小さくても「実感する」経験が原動力になる

こんにちは。

今日は、「実感する」ということについて書いてみたいと思います。

自分の今までの経験を振り返ってみると、小さくても自分自身で「実感した」ことが、後々の活動の原動力になっているなあと思う事があるのです。

ここで書きたい「実感」というのは、理論立っていて、頭で理解したというものではなく、もっと直感的な・肌感覚で理解したというようなものことです。(あまりに抽象的だと怪しい感じになりますが。。)

皆さんも、何処かの場面で、一度は、でそのような実感をしたことが、あるのではないでしょうか?

私が、読んで記憶に残っている、ゲーム攻略サイトをビジネスとして立ち上げた方のインタビューがあります。そのなかで、彼は、自分が趣味でゲームのサイトを開設して、amazonやgoogleのアフィリエイト(※ウェブサイトに広告を載せてクリック当たりの収益を得ることができるシステム)で、(ほんのわずかな金額ですが)お金を稼いだ経験が、その後の、ゲーム攻略サイトビジネスを立ち上げるキッカケになったと語っていました。
つまり、この方は、趣味のサイトを運営していた時に、ゲームの情報を提供する事が、お金になることを「実感した」のだと思います。それがサイト立ち上げの原動力になった。

そして、私自身を思い返してみても、趣味でアート系の情報サイトを作っていた時代があったのですが、そこで、amazonやgoogleなどのアフィリエイトで収益を得るという経験をしたことがありました。
現在のアーキテクチャーフォトのビジネスモデルはアフィリエイトを主幹としてはいませんが、その時に、自身が見つけ出して、紹介した情報が、お金に変わったという「実感」をしたことが、サイトを立ち上げる際の、「いけるのでは!」という、ある種根拠のない原動力になったのは間違いないと思います。

このように「実感する」ということは、掛け替えのない経験だなあと思うのです。

また、この「実感する」という事は、受動的なものというイメージがあるかもしれませんが、自ら積極的に、行動して、自身を「実感できる」環境に置くという風に考え方を変えても面白いと最近思っています。

例えば、将来、建築家になりたいと思っている学生さんがいたとします。私は、その方には、「建築設計に価値を感じてくれる」という「実感ができる」場に身を置くことをお勧めしたいなあと思ったりします。

設計といっても、世の中には、様々な種類の設計の仕事があります。(私が説明するまでもありませんが)工務店の下に入り図面を書く仕事も設計ですし、商品化住宅の図面を書くことも設計です。(もちろんですが、これらの設計が良くないとか、そう言う話をしたいのではありません。)

様々な種類の設計ができる場がある中で、「建築設計に価値を感じてくれる」という「実感ができる」場に、身を置くことで、将来自身が設計をしていく際に、そこでの「実感」が原動力になってくれると思うのです。

これは、ある種の「成功体験」の話と似ているかもと、ここまで書いていて思いました。ある分野で成功した人は、どれくらいやれば成功するだろうというのがカンでわかるようになる。みたいな話ですね。

大学院時代に、コンペ入賞を多数重ねている先輩がいたのですが、その方も「これくらいやれば、入賞できる」と語った作業中語っていたコンペで、実際に入賞していたりしました。(凄い!)

これらの成功体験の話も、要素に分解してみると、「成功すること」を「実感する」話と言い変えられるかなと思います。

日常生活の中で「実感する」という視点を持ってみると、将来の色々な選択肢に対して、また違った判断が下せるようになるかもしれません。
そして、自身の未来に対して、必要な「実感」を得るには、どうすればよいかという視点も生まれてくるかと思います。

皆さん、是非「実感する」ということを意識してみては如何でしょうか?

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