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2014/6/12 「オーシャンズ11」

★本物の男性が、宝塚ミュージカルに出るとどうなる?!

 宝塚歌劇のミュージカル「オーシャンズ11」を、SMAPの香取慎吾主演で渋谷・東急シアターオーブで上演、と聞いて私をはじめ多くの宝塚ファンは、「ああそうだったのか」と頷いた。しばらく前から、東京宝塚劇場で観劇する香取さんの姿が何度か目撃されていると、私も聞いていた。この作品の再演のためだというならそれも納得だ。だが、宝塚の演目は本来女性である「男役」が演ずることを前提に作られている。それを本物の男性が演じると、いったいどういうことになるんだろう?

 「オーシャンズ11」は元ジョージ・クルーニー主演のハリウッド映画が原作。男たちのリベンジの物語だ。宝塚で初めてミュージカル化され、2011年に星組で初演された。聞くところによれば、そのしばらく前にやはり宝塚でミュージカル化した「カサブランカ」のおかげで映画版のDVDの売上も伸びた。それに気を良くした映画会社から「また何かやりませんか」と声がかかり、「カサブランカ」の脚本・演出を担当した小池修一郎氏が選んだ映画作品が「オーシャンズ11」だという話だ。

 このところ、宝塚歌劇団は、制作したミュージカル作品の版権を売って、外部のキャストで上演してもらうことに力を入れていると聞く。ひょっとすると、小池氏は最初から宝塚歌劇以外での上演を想定した上で「オーシャンズ11」を選択したのかもしれない。

★ミュージカル「オーシャンズ11」とは?

 原作となった映画「オーシャンズ11」は、詐欺師のダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)が詐欺師仲間のラスティ・ライアン(ブラッド・ピット)をはじめ11人の仲間を集め、ラスベガスのホテル王テリー・ベネディクト(アンディ・ガルシア)のホテルからカジノの売上を強奪し、同時にテリーの元に身を寄せていた妻のテス(ジュリア・ロバーツ)の愛を取り戻す。ストーリーの大筋はミュージカル版「オーシャンズ11」もほぼ映画と同じだ。

 大きな変更点は3つ。まず、オーシャン一味の爆発物の専門家バシャーが、マジシャンに変更されている。舞台で爆弾を使うわけにはいかないので、代わりにイリュージョンが使われる。2つめの変更はオリジナルキャラクター「ダイアナ」。彼女はラスベガスの女性マジシャン、ベネディクトの愛人でテスをライバル視する役だ。モデルは二代目引田天功さんか。ダイアナとダンサーたちによる華やかなショーの場面が加わり、ラスベガスのカジノホテルという場所の持つ独特の雰囲気が、より色濃く描かれている。3つめの変更はテスの職業。映画では美術館のキュレーターで知的な大人の女性だが、ミュージカルではメジャーデビューを目指す若いクラブ歌手になっている。

 香取慎吾主演版「オーシャンズ11」での主な配役は以下の通りである。

 ダニー・オーシャン(そのスジでは有名な詐欺師) 香取慎吾
 テス・オーシャン(ダニーの妻、クラブ歌手)   観月ありさ
 ラスティ・ライアン(ダニーの相棒の詐欺師)   山本耕史
 テリー・ベネディクト(ラスベガスのカジノ王)  橋本さとし
 ダイアナ(ベネディクトのホテルのショースター) 霧矢大夢
    ==================
 ライナス・コールドウェル(ダニーの仲間、スリ)    真田佑馬
 イエン(ダニーの仲間、中国雑技団の曲芸師)      坂元健児
 ソール・ブルーム(ダニーの仲間、伝説の老詐欺師)   斉藤暁
 リヴィングストン・デル(ダニーの仲間、ハッカー)   水田航生
 バージル・モロイ(ダニーの仲間、映像制作者)     安井謙太郎
 ダーク・モロイ(ダニーの仲間、映像制作者)      萩谷慧悟
 フランク・カットン(ダニーの仲間、カジノのディーラー)角川裕明
 ルーベン(ダニーの仲間、元カジノホテルの経営者)   芋洗坂係長
 バシャー・ター(ダニーの仲間、マジシャン)      ラッキィ池田
    ==================
 リカルド(酒場「エル・チョクロ」のオーナー)     井之上隆志
 ポーラ(リカルドの孫のダンサー、ラスティの恋人)   フランク莉奈
 ハリー・ウッズ(森林護団体エバーグリーンの理事)   川口竜也
 ブルーザー(ベネディクトの用心棒)          辰巳智秋

 香取、観月やジャニーズJrの真田、安井、萩谷らのテレビ中心のタレントに、舞台・ミュージカルに実績のある俳優・女優陣を織り交ぜたなかなか豪華なキャストである。

★エンタテイメント性にあふれたミュージカル

 宝塚ファンの一人として、作品が評価されて外部で上演されるのは誇らしい反面、正直不安でもあった。が、やはり、実際に観てみると、このミュージカルのエンタテインメント性の高さ、面白さは一級品だ。

 服役中のダニーが囚人服を一瞬で脱ぎ捨ててスーツ姿になり、仲間たちと共にカッコいいダンスで決めるオープニング。ダニーとラスティが一人、また一人と新しい仲間を集めていく様子は、ロールプレイングゲームを見るようだ。ラスベガスの酒場「エル・チョクロ」に集まった10人が、最後に合流したライナスを励ましつつ「ジャンプ」というナンバーを歌う場面は、名場面と言っても良いくらいだ。

 登場する女性たちも魅力的。ダニーとベネディクトの間で心揺れるヒロインのテス、愛よりも金と名声を求めるプライドの高い「クイーン」ダイアナ、恋人ラスティへの思いでいっぱいのキュートなポーラ。三人の女性が物語に華やかな彩りを添えている。

 後半の見所はベネディクトの裏をかいて、金庫から現金を盗み出すまでの一連の流れだろう。老詐欺師ソールがロシア人富豪ドクトル・ゼルガに扮し、スリのライナスはラスベガス賭博委員会の委員に化けて、堂々とベネディクトのホテルに乗り込んでひと芝居打つ。その裏で金庫に忍び込み、最後は舞台上での大掛かりなイリュージョン。そしてハッピーエンドに至るまでのハラハラドキドキさせる展開がまたいい。

 今回シアターオーブでは、舞台上にスロットマシン、そして舞台の前を「ラスベガスシート」という客席にし、丸テーブルと椅子が置かれていた。このシートに座る観客は舞台を見るだけでなく、カジノホテルに来た客として舞台のセットの一部になるという仕掛けだ。最後には舞台上だけでなく通路をはじめ様々な場所を利用し、俳優たちが所狭しとばかりに走り回り、客席もまた舞台の一部となる楽しみも味わえる。

★舞台ならではの魅力を発揮するキャスト

 以下は出演者について感じたことを。

 私が観劇した回は、初日開けて間もない頃でもあり、ダニー役の香取さん、テス役の観月さんは、まだ勢いに乗り切れていないと感じた。香取さんは主役としての押し出しも存在感もあるのだが、自分の役を楽しんでいる様子が見えない。テレビのレギュラーを何本も抱えている売れっ子だけに、本領発揮はこれからというところか。観月さんは今回が初ミュージカルだそうで、歌いながら演技をするのがまだ大変そうに見えたが、存在に透明感があって、純粋で素直な感じがテスのイメージにはぴったりだ。

 一つ不満を言わせてもらえば、ダニーとテスは一度気持ちが離れて、それからまたよりを戻す夫婦という設定なのに、とてもそうは見えなかったこと。キスシーンも硬かった。何見てるんだ、と言われそうだが、これは私がふだん宝塚歌劇を見ているせい、ということでお許し願いたい。何しろ宝塚は芝居の重要な主題が「恋愛」であり、演じ手はそれを美しく魅力的に見せることに命を懸けてるところがある。比べても仕方ないと分かってはいるけれど、切れかけた絆がふたたび結ばれるのを、もっと愛情たっぷりに見せて欲しいものだ。

 舞台経験豊富な山本ラスティは、自由気ままで肩の力が抜けた軽みのある演技が、映画板のブラッド・ピットを思わせてなかなか魅力的だった。私は山本耕史さんがこんなに歌える人とは知らなかった。宝塚版に加えて新曲が2曲あったが、いずれも山本さんがらみ。ダニーとラスティの歌う「オーシャンズ10」、ラスティとポーラの歌う「LET ME LOVE YOU」。彼に場面を持たせたくなる気持ちはよくわかる。ラスティの恋人、ポーラ役のフランク莉奈ちゃんもいい。歌えるし、色気もあるし、結婚を迫っても煮え切らないラスティに拗ねたり、泣いたり、甘えたりするのがとても可愛かった。

 橋本ベネディクトは貫禄十分。何より声がよく通って歌も聞かせてくれる。ベネディクトという野心家の男を本物の男性がやるとすごく男くさくなるのだな、という当たり前ではあるが、私としてはとても新鮮な感動を味わった。ベネディクト中心のナンバー「夢を売る男」は、宝塚版とかなり印象が違っていた。アレンジが変わっているのかも。

 霧矢ダイアナは元宝塚トップスターだけのことはある。劇場の大きさに合わせて身体を大きく使って演技するのが、身体の芯まで染み付いてる感じ。テスがホテルのイベントで紹介されるシーンで台詞もろくにないときから、派手な身振り手振りで「何よ、あんな女」と不満を全身で表現しているのが可笑しい。女性にしては迫力があり過ぎるのが玉に瑕だが、誰よりも楽しそうに演じていた。ショーのシーンでの華やかさと存在感はさすが、というしかない。

 ダニーの仲間の中では、ソール役の斉藤暁さんの演技が印象に残った。ライナスの父ジミーの言葉で窮地を逃れた昔話を聞かせて「飛ぶんだ、ライナス!」と語りかける姿が胸にぐっと来る。ロシア人のゼルガに化けたときは「◯◯、ダー」という台詞で客席を沸かせていた。(ダー、はロシア語のYesです。念のため)

 もう一人、ダニーの仲間イェン役の坂元健児さんはアクロバットというのだろうか、中国雑技団とまではいかないものの見事な曲芸を披露していた。さすが本物の男性ならでは。観劇中に隣の友人が「劇団四季でライオンキングに出ていた人」と教えてくれた。

◆宝塚歌劇の男役を男性が演じる難しさ

 「オーシャンズ11」は楽しく痛快なミュージカルだ。だが、ロマンスの味付けは、少し変えてもよかったのではないか。私は男性陣の台詞に何度も赤面した。「俺たちは、ジャックポットと同じ50万分の1の確率で出会った運命の二人なんだ」(ダニー)「僕を君のアダムにして欲しい」(ベネディクト)。宝塚歌劇の台詞には歯の浮く様な甘い愛の囁きがてんこ盛りであることに、今さらながら気づかされた。これをリアルな男性の口で言われると、何だか鼻の奥がムズムズしてくる。

 もう一つ気になったのはダンスだ。二幕冒頭のテスの夢の中でのダンスシーンが、宝塚版とは一場面だけ振り付けが大幅に変わっていた。はっきり言ってしまうと、橋本さんと観月さんは二人でゆらゆら揺れてるだけの振りで、ダンスは苦手とお見受けした。歌と芝居とダンス、3つをこなすというのは主役級の俳優・女優さんでも想像以上にハードルが高いものらしい。心象風景をダンスシーンで見せるのは宝塚では常套手段だが、今回はあまり上手くいっていない。

 「オーシャンズ11」は良くも悪くも宝塚の文法にのっとって作られた作品だ。これを男と女で演じると、かえってウソっぽさが強調されてしまうところがあると私は感じた。たとえば、主役のダニーも敵役のベネディクトも、今ひとつ男としての野性味に欠ける。なんか薄膜を被っているようで歯がゆい。でもそれはある意味「宝塚仕様」のせいだ。宝塚スターはこれを「男役の芸」という一種の型でカッコよく魅力的な男性に見せるが、生まれつき男である俳優の場合は、それとは違ったアプローチがあるんじゃないかと思う。主演の香取さんはじめ俳優陣には、ぜひともそこを追求して欲しい。

◆最後に

 実際に観てわかったことだが、今回の香取版「オーシャンズ11」は、ストーリーも台詞も、宝塚歌劇団花組で2013年に上演したバージョンをほぼ踏襲している。宝塚はアクロバットやフライングのシーンこそ、今回の香取版には見劣りするが、とにかく出演者の数が多く、舞台も広いし、ダンスシーンも多い。衣装も派手だ。華やかなラスベガスのカジノホテルの雰囲気は、宝塚版の方がより堪能できると思う。もし、NHKなどで宝塚版の「オーシャンズ11」が放映されることがあったら、ジャニーズファンの皆様にもぜひ観て欲しいな。

【作品DATA】ミュージカル「オーシャンズ11」。制作・著作は宝塚歌劇団、企画・制作は梅田芸術劇場、主催テレビ朝日、梅田芸術劇場。東京公演は2014年6月9日〜7月6日渋谷・東急シアターオーブ。大阪公演は2014年10月下旬、梅田芸術劇場メインホールを予定。脚本・演出は小池修一郎。作曲・編曲・音楽監督は太田健。

#takarazuka #宝塚

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