くぼたか史 ep12 決着

「では班の人を褒めてみてください」

先生の指示にげんなりする。国語の授業で褒め方を習い始めてきた時からこういう展開になったら嫌だなと思ってたけど、マジで想定していた通りになるとは……。

川端が「ほら」と言ってニヤニヤした。「早く俺を褒めろよ」

この野郎、本当に意地が悪いな……。ぼくは少し考えてから、素っ気なく言った。

「お前を褒めるぐらいだったら、そこら辺の石ころを褒める方がマシだよ」

決まった。我ながら素晴らしいセリフだ。ハリー・ポッターがよくマルフォイに言うようなセリフをリアルでぼくが言えるとは。なんて知的なんだ。

川端は「なんだそれ」と言って笑っていた。全然ショックそうじゃない。やはり日本人にはこういう攻撃は効かないみたいだ。
ああ、やっぱり憎い。こいつを傷つけてやりたい……。


「絶交」とメールを送ってから、ぼくは川端と本当に絶交していた。「絶対に口をきかない」と決め、徹底的に守っている。だけど、中学3年生になってからも同じクラスになり、苗字が「川端」と「久保」であるため最初の席でぼくが川端の1つ後ろになってしまい、席替えをした後も定期テストの時は出席番号順にプリントが回収できるように初期の席になるため、関わる機会が多くて完全に無視ができず、どうしても関わらなければならない時はよくこうした小競り合いをしている。しかも今回の席替えでもまた同じ班になってしまって、運命は何とかして2人をぶつけ合わせたいのかと思ってしまう。

でもぼくは、この運命に感謝している。この絶交状態のまま終わるのは嫌だからだ。ぼくは絶交というのは本当に悲しいことだと考えていて、この世の誰とも絶交したくないと強く思っている。嫌われるのは仕方ないと思うけど、絶交はなんとしても避けたい。

だから、学年が上がってクラスが変わる時、「また川端と同じクラスになれますように」と神様に強く願っていた。そしたら本当に4クラスある中で同じクラスに振り分けられて、本当に嬉しかった。これで川端と絶交のまま別れなくて済む!

だけど、その期待はだんだんしぼんでいった。絶交のまま終わらないために、川端が反省してぼくに謝らなければならない。色々な憎しみを乗り越えて、ドラマのように何かをきっかけに川端が改心する姿をずっとイメージしているのだけど、そんな気配が一向にないのだ。やはり人生はドラマのようには上手くいかないらしい。ぼくと川端の仲は悪くなるばかりだった。


だけど、こんな張り詰めた日々が続くのはもう嫌だ。ぼくは今日こそ終わりにしようと決めていた。

給食を食べ終わった後の昼休み、ぼくは勇気を振り絞って席を立ち、川端に言った。

「決着をつけよう、川端」

川端は席に座ったままぼくを見上げ、「はあ?」という顔をした。「何のだよ」

「分かるだろ、ぼくとお前のことだよ」

「お前さ」川端はぼくの手と顔を交互に見ながらニヤニヤした。「指こえーんだけど。何それ?」

ぼくは急に恥ずかしくなった。怒りと緊張のあまり、ルフィがよくやるみたいに指をパキパキさせていたからだ。流石に中二病くさすぎる仕草を指摘されて穴があったら入りたい気分だったけど、「うるさいな。それだけ怒ってるんだよ」とごまかしておいた。

「何、どうすればいいの?」

川端がため息をついて聞くので、「廊下に出よう」と答えた。「ここは人がいるから」

川端は嫌々ながらもぼくについてきた。ぼくは息を吸ってから話し始める。

「前も聞いたけど、何でぼくに酷い態度とるわけ?」

「だから、お前のことが嫌いだからだよ」

「だから何で? お前が酷いことして、ぼくが怒ってお前が謝って、何でその後ぼくに冷たい態度取るんだよ。おかしくない?」

「……別におかしくないだろ。てか、どうしたら満足なんだよ」

ああ、ついに言うのか。ぼくはめちゃくちゃ緊張しながら、ずっと言おうと決めていたことを言った。

「……土下座しろ」

川端はまた大きくため息をついてから、「はいはい」と言った。「そうすれば満足なわけね」

こういうリアクションは予想通りだった。現代日本において土下座を屈辱的な行為だと捉えている人はそんなにいないからだ。ただ頭を下げるだけで済むなら簡単にしてやると思っている人がほとんどだろう。それでもぼくはどうしても土下座させたかった。

「じゃあ、するから」

川端は「すみませんでした」と言って、その場であっさりと土下座した。教室より少ないとはいえ、廊下にもそこそこ人がいるから若干の注目を浴びる。「どういうこと?」という視線をいくつも感じた。

土下座している川端を見下ろしながら、ぼくは複雑な気分だった。これが本気の謝罪ならスッとしていただろうけど、形だけだと分かっているから、嬉しいどころか「こんなことをさせて満足しようとしている自分って……」という自己嫌悪に陥る。そして形だけで済まそうとしている川端にさらにムカついた。

川端の土下座は2秒ほどで終わり、すぐに顔を上げて立ち上がった。またヘラヘラする。「はい、じゃ、これで終わりってことで」

「何だよそれ」

ぼくの怒りがまた沸騰する。そんなぼくに構わず、川端はニヤニヤしながら言った。「お前って本当に性格悪いな」

その瞬間ぼくはキレて、川端を殴ろうと本気で思った。けど何もできない。咄嗟に「勝てない」と思ってしまったのだ。川端はクラスで2番目に体が大きい。今ここで殴ったら絶対にやり返されて負ける。

いつもルフィや銀さんに憧れているくせに、いざとなったらぼくは恐怖に負け、川端程度の敵も殴れなかった。


それからまた、川端への憎悪に燃える日々が続いた。憎くて憎くて仕方がない。

だけどそんなぼくを、一冊の本が変えてくれた。「鏡の法則」だ。

これは担任の宮内先生がクラスの生徒に勧めて教室に置いていた本だ。「これを読むと人を許そうと思えるようになるの」と言っていたので、ぼくは思い切って借りて読んでみた。すると想像以上に良い本だった。

クラスメイトにいじめられている息子を持つ母親が、ある男の人に相談をしたら「鏡の法則」という法則を紹介される、という小説仕立ての本だ。その男は母親にこんなことを言う。

「人生は自分の心を映した鏡なんです。鏡を見て寝癖がついてるなと思ったらどうしますか? 鏡に手を伸ばさずに自分の髪を直そうとするでしょう。それと同じで、自分の人生の問題を解決しようと思ったら自分の心の問題を解決しなければならないんです。そうすれば必ず人生の問題は解決します。これは証明されていることなんですよ」

母親は半信半疑だったが、息子のいじめの件で本当に追い詰められているのでとりあえず言う通りにしようと思い、その法則を実行してみる。息子がクラスメイトから酷い当たり方をされているのは自分が自身の父に酷い当たり方をしているせいだと考え、父に感謝を伝えることにしたのだ。

母親は何年もまともに口をきいていない自分の父に勇気を出して電話をかけ、恐る恐るこう言う。

「あのね、お父さんには色んな思いがあって、今まで恨んだりしてきたし結構酷い当たり方をしていたんだけど……。でも、感謝していることもあるのよね。一生懸命働いて学費を稼いで大学を出してくれたこととか。だからその、感謝を伝えておかないとなと思って」

「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えず、たどたどしい言い方だったが、なんと父は号泣し始めたのだ。

「こんな日が来るなんて。俺は生きててよかった」

その父の反応を聞きながら母親は涙を流す。私は父をそんなに思い詰めさせていたんだ……。

そして何と、その日の夜に息子が笑顔で帰ってくる。「今日ね、いつもぼくをいじめてきた龍太郎君がぼくを遊びに誘ってくれたんだ! すごく楽しかった!」

母親は絶句した。息子の問題には一切手をつけていないのに、自分の心の問題を解決したら自動的に息子の問題が解決したのである。これが「鏡の法則」か……。

……という本だ。父が号泣したシーンがあまりに感動的で泣いてしまったが、ぼくは鏡の法則を心から信用することができていなかった。そんなこと本当にあるのかよと疑ってしまう。だけどここまで長期間嫌な思いをし続けてぼくも辛かったから、この法則を盲信してみようと思った。川端を許そう。

本を閉じて、目を閉じ、川端との色々なことを思い出した。保育園で一緒に遊んだこと、中学で再開してまた仲良くなったこと、メールで望月さんのことを話したこと、それを塾の人たちに転送されたこと、ぼくが怒ったこと、その時の真顔、先生に怒られた後の号泣と謝罪、その直後の態度豹変、絶交期間……。

色々なことがあった。でも、恨み続けていたっていいことないよな。ここはぼくが立派になろう。大人になろう。

よし、今、川端を許した。許したぞ。

ぼくは何度も自分に言い聞かせた。


それからぼくの心は楽になった。川端にわざわざ話しかけることはしないけど、今までのように恨んだりすることもない。心の中にあるどす黒いものがほとんどなくなって、清々しい気持ちになれた。


さて、川端だけじゃない。望月さんとも決着をつけなければ。

望月さんとは「避けるのやめてもらえませんか?」の後、全く話していなかった。もう仲良くなったり好いてもらったりするのは無理だけど、せめてぼくのことを大嫌いであるという感情は消しておきたい。そうしないとぼくはもちろん、望月さんも辛いだろうから。

誠心誠意謝ればぼくへの嫌悪感情が減るだろうけど、直接謝るわけにはいかない。だから手紙を書くことにした。

一生懸命文章を考え、一字一次丁寧に手書きしていく。こんなに一生懸命手紙を書くのは小野さんへのラブレター以来だ。夏真っ盛りだからあまりにも暑くて、地球温暖化を促進させないようにクーラーも扇風機も一切つけないと決めていたしそれを守っていたけど、今日だけと自分に許して扇風機をかけた。

扇風機の風に当たりながら取り組み続け、数時間かけて完成した。疲労困憊の体で読み直す。


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望月さんへ。

突然手紙を渡してしまってすみません。また怖がったりするかなと思ったのですが、どうしても謝りたかったので書きました。

まず、ぼくをストーカーと思わせてしまってごめんなさい。泉さんに聞いたかもしれないけど、あの日は技術の居残りと班長会議の両方に参加しなければならなくて昇降口の前を何度も往復していただけで、望月さんをストーカーしようとしたわけではありません。

でも望月さんからしたらそんなぼくの事情は知らないわけで、数日前に告白してきた男が何度も自分の近くを往復していたのはすごく怖かったと思います。

その上、ぼくは昇降口の前を通る時望月さんのことをチラチラ見ていました。告白の返事が気になっていたからです。

でも、望月さんに配慮してその気持ちを我慢するべきでした。怖い思いをさせて本当にごめんなさい。

そして、そのあと避け続けたことも申し訳ないと思っています。「ストーカーをやめてください」と言われてからぼくは望月さんを怖がらせないようにと必死になって、廊下ですれ違いかけたりする度に全力で避けていました。でも、ストーカーされるのも嫌ですけど、露骨に避けられるのも気分が悪いですよね。

そんな望月さんの気持ちに気づかず、極端なことをしてしまいました。ごめんなさい。

それと、川端くんの件も本当に申し訳ないです。望月さんとのプライベートなことを他人にメールで話してしまったのはすごく迂闊でした。ぼくのせいで色々な噂が立って嫌な思いをさせてしまってごめんなさい。

ぼくを許してくれとは言いません。ただ、この手紙で少しでも望月さんの気持ちが楽になったら嬉しいです。

久保崇史

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我ながらよく書けていると思う。あとはこれを無事に渡せるかどうかと、望月さんがどう感じるかどうかだ……。


1学期の終業式の日、ぼくは同じクラスの、望月さんの親友の滝沢さんに手紙を託した。本人に直接渡すと怖いだろうし、次に望月さんや滝沢さんに会う時は手紙の記憶が薄れている方が気まずくないからだ。小野さんの時といい、ぼくは終業式に手紙を渡したいと考えてしまう。

帰るとき、偶然にも階段で滝沢さんを発見した。なんと、ぼくが渡した手紙を読もうとしている! 封筒に入れずに手紙を四つ折りにしてセロハンテープでくっつけただけにしておいたのだけど、その隙間を覗いているのだ!

「おい! 何してるんだ!」と思ったけど、勇気が出なくて話しかけられない。すると、セロハンテープを剥がさずにしっかり読むことは難しいと思ったのか、滝沢さんは読むのを諦めて階段を降りていった。


別にストーカーはしていないのに、昇降口で滝沢さんにまた会った。ぼくを見つけ、笑顔で「手紙渡しといたよ」と報告してくれる。

ああ、よかった、と思った。これであとは、望月さんがどう感じるかだ。

「ありがとう」とお礼を言って、ぼくは神に祈った。どうか、上手くいきますように……。





〜〜〜〜〜

(後書き)

創作したのは以下の部分です。

・土下座の直前のやりとり
「土下座しろ」と言ったのは覚えていますが、その前にどういうやりとりをしたのかは覚えていません。

・殴ろうとするきっかけ
ここも覚えていません。

・川端をどうやって許したか
「鏡の法則」を読んで「許そう」と思ったこと、そして卒業式の日に宮内先生に「川端を許せました!」と言ったことは覚えているのですが、いつどのようにして許せたのかは全然記憶にありません。

・望月さんへの手紙
たぶん今回書いた3点を謝ったとは思うのですが、正直全然覚えていません。「中学生の時のぼくはこんな手紙をこんな書き方で書いただろうな」という想像です。

・滝沢さんに「渡しといたよ」と言われたタイミング
報告を受けた記憶はあるのですが、終業式の日じゃなかったかもしれません。時間を飛ばすのも面倒だしとりあえず終業式の日に報告を受けたことにしたら、帰りに2回も滝沢さんに会うことになって、滝沢さんをストーカーしてたんじゃねえかと思われそうな展開になってしまいました。階段で偶然手紙を読もうとしている滝沢さんを見つけたのは本当ですが、昇降口で再び会ったのは創作です。

・川端を許せた時期
望月さんに手紙を渡したのは卒業する直前だったような気がして川端の件の後に書いたのですが、書いているうちに扇風機のことを思い出して「そうか夏だったわ」と気づきました。

先ほど書いたようにぼくは卒業式の日に宮内先生に「川端を許せました!」と言ったので、川端を許したのは卒業直前のはずです。なので鏡の法則を読んで川端を許したエピソードは望月さんへ手紙を書いたエピソードの後に書くべきだったのですが、時間がなかったのでそのまま投稿しました。


創作した部分は以上ですが、一点言いたいことがあります。「鏡の法則」についてです。中学生の時のぼくはこの法則を信じたことで救われましたが、この法則は盲信はしない方がいいし、盲信させるのも間違っていると思います。

「自分の心の問題を解決させた方が人生の問題も解決しやすくなる」とは思います。ただ「必ずそうなる」わけではありません。

ぼくは以前

【「この世はあなたの心を鏡のように反映したものになっています。あなたが感じている苦しみや不幸は1つの例外もなく全てあなたの心の中に原因があるのです」って書いてある本を読んだことあるけど、「じゃあ例えば1歳で事故死した乳児のことなんかどう説明するんだ?」って思ったな】

とツイートしたことがありますが、本当にこう強く思います。

世の中には理不尽な不幸がたくさんあって、そういうものまで「自分の心の問題だ」と考えるのは不合理で無駄に辛いです。なので、「この法則はどんな問題にも当てはまります。これは証明されていることなんですよ」と出典も無しに書かれているこの本にはかなり危うい面があると今は思っています。


あともう1つ言い忘れていました。
本当はこの回で中学校編を終わらせる気だったのですが、色々考えたらあと2話必要だという計算になりました。明後日まで書いたら一時休止です。

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