぼくに尋ねた。

「うん、ごめん。そろばんあるから」

「そろばんと友達とどっちが大切なんだよ」

「え……そろばんだよ……」

「うわ〜! 友達よりそろばんの方が大切なんだ〜!ひどー!」

武藤くんにはやしたてられてぼくは困ってしまった。そりゃ友達も大切だけど、そろばんは行かなきゃいけないからしょうがない……。ぼくも遊びたいけどさ……。

武藤くんたちとは、家の中で遊ぶ時はカードゲームの遊戯王やデュエル・マスターズや、64のスマブラやマリオパーティやドンキーコングやバンジョーとカズーイの大冒険2などをする。どの人の家も使うけど、ぼくの家で遊ぶのが1番多いような気がする。

外で遊ぶ時は、野球やサッカーや鬼ごっこなどをしている。ぼく以外みんな運動神経がよくてぼくは極端に運動音痴だからいつも辛い。野球が特にひどくて、自分がピッチャーの時は相手から打たれまくるからいつまでもピッチャーの時間が全然終わらないのに、やっとアウトを取って交代したと思ったらすぐに三振してまた延々とピッチャーをしなければならなくなるからだ。

外遊びで得意なものは1つもないからぼくは外で遊ぶより家の中で遊んでいたいんだけど、武藤くんが外で遊ぶのが好きだから仕方がないかなと思っている。それに、たまにうまくボールを打てたりするとぼくも楽しい。

3人と一緒に帰りながら、こうして友達が当たり前にいるっていいなぁと思った。この前遠足の班決めをする時、「ぼくと一緒にいてもつまらないかもしれないな」と思って誰にも声をかけないでいたぼくに、武藤くんたちは「おい、俺たちと班一緒になろうって言わなくていいのかよ」と声をかけてくれた。それが本当に嬉しくて、少し涙くんだのをよく覚えている。


みんなと別れて家に帰ってから、自転車でそろばん教室に行った。
角田そろばん教室の扉を開けた瞬間、いつも通りの騒がしい声の数々が聞こえてくる。中に入ると、今日もぎゅうぎゅう詰めに生徒がいた。

5人の女の先生に対して生徒が何百人いるか分からない。そろばん教室なんて少ないから、計算力をつけさせたい親の子どもはみんなここに通うんだろう。席が空くのを部屋の中で立って待っている人がいる光景は当たり前だし、ひどい時は扉の外まで列ができる。

10分くらい立って待ってから席に着くと、前の席にカイトくんが座っていた。カイトくんは1年生の頃からの小学校の友達で、習い事のそろばんでもテニスでも一緒という深い仲だ。放課後に一緒に遊ぶことももちろんたくさんある。
色々な遊びの中でもお気に入りなのはガッシュベルごっこだ。「俺ブラゴね」「じゃあぼくガッシュ!」「ギガノレイス!」「ラシルド!」「残念、ラシルドではギガノレイスは防げません」「マジで?うわ〜!」とかやっている。でも、ある時クラスメイトにそのことを話したら「子どもすぎない?」と言われて、「そんなことないよ!」と返しながらも内心恥ずかしくなった。

あとはことわざ勝負もする。自分が知っていることわざを交互に言い合い思いつかなくなったら負けというゲームだ。お互いたくさん知ってるので15分ぐらい続いたりする。


ぼくはかばんからプリントと筆箱を取りだし、暗算の問題を解き始めた。計算をするのは性に合っていて楽しいけど、最近だんだん難しくなってきた。暗算はそろばんを頭に思い浮かべながらやりなさいと教えられたのに、ぼくは先生の言うことを聞かないで何も頭に浮かべずにやっているからだ。途中からでも頭にそろばんを思い浮かべる方法を習得しようかなと思ったけど、今のやり方に慣れてしまっているのでまあいいやと思っている。

何問も解いていると、1つ、何回やっても間違えてしまう問題にぶち当たった。するとイライラして、喉が乾いてきた。

「水道で水を飲んできていいですか?」

菜々子先生に聞くと、菜々子先生は水道の方を振り返ってから「その問題が正解できたらにしようか」と言った。確かに今は水道の前に人が3人並んでるから、後の方が良さそうだ。

しばらく問題に挑戦してみたけど、やっぱり全然解けない。次第になんだか具合が悪くなってきた。人の密度がすごくて暑いせいかもしれない。「具合が悪くなりました」と言ってさっさと水を飲みにいけばいいのに、なぜか言い出せない。
しばらく苦しんでたけど、限界を超える前になんとか正解できた。先生に許可を取って急いで水道の方に行き水をグビグビと飲む。はあ、良かった、生き返った。


帰ってからお母さんにその話をしたら、お母さんは角田先生のところに電話をかけた。丁寧な口調で、うちの子は体が弱いのでこまめに水分を取らせてあげて欲しいです、とか言ってる。

するとなんと1時間後ぐらいに角田先生と菜々子先生がお詫びに家にやってきてしまった。高級なメロンまで携えている。
ぼくもお母さんもビックリしてしまって、「そんなわざわざ」とか「具合が悪いから水を飲ませてくださいと言わなかったぼくが悪いんです」とか言って、お互いに頭を下げ通しだった。

角田先生たちが帰ったあと、お母さんは「角田先生って本当に良い先生ね。普通こんなことでわざわざ訪ねに来ないわよ。しかもこんな高級なメロンまで持ってきてくださって……」とぼくにつぶやいた。

お母さんはよくこういう風に、「この人は本当にいい人なんだよ。これはありがたいことなんだよ」という説明をぼくにする。藤田先生がクラスの授業についていけない子に放課後に特別授業をしていることとか、1年だけぼくたちを見てくれた非常勤の先生が最後に生徒一人一人に400字ぐらいの手紙を書いてくれたこととかも、すごく立派なことなんだと言われた。ぼくとしては何がそんなに立派なのかよく分からないことが多い。

でも、角田先生はぼくも普通にすごい先生だと思っている。
以前「先生、どいてください」と言った時に「そういう言い方したらすごく嫌な気分になるんだけど。『ちょっと前行ってくれないですか?』とかいう言い方してくれない?」と言われたことを覚えているんだけど、そういう風に、ただ計算を教えるだけじゃなくて人として大切なことをものすごい熱意で教えてくれる。厳しいけど本当に良い先生だ。


角田先生たちが帰ってから、ぼくは今日出された宿題に取り組んだ。オススメの本のあらすじと心に残った場面の絵を描くという宿題だ。

学校の図書館で借りた2冊の本、「私たちは今、イラクにいます」と「5歳まで生きられない子どもたち」を恐る恐る開く。絶対に暗い内容だから読むのが怖い。でもなぜか分からないけど、これらの本を読もうと思ったのだ。

読み始めてすぐ、予想以上に暗い気分になった。戦争で傷ついた子どもの心情や写真があまりにもリアルだったからだ。色々なことをぐるぐると思った。

お父さんとお母さんが明日もいてくれることが望みだなんて……そんなのわざわざ望むことじゃないだろ……。この写真の子はどんな気持ちでベッドに寝ているんだろう……。

5歳まで生きられないって、そんな悲しいことないでしょ……。内戦でわざと殺さずに指を切り落とすってどういうことだよ……。その子はその手でこれからどうやって生きていけばいいんだよ……。

宿題の用紙の左ページにタイトルやあらすじを書いてから、右ページの絵を描くところに、傷ついてベッドに寝ている人の姿と切り落とされた指の様子をそれぞれ描いていく。残酷な写真を何度も見つめながら絵に描き出していく作業は本当に辛い。でも、きちんと描かなければならないと思った。

絵を描き進めながら、ぼくは思った。こんなに悲惨な目に遭っている人がいるなら、絶対に助けないといけないな。一生この平和な日本でのうのうと暮らしていくなんてありえないな。だって、信じられないぐらい辛い思いをしている人がこの世界に実際にいるんだから。怖いし本当に大変だと思うけど、大きくなったらいつかは、途上国の人たちを助ける活動をしよう。

ぼくは自然と、当たり前にそう考えていた。






画像1


画像2


画像3





〜〜〜〜〜

今回も創作部分がいくつもありますが、重要だと思うところを1つだけお伝えします。最後の、宿題をしている時の心理描写です。正直、この時のことは全く覚えていません。

今回の引っ越しの際、自分を分析するために過去の作文などを持ち出したのですが、その時にこの宿題を見つけて「ああ、そういえばこんなの書いたな」と初めて思い出しました。

指を切り取られた手の絵を描いたことはうっすら覚えているのですが、本の内容も、読んだ時のショックも、絵を描いている時に考えたことも覚えていません。

ただ、「折に触れ途上国の惨状に思いを馳せ、小学生の中学年ごろから、『将来は途上国の人たちを助ける活動をしよう』と当たり前に思っていた」ということは覚えています。

なので、

>こんなに悲惨な目に遭っている人がいるなら、絶対に助けないといけないな。一生この平和な日本でのうのうと暮らしていくなんてありえないな。だって、信じられないぐらい辛い思いをしている人がこの世界に実際にいるんだから。怖いし本当に大変だと思うけど、大きくなったらいつかは、途上国の人たちを助ける活動をしよう。
ぼくは自然と、当たり前にそう考えていた。

この部分は、「この宿題をしている時に思った」という部分は創作ですが、「これぐらいの年代の時に思った」ということは本当です。その時思っていたように忠実に書きました。


創作に関しての注記は以上ですが、もう1つ。

からかわれている李さんを見て、「そういうことやめなよ」となどとぼくは庇ったことがあっただろうかと一生懸命思い出したのですが、思い出せませんでした。何度か庇ったような気もするのですが、はっきりとした記憶がないのでたぶんあまり熱心に庇ってはいなかったのだと思います。そして、庇うどころか今回の記事に書いたようにバカにしたこともありました。

李さんは今考えると、このように推測するのがまた不適切かどうか分からないのですが、発達障害を持っていた人だったのかもしれません。そういう人がからかわれているのを見てあまり庇わなかった(そういう人でなくてももちろん庇わなくてはいけないのですが)、むしろ加担したこともあったというのは、当時小学生だったといっても、恥ずべきことであったと思います。

李さんとは大学生の時に自宅の近くでたまたま会って少しだけ話しましたが、幸いにも元気そうにしていました。といってもその時明るそうだったと感じただけなので本当にどうだったかは分かりませんが、少なくともかなりひどい人生を歩んでいるわけではなさそうだなと感じました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?