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Cinzanoドライベルモット

普段は陽が傾いてから店を開けるカルロが、気まぐれに太陽がまだ高い位置にある時間から扉を開けていると、たいていキヨトがロードバイクに乗ったまま店内に入ってくる。
夜明け前から市場で働いた彼はカウンターに片手をもたせ掛け、サドルに跨ったままCinzanoを注文する。
その日は既に、後ろのスタンドテーブルでシェパードを連れた男が2杯目の黒ビールを飲み干すところだった。
男はグラスとコインをカウンターに置き、扉の方へ歩きながら ”チャオ” と片手を上げるとキヨトも目で応える。
カルロはカウンターの外へ回り、キヨトの前にグラスを置くと、海側の窓を開け放った。
緩く流れてくる潮の香りにキヨトは、オリーブオイルとガーリックをたっぷり使ったシーフード料理を無性に食べたくなった。
カルロが作るガーリックとチリを効かせた料理の腕前は、星のつくレストランなら破格の年棒で雇うだろう、しかし店のメニューはセロリとキャロットのスティックサラダとナッツだけなのだ。
「カルロ、ムール貝とイカを買ってくるから何か作ってくれ」と言って残りのcinzanoを飲み干し、市場まで続く緩やかな坂道を下って行った。
店の前から港まで続く石畳の奥に、キラキラと鱗のように光を反射させる海が小さく見える。

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