黒Gの悲劇#1 プロローグ

 演劇人の朝は遅い。

 劇団E星は、定時出社(出団、とはそういえば言わない)が10時だから、それでもすでに他の一般的な業種よりは遅いのだろうが、R行は朝10時に劇団員が出勤しているか知らないし、タイムカードも無いので確認のしようがない。

 2月の下旬のこの日は、京都市立T小学校の正門前に朝9時集合、とのことだったので、普段の時間感覚よりは早めである。R行にしてみれば、下の子をいつも通りの時間(全園児の中で一番遅い)に保育園に送っていくと、間に合わない時間である。R行のアシスタントのM岡は、前日から再三のリマインドメールを送り、画期的なことに、8時30分ごろにはT小学校の最寄り駅で、集合できた。

M岡「いやあ、朝早く活動するのも、気持ちが良いですね!」

などと、世間的に見れば早くもなんともないのにごく一般的なコメントをしてご満悦だが、R行は(早起きしたくないから演劇人になったんだ…)と心の中でつぶやきつつ、半分白目をむいてトボトボ後ろを歩いている。路地の奥に、ものすごく立派な石造りの門扉が出現した。T小学校の校門である。

 校門前には、劇団E星の劇団員であるS藤をはじめ、関西の他の劇団から派遣されてきた数名の俳優や演出家が、すでに集合していた。自身も、他の劇団で俳優として活動しているM岡は、彼らとニコニコ挨拶をしている。そこにまた1人、と自転車で現れ、合流する。

 彼らは、それぞれの舞台俳優や舞台演出家の活動の一環として、学校現場などで実施する演劇ワークショップに従事しており、「コミュニケーションティーチャー」と呼ばれている。今回は、2年生の全3クラスで、演劇ワークショップのプログラムである「演劇で学ぼう!」を実施するので、1クラスにつき2名ずつ、計6名のコミュニケーションティーチャーが送り込まれている。そこに、記録や事務支援のための制作担当者が1名着いてくるのが普段のメンバー構成だが、今日はそこに参与観察者としてR行とアシスタントのM岡、とさらに2名が加わるので、総勢9名という、なかなかの大所帯である。

R行「今日のリーダーは、S藤さんですか?」

S藤「いえ、今日は黒Gさんですね。」

R行「FJとK本さんは?」

S藤「M小と、あとK小だったかな?どっちがどっちかは忘れました。」

 2月は、演劇ワークショップのハイシーズンに当たり、劇団E星の5人のコミュニケーションティーチャー達は、だいたい毎日どこかの学校の教室に居る。午前と午後でダブルヘッダーになる場合もある。

R行「んで…、黒Gさんは?」

S藤「まだ来てないですね…」

時計を見ると、集合の5分前である。

S藤「あっ!」

 S藤が、何かに気づいて、小さく声を上げた。その視線の方向に目をやると、駅からのルートとは反対方向から、軽い猫背の長髪の女性が、白いイヤホンを耳に付けたまま、ずんずんとこちらに向かって歩いて来ている姿があった。黒Gその人である。

黒G「…。えー、はい皆さん、おはようございます…。」

 黒Gも、R行に負けず劣らず朝に弱く、そもそも普段からそんなに元気ハツラツとはしていない。うつむきがちに、ぼそぼそと挨拶し、今日の進行を軽く確認する。

 簡単な打ち合わせが終わり、黒Gを先頭に、コミュニケーションティーチャーの一団が、石造りの門からぞろぞろと中に入っていく。R行は、最後尾からそれを眺めながら、「七人の侍」か「真田十勇士」みたいだな、と思った。9人なのだが。

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