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solio @solio_jp さんで #コツコツDonate (2022年6月)

2020年11月から #solio さんで #コツコツDonate を始めました。

僕のソーシャル・ポートフォリオです。

solio 定点観測

solio の大きな特徴として、寄せられたお金がどのジャンルに向けられたのか、が明瞭に分かることです。これ、すっごく大事なことだと思います。

https://app.solio.me/categories/就職・雇用支援

合計寄附額がいつからいつまでのものか、ちょっと分からないのですが、着実に寄付は増えていますね。
合計額が670万円を超えました!
前回(5月31日)との比較では +5% となっています。

ジャンルの順位変動はありませんでした。

前回からの増加率トップは 就職・雇用支援 でした。

#TableforKids  定点観測

solio の「社会教育推進」ジャンルの寄付先の一つ、夢職人さんが、僕の地元・江東区で実施されているプロジェクトがTable for Kidsです。

こんな仕組みです。

プロジェクトのSeason 1 (ごめんなさい、勝手に名付けました:2021年1月〜6月)は

336件、2,552,823円の寄付が集まりました!

プロジェクトは7月1日からSeason 2へ。そのSeason 2も昨年末に終了。

Season 2は

件数で 1,734件、金額で 4,224,486円

Season 1 比では 
件数で +1,398件、金額で +1,671,663円 となりました! 

2021年を通じて合計で 2,070件、6,777,309円 となっています。

Season 3 が始まっています。最新の状況は⏬⏬⏬

チャレンジを積み重ねていくことで、一歩ずつ一つでも多くの課題がより良い方向に、解決に近づけることを信じて応援します。

#投資信託事情  という業界誌的な雑誌に毎月寄稿させていただいているのですが、最新の寄稿。タイトルは

「もらう」ではなく「あげる」

投資、株式投資や資産運用をイメージしながらつくった文章ですけれど、寄付も投資だと考えているのでこの文章のスコープの中です。

「もらう」「もらえる」この種の話が多すぎる、というか、こっちから考える人ってすっごく多いなあ、というモヤモヤを述べています。もちろん、僕も「もらう」「もらえる」に刺激を受けて、魅力に感じて判断、行動すること多数なんですが。

投資・資産運用の界隈では「期待リターン」という考え方があります。株式ならx%、債券ならy%、、という具合に。

期待リターン(期待収益率)は、「要求収益率」とも呼ばれ、投資家がある資産について、将来にわたる運用から獲得することが期待できる平均的なリターン(収益率)をいいます。これは、投資する資金に対して、どれくらいの収益が見込めるかを示したもので、投資対象商品によって、それぞれ異なります。

https://www.ifinance.ne.jp/glossary/investment/inv118.html

投資する以上これくらいもらえないと困っちゃうよね、的な。「もらう」が先に来ている印象が強い概念です。投資するんだから、リスクを取ってるんだから、もらって当然、という風にも見えてきます。

「もらって当然」って、そうなの? そう考えることが増えました。

もらう、受け取る。そこから考えるのではなく、自分は何があげられるか、どこにどれだけあげるのか、そこから考え始めることをふやしたいな、って。

僕の大好きな本、『ゆっくり、いそげ』の第2章は

テイクから入るか、ギブから入るか。それが問題だ

です。

その冒頭で「クルミドコーヒーでポイントカードをやらない理由」が説明されていました。

「できるだけ少ないコストで、できるだけ多くのものを手に入れようとする」人格。

これを「消費者的な人格」と説明されています。「おトクな買い物」を求める人間の性向とも。

これに続くのが 事業の始まりは「テイク」と「ギブ」、どちらからか。

例えば、ぼくがクルミドコーヒーを始めた動機は、そこに暮らす人々が気軽に行き交えるような「まちのお座敷」をつくりたかったから。

売上を立てられなければ、利益を出せなければお店を続けられなくなるわけだし、あるときは「お金のため」という割り切りであまり望まない仕事に取り組むことだってある。
 けれど、根本の動機であり目的が、お金ではないということだ。

僕の独断と偏見という面もありますが、世間一般には次のような考え方が圧倒的多数派のように思います。

「もらう」ために、より多くもらいたいから、(仕方なく?)差し出す。より多くの「テイク」を求めるがゆえの投資。

(仕方なく?)と書いたのは、本当は投資なんてしたくないんだけど「もらう」ためには引き受けざるを得ない、そういうニュアンスです。

発想を転換するようにしたい。「スゴい!」そう思える、感じられるものに、喜んで嬉々として「あげる」。それがまわりまわって、時間をかけて、その果実が「もらえる」。「あげる」から考える。誰にあげるのか、どれだけあげるのか。
将来、「いくらもらえそうか」は考えないわけじゃないけれど、それは判断材料のごく一部に過ぎず、何のために、何をイメージして「あげる」のか。
クルミドコーヒーの影山さんの「まちのお座敷」。こんなイメージを持てるか。

寄付は投資とちがいますね。「いくらもらえるか」という自分の話ではありません。自分の身の回りのことになりますね。自分の周囲、住む社会、世界に「どんな未来であってほしいか」「どんな課題が解決に向けて前進しているか」それらのイメージが必要だと感じます。
でも、「あげる」から考える。誰にあげるのか、どれだけあげるのか、このアプローチは通じるものがあると考えています。

全然上手くまとめきれていない、自分の中でも上手く言語化できていないままに書き連ねてしまいました。

「もらう」ではなく「あげる」。まだまだ考え続けていきたいテーマです。

次回もよろしくお願いします。

前回の記事は ↓↓↓ です。


サポート頂いた際は、TableforKidsへの寄付に使わせていただきます。 https://note.com/renny/n/n944cba12dcf5