奈落のはてのキャロル 1話脚本

【あらすじ】
“上層”から捨てられた魔道具や生ごみを拾い、生活を営む“最下層”の双子の姉妹であるキャロルとクシーは、貧しいながらも仲良く暮らしていた。ある日、“最上層”からカグラという医師の青年が無実の罪により堕とされる。カグラに最下層の生き方を教えるキャロルとクシーだったが、定期的に最下層で行われる虐殺により、毒ガスを浴びたクシーが脳死状態になってしまう。絶望の中、キャロルはクシーの身体に魔石を詰めて魔道具として復活させることをカグラに提案する。キャロルは今の生活を変えるため、カグラは元の暮らしに戻るため、最上層を統べる“ホトケ”を堕とす決意をする。

【魔道具】魔石の力により、使用者に魔法のような能力を与える道具。
【魔石】魔道具のエネルギー源。生成方法は不明。
【魔力】臓器から生成され、触れることで魔石に作用する。魔力量は先天的に決まる。

用語


①“最上層”
豪華な城で、貴族による立食パーティーが行われている。
やがてパーティが終わり、大量の執事がトローリーの上に残飯を乗せバルコニーへ向かう。
手摺の向こう側には大穴が空いており、それを囲むように城壁がそびえ立っている。穴の中はおろか、城壁の一段目さえ目視できない高さ。
執事は穴の底を眺めながら、ぽつりとつぶやく。
執事「吐き気がするシステムだ…」

②“最下層” 中央区。
スラム街。俯瞰の構図からカメラが寄り、一棟のバラック小屋にズーム。
室内ではボロ布を纏った二人の少女が手を合わせ、瞳を輝かせている。歳はお互いに十八歳だが、見た目はやや幼い。顔立ちはよく似ている。
金髪ロングの少女「お肉なんて、何ヶ月ぶりだろ?」
黒髪ウルフの少女「早く食べよっか」

二人が嬉々として、皿の上に盛られた残飯の骨を手に取り、むしゃぶりつく。
金髪ロング「んーッ! 微かに残るお肉の旨みが広がるー!」
黒髪ウルフ「キャロルちゃんが朝から粘ってくれたおかげだよ」

キャロルと呼ばれた少女が腕を組み、得意げに語る。
キャロル「昨日“上”では周年祭があったんだよ、クシーちゃん!」「連中がフライドチキンを食べることはわかってたんだよ」

クシーと呼ばれた少女、やや引き気味に。キャロルは抗議するように勢いよく。
クシー「え…もしかして去年のパーティーから日にちを数えて待ってたの?」「カレンダーもないのに…」
キャロル「数えるだけでお肉にありつけるなら、いくらでもやるよ!」

キャロル、両頬に手を添えうっとりしながら。クシーは呆れるように。
キャロル「ちなみにあと二ヶ月飛んで三日後は“ホトケ”とやらの生誕祭だからね」
クシー「その食い意地は見習いたいなあ…」

キャロル、骨をしゃぶりながら。
キャロル「――あ、そういえば今日から新しい人が来るみたい」
クシー「え、また?」
キャロル「しかも今回は“最上層”からだって、メカおじが言ってた」

キャロルとクシー、屋根に空いた穴から上を仰ぎ見る。汚れた壁が天高く続き、上層は闇に包まれていた。
キャロル「…後で様子見てみよっか」
クシー「うん、そうだね」

③“最下層”中央区。関所と呼ばれるエリア(上の層と通じる出入口)。
両手両足を縛られた赤髪ロングヘアの青年が、男が装備するアーム型の魔道具により軽々と投げられる。着ている白衣はボロボロ。
男「ククク…元気でやれよお医者さん」
赤髪「――待て! 俺は何も…!」

関所の扉が閉まり、赤髪の男は舌打ちをする。
赤髪「…チッ、なんなんだよ一体…!」

赤髪の男、周囲のスラム街を見渡し愕然とする。
赤髪(“最下層”の噂は聞いていたが、こんなの人間が住む場所じゃないだろうが…)

赤髪の男、首を上げて周囲に訴えながら。
赤髪(だが、愚痴を言ってる暇はない なんとか脱出しないと)
赤髪「おい! 誰か縄を解いてくれ!」

赤髪の男を見る野次馬、肉食獣のように目をギラつかせる。赤髪は怯える。
赤髪「…な、なあ。言葉は通じるだろう?」
赤髪(おいマジかよ、こいつら…)(俺を食おうとしてないか!?)

赤髪の男が冷や汗を流したところで、キャロルの声が響く。
キャロル「――はいはい。この人は食べ物じゃないんだから散った散った!」

赤髪が声のした方向へ首を巡らせると、倒壊した家屋の屋根に乗るキャロルとクシーの姿。
キャロル「おにーさんゴメンね ここの人、基本的にハングリー精神旺盛だから」
クシー「キャロルちゃん、使い方が合ってるようで間違ってるよ…」

キャロルとクシー、赤髪の縄を解く。
赤髪「…助かった、礼を言う」
キャロル「いえいえ、どいたまー」
クシー「お怪我はありませんか?」

赤髪、手足を確認しながら
赤髪「ああ」「それより、ここは一体…」

キャロル、赤髪を手の動きで誘導する。
キャロル「上の人がどう言ってるのかは知らないけど ここは“ガラル”の最下層だよ」「あとおにーさん 今すぐ右に五歩くらい移動して」

赤髪の男、訳がわからず従う。
赤髪「ん?」

その瞬間、赤髪の男がもと居た場所に吐瀉物のような液体が降り注ぐ。
赤髪「――ッ!?」
キャロル「そこ、上のおじさんが酔っ払ったときに ゲロゲロする場所なの」

赤髪の男、青筋を立てながら。
赤髪「き、汚ぇ…」
キャロル「そんなコト言わないの。あれだって貴重な栄養なんだから」
赤髪「…は、はぁ!?」

キャロルとクシー、赤髪を手招きしながら。赤髪は狼狽える。
キャロル「さすがに私たちは食べないけど…まあこの話はいいや」「付いてきておにーさん、メカおじのところに案内したげる」
赤髪「め、メカおじ…?」
クシー「この辺りで一番良い人ですよ」
キャロル「見た目はアレだし、性癖もアレだけどね」

赤髪、絶望的な表情で。
赤髪(よくわからんが、ここは地獄だな…)

④メカおじの自宅。
辺りにガラクタが散らばっており、小さなリサイクルショップのよう。ガラクタの中央には髭面の中年男性“メカおじ”が鎮座している。
キャロルとクシーは慣れた様子でガラクタを蹴散らし、座る場所を確保。赤髪は立ち尽くす。
キャロル「メカおじ、つれてきたよ!」
メカ「おいおい、雑に扱うんじゃねえクソガキ共が!」

メカおじ、赤髪の男を見据える。
メカ「…で、こいつが新入りか」

キャロルはヘラヘラと笑い、クシーは礼儀正しく赤髪に名乗る。
キャロル「そだよ」「てか、まだ自己紹介してなかったね」
クシー「私はクシーで、こちらは姉のキャロル」「見てのとおり双子です」

赤髪の男、やや緊張した面持ちで名乗る。
カグラ「…俺はカグラと申します」
メカ「さすが最上層から来ただけあって 礼儀はしっかりしてやがるな」

メカおじさん、睨みを利かせつつ。
メカ「で、お前さんは何をして“堕ちた”んだ?」
カグラ「…それは」

カグラ、天秤の上に立つ己の姿をイメージしながら。
カグラ「何もしてません 外科医として毎日を過ごしていたところ…」「ある日突然”大罪を犯す”と予知されました」

キャロル、怪訝な表情で。クシーは諭すように。
キャロル「予知…?」
クシー「最上層には、そういう魔道具があるんじゃないかな」

カグラ、三面鏡のような魔道具をイメージしながら。
カグラ「その通りだ 最上層を統べる“ホトケ”様は過去・現在・未来の全てを見通す魔道具を持っている」「だから…俺は未来の大罪人として裁かれたみたいだ」

キャロル、適当にガラクタ(カメラ)を拾い上げながら。
キャロル「…魔道具ってコレのことだよね そんな力があるの?」

メカおじ、キャロルからガラクタを取り上げる。
メカおじ「こいつは旧式の魔道具だ 風景を写真にすることしかできん」「だがな…」

メカおじ、ガラクタを工具で割って中から赤い石を取り出す。
メカおじ「…大量の魔石と良質の入れ物があれば 人々に魔法のような異能力を授ける」「もちろん使用者の魔力量も問われるがな」

キャロル、違うガラクタ(小さな人形)を手に取り睨むように。
キャロル「じゃあ、このへんのガラクタすら動かないのは…」
メカおじ「それはキャロルの魔力がゴミカスだからだ」「ゴミカスじゃない魔力を流せばしっかり動く」
キャロル「――言い方ッ!」

メカおじ、愉快そうに笑う。
メカおじ「仕方ないだろう、事実なんだ」「魔力は臓器から生成され、質や量は先天的なモノに左右される」

メカおじ、クシーを見ながら。
メカおじ「その点、クシーの魔力量は凄まじい」「その気になれば、ここにある魔道具をすべて起動できるだろうに」

カグラはガラクタの山を眺め、信じられないといった様子で顔を顰める。
カグラ(おいおい ここにある魔道具すべてなんて、無理に決まってるだろ)(そんな怪物は最上層にも居やしねえよ)

⑤“最下層” 中央区。古びた小屋の前。
キャロルとクシー、カグラを古びた小屋に案内しながら。
キャロル「じゃ、おにーさんはこの家を使ってね」
クシー「清潔ではありませんが、外よりはマシかと…」
カグラ「あ、あぁ…」「色々と助かった」

キャロルとクシー、微笑みながら。
キャロル「いいってことよー」
クシー「それでは、困ったらいつでも声をかけてくださいね」

カグラ、手を伸ばし引き止める。
カグラ「な、なあ…君たちは…」「一体、何をしてここに堕ちてきたんだ?」

キャロルとクシー、日常会話の延長と言わんばかりの笑顔で。
キャロル「へ? 別に堕ちたとかじゃないよ」
クシー「私たちは、ここで生まれてますから」
キャロル「まあ、両親は死んじゃってるけどね」

カグラ、ばつが悪そうな表情をする。
カグラ「…すまん、悪いことを聞いた」
クシー「いえいえ」「ここでは珍しいことじゃありませんし」

キャロル、クシーに頬ずりを浴びせる。
キャロル「ま、私には可愛いクシーちゃんがいるから なんでもいいんだよね」
クシー「いひゃいいひゃいいひゃい」
キャロル「恥ずかしがるなよォ」

カグラ(…こんな過酷な環境下なのに 真っ直ぐでいい子たちだな)

⑥“最下層”中央区。
モノローグ「一週間後」

廃品や生ゴミを売る商通り。キャロルが全速力で駆けているとカグラに遭遇。
キャロル「やばいやばい、遅刻遅刻…って」「医者のおにーさんじゃん!」
カグラ「…ああ、キャロルか」

キャロル、カグラの痩せっぷりに心配そうな表情で。
キャロル「おにーさん、ちゃんと食べてる?」
カグラ「いや、ほとんど食べてない…」
キャロル「なんで!? 死んじゃうよ!?」「死んだら食べられちゃうよ!?」
カグラ「いや、なんでって…」「てか衝撃的な発言をさらっと挟まないでくれ」

カグラ、商通りに並ぶ残飯や得体の知れない液体を忌々しそうに見ながら。
カグラ「…食べられそうなものが、ないんだよ」

キャロルは察したような、呆れたような表情を見せる。
キャロル「あー、まあ最上層から来た人には厳しいかもね」
カグラ「なんかこう、初心者にオススメの食べ物とかないか?」
キャロル「えー、そんな入門編みたいな…」

キャロル、何か大事なことを思い出したように。カグラは顔に生気を取り戻す。
キャロル「南区に行けば“牧場”があるっちゃあるけど…」
カグラ「牧場か、それはいいな」「あとで行ってみる」

キャロル、オススメはしないと言わんばかりの顔で。
キャロル「あー、うん…オススメはしないよ?」

カグラは不思議そうな表情で問いかけるが、キャロルは思い出したように話題を切る。
カグラ「なぜだ…?」
キャロル「あ、それより学校行かなきゃ!」

キャロル、爆速で彼方へ去っていく。
キャロル「ごめんおにーさん、詳しくはまた今度ね!」

カグラ、首を傾げつつ。
カグラ「最下層にも学校があるのか…?」

⑦メカおじの家。
カグラ、メカおじの家の中で座りながら。
メカおじはガラクタ修理の片手間に会話。
メカおじ「――この辺りのガキを集めて クシーが先生をやってんだよ」
カグラ「クシーだってまだ、子どもですよね」
メカおじ「そうだ だがあの子は頭もキレる」「落ちてくるゴミの中から参考書や分厚い専門書を拾って ぜんぶ吸収しちまうんだよ」
カグラ「…独学ですか、それは凄いな」

メカおじ、遠い目をしながらため息。背景は官僚やアイドルといった様々な職業に就くクシーのイメージ図。
メカおじ「ここから出られたら、どんな人生だって選べるだろうよ」

メカおじ、カグラを窘めるような目つきで。
メカおじ「だが、実際は脱出なんて不可能だ 関所は厳重に封鎖されてるし、こっちにはロクな武器もねえ」「お前さんも、とっとと諦めろよ」
カグラ「…はぁ」

⑧“最下層”南区
解体されたバラック小屋と泥濘んだ地面が続く、大通りよりも寂れた場所。
カグラは歩きながら腹をさすり、周囲を見渡す。
カグラ(…とりあえず、空腹を満たそう)(キャロルが言ってた南区ってこの辺りだよな)

解体されたバラック小屋から激しい息遣いが聞こえる。カグラはそれに気づき、窓を覗き見る。
カグラ「…ん、なんの声だ?」

小屋の中で、鎖で繋がれた男女が性行為をしている。お互い瞳は死んでおり、情事めいた雰囲気は一切感じられない。
カグラ(な、なんだこれは…!)(性の営みにもかかわらず、生気さえ感じない…)

呆気に取られるカグラの背後から、ふくよかな男が声を掛ける。
男「――兄ちゃん、買い付け希望か?」
カグラ「っ!?」

男、下卑た笑みを浮かべながら。
男「こいつらの子どもはまだ先だが 一昨日産まれたばかりの子どもなら提供できる」「二千グラムほどの上質な肉だ 百グラム単位で売ってやるぞ」
カグラ「…待て、何を言ってるんだ」

男、やや苛立ちを見せつつ。カグラも反発しながら踵を返す。
男「あ? “灰”の赤ん坊を食うなんて常識だろうが」「客じゃねえならとっとと帰れ」
カグラ「――言われなくとも!」

カグラ、怒気を滲ませながら走る。
カグラ(胸糞悪い…!)(残飯や人を食うくらいなら…俺は餓死を選ぶ!)

⑨“最下層”中央区。
授業を終えたキャロルとクシー、肩で息をするカグラを見つける。
キャロル「あ、おにーさん」
クシー「カグラさーん!」

カグラ、キャロルとクシーを見つけるも軽蔑したような表情に。
カグラ「…何の用だ」

キャロル、全てを察したように頷く。
キャロル「あー、おにーさん“牧場”を知っちゃったんだ」「だからオススメはしないって言ったのに」

カグラ、激情を瞳に宿しながら。
カグラ「“牧場”だと…? ふざけるなよ!」「無理やり子供を産み、食肉として扱うなんて…」

キャロル、対照的に冷たい瞳でカグラを射抜く。
キャロル「じゃあおにーさんが、あの牧場をぶっ潰せば?」「食糧難が加速して、今度はそこらで共食いが始まるけどね」
カグラ「なっ…」
キャロル「それにさあ、私だって不快ではあるよ」

キャロルはクシーの肩に手を置き、すこし悲しそうな表情で。
キャロル「私とクシーちゃんは、あそこで食肉として生まれたんだから」「“灰”と呼ばれる南区の人間は この最下層でも最底辺なの」

カグラ、絶句しながら後ずさりをする。
カグラ「…そ、それは一体…」

キャロル、淡々と語る。背景には鎖に繋がれた人間が横並びになるイメージ図。
キャロル「そのまんまの意味だよ 最下層にもカーストはある」「私たちは番号で管理された両親から、食肉として生まれた」

カグラ、絶句する。クシーは優しく微笑みながら。
カグラ「そんな馬鹿な…同じ人間だろ…?」
クシー「…ただ私たちは、運が良くメカおじに買ってもらえました」

キャロル、痛々しい笑顔を浮かべる。背景にはメカおじが子どもを引き取るイメージ図。
キャロル「メカおじは廃品を修理して、それを売って、お金を貯めて 定期的に子どもを買って育てるんだよ」

クシーは朗らかな笑顔のまま、片頬に手を添える。
クシー「あんな顔して、子どもが好きなんですよ」「だから私たちはメカおじの意思を尊重して キャロルちゃん以外のお肉は食べません」
カグラ「…ん?」

キャロルとクシー、笑顔で手を取り合う。
キャロル「私もクシーちゃんが死んだら、美味しく食べるからね」
クシー「うん、お願いっ」
カグラ「それは本気で言ってるのか…?」

キャロルの瞳からハイライトが消え、狂気的なオーラが覗く。カグラは圧倒される。
キャロル「本気だよ? だってそうすれば、お互いの中で生き続けられるじゃん」「それともカニバリズムはダメ? 綺麗事や感情論だけで生きていけると思う?」

クシーがキャロルの頬をつねると、キャロルは一転して緩い表情に戻り涙目になる。
クシー「こら、キャロルちゃん 脅しすぎ」
キャロル「だっへこんふらい言わなきゃ伝わらないひゃんかあ」

カグラ、荒くなった息を整えつつ思案する。
カグラ(な、なんだ…今の凄みは)(一瞬だけだが、まるで怪物のような…)

キャロル、もちもちになった両頬を押さえつつ、唇を尖らせる。
キャロル「それにさ、おにーさん…上のヤツらだって私たちに言わせりゃ人間じゃないよ」

カグラ、不可解な表情になる。
カグラ「…?」

⑩“最下層”大通り キャロルとクシーの自宅。
数日後の夜。警鐘が辺りに鳴り響き、キャロルとクシーは飛び上がるように目を覚ます。
キャロル「――!?」
クシー「嘘、でしょ?」「まだ前回からそんなに経ってないはずじゃ…」

キャロル、焦りを隠せない様子で。
キャロル「…ちょうど一ヶ月半かな、過去最短だねえ」「とりあえず早く逃げよっか」
クシー「う、うん!」

⑪“最下層”大通り 外。
逃げ惑う人々に混ざり、カグラが姿を現す。
カグラ「キャロル、クシー!」
キャロル「おにーさん!」
カグラ「…一体これは何の騒ぎだ!?」

キャロル、痛みをこらえるような顔で。背景には人間を惨殺する大男のイメージ図。
キャロル「すぐ上の層が放った“ならし屋”だよ」「ゴミが積み重なって上の層に届かないよう、魔道具を持ったイキりおじさんが街を定期的に燃やして壊しちゃうの」
カグラ「…そ、それは本当の話なのか?」

突如、三人の耳に悲鳴と轟音が届く。
??「――ぐぁぁぁぁぁ!」

キャロルとクシーはその方角を察し、顔面蒼白になる。
クシー「メカおじの声、だよね」
キャロル「ああもう、逃げらんなくなっちゃったじゃん!」

クシーとキャロル、人々の流れと反対方向へ駆ける。
キャロル「おにーさんは気にせず逃げてね」
クシー「私達もあとで追いかけるので!」
カグラ「お、おい! 君たち…!」

カグラ、迷いながらもキャロルたちを追う。
カグラ(…信じられんが、ここで逃げても寝覚めが悪そうだな)

⑫“最下層”大通り 倒壊したメカおじ自宅。
キャロルとクシーが息を切らして駆けつけるが、家屋が倒壊した有様と周囲を囲むような火の手を見て、絶望的な表情になる。
キャロル「クシーちゃん! メカおじの家が…!」
クシー「…お願い!」

二人が家の裏手に回ると、触手のような魔道具に上体を鷲掴みにされたメカおじの姿。
メカおじ「…がっ、ぐぁぁぁ!」
キャロル「――メカおじ!」

魔道具の主は筋肉質の大男。やや小汚い格好ではあるが、キャロルやクシーよりは綺麗な服装。
大男「…あぁ? なんだお前ら?」

クシー、キャロルよりも先に飛び出して空中で回転。その勢いのまま回し蹴りを触手に浴びせる。
クシー「――はぁっ!」
大男「!?」

触手が反動で大きく跳ね上がり、メカおじが落下する。
クシー「メカおじ、大丈夫?」
メカおじ「馬鹿野郎…逃げずに戻ってきたのか?」

カグラが追いつき、キャロルの背後から声をかける。
カグラ「…い、今の曲芸じみた動きは一体…?」
キャロル「ひひ、クシーちゃん強いでしょー」「頭や魔力だけじゃなくて運動神経も抜群なんだよ」

クシーが大男に接近して、腹部に勢いよく拳を浴びせる。
大男「げぼらっ」

カグラはその光景を目の当たりにし、目を見開いてしまう。
カグラ(信じられない…最下層にいる少女が、魔道具も使わずにあんな大男を…)

地に伏せるメカおじ、攻勢のクシーに向かって絶叫。
メカおじ「クシー、油断するな!」「相手は二人居るんだぞ!」
クシー「…へ、二人?」

大男が操る触手が二つに割れ、中から粘膜と共に痩せこけた男の上半身が現れる。キャロルはいち早く気づき、クシーに注意する。
キャロル「クシーちゃん、上!」

クシーが上を向いた瞬間、痩せこけた男は両手でクシーの顔を包み込む。両手からは毒ガスが噴出され、クシーは卒倒。
クシー「――っ!」

クシーは泡を拭きながら痙攣し、地面でもがき苦しむ。キャロルが駆け寄るが、意識が戻らない。
キャロル「クシーちゃん、クシーちゃん!」
大男「ふふ、ふふふふ…」

大男と痩せこけた男がキャロルに迫り、歪んだ笑みを浮かべる。
痩男「安心しろ、今のガスじゃ死にはしないよっ」

痩男と大男の不気味な笑みがアップになる。
痩男「その代わり…二度と意識は戻らない」「生きながらにして死ぬ脳死状態ってやつだ」
キャロル「…は?」
大男「ちょっとばかり喧嘩が強くても 魔道具を持った人間には敵わないんだよねえ」

大男はキャロルの顔面を蹴り飛ばす。
キャロル「いだッ!」
大男「最下層の汚物が息をしてんじゃねえ」「殺してやる、殺してやるよ!」

痩男、大男を止めに入る。
痩男「いや、待て兄者…」「この金髪は見逃してやろう」
大男「なんでだ?」

俯きながら大粒の涙を流すキャロルのアップ。男たちが吹き出しで嗤い合う。
キャロル「うぁっ…クシーちゃん…やだよぉ…」
痩男「アイツはこれから二度と目覚めない黒髪の傍で 起きるはずもない奇跡に縋り続けるんだ」「それを俺たちは、アルコール片手に見に来てやるのさ!」
大男「あっひゃひゃひゃ! それはいい!」

メカおじ、上半身だけを起こして叫ぶ。
メカおじ「ま、待て!」
大男「あぁ…? お前はもういいよ」

大男、触手を動かしてメカおじの四肢を掴む。ヒトデのように開いた触手の中心から火炎放射。
大男「用済みだ、ひゃひゃひゃ!」

その光景に言葉を失うキャロルの頬に、灰が舞い落ちる。
キャロル「あ、あ…ああ…」

黒焦げになったメカおじが落下。大男と痩男は笑いながら去っていく。
大男「ひゃひゃ! じゃあなクソガキ!
痩男「もうちょっと成長したら、股が裂けるまで犯してやるよ 眠りの姫の隣でな!」

隠れていたカグラ、思い出したように呼吸をする。
カグラ(な、なんだあいつらは!)

カグラ、呆然とするキャロルに駆け寄る。
カグラ(いや、それより!)

キャロル、涙を目に溜めながら震える。
キャロル「……嘘だよ、これは嘘」「クシーちゃんもメカおじも、みんな明日には元気に…」

カグラ、苦痛と憐憫が入り交じったような視線で。
カグラ(ダメだ、ショックのあまり錯乱している…)(これはしばらく…)

瞬間、キャロルは自分の頬を力強く殴る。
カグラ「――!?」

キャロル、血が混ざった唾を吐き、ブツブツ言いながら立ち上がる。
キャロル「違う、夢じゃない。これは現実だ」「泣くな、立ち止まるな、次にできることを考えろ…」
カグラ「お、おい。大丈夫か…」
キャロル「…ひとつだけ、道が見えた」
カグラ「ん?」

キャロル、真っ直ぐな瞳でカグラを見ながら。
キャロル「おにーさん、たしか医者だよね」
カグラ「元、だけどな」
キャロル「じゃあさ――」

キャロル、瞳からハイライトを消してゆっくりとカグラに近寄る。
キャロル「クシーちゃんの臓器を、ぜーんぶ私に移植してよ」

カグラ、冷や汗を流しながら。
カグラ「は、はぁ!?」
キャロル「私には魔力が無いけど、クシーちゃんには魔力がある」「そしてここにあるガラクタを壊せば、大量の魔石が手に入るよね」
カグラ「お、おい。何が言いたい…」
キャロル「からっぽになったクシーちゃんに魔石を詰めて、魔道具にするの」

キャロルは④で触っていた人形を拾い上げ、振り向く。満面の笑みを浮かべながら。
「そうすれば私は魔力量が増えて、クシーちゃんだって動かせるかもしれない」「うん、それがいい! なんか“二人で生きてる”って感じするじゃん!」

カグラ、圧倒されてしまい後ずさりする。
カグラ(人間に魔石を詰めて魔道具にするだと?)(そんなこと、できる訳が…)

カグラ、④のメカおじの言葉を思い出す。
カグラ(いや、もしクシーの魔力が あそこにあった魔道具を同時に起動できるレベルだとしたら…)

キャロル、カグラの耳元で囁く。
キャロル「それにさ、もしこの作戦が成功すれば おにーさんも上に戻れるかもよ」
カグラ「…!?」

キャロル、満面の笑みで両手を広げながら。背景には仏像を奈落の底に蹴落とすキャロルのイメージ図。
キャロル「最上層で一番偉いのは“ホトケ”だっけ?」「それを最下層に叩き落とせば、何もかもひっくり返りそうじゃん」

キャロル、無垢な笑顔で踊るように手を広げる。
キャロル「クシーちゃんと平和に暮らせる世界のためなら、私はなんだってできるよ?」

カグラ、思案。心臓の鼓動が高鳴る。
カグラ(普通に考えれば不可能だが、他に脱出する手段は見当たらない…)(この絵空事が上手くいけば……クシーの才能がすべて武器になる)(そして…)

カグラ、キャロルを見る。キャロルの背景が歪み、黒いオーラが滲み出している。
カグラ(キャロルの狂気や切り替えの速さ そして過酷な環境下で育った故の歪んだ倫理観…)(明らかに実戦向きの性格だ)

キャロル、楽しげに微笑みカグラに手を差し伸ばす。
キャロル「おにーさんだって、残飯は食べたくないんでしょ?」「だったら全部ブッ壊して、元の暮らしに戻ろうよ!」

カグラ、額に汗を滲ませて苦悩する。
カグラ(死体を魔道具にするなんて、人の道を踏み外す行為だ 手を取ってしまえば、奈落の底に堕ちるかもしれん…)(しかし、それでも…)

カグラ、跪くようにキャロルの手を取る。背景が崩れ、割れ目から瞳や禍々しい腕が覗くイメージと共にタイトルを表示。
カグラ(この少女に、人生を預けるしかない)


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