くぼたか史 ep10 告白

放課後の美術室で、ぼくは自分の作品に集中しているフリをしながら、望月さんのことばかりチラチラ見ていた。

まさか美術の居残りで望月さんと一緒になれるとは。トロいという自分の欠点が功を奏した。望月さんと少し話せるかもしれない。

ぼくは、望月さんに恋をしている。大好きだ。

中学に上がったぼくは、入学式の日にクラスメイトを見渡してすぐ、望月さんを好きになると決めた。ダントツで可愛かったからだ。こんなに可愛い人は見たことがない。小柄で髪が長くて肌が綺麗で目がパッチリしている。性格も、小野さんのように勝気なところや正義感が強いところはあまり感じないけど、純粋で天然なところがそこそこぼくの好みに合うし問題ないと思った。

小野さんが好きだったのにこんなにすぐ切り替えていいのかなと少し思ったけど、小野さんは100%好きという結論にいつまでもならなかったわけだし、別々の中学に進んでしまったからもう狙ってもしょうがない。ぼくは実る見込みのない恋はしないのだ。それに思春期である以上中学に入ったら絶対に恋愛をしたかったから、ぼくは迷わず望月さんを狙うことにした。

望月さんを好きになると決めたら本当にどんどん好きになって、すぐに夢中になってしまった。あまりにも可愛すぎて顔を見ているだけで毎日ドキドキしてしまう。

でも小野さんと違って全然仲良くなれない。小野さんは男っぽいところがあって話しやすかったし気も合ったからかなり仲良くなれたけど、望月さんはお姫様タイプの人でぼくとはなんだか住む世界が違う感じがする。もう入学して10ヶ月経つけど、まだ5回ぐらい短い会話をたまたましただけだ。


友達と一緒に楽しそうに作品に取り組んでいる望月さんをチラチラ見ながら、切望する。望月さんと付き合いたいなぁ……。そして、セックスがしたいなぁ……。

もう小野さんの時のように「キスしたいな」と思うだけのぼくではない。毎日いけない妄想をしている。望月さんと性的なことを色々したい。とんでもなくエロいことをしたい。

こんな風に思うようになってしまったのはネットのせいだ。ぼくは中学生になってから家で家族共用のパソコンを触らせてもらえるようになり、ネットを利用し始めた。

別にエロいことを調べる気はなくて普通にONE PIECEのファンサイトを利用したり銀魂のアニメを見たりしていただけだったんだけど、あるとき何かの調べ物からエロいページに飛んでしまい、女の人の胸があらわになっている写真を見てしまったのだ。

その時の衝撃は半端じゃなかった。「え!? なんで裸の写真が普通に掲載されてるんだ!?」と不思議で仕方がなかった。そして同時にすごく残念に思った。最初に見る胸は好きな人のって決めてたのに……。なんでこんな顔も名前も知らない、タイプでもない女の人の胸が最初なんだ……。

ともあれネットには普通に裸の写真が載ってると知ったぼくは好奇心を持ち、ネットで性の世界のことを色々調べた。するとそこには想像もしていなかった世界が広がっていた。

最初は驚きや嫌悪感でいっぱいだった。「世の中の人はこんな生々しいことをやっているのか」と信じられなかったし、「こんな非人道的な官能小説があるのか」と恐怖したし、何よりAVは本当に理解できなかった。

なぜ裸を撮影させてしまうんだ。なんで好きでもない人とセックスをするんだ。百歩譲ってただ1対1で平和なセックスをするだけならまだしも、ただただ性的に消費されたり多数の人とセックスしたり無理やり暴力的なことをさせられたり、どうしてそんなことまでするんだ……。

作品だから合意のもとでやっていて本当に無理やりさせられているわけではないことはもちろん分かっている。けど、なんでこんなことを合意するんだ……。どれだけお金に困っていたらこんな仕事を受けたいと思うんだ……。絶対死ぬほど辛いだろ、こんなこと……。

無理やりやるやつじゃなくてもあまりにも生々しすぎる……。こんな姿を撮影した動画が広く流通して、女優の人たちはこれから先どうやって生きていくんだ……? こんなのもうほぼ社会的に死んだも同然だろ……。会社にはなかなか雇ってもらえないだろうし、恋人だってできにくいだろうし……。本当になんでこんなことするんだよ……。

それにこんなのを見た親はどう思うんだよ……。どれだけ悲しいか……。こんな映像を撮影したり売ったりしている人は心が痛まないのか……? 完全に社会悪だろこんなの……。

そんな色んな思いがあって嫌悪感でいっぱいだったから、最初は「どんなものがあるのか知りたい」という動機でAVを見ていただけだった。だけどだんだん、普通に興奮するために見るようになっていった。女優がかわいそうでたまらなかったけど、別にぼくが撮影しているわけでもないし、もう流通している作品を見るぐらいいいだろうという考えだった。

リビングにあるパソコンで、家族がいない休日に、背徳感と罪悪感と興奮でごちゃ混ぜになった心で無数のAVを見た。そのせいで性の知識がものすごくつき、望月さんと色々なことをする妄想をするようになった。

こんなぼくはいけない人なんだろうか。クラスの他のみんなはどれぐらい性に興味があるんだろう。この前保健の授業で性について先生が話してる時、土田くんが「胸舐めたいよなぁ? え、舐めたくね?」と言っていてドン引きした。そんなことをみんなの前で声に出して言うなんて……。

土田くんはチャラいやつだからそういうことを隠さないけど、ぼくが普段仲良くしている真面目グループの人はそんなことおくびにも出さない。真面目な奏太や純粋な晴人も、本当は家ではぼくみたいにAVを見て興奮してるんだろうか……? 好きな人とセックスする様子を妄想しているんだろうか……? そんなことどう考えても信じられない。

それに女の子はどうなんだろう。おしとやかに見える子も実は性に興味があったりするんだろうか。
望月さんは女の子の中でも1番純粋な人だと思う。セックスに対しての興味どころか知識すら全くなさそうだ。

……と思っていたんだけど、そうでもないかもしれない。
この前数学の時間に土田くんが「X35」と書いた紙を逆さまにして「どういう意味だと思う?」と周りの人に聞いていた。誰かが「『SEX』か」と言った時、望月さんは「せっくすって何?」と言っていたけど、流石にセックスの意味すら知らないことはないだろう。あれはとぼけていた気がする……。つまり、セックスがすごいことだと色々知ってるからとぼけたということじゃないだろうか……。


長い思考から現実に戻り、望月さんを見つめる。ああ、今日はバレンタインだったのに、望月さんからチョコをもらえなかった……。まあ仲良くないから当たり前だったんだけど、やっぱり悲しいな……。せめてこの居残りで少し話せないだろうか……。

だけどその思いも虚しく、望月さんは作品を完成させてしまった。望月さんの友達も次々と完成させてしまう。ああ、せっかくこんな良い機会があったのに一言も話せなかった……。

ところがその時、意外な展開になった。望月さんが友達にこう言ったのだ。

「じゃあ私、みんなの絵の具セット、教室のロッカーに置いてくるね!」

その言葉を聞いた瞬間、ぼくの脳みそが高速で回転し始めた。
今は居残りで18時前。校舎にはほとんど誰もいない。そしてこのタイミングで望月さんがみんなの絵の具セットを教室に持っていくと言う。もし今教室に誰もいなければ、ぼくが教室に行けば……望月さんと2人きりになれる!! つまり……告白できるかもしれない!!

なんてことだ。話せないかなと考えていたら、急に話すどころか告白するチャンスが降ってきた!
望月さんがみんなの絵の具セットをまとめて、美術室を出て行く。

ど、どうしよう……。本当に告白しに行くのか……?
いや、迷っている暇はない。学校という空間で2人きりになれるチャンスなんてそうそうないんだ。

ぼくは速攻で絵の具セットを片付け、作品を先生に預けた。まだ明日も居残りがあるから今日は完成させなくてもいい。急いで美術室を出て教室に向かう。

息が上がらないように早足程度で階段を登り、教室に着いて……ぼくは心の中でガッツポーズをした。本当に望月さんしかいない! マジで告白のチャンスだ!

「あれ、久保くん、どうしたの?」

ロッカーの前でしゃがんでいた望月さんがぼくを見てキョトンとする。

「あ、えっと……ちょっとね」

「ちょっと何?」

望月さんは絵の具セットをみんなのロッカーに入れ終え、立ち上がってまたぼくに尋ねた。こっちをまっすぐに見ている。ま、眩しい! 心臓がとんでもない勢いで鼓動する。

ああ、どうしよう。いざとなったらめちゃくちゃ怖くなってきた。告白なんてできる気がしない。でもこんなチャンスはたぶんもう2度と来ない……。

「ちょっと、望月さんに言いたいことがあって……」

緊張しながらゆっくりと言った。

「私に? なに?」

「えっと……その、ちょっと言いにくいんだよね……」

「何それ? いいから言ってよ!」

怒った感じではなく笑いながら言ってくれる。すごく興味がある感じだ。
望月さんが、最高に可愛い望月さんがぼくの顔をまじまじと見つめている……! 心臓が早く鳴りすぎておかしくなりそうだった。

「だから、その……」息を吸い込む。よし、“好きです、付き合ってください”だ……!

だけどぼくは、その息をそのままフーッと吐いてしまった。「ダメだ、やっぱり言えないわ……」

「何それ? じゃあもう私行くから!」

「ちょ、ちょっと待って! 言うから! ちゃんと言うから!」

「分かった。何?」

「だから、その……えっと……」

またしてもモゴモゴしていたら、望月さんが驚きのセリフを口にした。

「もう、全然言わないじゃん! もう私行くから、言いたいことがあるなら10秒位内に言って!」

じゅ、じゅじゅじゅ10秒以内!? そんな、タイムリミットを決められるなんて!

望月さんは教室を飛び出し、早足で歩きながら、なんとカウントダウンを始めた。

「じゅーう、きゅーう、はーち……」

嘘でしょ!? 告白する時にカウントダウンされるなんて聞いたことないよ!焦って望月さんを追いかける。2人で階段を早足で駆け下りていった。

「なーな、ろーく、ごー、よーん……」

望月さんが階段の踊り場で立ち止まり、振り返る。ぼくも立ち止まって、正面から望月さんを見つめた。

「さーん、にーい、いーち、ぜろ!」

「好きです! 付き合ってください!!!」


ぼくの声が階段中に響き渡る。ほ、本当に言ってしまった……。

望月さんはキョトンとしていた。だんだん信じられないという顔になり、照れながら自分自身を指差す。

「私?」

ぼくは黙ってコクッと頷いた。

「私?」

再度の問いかけに、再びコクッと頷く。

望月さんは顔を真っ赤にしてから、「ちょっと、考えさせてください!」と言ってペコリと頭を下げた。早足で階段を駆け下りる。

ぼくは黙って、呆然と立ち尽くしていた。


帰り道、ぼくはフラフラとおぼつかない足取りだった。本当に好きな女の子に告白してしまうとは……。人生で初めての経験だ……。しかも口であんなに堂々と言えるなんて……。カウントダウンしてくれたおかげとは言え、勇気出したなあ、自分……。


翌日から、ぼくはこれまでとは比べ物にならないほど望月さんのことで頭がいっぱいになっていた。告白されて望月さんはどう思っているだろう……。ぼくのことは好きなんだろうか……? いや、全然仲良くなかったから好きじゃないとは思うけど、告白されたことで意識してくれてないだろうか……? 返事はいつもらえるんだろう……。

だけど、3日経っても返事がなかった。なぜだ……なぜ返事をしてくれないんだ……。まぁでも2人きりになる瞬間がないからな……。いつどういうタイミングで返事をしてくれるんだろう……。


告白から4日目の金曜日、ぼくは今度は技術の居残りに参加していた。今回は望月さんは一緒ではない。望月さんも一緒だったらまた遅い時間に2人で誰もいないところに行って返事が聞けるのにな……。
そう思いながら、ぼくはキリの良いところで作業を止め、教室に向かった。教室で班長会議が行われていて、推薦で班長に選ばれたぼくは技術の居残りと班長会議両方に参加しなければならなかったからだ。

技術室を飛び出して走って教室に向かっていたぼくは、昇降口の前で思わず立ち止まってしまった。なんと、昇降口の下駄箱の前に望月さんが1人で座っていたからだ。

またしても急に心臓がバクバクし始める。なんでこんなところに望月さんがいるんだ? そうか、ぼくに返事をするため……?

だけど望月さんは外の方を向いていて、ぼくに気づかない。声をかけようかと思ったけど、声を出そうとしてやめた。ぼくに返事をするためとは全然限らないじゃないか。もし「やあ」とか声をかけておいて望月さんの目的が違っていたら、「なに返事急かしてんの?」って引かれてしまう……。

ぼくはそのまま10秒ぐらい立ち止まって望月さんを見ていたけど、気づかれなかったので諦めて教室に向かっていった。数日前に告白してきた男がずっと見つめていると知ったら怖いだろうから、早くこの場を離れるのが得策だ。

しかしぼくはもう気が気でなかった。班長会議も技術の居残りももはやどうでもいい。望月さんが告白の返事のつもりであそこにいるのか、どういう返事がもらえるのか、それだけをとにかく気にしていた。

班長会議をやっている教室と技術の居残りをやっている技術室との往復は合計3回ぐらいする必要があって、本当に忙しい放課後だった。ぼくはその行き来で昇降口を通るたびに望月さんの方をチラチラ見ていた。望月さんは随分長いこと昇降口にいたけど、1回もぼくの方を振り返ることはなかった。


返事が気になって仕方がない土日を終え、週明けの月曜日。待ちに待った望月さんの返事が来た。なんと、昼休みの教室で友達と一緒にぼくに手紙を渡してきたのだ。「久保くん、これ!」と言って女子特有の折り方をした小さい手紙をぼくに手渡す。

そうか手紙か! ぼくは小野さんにラブレターを書いたくせに、手紙で返事をされるとは想像していなかった。自分が口で告白したから、返事も当然口だろうと思い込んでいた。それにしても、こんなクラスメイトがたくさんいる教室で、友達と一緒に渡すなんて……。デリカシーなくないか……?

まあそんなことはどうでもいい。「ありがとう」と言ってぼくはすぐにそれをポケットにしまった。幸い、望月さんの友達以外に気づかれたりすることはなかった。


その手紙は放課後まで見なかった。学校で見たらその後の時間とても落ち着いて振る舞えないと思ったからだ。どういう返事でもその結果で頭がいっぱいになってしまう。今日は習い事の書道があるけど、休もう。いや、でもなぁ、やっぱ休むのは良くないかな……どうしようか……。

そんなことを考えながらの帰り道、ぼくはもう我慢しきれなくて、ほんのすこしだけ手紙の中を見ることにした。周りに誰もいないことを確認してから、手紙を太陽にかざす。光で、紙が重なっていない部分に書かれた文字がチラリと見えた。

「ごめんなさい。私に」

その文字だけ見えて、ぼくはガックリと肩を落とした。ああ、そうか……やっぱりダメか……。まあそりゃ付き合えるわけないと思ってたけどさ……やっぱ結果を突きつけられると辛いな……。


「ああ! フラれた! フラれた!!」と心の中で叫びながら帰ったぼくは、カバンを置いてうがいと手洗いをして、しっかりと準備を整えてから手紙を取り出した。緊張しながら開くと、そこにはこう書いてあった。


「久保くんへ

告白してくれてありがとう。すごくびっくりしました。

でもごめんなさい。私には彼氏がいるので付き合えません。

それと、ストーカーはやめてください。

望月詩織」


ぼくは二重で衝撃を受けた。
か、彼氏がいるだって!? じゃあなんで「考えさせてください」って言ったんだよ!

そして何より……。「ストーカーはやめてください」って、一体何のことだ……?





〜〜〜〜〜

(後書き)

改めて言いますが、この連載に登場する人物はぼくと、ネットに名前を出している人以外は全員仮名です。望月詩織さんも当然仮名なのでご安心ください。


性の世界について初めて知った時の記憶は実はほぼありません。初めて見たのが胸の写真で、「初めて見る胸は好きな人のが良かったのに……」と思ったことは強く覚えていますが、他は大体「中学生の時のぼくはきっとこう考えていただろうな」という想像です。初めてAVを見た時の衝撃とか感じたこととかぼくなら鮮明に覚えていそうですが、びっくりするぐらい記憶がないです。これも「特定のネガティブな記憶」だから消去してしまったのでしょうか……?

でも、「クラスの人たちはどれぐらい性に興味あるんだろうか」と考えているあたりはほぼ本当です。

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