見出し画像

終章

僕は幕間が好きだった
分子が動きを止めるから
椅子に座る
神聖な暗がりが愛おしい
深く眠る ひどく深く眠る

ここにもいなかった

そしてキミはあおぐもの空に手を伸ばして
雨のできそこないで手のひらを濡らすんだ
褒めてほしいって言うけど僕には言葉がない
二十一の礼砲
僕らは廃墟
愛で街を焼く太陽
光の都
幸せのタネ
陽光が目を刺す
ここにもいなかった

キミは僕に純粋な安らぎをもたらす
そして
それがひとひらの瓦礫であることも
街は色づき始めることを待ち望む
ただ静寂を頼りに
僕は優しく耳をそばだてて
しおかぜの亡骸とみどりの亡霊の
小さな泣き声を胸にしまう
ふいにあたりを見渡せば
ただ一心に
人々は歩き
ただ一心に
人々は空を失う
そして
キミは
神経の二秒の戸惑いで
ノイズに
散乱に
まどろみに
なる

ここにもいなかった

ひとがうたを歌うとき
あたりにはなにもない
人類は死に絶え
文明は崩壊している
けれど
プールには一匹のアメンボが浮かび
空には一匹の鳥が飛んでいる
ひとがうたを歌うとき
また
それがほんとうの景色で
でも
ありふれたフィルムなのかもしれない

ああ――
ここにもいなかった

僕は幕間が好きだった
ここにはほんとうがあるから
誰もが去った部屋で
閉じられた本の
たった数ページの隙間の
忘れられたひとときの
温かさが

打ちひしがれるまぼろしは
その曖昧に
ただ優しさだけが
深層の光景として
僕に
キミに
降り注ぐ
そして
言葉を持たない余白がすべて
その色に
意味を

ここにもいなかった
けれど
いなかった坂は熱を覚え
いなかった花は香りを覚える
そして ただ
いたことを
しめす

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?