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ブライアンインタビュー (Classic Rock誌2022年5月号)

ブライアン・メイ

クイーンのギタリストがソロアルバム、天文学、アクセルとのレコーディング、EVH(※エドワード・ヴァン・ヘイレン)と過ごすこと、そして彼のバンドの予想もしなかった第二章について私たちに語る。

Interview: Dave Everley

クイーンのような第二幕があったバンドは少ない。フレディ・マーキュリーなしでの活動継続は、クラシックロック誌の創刊当時(※このインタビューが掲載されたクラシックロック誌2022年5月号は1998年の創刊から300号の記念号で、質問に「1998年」や「過去24年で」が多いのはそのためです)にはブライアン・メイをはじめとして想像もつかないことであった。しかし、フリー、バッドカンパニーの元ボーカルのポール・ロジャース、そしてのちにはアダム・ランバートと組んで2003年に活動を再開して以来、このバンドは最初の時と同じぐらい大人気である。「もっとだと思う」とメイは私たちに言う。「信じられないよ」。

クイーンの21世紀の復活は、大人気の舞台 "We Will Rock You" と、マーキュリー役でラミ・マレックが主演、グウィリム・リーがメイ役でこちらも大ヒットした伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」(第91回アカデミー賞で、最多の4部門を受賞)、そしてランバートがマーキュリーの王冠の継承者だと文字通りの意味でも隠喩的にも示してきた一連のツアーの超ド級の成功によって輝きを増した。

メイ自身の課外活動は、初恋である天体物理学への回帰からアナグマの殺処分やキツネ狩りをする者たちや政治家などの頭痛の種になることまで、変化に富み予想のつかないものだ。近年はそれが彼の音楽制作活動を制限してきたかもしれない ―  1998年の「アナザーワールド」以来、彼はソロのスタジオレコードを発表していない ― しかしこの伝説的ギタリストは、自分は何も変えるつもりはないとクラシックロック誌に語る。

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あなたはクラシックロック誌創刊号でインタビューされました。1998年です。その頃は何をしていましたか?
2作目のソロアルバムの航海に乗り出していた。そもそもは自分がこの道に入るきっかけとなった曲の数々の見直しから始まったんだが ― バディ・ホリー、ジミ・ヘンドリックス、モット・ザ・フープル などを経る ― 何か別のものへと変わった。それに当時経験していた感情の大きな揺れ動き ― 僕はそのようにできているらしい ― もあった。とてもバラエティに富んだレコ―ドだが、当時の僕のあり方のすべてを網羅している。外面的なものすべてが内面的なものと融合してとてもややこしくなるんだ。

このアルバムの "Cyborg" で演奏したフー・ファイターズのドラマー、テイラー・ホーキンスは、過去24年間に渡りクイーンの一番のチアリーダーのひとりでした。彼と最初に会ったのはどこですか?
彼がアラニス・モリセットとツアーをしている時にちょっと会った。クイーンの大ファンだと言っていたが僕はあまり本気にしなかった。でもその後、彼と(フ―のギタリスト)パット・スメアがケラングアワード授賞式でロジャー(・テイラー、クイーンのドラマー)と僕への特別功労賞のプレゼンターだった時、この二人がクイーンの百科事典的な知識の持ち主だと知った。彼らが僕たちを絶賛してくれるのはとても嬉しい。「ロックの河」では別の場所にいる人たちとの本物のつながりだ。それに僕たちのイメージにもいいし(笑い)。

1998年当時、あなたはクイーンは無事終了したと思っていましたか? それとも、21世紀最大のロックバンドの一つになるための秘密計画があったのでしょうか?
ああ、 僕たちは終わったと思っていた。続けるなんて無理だとロジャーと僕は確信していた。フレディを失った途端スピリットが消えたんだ。正直に言うと僕たちには続けるという願望すらなかった。「メイド・イン・ヘヴン」が最終章のはずで、それから二人ともソロ活動を始めた。その後、完全な偶然だが僕たちはポール・ロジャースと出会い、「もしかしすると、自分たちのヒーローだったこの人と組んでどうなるか見てみるといいかも」と思った。

今、その時期をどのように振り返りますか? あなたたちが一緒に作ったアルバム「ザ・コスモス・ロックス」は再評価されるべきでしょうか?
あのアルバムは誇りに思っている。とても良いものがいくらかあるし、評価は低いと思っている。僕たちもポールも楽しんだ。最高だったよ。彼の力をクイーンの曲で見せるだけではなく、僕たちが「オールライト・ナウ」や彼の曲を演奏することも。世界を周ってあのアルバムを演奏するのはすごく楽しかった。新しい種類のおもちゃを手にした少年たちだ。しばらくの間はよかったが、やがて自然の成り行きをたどった。ポールが彼自身のキャリアに戻る必要があるのは明らかだった。でも別れはとても円満だったし、今も連絡を取っている。

そしてもちろん、現在クイーンと組んでいるアダム・ランバートがいます。彼がもしあなたたちの人生に登場しなければ、クイーンは今ほど人気だったでしょうか?
他の誰かではうまく行ったと思えない。彼の声や存在は10億にひとつ。そのショーマンシップ、パーソナリティ、幅、曲を再解釈する能力。その上一緒にいて楽しい人でもある。彼は神からの贈り物だ。

オリジナルのクイーンの全盛期には、観客がスマートフォンでライブを撮影することはありませんでした。今はそうなっていることをどう感じますか?
観客を見渡しても彼らが見つめ返してくれずに電話を見ているのは妙なものだ。こちらに背を向けている人たちさえいる。僕を背後に自撮りしているんだ。最高のインスピレーションというわけではない。でもそれも人生。それで眠れなくなったりはしない。ものごとは時代とともに変化するし、これもそのひとつだ。

ビートルズのドキュメンタリー “Get Back” は見ましたか?
見たよ。彼らの状況は自分たちもしばしば陥った類のものだったので、とても身近な内容だった。第1部は僕にはかなりきつかった。メンバーの仲があまり良くなくて、創造性もうまく湧いていない。でも第2部を見るのはずっと楽しい。ジョージ・ハリスンが本領を発揮するのを見るのは最高だ。そして、メロディは「ジェラス・ガイ」だが歌詞は全く違う曲をジョン・レノンが歌うような、純粋な魔法の瞬間がある。あれは僕には衝撃だった。

"Get Back" スタイルのクイーンのドキュメンタリー製作予定は?
ないと思う。映像の断片は少々あるが、僕たちは自分たち自身を意識しすぎだった。”One Vision” のミニドキュメンタリーに使われたものもあるが、僕たちは周りにカメラがいることに不慣れであまり自然には見えない映像だ。それがいいことかどうかは分からない。もしかすると神秘性を少し残しておくのが最良なのかもしれない。

アクセル・ローズがアルバムであなたにギターを依頼したことがあり、そのアルバムはガンズ・アンド・ローゼズの「チャイニーズ・デモクラシー」となりました。どんな感じでしたか?
あれは奇妙な経験だった。全体の中盤ごろだったと思う。その頃までにアクセルはほぼ引きこもっていた。彼は自宅で作業をしていて、僕は彼の当時のエンジニアと一緒に丘のふもとのスタジオだった。彼が下りて来ることはめったになかった。たまに立ち寄ってすごく熱心で雄弁になったかと思えば、また消えてしまう。僕がプレイしたものはどれも結局アルバムには入らなかったと思う。

それ以来アクセルとの交流は?
いや、それほどない。たまにメッセージはあるが本当に少ない。僕がもっと連絡を取るべきなんだ。僕自身少々内気で引きこもりがちなところがある。エド・ヴァン・ヘイレンと連絡を取り続けなかったことはひどく後悔している。

彼の思い出であなたのお気に入りなのは?
たくさんあるが、一度彼が僕たちのライブを見に来た時をよく覚えている。終演後ホテルに戻った。彼はお気に入りの酒を、サザンカンフォートだったと思うが、持参していた。とにかく、彼がガンガン飲んでいたので僕もそうし始めた。そして僕は完全につぶれた。気がついたらバスルームの床に倒れていた。洗面台に頭をぶつけて。バスルームに入ったことすら覚えていない。自分が制御不能になった人生で数少ない機会のひとつだ。

近年あなたは、アナグマを殺処分する農家やキツネ狩り支持者、地球平面論者、ワクチン反対派、そしてボリス・ジョンソン首相を非難してきました。愚か者たちに堪忍袋の緒が切れたポイントというものがあったのですか?
(笑い)その言い方はうまいね。僕は何ごとにもオープンな姿勢でいたい人間だが、そういうことのいくらかには本当に苦戦する。明らかに誤った情報が拡散され始める時には特にね。人が破壊的で反社会的になる。地球が平らではない証拠を見つけるのはとても簡単なのに、なぜ逆のことを言いふらしたがる? 誤った情報を広める人たちには我慢ならない  ― インスタグラムで僕にブロックされるすごく簡単な方法だ。それとボリス・ジョンソン? 彼が一体どうやって眠れるのかわからない。今起きている多くのひどいことに責任がある人だ。正直、それについてはまるごと別の話になってしまうぐらいだ。

リチャード・ブランソンやジェフ・ベゾスが宇宙へ打ち上げられたのを見て、科学者としては「あれは自分であるべき」と思いましたか?
いや。あれは僕の目指すものではないから。国際宇宙ステーションで2,3週間過ごさせてもらえたら感じ方は違うかもしれない。それなら楽しめると思う。それか月への旅か ―  実体のある何かだ。でも、打ち上げられてほんの少しの間無重力になり、そして帰って来るということには残念ながら魅力を感じない。

天体物理学者としては、この24年で最もエキサイティングなできごとはなんですか?
それは冥王星をフライバイ/接近通過するニューホライズンズのミッションだろう。そのことと、そして知られてすらいなかったカイパーベルト天体のフライバイはなんと素晴らしいのだろう。僕は立体画像の加工で貢献し、フライバイの時にはコントロールルームにいた。最初の画像を見た時はみんな大騒ぎだった。信じられないような、忘れ難い体験だった。

あなたはトータルギター誌の読者投票で「史上最も偉大なギタリスト」に選ばれました。読者たちに同意しますか?
同意できるわけがない。大変光栄だし、多くの人が僕に投票してくれたのは僕にはとても大きな意味がある。それだけの人が僕の仕事に関心を持ってくれたということだから。なので本当に感謝している。でもそれを信じるか? ノーだ。だって例えばアル・ディ・メオラのような人を見てくれ。僕には彼のすることの100分の1を目指すのさえ無理だ。イングヴェイ・マルムスティーンとか・・・ たくさんいる。だからそうだな、ありがたいが、クスリとさせられるよ。

女王在位50年の祝賀行事であなたはバッキンガム宮殿の屋上で演奏しました。そこからの眺めはどのようなものでしたか?
The Mall(※宮殿前からまっすぐ伸びる通り)沿いの群衆が見えた。宮殿自体も見下ろせたし、パーティーが進行中なのも。でもそれ以外はとにかくたくさんのチムニーポット(※煙突の先端に付けた通風管)が見えるだけだ。でも、あそこにいることで感じるのは恐怖そのものだった。高さのせいではない。笑いものになる可能性がものすごく大きかったからだ。人には「落ちるのが怖かったですか?」と言われる。ノー、10憶人が見ている中でバッキンガム宮殿の上でやらかした男になるのが怖かった。全くのライブ(生)で全く危険だった。

この夏の女王在位70年の祝典にはまた招待されていますか?
(笑い)それは勝手には答えられない。

サー(※Sir)・ミック・ジャガーに、サー・エルトン・ジョン、サー・ロッド・スチュワート。取り残されたように感じますか?
いや。僕にはCBE(※Commander of the  British Empire 大英勲章第3位)があるし、それでとても満足だ。自分がサー(※ナイトKnight爵位の称号)になる意味はないと思う。僕が今持っていない何かをそれが与えてくれるとは思わない。もしロード(※Lord)(※貴族⦅この場合は一代貴族。爵位はすべて男爵⦆の呼称)になれるとオファーされれば違うだろう。それなら貴族院に議席を持てて、僕の特に大きな情熱である野生動物に関しての国政のあり方に影響を与えられるかもしれないから。

過去24年であなたは多くのアーティストとコラボレーションし、ケリー・エリスとはアルバムを2枚出しましたが、もっとソロの音楽を出したいと思う部分はありますか?
それはあるかもしれない。しかしそのためには、自分が心血を注いできたこと全部ができなかっただろう。数も種類も多いんだ。僕はとても真剣な形で天文学に戻れたことを楽しんできた。ロンドンステレオスコピックカンパニーを設立・監修し、多くの立体視資料を出版することを楽しんできた。野生動物の権利に関してほんの少しだけだが変えられたことを楽しんできた。加えて、自分にとってはとても大事な、父親、祖父であること、そして願わくば良き夫でもあることを楽しんできた。音楽をもっと世に出すためにはそういう全てをあきらめなければならなかっただろう。

トニー・アイオミとの新作コラボレーションの噂がありました。そこに真実はありますか?
2人で素材をいろいろ見てはきたが、多分自分たちが思うところまではいっていない。そういうのは時間がかかるものだし、コロナも手助けにはならない・・・

他に予定はありますか? 何か新しい音楽は?
そうだな、全ての目はツアーに注がれている。僕たちはものすごくホットにぶっ飛ばしていた。そして突然何もかもが停止した。だからツアーに戻るのは全てをかけた目標だ。

この24年のクイーンの影響をどう見ていますか?
それは「ロックの河」というものに戻る。僕たちより上流にはビートルズやレッド・ツェッペリンのようなバンドがいて、下流にはフー・ファイターズやザ・ダークネスのようなバンドがいる。僕はその一部でいることをただ光栄に思う。そういうのを見ると「そうだな、自分の役割は果たした」と思うし、今もまだそれができていればと願う。

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