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60.林檎ジュースとシミ

一生懸命ココにこびり付いているのは〝シミ〟

引っ張られちゃいけないと思いながら、
昨日の夜から降り出した雨と同時刻に
この一人暮らしの家の、居心地の悪さを発症した。

お医者様へ行こうにも、
自分では何が原因かわかりませんので
気色の悪い夢を見たことしか話せません。

今日は大雨警報が出ているらしいが、
わたしは自他共に認める大雨女なので
逆に元気になるのではダメなのでしょうか…

兎にも角にも、
わたしはこの家から今日は早く逃げたくて、
予定より4時間も早く出た。
リュックにはパソコンと、歌詞ノートと、
プレゼントしたい一冊の絵本とレターセット。

日々移ろう自分が面倒くさくて、
なるべく波のたたない場所へと
身を置こうと心がけているのに
凪の海というのは一瞬しか存在しないらしい。

ああせっかく、赤いシミを落としたというのに
今度は雨粒でコートに世界地図を描いてしまった。
持っているスニーカーはみんな、
色白さんばかりだから雨の日はお留守番させる。
新しくお迎えしたブラウンのローファーは染みない、ごめんね。

早く夏が来ればいいのに、
そういえばこれを書きながら思い出した
わたしは
雨宿りのホットコーヒーが好きだということを。

それなのに、カフェの冷房に凍えながら
濡れたコートも脱げずに、瓶の林檎ジュースを
氷入りのグラスに注いで啜っている。

でもそうだ、
凪の海なんてずっと続いてはいけない
こんなふうに前触れもなく訪れる
黒い渦のようなものを薄目で見ながら歩くからこそ
慎重になれるのだ。
引っ張られそうなその渦の魅力に、
どれだけの人が今日気づいているのだろう。

赤いシミを拭った次に
世界地図を描いたコートは
いつか乾いてしまう。
なぜか名残惜しい。

私は飲み切った林檎ジュースの瓶を道連れに
ひとり暮らしの家へとまた帰る、

カスミ草をさして
スピーカーの上にまあるい瓶を置く。

悪い夢はもう見ないだろう

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