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2014/4/18 雪組「心中・恋の大和路」

◆宝塚ファンなら一度は見ている名場面

 宝塚百周年を迎え、昨年来過去の名作を再演する試みが続いている。この「心中・恋の大和路」も何度も再演を重ねている作品だ。今回が初見の私でさえ、この芝居のラストシーンだけはTCAスペシャルの名場面再現コーナーで見たことがある。白装束をまとった忠兵衛(彩輝直)と梅川(映美くらら)が雪の中をお互いをいたわりながら歩き、最後に息絶える。ここで歌の名手が主題歌「この世にただ一つ」を歌い上げるのだ。サビの「歩き〜つづけて〜、歩き〜つづけて〜」の繰り返しが耳に残る。一度でも見たら忘れようのない幻想的で美しい場面である。

 この作品が再演されるとあっては、宝塚ファンとしては見に行かないわけにはいくまい。宝塚歌劇団で最後に上演されたのは1998年だそうだから、かれこれ16年ぶり。美しいラストシーンに至るまでにいったいどんなドラマが待ち受けているのだろうか。

◆第一幕:ダメな男と馬鹿な女の恋から事件は起きた

 (※以下はストーリーのネタバレを含みます。これから本作をご覧になる方はご注意ください)。時は江戸時代、大阪で飛脚問屋を営む亀屋の主忠兵衛(壮一帆)は今日も留守。店に侍が尋ねて来て、江戸から送られて来る手はずの三百両がまだ届かないのかと文句を言い、次に宿衆仲間(同業者ですね)の藤屋(香綾しずる)と丸十(透真かずき)が寄り合いに行く前に忠兵衛に話をしにやってくる。

 主人が留守なのでどちらも番頭の伊兵衛(帆風成海)が対応するのだが、ここでの会話から飛脚問屋というのが、江戸から大阪へ預かった金子(きんす)を運ぶ信用第一の商売であること。万一紛失したり、届けられなかった場合は、宿衆仲間の同業者組合が補填するので客に損はさせないこと。忠兵衛が最近色街通いに熱をあげて商売をおろそかにしているのを同業者が苦々しく思っていること、忠兵衛が養子であることなどが分かって来る。忠兵衛を出さずにここまで見せる、うまい展開だ。

 忠兵衛本人は新町の置屋である槌屋で、友人の米問屋八右衛門(未涼亜希)とお座敷遊びに興じていたりするのだから全くいい加減である。店の手代の与平(月城かなと)が槌屋の花魁かもん太夫(大湖せしる)に一目惚れしているのを知って太夫に引き合わせるために連れて来たのだが、その実、馴染みの遊女梅川(愛加あゆ)を引こうと手付けを打った男が居ると聞いて気が気ではない。と、ここまでで主な登場人物とその人間関係が明らかになる。

 主人公忠兵衛は苦労知らずのボンボンで甘ったれ。「毎日お花見みたいな顔をしている」と言われるほど、商売に身を入れずに遊びほうけているアホ旦那である。宝塚歌劇団のトップスターがダメ男を演じることは最近では滅多にないのだが、壮一帆は忠兵衛という男の弱さを見事に演じている。他方。遊び仲間の八右衛門は遊びと仕事をきっちり区別している上に、友達思いで頭もいい。夫にするなら断然八右衛門がお勧めだ。

 かもん太夫は遊男女の思いの表と裏まで知り尽くしたベテランの貫禄で、小遣いを貯めてやってきた与平の思いを汲み、かんざしを与える余裕っぷり。梅川は忠兵衛に惚れて周囲のことなど何も見えない。ただただ自分を請け出して欲しいと願うばかりの無知な女だ。愛加あゆの演じる梅川はとにかく愛らしい。そしてちょっぴり色っぽく、世間ずれしていなくて遊女にしては品がいい。忠兵衛が夢中になるのはよくわかる。でも、妻にするなら思慮深いかもん太夫を選んだ方が間違いなく後あと幸せな結婚生活が送れるだろう。

 恋に悩む忠兵衛は「この世にただ一つ、それはおまえ〜」というあの有名な主題歌をひとり切々と歌いあげる。ひとりの女に本気で惚れてしまった男にとってそれはたった一つの真(まこと)。もはやその思いを止めることなど絶対にできないのだった。

 他方、友達思いの八右衛門は忠兵衛の郭通いを辞めさせようと、槌屋で忠兵衛が金に窮していると触れ回るのだが、それを偶然聞きつけた忠兵衛が怒り、男のメンツを立てるため、それまで決してやってはいけないと自分を戒めていたある行為に及んでしまう。これが物語の最初の見せ場となる。ここまでが第一幕。

◆第二幕:破滅に向かって歩み続ける二人

 二幕は見事なまでに見せ場続きである。忠兵衛のしでかした出来事に怒った同業の飛脚宿衆の旦那たちは、彼を捕らえて役人に引き渡そうとする。そうはさせじと立ち上がる八右衛門(かっこいい!)は与平と共に忠兵衛の後を追う。ここまで与平は気の弱い手代でしかなかったが、逃げる忠兵衛・梅川の横で主題歌「この世でただ一つ」を歌うという大仕事が待っていた。私はこの作品で初めて月城かなとという若手スターを知ったが、すっきりと整った顔立ちで歌もなかなか上手い。台詞の声と演技は貴城けい、和物化粧した雰囲気は汐美真帆に似てると思う。奇しくも二人とも元雪組スターだ。

 さて、かたや忠兵衛は槌屋で梅川を請け出した後、二人は堅気の妻になって旅立つかもん太夫の門出を物陰からそっと見つめている。花魁衣装を脱ぎ、普通の着物に着替えた梅川が大門の外で待つ男の元に駈けて行く後ろ姿。郭の女が自由を得た喜びが溢れている。これも名シーンだ。実は私はプログラムを見るまで、このかもん太夫を演じているのが大湖せしるだと気づかなかった。彼女は男役から娘役への転向組だが、今回は実に良い女っぷりの演技。

 ここからは五場にわたって二人の逃避行の場面が続くのだが、和物ショーのように歌と踊りを連ねて、二人が大和の新口村を目指して村や町を流れて行く様子が描かれる。宿衆たちはそれぞれ傀儡師や巡礼、飴売りや古物商に身をやつして二人を追う。傀儡師(透真かずき)飴屋(久城あす)などそれぞれ見せ場の歌や踊りがあって飽きさせない。中でも古物商の香綾しずるが若い農家の嫁をからかう芝居はお見事。一緒に観劇した知人は「がおり(香綾)は演出の谷先生から『それじゃ上手過ぎる。宿衆が古物商のふりしてるんだから』と注意を受けたらしい」と言っていたが、それも納得。

 そしてたどり着いた忠兵衛の実家のある新口村。近くまで追手が迫っていると知った二人が隠れていると、忠兵衛の実の父である孫右衛門(汝鳥伶)が通りがかって、よろけて倒れる。思わず飛び出す梅川。鼻緒をすげようとこよりを捻る手を見て、それが梅川だと気づく孫右衛門。梅川をなじりつつも息子忠兵衛を案じ、生きて欲しいと語る。私は汝鳥伶に弱い。風共のマミーでも泣いたが、この人の芝居には情がこもっている。最近年齢のせいか出番はめっきり減っているが、ここで出て来るとは。完全に油断しておりました。

 続いて現れる八右衛門。忠兵衛はまだ八右衛門を恨んでいる(人を見る目がないヤツだ)が、八右衛門は忠兵衛を追手から逃がそうと必死。刀を抜いた宿衆(この人たちは本当は隠密か何かなのか!商人じゃなかったの!)に一人立ち向かい、彼等に囲まれながらも「この雪が二人を始末してくれる。もうそっとしておいてくれないか」と叫ぶのである。素晴らしきかな友情、素晴らしきかな八右衛門。あまりに格好良過ぎて、この人は本当は武芸の達人でもあったりするのかと思う。

 そしてラストシーンに続く。名曲「この世にただ一つ」を歌うのは今度は八右衛門である。未涼亜季の朗々とした声が響く中、二人は手をとりあって山道へと向かう。山は雪。一度袖に引っ込んだ二人は白装束に着替え、白く雪の降り積もる道を歩き続ける。そして最後は二人倒れて息絶える。ラストシーンはあっという間で想像よりずっと短かった。幕が降りたあと、大きな拍手に応えて一度だけ幕が開いたが、忠兵衛と梅川二人がお辞儀をして再び幕は降りた。フィナーレなし。潔くあっけないエンディングだった。

◆滅び行く日本ものを受け継ぐ人たち

 「心中・恋の大和路」は美しくしっとりとした日本情緒が堪能できる佳作だ。夕暮れの街には蜆売りの声が響き、人々は信心深い。忠兵衛と梅川の逃げる先々では、町衆や農民の男女が明るくのびのびと暮らしている。主題歌の「この世にただ一つ」は、一度めは忠兵衛、二度目は与平、三度目は八右衛門によって歌われるので、芝居が終わる頃にはすっかり耳に馴染んでいる。古き良き時代の宝塚芝居らしい作りだ。

 とはいえ、今の時代から見ると、芝居のテンポがユルく、合間に挟まれる心象風景の踊りも、宿衆仲間の旦那たちが小判の付いた笹を持って踊り出すなどいささか唐突だったりもする(twitterには、カルト宗教の儀式のようだと書いている人がいたがまさにそんな感じ)。エレキギターを使った「ロック調」の曲も、少々時代を感じる。

 言い換えれば、輸入ミュージカル全盛の今の宝塚で、よくこの作品が再演できた。着物の着こなしや所作ごと、日本的な演目は洋物とはまったく異なる。それだけでも凄い。しかも、今回の演目の舞台は大阪。忠兵衛を演じた壮一帆、八右衛門を演じた未涼亜季は共に関西出身。生粋の関西人が、関西の劇団で、大阪を舞台にした時代劇をやる。宝塚歌劇でもうこんな機会はやってこないだろう。

 かつて雪組は「和物の雪組」と呼ばれていた。が、今は雪組も洋物の演目が中心だ。今回も雪組生徒の半数は「ベルサイユのばら」で全国ツアーに出ている。手足がすらりと長くスタイルの良い最近のタカラジェンヌには、ドレスや軍服がよく似合う。雪組の中でも日本的な演目に向いているとされた人たちが、今回は「心中・恋の大和路」の方に集まったのだろう。

 フランス革命に身を投じるオスカルはカッコいいが、軍人として生きる彼女の思いがどこにあったのかは私には想像が及ばない。心中・恋の大和路は、あらすじがシンプルで、場面場面が美しい。若くて思慮の浅い二人が、その恋故に破滅する姿は哀れだが、二人と彼等をとりまく人々の思いにはどこか共感できる。やっぱり私も日本人なのだ。

【作品DATA】ミュージカル「心中・恋の大和路 〜近松門左衛門「冥土の飛脚」より〜は、菅沼潤脚本・演出で1979年に星組トップスター瀬戸内美八主演により宝塚バウホールで上演され、その後瀬戸内美八自身と剣幸、汐風幸等が再演を重ねてきた作品。七回目の再演となる今回は、演出谷正純、主役の亀屋忠兵衛を雪組トップスターの壮一帆、遊女梅川を雪組娘役トップスターの愛加あゆが演じる。3月の大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティに続き、4月は東京・日本青年館大ホールで公演が行われた。

#takarazuka #宝塚 #雪組


 





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