2014/9/14「The Lost Glory −美しき幻影−」
★轟・柚希・夢咲の共演で「オセロー」が実現?
星組で轟悠が主演するというのは、ちょっとした事件だ。星組は就任6年目のトップスター柚希礼音とトップ娘役夢咲ねねのコンビを擁する人気の組。いくら100周年とはいえ、宝塚大劇場・東京宝塚劇場での公演から長らく遠ざかっていた轟が主演することに興行的なメリットはありそうにない。どうやら柚希が「悪役をやってみたい」と希望したことから実現した企画らしい。
ベースとなるのはシェイクスピアの「オセロー」。となれば、轟はオセロー、夢咲はデズデモーナ、柚希はイアーゴー。オセロー将軍がイアーゴーにそそのかされ、美しい妻デズデモーナの不貞を疑うという広く知られたストーリーを植田景子氏がどうアレンジするのか。案の定チケット争奪戦は激しかったが、幸いにも早めに申し込んだカード会社の貸切公演でようやく見ることができた。
★主人公は成功したビジネスマン!
まずは主な配役から。
オットー・ゴールドスタイン(実業家、建築王と呼ばれる)轟 悠
イヴァーノ・リッチ(オットーの有能な部下) 柚希 礼音
ディアナ・キャンベル(画家、名門の令嬢) 夢咲 ねね
ロナルド・マーティン(美術教師) 紅 ゆずる
ウォルター・ライマン(ライマン財閥の会長) 十輝 いりす
カーティス・ダンフォード(オットーの部下で御曹司) 真風 涼帆
パット・ボローニャ(伝説の靴磨き少年) 礼 真琴
ウィル・スミス(経済学者) 鶴美 舞夕
バーバラ・キャンベル(ディアナの母) 万里 柚美
ベン・リチャードソン(オットーの会社の重役) 美稀 千種
サム(オットーに仕える召使) 美城 れん
外部スタッフとして装置の松井るみ氏、振付のグスタヴォ・ザジャック氏が加わっている。衣装協力はアルマーニ。
★舞台は栄光の1920年代アメリカ
宝塚版の新オセローは、第一次世界大戦後の好景気に沸く1920年代のアメリカが舞台だ。舞台上でキラキラと光を反射する透明なオブジェはビル街を表現している。松井るみ氏によるペットボトルを再利用したセットだそうだ。
主人公のオットー(轟悠)はギリシャからの移民。戦場でライマン財閥会長ウォルター・ライマン(十輝いりす)を助けたことから彼の後ろ盾を得て成功し、今はゴールドスタイン社の社長。新たに建築する高層ビルディング「ライマンビル」の為に、新会社設立の発表会を開く。新会社の社長にニューヨーク州議員を父に持つ名門の御曹司カーティス・ダンフォード(真風涼帆)を指名した。
新会社の名前は「ディアナ・ゴールドスタイン」。その席で、オットーはカーティスの従姉妹であり新進画家としても注目される才媛ディアナ・キャンベル(夢咲ねね)との結婚を発表する。名門の令嬢であるディアナの母(万里柚美)や一族はこの結婚に反対するが、ディアナの意思は固く、二人は幸せな時を迎える。
オットーの部下イヴァーノ・リッチ(柚希礼音)は表面上は淡々としていたが、自分の母親の生まれが卑しいが故にオットーが自分を新会社の社長に選ばなかったと思いこみ、その恨みからオットーを公私共に破滅させようと企む。手始めにカーティスを女性スキャンダルで謹慎に追い込み、次にディアナの初恋の人で貧乏な美術教師のロナルド(紅ゆずる)に近づく。その一方で新妻のディアナがカーティスやロナルドと浮気をしているのでは、とオットーの心に疑念を抱かせる。
★轟と柚希、二人の男役の魅力が全開
見所は轟悠演ずるオットーの苦悩ぶりと、柚希演ずるイヴァーノの悪役ぶりである。轟は体こそ小柄だが主役としての存在感が凄い。歩き方一つ、手先の動き一つ、後ろ姿にまでオットーの感情をにじませる。このところ小劇場での主役が続いていたが、大きな劇場での「見せ方」はさすがによく分かっているという感じだ。妻が生き生きと美しく輝けば輝くほど、心の中に潜む疑念が膨らんで抑えきれなくなる。そんな感情を轟は実に見事に演じていた。
対する柚希イヴァーノは大きな身体を存分に活かし、太い声ともあいまって迫力十分。黒を基調にしたアルマーニの男物スーツがこんなに似合う日本人女性は他にはいないだろう。トップスターとして脂の乗り切った今、悪役を演じたいという柚希の思いが形になっていて、香盤上は二番手だが、実質的には二番手というより二人主役のようにすら見えるのはさすがというしかない。
一つ難を言えば柚希はビジネスマンには見えない。ビジネスマンのふりをした軍人、あるいはマフィアといった趣だ。いや、カッコいいことに変わりはないのだが。
★裏の主役はウォール街
物語で大きな役割を果たすのが、ウォール街、すなわち米国の株式取引市場だ。人々は株で一攫千金を夢見る。そんな時代を歌い上げるのが靴磨きの少年パット(礼真琴)。星組の新進スターの歌唱力は前作「ナポレオン」で知っていたが、この人ダンスもうまい。
イヴァーノは「株で儲ければ、もう一度ディアナにふさわしい人間になれる」と、ロナルドに株の仲買人を紹介する。ライマンビルの最上階に作られる「ディアナ・ミュージアム」の館長となるには、美術アカデミーの推薦状が必要。そのためにはもっと金が必要だとイヴァーノはロナルドに告げ、全財産を投資するようにしむける。ロナルド役の紅ゆずるは、こういう「弱い男」はお手のもの。
だが、やがて株価は下がり始める。だが、人々は景気の悪化を示唆する経済学者ウィル・スミス(鶴美舞夕)の言葉には耳を傾けず、アメリカはこれからも成長し続けると説くライマンの言葉を信じようとするのだった。時代が18-19世紀の場合は、戦争や革命を描くことでその時代を表現するのだが、ウォール街をとりまく人々の熱狂ぶりで時代を語るというのはなかなか面白いと思った。
★「オセロー」とは異なる結末
シェイクスピアのオセローは、イアーゴーに騙されて妻を殺してしまうのだが、オットーは妻を銃で撃つ夢を見るだけで、現実には手を下さない。すべての登場人物の運命は、アメリカを襲った大恐慌に呑み込まれていくのである。
(以下はストーリーのネタバレが含まれます)
イヴァーノのもう一つの狙い、それはオットーが社長を務めるゴールドスタイン社の乗っ取りだった。1929年10月24日、株価は大暴落を始める。オットーの後ろ盾だったライマン会長も自殺。あとは、底値で株を買い占めれば、イヴァーノの望みは叶うハズだった。誰にも会おうとしないオットーを案ずるディアナ。苦労した生い立ちを語り「愛などない」と言い放つイヴァーノに、ディアナは「永遠の愛を信じる」と語り、「もっと人を信じてもいいのよ」と優しい言葉をかける。
オットーの元に駆けつけたカーティスによって、すべてがイヴァーノの企みだったことが暴かれる。謹慎中のカーティスは独自にライマンビル建設妨害工作を調査するうちに、イヴァーノの株買い占めに気づいたのだった。すべてが明らかになるとイヴァーノはオットーに「あなただけは実力で自分を認めてくれると思っていたのに裏切られた。だからすべてを奪おうと思った」と初めて心情を吐露する。そこへ株で大損をしたロナルドが銃を持って乱入し、イヴァーノを撃つ。虫の息のイヴァーノに、召使いのサムは「そんなことをする必要はなかった。旦那様はあなたに会社を譲ろうと根回ししているところだったのに」と、告げるのだった。
★男心がわからない?
私はこの展開を受け止めかねた。物語の一番のクライマックスで主人公オットーは成り行きを見守るだけの傍観者だ。これでは、悩めるオットーの物語ではなく、傷つけられた誇りを取り戻そうと復讐を企てたが、実は一人相撲だったと分かって死ぬ哀れなイヴァーノの物語じゃないか。しかも、イヴァーノが目的のために利用したロナルドの手にかかるなんて、あまりに「因果応報」で、ドラマとしては陳腐じゃないだろうか。
その上、死に行くイヴァーノは「こんな美しい人に思われているなんて、あなたは幸せだ」とオットーに告げて、ディアナの腕の中で息を引き取るのだ。「え、イヴァーノはいつディアナに惚れちゃったの?」と思う間もなくこの場面は終わった。
観劇後に一緒に見ていた夫に聞いてみると、ディアナの優しい言葉に触れたことがイヴァーノの自信を揺るがし、オットーこそが、自分の最大の理解者だったと分かってとどめを刺された、ということらしい。だが、私にはこの展開自体が興ざめで、イヴァーノという男の思いというのはどうもよく理解できなかった。男心というのは難しい。
★主役しかできない、というトップスターの宿命
ラストシーンで、すべてを失ったオットーは見送りに来たディアナと言葉を交わした後、ヨーロッパへと船で旅立って行く。もう一度資金を集め、会社を起こすために。オットーは高層ビルを作るという夢をあきらめることはなかった。
オットーを演ずる轟悠の去って行く後ろ姿は実に美しい。失った栄光とこれから待ち受ける困難、だが自分は前を向いて歩く。その思いを背中で表現している。「The Lost Glory −美しき幻影−」という作品は人生の絶頂からすべてを失っていった男の哀愁みたいなものがテーマなんだろう。
私の印象では、柚希イヴァーノは明らかに「やり過ぎ」だった。でも、抑えた演技とか、主役を立てる気遣いなんて本来トップスターには必要ない。柚希は主役を演ずるときと同じ力加減で、念願の悪役に臨んだ。その結果が、妙なバランスの悪さにつながってしまったのかもしれない。宝塚においてイレギュラーな布陣で舞台を作るというのは、観客が想像する以上に難しいと見える。
【作品DATA】シェイクスピアの「オセロー」をモチーフにしたオリジナルミュージカル。脚本・演出は植田景子。宝塚大劇場で2014年7月18日〜8月18日、東京宝塚劇場で9月5日〜10月5日に上演された。並演はラテン・グルーヴ「パッショネイト宝塚」。
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