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雨で君の声がよく聞こえない

 起きてる?

 話せることはいっぱいできたけれど、話す必要はないかなって思ってる。話すべきこと、話さなくてもいいこと、そう考えたときに、僕の持っている「話せること」は「話さなくてもいいこと」だから。

 ま、そういうこと……今日のご飯はなにを食べたの? 美味しかった? 意味のない会話が好き。意味を持たない会話はただの声で、ただの揺らぎだから。深夜にはそういった、ただの揺らぎの安らかさが必要なんだと思う。君が甘いものを食べていればそれでいいんだ。甘いものが苦手だったら……プリンのお砂糖を少なくして、ほろ苦いカラメルをたっぷりかければいい。もしくはティラミスでもいいかもしれない。甘いものが苦手な君と食べるスイーツは、それはそれで格別なんだろうね。苦手じゃなかったら……僕と一緒にクリームをたっぷり使ったのを食べよう。

 面白いことはいくつあった? 悲しいことはいくつあった? たくさんかもしれない。ほんのちょっとかもしれない。面白いことは覚えておいて、悲しいことは忘れよう。もしも明日が晴れならば丘の上までピクニックに行こう。湿った若草の上を歩くと、靴が優しく濡れるから。けれどそれを太陽と風が乾かしてくれるから。もしも明日も雨ならば溜まった本でも読もう。そうして窓の外の雨模様をゆっくりと眺めよう。晴れでも雨でもどっちでも、そこにあるのはどうでもいい景色なんだろうね。どうでもいい景色を見ながら写真の一枚でも撮っていると、本当にすべてが、あらゆるものすべてがどうでもよくなるよね。その瞬間の清々しさはきっと奇跡に近いものなんだと思うよ。僕はそういうの結構好き。

 なんかいろいろめんどくさいよね。めんどくさい。根底にあるのはその思い。溶けたい、失われたい、パッと消えたい。積極的でも消極的でもない願い。ガツガツした人ってどうも苦手、頑張って生きてる人もどうも苦手。川辺に寝転がって歌を歌って、つまらない詩を書き溜める吟遊詩人になりたい。ふと通りかかった子どもに「なにをしてるの」って訊かれて「なにもしてないよ」って答えたい。そうしてまた歌を歌って、詩を書いて、静かに眠っていたい。そうやって日々が過ぎていってほしい。そうしたらきっと、空を飛ぶ鳥だとか、花の蜜を吸う蝶だとか、川が流れる単調な音だとか、そういったものが新鮮に美しく聞こえてくるような気がするから。多分、大切なのってそういうことなんだと思うよ。

 ……こういう話を君とただしていたいっていうのが、僕の心からの願い。ずっとずっと、こういうくだらない大切なことを。永遠に、誰にも邪魔されずに、好きなだけ。話し疲れたら眠ればいいし、話足りないなら夜ふかしをすればいい。起きたらなにか飲み物を飲んで、軽くなにかを食べて、おはよって挨拶すればいいんだ。そういうこと。

 ……ねえ、ねぼすけさん。眠いならまだ寝ててもいいよ。そうしたら僕もまた眠るから。起きたらどうしよっか。なんにも考えてないね。まあいっか、なんか適当に適当なことしようよ。楽しいことでもいいし、つまんないことでもいいし。めんどくさいならなにもしなくてもいいし。ううん、なにもしないをする、なんだろうね。まあそれもいいだろうね。

 ねえ、ねぼすけさん。今はお休みなさい。ねぼすけさんが起きたら、僕は君とお話したいな。どうでもいい話だよ。雨で君の声がよく聞こえないから、できれば隣でさ。隣にいれば、小さい声でもきっと聞こえると思うから。

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