くぼたか史 ep11 絶交

休み時間に学校の廊下を歩いていると、望月さんが前からこちらの方向に歩いてくるのが見えた。まずい、避けなければ……。ぼくは何かを思い出したように向きを変えて教室に戻った。ふうっと息を吐く。良かった、これで望月さんと鉢合わせしなくて済む。

告白の返事をもらってからというもの、ぼくはずっとこんなことを繰り返していた。

「ストーカーはやめてください」

返事の手紙に書いてあったこの一文がぼくをものすごく苦しめていた。しばらくはどうしてストーカーだと思われていたのかすらずっと分からなかったけど、どうしても気になったからある時望月さんの友達に聞いてみたら、あの技術室と教室を何往復もしていた時の行動がストーカーだと思われたらしい。望月さんはぼくの返事とは全く別件で昇降口の前に座っていたのに、数日前に告白してきたぼくが何往復もしながら自分の方をチラチラ見てたのが怖かったそうだ。

そりゃ怖いよな、と思う。望月さんからしたらぼくが技術の居残りと班長会議の両方に出席しなきゃいけなくて両方の教室を往復しなければいけない事情を知らなかったのだから、マジでストーカーしているとしか映らなかっただろう。なんたる悲劇だ。

理由はどうあれ望月さんがぼくを怖がっているのは間違いない。だからぼくは、望月さんを徹底的に避けることにした。話しかけないのはもちろん、すれ違いそうになったらUターンしたり廊下の端を歩くようにしたり、ずっと気をつけていた。2年生になってからは違うクラスになって本当にラッキーだった。

ぼくはもう望月さんだけでなく、女子全般が怖くなっていた。少しでも近づいたりしたらストーカーと呼ばれるんじゃないかという恐怖で、どの女子とも仲良くなれないでいた。女子はぼくにとってなるべく避けるべき存在だった。

教室でやり過ごそうとしていると、厄介なことに望月さんがぼくのクラスであるB組に入ってきた。そしてなんと、ぼくの方にまっすぐ歩いてくる。どうしよう、たまたますれ違いそうになっただけなのに、またストーカーとか言われるんだろうか……。

望月さんはぼくの前で止まって、ちょっと困ったように言った。

「あの、避けるのやめてください! ずっと避けられてすごく嫌な気分なんですけど!」

ぼくはビックリした。ぎゃ、逆にそっち?
でもすぐに、まぁそうか、と思った。そりゃ、ストーカーされるのも嫌だけど、明らかに避けられ続けるのもすごく感じが悪くて嫌だよな。なんで気づかなかったんだろう。めちゃくちゃ極端なことしてたな、自分……。

ぼくは反省して、「ごめん……」と謝った。すると望月さんはさらに、もっと驚くことを言った。

「それと、久保くんが私に告白したこと、川端くんにメールで教えたでしょ! 川端くんがそのメールを塾でいろんな人に転送して、噂になって困ってるんですけど!」

耳を疑った。川端くんがメールを転送した? そんなバカな……。

川端くんというのは、保育園のとき仲が良かったりゅうやくんのことだ。小学校は別々だったけど中学で一緒になり、1年の時はクラスが違ったけど2年でクラスも一緒になった。再び仲良くなって、メルアドを交換して色々なメールをしていくうちに、確かにぼくが望月さんに告白した話もした……。だけどその内容をまさか、塾の人に転送するなんて……!

「ご、ごめん……。まさかそんなことになるなんて……」

ぼくがモゴモゴ謝ると、望月さんは「なんとかしてください!」と怒ったように言って、Uターンして教室を出て行った。最悪だ……。


ぼくは頭を抱えた。ぼくが望月さんを避け続けたことも問題だったけど、2つ目の問題はそれと比べ物にならないぐらい重大だ。
くそ、うかつだった……。ぼくは最悪な振られ方をしたというのに自分の恋愛の話をしたいという強い気持ちがあって、メルアドを交換した仲良い人に片っ端からメールで話していた。特に聞かれてもないのに「好きな人いる? ぼくは望月さんのことが好きでさ、実は……」とペラペラ話していた。信頼できる友達にしか言ってないから大丈夫だろうと思ってたけど、まさか川端くんがそんなやつだったなんて……。

ぼくはすぐに川端くんの席に行き、話しかけた。

「川端くん、ちょっといい?」

「ん、何?」

顔を上げた川端くんは普通のリアクションで応答した。自分が最近やばいことをしたという自覚がないみたいだ。

「あのさ、今望月さんから聞いたんだけど、ぼくが望月さんについて色々話したメールを塾の人たちに転送したって本当?」

「ああ、本当だよ。みんなが聞くから5人くらいに転送した」

あっさり認められて思わず驚愕した。ヘラヘラ笑っている。こいつ、マジでどういう神経をしてるんだ? ぼくはムッとして言った。

「色々噂になってて、望月さんが困ってるんだって。転送したみんなに、削除するようにとこれ以上噂しないように言ってくれる?」

「あぁ、なるほどね。分かった。次の塾の日に言っとくよ」

これまたあっさりしている。やっぱり事の重大さが全然分かってないみたいだ。これははっきり言わないと分からないなと思って、ぼくは怒りの表情を露わにし、声のトーンを一気に落とし、かなり強く言った。

「あのさ、ぼく、怒ってるからね」

その瞬間、川端くんの表情から笑顔がパッと消えた。ヘラヘラが一切無くなり、真顔になる。数秒黙った後、真剣な顔とトーンで言った。

「ごめん」

ぼくはまた面食らった。急にここまで態度が変わるとは……。ただ重大さが分かってなかっただけで、誠実さがないわけじゃなかったんだな。まぁそりゃ良い人だから友達になってたんだけど、ぼくが本気で怒ってると分かった途端にここまで真剣になれるなんて、やっぱり良い人なんだな。

ちょうど鐘がなって、川端くんが席に着く。「はぁ〜」と大きくため息をつき、分かり易すぎるぐらい激しく落ち込んでいた。


ぼくは家に帰ってお母さんにこの件を話した。そう、望月さんに告白をしたことはもうお母さんと姉の理香に話してしまったのだ。
毎日「今日学校でこんなことあったんだ〜」とお母さんに色々なことを話すぼくでも流石に好きな女の子のことや告白したことは話さないつもりだったけど、我慢できなかった。告白から数ヶ月もしないうちに何かの話の流れで「実は……」と切り出して全部話してしまった。お母さんも理香もぼくが堂々と告白したことにものすごく驚き、褒めてくれた。お母さんは「望月さんっていい子っぽいわよね。こんな良い子を好きになってくれて安心だわ」と言っていた。

川端くんの話を聞いたお母さんは仰天して、「そんなこと絶対やっちゃいけないでしょ」と強い口調で言った。「絶対に削除してもらわないと。お母さん担任の先生に手紙書くわ」

ぼくは慌てて「そこまでしなくていいよ」と言ったけど、「あのね、メールの転送とかいうのは本当に怖いことなの。きっちり解決しないといけないから、子どもだけでなんとかしようとしちゃダメ。望月さんにこれ以上迷惑かかったらあんたも嫌でしょ」と押し切られ、納得した。


翌日、お母さんが書いた手紙を担任の先生に渡すと、先生はかなり重く受け止めてくれたようで、かなりの大ごとになった。なんと、放課後に2学年の先生全員で川端くんに説教することになったのだ。ぼくはランチルームで待たされていたんだけど、説教はなんと1時間半ぐらい続いた。

長時間の説教が終わって談話室から出てきた川端くんは、号泣していた。どんだけ泣いたんだよというぐらい顔中泣き腫らしている。こんなに泣いている人間を見たのは生まれて初めてだ。

川端くんは大泣きしながら何度も「ごめん。本当にごめん。必ず削除してもらうから」と言ってくれた。ぼくはもう恨みの気持ちはゼロで、なんていいやつなんだと感動しかしていなかった。「うん、ありがとう。もうそんな気にしなくていいよ」と何度も言った。

その日は自然に川端くんと一緒に帰った。校舎を出てからは川端くんも少し笑顔が出てきて、仲良く帰りながら、ぼくは雨降って地固まるとはこのことだなぁとしみじみ思った。


ところが、である。ハッピーエンドかと思いきや、翌日にものすごく意外な展開になった。

朝、教室に入ってぼくは真っ先に川端くんに笑顔で「おはよう!」と挨拶した。川端くんは当然、笑顔か申し訳なさそうな感じか、いずれにしろ好意のある感じで返してくれると思っていたのに、なぜか無表情で「おう」と返しただけだった。全然好意的な感じがしないし、ものすごく距離を感じる言い方だった。

ぼくは困惑した。な、なぜだ……? 昨日のあの猛省と美しい友情の後の挨拶がこれって、どういうこと……?

しかし考えても仕方がない。ぼくは「メールのことなんだけど」と言った。「みんなに削除してもらった?」

川端くんは「ああ」と低い声で答えた。「みんなのメールアドレス知らないから、昨日は何もできなかった。今日塾に行った時に言うよ」

返事の内容には納得したけど、テンションがおかしい。なんでこんなそっけない言い方なのか、さっぱり分からなかった。


翌日もぼくは登校してすぐ川端くんに話しかけた。

「ぼく転送のシステムとかよく知らなかったんだけど、お母さんに聞いたら転送はメールアドレスを知ってる人にしかできないから、メールアドレスを知らないのはおかしいって言ってたよ。どういうこと?」

川端くんは何やらよく分からない説明をした後、眉間にしわを寄せながら「昨日塾でみんなに言って削除してもらったから。噂ももうしないように言っておいた」と言った。

とりあえずちゃんと対応してくれたのは助かったけど、相変わらず態度が気になる。ぼくは「ありがとう」と言いながら、ただならぬ不安を感じていた。


不安の通り、それからの川端くんのぼくへの態度ははっきりと悪いものになった。紛れもなく「嫌悪」の感情を持っている。可能な限りぼくを避けるし、何かあって話す時もものすごくそっけない。河口湖移動教室ではバスで隣の席になったというのに一切話しかけてこないという徹底ぶりだった。

ぼくは訳が分からなかった。あの日の猛省と友情は本当に何だったのか? あれが演技だったわけがない。心から悔いてぼくを思ってくれている感じが伝わっていた。

ぼくがあの後何かしたのだろうか……? でもぼくは反省してくれた川端くんに最大限優しく接したはずだ。だってもう恨みの感情はなくてひたすら感動だけしていたんだから。川端くんもぼくの態度に救われていた感じだった。なのになぜその翌日からあれほど豹変したんだ……?

河口湖移動教室の後からは、ぼくも川端くんを嫌うことに決めた。最低なことをしておいて、罪の意識に耐えられなくなったのか知らないけどぼくをこれだけ嫌って冷たい態度を取るなんておかしいだろ。こんなやつ、ぼくも大嫌いだ。


ある時、帰りにたまたま昇降口で川端くんと鉢合わせをした。川端くんがパッとぼくから視線を逸らし、急いで靴を履く。その姿にぼくは尖った声をかけた。

「ねえ、なんでそんなに態度変わったわけ? ぼく何かした?」

川端くんは小さくため息をついてからぼくを見て、めんどくさそうに言った。

「別に。普通にお前が嫌いになっただけだよ」

川端はさっと背中を向け、急ぎ足で昇降口を出て行った。


ぼくは猛烈に怒りながら早足で帰り、家に着くと真っ先にパソコンを立ち上げた。メールボックスを開き、川端のメールアドレス宛に一言だけ文字を打つ。

「絶交」

ほんの少し迷ってから、ぼくはありったけの憎しみを込めて送信ボタンを押した。





〜〜〜〜〜

(後書き)

創作したのは以下の部分です。

・母が担任の先生に手紙を書いた
→どういうプロセスで先生が問題にしたのかさっぱり覚えていません。でもこれだけ先生が気合を入れて取りくんてくれたということは母が先生に伝えたのかなと思いましたし、ぼくの母ならそうしても全く不思議ではないのでそういうことにしました。

・最後の川端くんとのやりとり
→メールで「絶交」と書いて送ったのは覚えているのですが、そのメールを送ることになったきっかけは忘れてしまいました。適当に創作しました。


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