「週一県民」


地元は兵庫、大学は愛媛で、あとは長らく東京住いの筆者。
これといって縁などなかった山梨との馴れ初めはかれこれ10年ほど前まで遡る。


いや、芸人となってからは、ショッピングモールやお祭り、学園祭のお笑いステージといったイベントごとに招かれ何度も足を運んでいたし、富士急ハイランドのジェットコースターで悲鳴を上げ、方位磁石片手に樹海を彷徨うなど、テレビ番組のロケでも何かとお世話になってはいた。
しかし、それを言うなら、他の46都道府県とて同じこと。
"地方営業"が主戦場の一発屋にとって、訪れていない県を探す方が難しい。


そんな筆者に、山梨放送(YBS)から、
「ラジオのパーソナリティーを!」
とのオファーが舞い込んだのが、冒頭の10年ほど前の話。
以来、昼の3時間半の生放送で喋るべく、週に1度の甲府詣でを欠かさない。
リスナーと電話をつなぐと5割以上の確率でブドウ農家の方だったり、盗難車のナンバーを読み上げ発見のご協力を仰ぐ県警のコーナーがあったりと、ローカル色は濃いものの、SNSやラジオアプリのお陰で全国からメールが届くので、やり"甲斐"も充分である。

今では自ら"週一県民"を名乗る筆者。
ここ数年、家族旅行も山梨一辺倒なので、厳密には週一どころの騒ぎではない。
八ヶ岳でスキー、フルーツ狩りなら笛吹市、河口湖畔の温泉宿から眺める富士山は大きいとか美しいを通り越して……"コワい"。
(これが畏怖というヤツか……)
と山に睨みつけられているような感覚に陥り、反射的に身を隠す場所を探してしまう。

さて、ひと月ほど前のこと。
先述のラジオ番組の打ち合わせ中、
「明日って男爵の誕生日ですよね?」
とどこか得意気なディレクター氏に、
(まさか、ケーキでも出てくるんじゃ……)
と思わず筆者は身構えた。
その日は、4月9日。
仰る通り、翌日46歳を迎えるのは事実だったが、人付き合いに疎く普段から社交がゼロの筆者にとって、皆に誕生日を祝われるというシチュエーションは、
(なんか申しわけないな……)
と恐縮するだけで、居心地が悪いことこの上なかったからである。
大体、50を目前に一発屋と揶揄される身ではちっともめでたくなどない。
言っちゃ悪いが、正直しんどい……などと悶々としていたがすべて杞憂。
結局、何も起こらなかった。
色んな意味で恥ずかしい。

ちなみに、4月10日生まれの有名人と言えば和田アキ子に堂本剛、木村佳乃と実に豪華なラインナップ。
徳川幕府に開国を迫ったペリーが生を享けたのも、タイタニックがイギリスのサウサンプトン港から旅立ったのもこの日だそうな。
黒船から豪華客船、筆者のごとき泥船までバリエーション豊かだが、ここで、
「明日って、"ほうとうの日"でもあるんですよ!」
と件(くだん)のディレクター氏からマメ知識が飛び出した。
その口振りが"運命的でしょ!?"と言わんばかりの熱を帯びていたのは、山梨名物と筆者の間に浅からぬ因縁があったせいだろう。
問題はほうとうにつきもののカボチャ。
もともと好きではない上に、うどんの出汁に溶け込んで"甘~く"してしまうので、関西人の端くれとしてどうにも受け入れ難かった。
とは言え、それだけならただの好き嫌い。
本当にマズかったのは、件のラジオ番組の中で、
「ほうとうが嫌いだ!」
と筆者が公言していたことである。
何も闇雲に毒づいていたわけではない。
本来郷土料理とは、地元の人間だけで楽しんでいた"内輪ウケ"の味覚だったはず。
県外の人間、よそ者の、
「このカボチャが良い味出してるよね!」
といった賞賛もあって良いが、
「うぇ~……なんでカボチャ入れるの?」
との戸惑いも当然あって良い。
むしろ郷土色、異質性のアピールに一役買っているのは後者の方ではという気さえするが、昨今のご当地グルメときたら「ウマい!」、「最高!」以外のコメントは禁忌(タブー)。
ちょっと窮屈ではないか……そんな思いの丈を包み隠さず披露しただけである。

この問題提起、お叱りの声も寄せられたが、意外と多かったのが、
「わたしも、ほうとうのカボチャ苦手です!」
という県民のエール。
お陰様で、首の皮一枚つながり番組は今も続いている。
とにかく、そんな一悶着あった相手の特別な日が自分の生まれた日と"被った"のには驚いた。

なんとなく想像はついたものの、
「どうしてまた、4月10日が?」
とディレクター氏に記念日制定の経緯を尋ねると、
「4は英語でフォー、10はトーとだからフォートー……ふぉうとう……ほうとうです!」
と案の定の答え。
(いや、もう"フォー"って言ってるやん!)
と心の中でツッコむ。
知ってか知らずかほうとうの前に、よりメジャーな麺類、ベトナムの"フォー"を登場させてしまうあたり痛恨の"香盤"ミス。
お笑いライブなら、霜降り明星やぺこぱのあとに髭男爵が出てくるようなものだろう。
ある意味、郷土愛のなせる業、もしくはただの天然かもしれぬ。

この春。
山梨との絆が、さらに深まる出来事があった。
『やまなし調ベラーズ ててて!TV』……毎週金曜夜7時からYBSでOA中の情報バラエティー番組、そのメインMCに筆者が抜擢されたのである。
いや、有難い。
都内で一発屋と揶揄される芸人が、JR新宿駅から1時間半ほど特急『かいじ』に揺られるとゴールデンのMCに早変わり。
もはや魔法……シンデレラさながらだが、となるとほうとうについても、
「カボチャが必要だ!」
と宗旨替えせざるを得まい。
カボチャがなくては、馬車もない。
馬車がなければ、お城の舞踏会へ向かうことも叶わぬからである。

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