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2014/12/27 「PUCK」

★2014年観劇納めは名作の再演で

 今年最後の宝塚観劇は月組「PUCK(パック)」。百周年の名作再演シリーズの目玉の一つである。初演は1992年、当時の月組トップスター涼風真世が主人公パックを演じた。私はかつて、テレビ放映された初演を偶然目にしたのだが、愛らしい姿でローラースケートを履いて舞台の上を走りまわるパックの姿に「宝塚はこんな作品もやるんだ」と驚いた覚えがある。若い人はご存知ないと思うが、初演当時世間では「光genji」というローラースケートを履いたアイドルグループが人気だったのだ。主題歌「ミッドサマーイブ」の作曲は松任谷由実。そんな時代の宝塚ミュージカルである。

 作・演出は小池修一郎。下敷きはシェイクスピアの「真夏の夜の夢」だが、ストーリーはオリジナル。ファンからはこれまでも再演を望む声が高かったが、何しろ主人公のパックが涼風真世へのあて書きで、中性的な雰囲気を持ち、なおかつ歌の得意なスターでなければできない役であることから、これまで実現しなかった。

 今回妖精パックに挑戦するのは月組トップスターの龍真咲。ヒロインのハーミアは相手役の愛希れいか。初演当時すでに二番手スターだった天海祐希が演じていたボビー役を演じるのは、このところメキメキと頭角を顕して来た若手スターの珠城りょう。初演の出演者は誰ひとりいない中での再演となった。

★初演とは異なる番手のスターを当てた配役

パック(森の妖精)               龍真咲
ハーミア(グレイヴィル家の孫娘)        愛希れいか
ダニエル・レノックス(ダニー、ホテル王の息子) 美弥るりか
ライオネル・ジャスパー(ラリー、貴族の御曹司) 凪七瑠海
ボビー(森番の息子)              珠城りょう
ヘレン(ハーミアのいとこ)           沙央くらま
サー・グレイヴィル(ハーミアとヘレンの祖父)  飛鳥裕
レイチェル(ヘレンの母、サー・グレイヴィルの娘)萌花ゆりあ
マシュー(レイチェルの夫)           光月るう
バリー(グレイヴィル家の執事)         綾月せり
マリー(グレイヴィル家の女中)         夏月都
トレイシー(マリーの娘)            早乙女わかば
ウッド(ボビーの父、森番)           有瀬そう
ケアード(音楽教師)              響れおな
オベロン(妖精の王)              星条海斗
タイテーニア(妖精の女王)           憧花ゆりの

 ざっと見ただけでも役が多いがこれでも全部ではない。上の配役表には名前を挙げていないが、ボビーのバンド仲間は宇月颯、紫門ゆりら中堅どころの男役が務めている。

 現在の月組は凪七瑠海と美弥るりかがダブル二番手という体制だが、初演当時二番手スターだった天海祐希の演じたボビーを若手スターの珠城りょうが演じる。当時三番手スターだった久世星佳が演じたダニーを美弥るりか、現在振り付け家となっている若央りさが演じたラリーを凪七瑠海、汐風幸(途中休演の代役は彩輝直)が演じたヘレンを沙央くらまが演じる。初演のスターの番手にはこだわらず、それぞれの役に適任者を割り当てる再演ならではの配役だ。

★大人のためのファンタジー

 歌の妖精パックは人間の娘に恋をしたために罰を受けて一年間人間界に落とされる。あと少しで妖精に戻れるというその時、娘のピンチを救うためにある行動に出る……というのが主人公PUCKをめぐる物語のあらすじである。

 妖精の出てくる物語だからか、劇場には子供連れ客の姿もちらほら見かけられた。だが、騙されてはいけない。妖精というのは一種のフィルターで、彼らの目を通して見えるのは「恋」と「欲」に悩む人間たち。そして、物語はヒロインのハーミアと幼馴染の少年少女たちの成長を描くという形式で進む。

 すでに成長し尽くした年齢である私には、夢を追って成長する彼らの姿がいとおしく感じられてならなかった。子供の頃の夢や希望は必ずしも叶うわけではない。でも人はそれぞれの選択を経て、大人になっていく。そんな彼らの姿に何度か涙腺が緩んでしまった。「PUCK」は子供向けのおとぎ話ではない。これは、かつて子供だった大人のためのファンタジーだ。

 以下は、私自身の備忘録を兼ねて、ストーリーを追いながらの感想を記したいと思う。

★貴族のお屋敷と、森と、60回目の音楽祭

 物語の舞台はイギリス。代々続く家柄の貴族であるグレイヴィル家の屋敷と、それを取り巻く森の中で繰り広げられる。屋敷では毎年夏至の前夜(ミッドサマーイブ)に音楽祭が開かれる。

 グレイヴィル家の面々は、当主のサー・グレイヴィル(飛鳥裕)と娘のレイチェル(萌花ゆりあ)、その夫マシュー(光月るう)、レイチェル夫婦の娘ヘレン(沙央くらま)、そしてレイチェルの亡き姉の娘(つまり、サー・グレイヴィルの孫)で今はこの屋敷にひきとられて暮らす少女ハーミア(愛希れいか)である。使用人として執事のバリー(綾月せり)と乳母のマリー(夏月都)。そして、グレイヴィル家の森を代々守り続ける森番ウッドの息子ボビー(珠城りょう)らがいる。

 60回目となる音楽祭の日、屋敷にはジャスパー卿夫妻と息子のラリー(凪七瑠海)が招きを受けてやってくる。グレイヴィル家の古い家屋敷を高値で売り払いたいと考えているレイチェル夫妻は、実業家のレノックスを連れてくる。レノックスは息子ダニー(美弥るりか)と愛人を伴っている。そして、音楽教師ケアード(響れおな)に率いられた私立学校の男子生徒たちが、物語の主題歌をアレンジした曲を美しい合唱曲として披露する。

 金持ちでかっこつけの少年ダニーとお坊ちゃん育ちのラリーは、愛らしい少女ハーミアの気を惹こうとする。可愛げのない少女ヘレンはダニーに夢中。そこへ森番の息子ボビー(珠城りょう)が仲間を引き連れて登場し、ガキ大将よろしく屋敷の広間を駆け回る。ハーミア、ダニー、ラリー、ヘレン、ボビーという5人の少年少女の関係は、後々まで続いていく。

 その頃、音楽祭の舞台となるストーン・ステージでは、一人の妖精が生まれようとしていた。人間には姿が見えないはずの妖精が見える特別な能力「セカンドサイト」の持ち主である少女ハーミアは、妖精パック(龍真咲)の誕生の瞬間を目撃するのだった。

 パックの誕生シーンの前に、物語の前提となる舞台と、一風変わった世界観を見せてくれるのがいい。しかも大勢の登場人物がところ狭しとばかりに舞台上に現れる。プログラム上で見ても、各場面ごとの登場人物の数が際立って多い。この頃から小池先生は多人数を使うのが上手かったことが分かる。

★妖精の目を通して見る人間たち

 妖精の王オベロン(星条海斗)は、生まれたばかりのパックに「この世には妖精と人間がいる。人間は金に縛られた生き物だ」と説明し、配下の妖精たちに「パックに愚かな人間たちの世界を見せてやれ」と命じる。妖精というとメルヘンチックなものを想像しがちだが、この物語に登場する妖精たちのセリフは皮肉が効いている。

 グレイヴィル家の音楽祭に紛れ込んだパックは、様々ないたずらをするが、その姿は人間からは見えない。だがそんなパックの存在に、ハーミアだけが気づく。孤独な少女と純粋な妖精は互いに心を許しあい、友達として認め合う。パックは「いつも君を見守っている。困ったときは必ず助けてあげる」とハーミアに約束する。

 だが、いつまでも姿の変わらない妖精と違って、グレイヴィル家の少年少女たちはぐんぐん成長していく。見守るパックと妖精たちの前で、最初は子供だったハーミア、ヘレン、ダニー、ラリー、ボビーが、歌いながら登場するたびに衣装やカツラを変えて、だんだんと大人びていく。この「グローイングアップ」という場面では同名のナンバーに乗せて、時間の経過を見せていくのがとても面白い。「人間なんて、あっという間に老けちゃう」という妖精のセリフは耳に痛い。

 ハーミア役の愛希は美少女、という風貌ではないが、両親のいないけなげな少女を好演している。清潔感があって凛とした雰囲気はいかにもヒロイン役者のもの。個人的には、再演の一番の功労者であると思う。パックの龍は、初演の涼風ほどではないにせよ、声も容姿もパックという役によく合っていて、いたずら好きでお茶目な妖精を楽しげに演じている。

 ラリー役の凪七は子供時代から大人になるまで「世間知らずの貴族のお坊っちゃま」がぴったり。以前星組に、金持ちでキザな男をやらせたら右に出る者なしの涼紫央という人がいたけれど、カチャ(凪七)にも坊っちゃま芸、金持ち芸を極めてもらいたいものだ。

 ロックスターを目指すボビー役の珠城は、森番の息子という田舎の肉体労働者の感じがよく出ていて、これまた見事にハマった。まだ新人公演にも出られる学年の筈だが、体格が良くて押し出しがある。声こそ整っていないが、すでに場面の芯に立てる貫禄があるのには驚かされた。

★69回目の音楽祭、事件は起こる

 瞬く間に9年の歳月が経ち、69回目の音楽祭の日。美しく成長したハーミアを見つけたパックは懸命に話しかけるが、彼女にはもうパックの姿は見えず、声も聞こえない。「人間が大人になるとセカンドサイトは消えて、子供の頃の記憶もなくす」と妖精たちに教えられ、パックは気を落とす。

 この日、人間界と妖精界でそれぞれ事件が起きる。人間界では父親の後を継いでホテル王となったダニー、領地をナショナルトラストに寄付して母校の音楽教師となり、生徒たちのコーラス隊の指揮者としてやってきたラリー。二人がそれぞれハーミアにプロポーズする。ハーミアは二人の申し出を断って屋敷を飛び出し、森へ駆けだしていく。

 他方、妖精界では妖精王オベロンが仲違いしていた女王タイテーニア(憧花ゆりの)と仲直りを望んでいた。が、タイテーニアは浮気なオベロンを許さない。そこで、オベロンはパックにヒマラヤの「恋の三色スミレ」を取りに行かせる。魔法の力でタイテーニアと森を騒がす人間たちをこらしめようというのだ。

 三色スミレを手にしたパックはバンドの練習のために森にやってきたボビーをロバの姿に変え、タイテーニアにも三色スミレの雫を使ってロバのボビーに恋をするよう仕向ける。この場面は恋するタイテーニア役の憧花ゆりのの見せ場。とにかく歌が素晴らしい。月組を代表する女役でどんな芝居でも役者魂のある人だが、彼女がこれほど歌えるとは知らなかった。

 パックはハーミアを追って森の中にやってきたダニーとラリーにも「きれいは汚い、汚いはきれい」と言いながら三色スミレの雫をふりかける。すると、それまでハーミアを追っていた二人が、突然ヘレンに夢中になる。ヘレンは満足げに二人と腕を組んで去っていく。

 ヘレン役の沙央くらまは、プログラムやポスター写真ではハーミア 役の愛希よりも可愛いくらいなのだが、舞台上では実に可愛げのない変な女の子を演じていて、ヘレンが「モテない」のは観客としても十分納得という出来栄え。(私の友人は、ヘレンを演じているのが男役のコマちゃん(沙央)とは全く気付かなかった、と言っていた。)

 残されたハーミアにも魔法をかけようとするパックだが、昔の思い出が邪魔をしてどうしても手が出せない。そんなパックの存在についにハーミアが気づき、二人は再び手を取り合う。パックは思わずハーミアを抱きしめてキスをする。だが、人間に恋をすること、それは妖精の掟に背く行為だった。歌の妖精であるパックは、オベロンからその一番大切な能力、「声を使う」ことを禁じられ、罰として一年間人間界に落とされることになる。

 この「69回目の音楽祭の夜」の展開はお見事というしかない。「真夏の夜の夢」に出てくるパックのいたずらを織り込んで、人間と妖精の「恋」のドタバタをコメディタッチで描きながら、その一方で真実の恋を知ってしまったパックが妖精としての力を失う、という大イベントが起きるまでを一気に見せる。若い頃の小池さんって、本当に才能に溢れていたのだと感服してしまった。もちろん、演出家としての力量は現在の方が上なのだが、脚本の中に登場人物への愛と、みずみずしい若さの滴がきらめている感じだ。

★パックを待ち受ける試練

 ボロボロの姿になったパックは森番の息子ボビーに拾われる。声の出せないパックは名前を聞かれて「P、U、C、K」と綴ってみせるが、ボビーは彼を「プック」と呼び、グレイヴィル家に連れてくる。その頃のグレイヴィル家の経済状況は以前にもまして悪化。屋敷はカントリーハウスとして客を泊めるようになり、ハーミアも働いている。お屋敷のボーイとして働くようになったパックは、愛するハーミアの側にいつも一緒に居られるが、話はできない。アンデルセンの「人魚姫」の男女逆バージョンのような状況の下、彼は身を粉にして働く。

 そして明日は70回目の音楽祭という日、グレイヴィル家に債権者が現れて、サー・グレイヴィルに500万ポンドの返済を迫る。困り切ったサー・グレイヴィルにダニーが返済の肩代わりを申し出る。条件はハーミアとの結婚。ダニーはかねてからグレイヴィル家の屋敷と森を塩水プール付きの豪華なリゾートホテルに建て替える計画を持っていた。「ストーンステージにプールを作るのをやめてくれるのならダニーと結婚する」と答えるハーミア。だが、実はサー・グレイヴィルが投資に失敗して作った借金そのものが、ハーミアとグレイヴィル家の土地を手にいれるためにダニーが仕組んだ罠だった。

 ダニーは根っからのワルというよりは、お金の力の信奉者であり、お金さえあればハーミアの愛すらも買えると心から信じている。まさにオベロンの語る「愚かな人間」の典型だ。ダニー役の美弥るりかが、憎まれ役を演じたのを私は初めて見たが、なかなか魅力的だ。彼女の低い声は男役としての大きな武器だが、欲をいえば見た目がいい男過ぎるのが問題か。もっと嫌味で強引でも良かったと思う。

★クライマックスは70回目の音楽祭

(ここから先はストーリーのネタバレが含まれます。未見の方はご注意ください)

 結婚式は、急遽音楽祭当日に行われると決まった。70回を記念して全国にテレビ中継される音楽祭を利用して、二人の結婚を大々的に発表するというのがダニーの目論見。そして、この日はパックが人間界に落とされてからちょうど1年目、つまりあと1日無事に過ごせば妖精に戻れるという日でもあった。

 実は、ダニーはハーミアとの約束を破ってプールを作る計画を進めていた。偶然ダニー一味の企みを知ったパックは手に入れたDVDの映像をラリーやボビーに見せる。ハーミアに恋するラリー、ダニーを愛するヘレンは、この結婚を邪魔するため意気投合し、ダニーに眠り薬を盛ろうとする。ロックスターとして成功をおさめたボビーたちもまた、愛する森を救うために全国から募金を募ることを計画していた。

 だが、音楽祭が始まると、眠り薬の入ったグラスは、なぜかボビーの手に渡り、彼が飲み干してしまう。全英チャートナンバー1のロックスター、ボビーが倒れてテレビ中継が中止されようとしたその時、「止めないでください」と声を上げたのはプックだった。彼はダニーの企みを暴き、劇中歌「LOVER'S GREEN」を歌いあげる。ハーミアはプックの正体が妖精パックであり、かつての約束通り自分を守るために現れたことを知るのだった。

★それぞれの旅立ち、それぞれの愛

 翌朝、皆が屋敷を去っていく。ボビーの呼びかけのおかげでイギリス中から募金が集まり、屋敷は人手に渡さずに済むことになった。ヘレンはダニーの企みに両親が加担していたことを恥じて屋敷を出て行こうとする。ヘレンを待つのはラリー、二人の間に愛が芽生えていたのだ。ボーイのプックはハーミアの前から姿を消す。

 ハーミアは森で一人の青年に会う。声を使ってしまったパックは、すべての記憶を失い、人間に生まれ替わるという罰を受けた。「何も思い出せない」と言う男に、ハーミアは「私はあながたが生まれた日を知っている」と告げる。ストーンステージの上で、二人がやさしく微笑みあって幕となる。

 初演でパックを演じた涼風真世は、「妖精パック」とラストの「人間になったパック」との違いが明確で、声のトーンも大きく変えていた印象があるのだが、龍パックはそこまで大きな違いがなかった。昨日まで家のボーイだったプックと、姿のよく似た男の人という程度。でも、その彼を見つめるハーミアの眼差しの優しさには降参である。私は今まで愛希れいかは役者としてはあまり評価してなかったのだが、これは間違いなく彼女の代表作だと思う。

★VIVA月組、VIVA宝塚

 ハーミアは望まぬ結婚を逃れることができたが、私はパックとハーミア、二人の将来を思うと切なく苦しい気持ちになる。大人ってヤツは二人に待ち受ける困難を安々と想像できてしまうのだ。過去を持たない人間パックの苦しみ。そして、お金の苦労。そこから生まれる刺々しい言葉、思いのすれ違い。愛だけでそれらを乗り越えるのがとても難しいことも。それが人間というものだ。だが、この結末のほろ苦い余韻すらも「PUCK」という作品の魅力になっている。

 それにしても、もともとは初演当時のスターへのあて書きだった作品を、よくぞここまで仕上げられた。今となっては、沙央、凪七、美弥の三人がそれぞれ雪組、宙組、星組から組み替えでやってきたのは、この作品を上演するためだったかとまで思えてくるほど。

 主演スターありき、の芝居もいいけれど、大勢の役者に見せ場のある「PUCK」のような作品は見ていて楽しい。おそらく出演者にとってもやり甲斐のある舞台になっているはずだ。こうしたオリジナル作品が新たに生まれることを心から期待したい。

 そして、2014年の年の瀬も迫るこの時期に、私は月組というカンパニーが、端役まで一人一人精一杯演じていて、とても質の高い舞台を見せてくれるという嬉しい驚きを感じた。私にとっても素晴らしい観劇体験で宝塚百周年を締めくくることができた、そのことを月組のみなさんに心から感謝したいと思う。

【作品DATA】「ミュージカル PUCK(パック)」作・演出 小池修一郎。1992年、涼風真世を中心とした月組で上演され、2014年月組で初の再演。併演は「ショー・ファンタジー CRYSTAL TAKARAZUKA−イメージの結晶−」。宝塚大劇場で9月26日〜11月3日、東京宝塚劇場では11月21日〜12月27日に上演された。

#takarazuka #宝塚 #月組


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