映画「坂道のアポロン」からみる、青春とジャズ
物語は、医者になった10年後の薫のシーンから始まる。
薫は子供たちに「あれ弾いてよ!モニン!」とせがまれ、病院の待合室にあるピアノでMoanin' を弾く。
Moanin' は、ジャズ・ドラマーのアート・ブレイキーが発表したアルバム、およびその1曲目に収録されているボビー・ティモンズが作曲した楽曲だ。
誰もが一度は聴いたことのあるジャズの名曲。片手で弾けるほど単純に見えて、強く印象に残る冒頭部分は、つい口ずさみたくなってしまう。
https://music.apple.com/jp/album/moanin/725816184?i=725816540
ちなみに、本作品にはグランドピアノ、アップライト、コンソールピアノなど様々な形のピアノが登場する。
病院にあるピアノは、準備中に「ラ・ラ・ランド」を観た三木監督から、背の低いピアノを登場させたいという話があり、九州中を探して見つけた掘り出し物だそう。
1966年、長崎県佐世保市。
薫は引っ越し先の親戚の家でピアノを弾くが、医者を継ぐことに集中しろと注意されてしまう。
ここで演奏していた曲は、「Pavane pour une infante défunte(亡き王女のためのパヴァーヌ)」。
どこか切なくもあたたかい、ゆったりとしたメロディーが続く名曲だ。
https://youtu.be/eGybwV3U9W8
「あんまり自由にされても困るわ。ここあなたの家じゃないんだから。」
薫は、誰もが恐れる不良の千太郎と、学校の屋上で出会う。
幼い頃からピアノを弾いていた薫と、ジャズのドラムを叩く千太郎は意気投合。
千太郎の幼なじみ、律子の父親が営むレコードショップの地下室で、セッションをするようになる。
地下室で千太郎が拙いリズムでモーニンを弾くと、痺れを切らした薫が「聴いてられない!こうじゃないのか?」と弾き直す。
それに対し、「スィングしとらん!音がのっぺりしよる」と千太郎。
律子は微笑みながら「うち、二人のセッション聞いてみたかあ」と、二人が仲良くなることを確信している様子。
地下室を後にした薫は、すぐに「これください!」とMoanin'のレコードを購入し、家で猛特訓をする。レコードを聴いては譜面に起こしてピアノで実践して……の繰り返し。
この時、映画の中で薫が購入したMoanin'のレコードのジャケットは、実際のMoanin'のジャケットと同じものだった。
授業中に机でピアノを弾く真似をする薫と、後ろの席でそれに合わせて鉛筆でドラムを叩く千太郎。
教室で繰り広げられるリズムだけのセッションに酔いしれる律子。
三人の様子がなんとも微笑ましい。
いつもの地下室で、千太郎が慕う純兄のトランペットと、律子の父のコントラバス、千太郎のドラムで繰り広げられるFat Girlに、飛び入りでセッションする薫。
「細かいこと気にせんで飛び込め!」と千太郎。
https://youtu.be/qdLiTyNoseg
↑ 地下室でのセッションの様子
ある日、千太郎が純兄の行きつけのジャズバーに薫を案内する。
ところが、アメリカ軍の客に
「日本人がこの店でジャズ?」
"Japanese boy is playing jazz in this bar?"
「冗談だろ?」
"Are you kidding me?"
と挑発されてしまう。
これに対抗して演奏した、純兄、千太郎、薫のセッションは、観客を驚かせた。
物語は終盤。
文化祭のステージで舞台の照明が切れてしまうハプニングが起き、王子様系バンドの演奏ができなくなってしまう。
そんな時、ピアノを弾き出した薫に、千太郎はドラムを重ねる。
曲は、My favorite things、Someday My Prince Will Come(いつか王子様が)、そしてMoanin'。
二人の演奏を耳にした学生が、次々と体育館に押し寄せてくる様子は、物語の中で1番の盛り上がりを見せた。
My favorite thingsは、ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』に出てくる一曲。
作中では、雷におびえる子どもたちが気を紛らわすために、大好きなものを思い浮かべる楽曲だ。
日本では、JR東海の観光キャンペーン「そうだ 京都、行こう。」のCMソングとして使用されていることで知られている。
Someday My Prince Will Comeは、ウォルト・ディズニーのアニメ映画『白雪姫』 の挿入歌。
1957年に、ジャズピアニストのデイヴ・ブルーベックがジャズとしてこの曲を収録した。
https://music.apple.com/jp/album/someday-my-prince-will-come/1442867026?i=1442867503
薫と千太郎、そして律子。
三人の中では恋心が揺れ動いたり、仲睦まじい家庭に嫉妬したり、辛い過去を打ち明けたり、
甘酸っぱい青春が鮮やかに描写されている。
こんな気分の中で生きていた10代を、誰もが懐かしんでしまうだろう。
彼らが心を重ねていく触媒となるジャズは、なんだか気分をあげてくれるし、つい口ずさんでしまう。
それぞれの楽曲について知ることで、「坂道のアポロン」が私のMy favorite thingsになった。
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