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『パパが貴族』~怖い絵~(無料公開)

「だって、いつもは3つあるのに、パパがおしごとにいくと2つだもん!」。
これまで、長女(小1)には自分の職業を頑なに伏せてきた筆者。
何度も説明した通り、一発屋という苦い言葉から幼い娘を遠ざけておきたい、その一心である。

とは言え、子供の成長は早い。
幼稚園に入ると、
「パパひげだんしゃくっていうんでしょー?」
などと迫られる場面が増え、最近では客観的証拠を突き付けられる事態に。
冒頭の台詞がそれである。

彼女の言う2つとか3つとは、筆者の書斎に置いてあるシルクハットの数のこと。


まるで、在庫と帳簿を突き合わせ税の不正を暴く“マルサ”のように、逐一勘定していたらしく、
「えー、パパは知らないなー……」
と弱々しく否認したものの、そろそろ限界かもしれぬ。


娘のご指摘通り、シルクハットを携え筆者が向かうのは、ショッピングモールのお笑いステージや企業パーティーの余興、ローカル局での番組出演といった地方の仕事。

例えば、とある1か月で言うと、福島、茨城、山梨(6回)、宮崎、大阪(2回)、千葉、北海道と、トラックドライバー顔負けのスケジュールである。
当然泊りも多い。


大抵の場合、ビジネスホテルで、全国津々浦々利用してきたが、地方でのホテル泊には未だ慣れぬ。
45歳の男がみっともないが、怖いのである。



部屋に入ると、まず素早く荷物を解く。
衣装をクローゼットに納め、歯ブラシや髭剃りは洗面台に、パソコンは小机の上にと、私物を各所に配置すると少し安心するからだ。


一種の結界と言えよう。
必ずチェックするのがベッドの下。
ホラー映画の見過ぎだと、呆れる向きもあろうが、
(万が一、誰かが潜んでいたら……)
と思うと確認せぬまま安眠など出来ぬ。


「絵」も嫌である。
「“出る”部屋には、額縁の裏にお札が……」
と昔小耳に挟んだお陰で、これまた調べずにはいられない。
要はビビりなのだ。


絵は、裏も怖いが表も怖い。
筆者の経験上、地方のビジネスホテルには、壁の空白を何となく絵で埋める傾向がある。


風景画とか幾何学模様なら気にも留めぬが、「人形」とか「貴婦人」だと、
(死んだ女の子のお気に入りだった人形……)
(謎の死を遂げたオーナー夫人……)
と不気味な妄想が膨らむ一方。
結果、いつも寝不足となる。


仕事を終え、帰宅すると、
「パパー、これあげる!」
と一枚の絵を差し出す長女。


この絵が一番怖い。


彼女が描く筆者は、いつの間にか、頭に黒いものを載せるように。

シルクハットだろうか。

もしそうなら、脱帽……認めるしかない。

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