後ろ姿20120920185305

【いつか来る春のために】⓱ 三人の家族編 ⑯ 黒田 勇吾

「鈴ちゃん、集会所のポスターよく見てませんでした。午前中の法要で頭がいっぱいで気が付かなかったぁ。ごめんね」美知恵が謝った。そうだったのか、といった顔をして鈴ちゃんは笑った。
「ごめん、もっと宣伝してればよかったなぁ。僕、歌で復興支援の活動してるんです。ここの集会所で歌うのは初めてだけど、牧野石でもう三か所でやってました。僕の創った歌を歌うから、時間大丈夫だったらぜひ来てくださいね。皆で二時四十六分に黙とうした後に僕が出演する予定です」美知恵も加奈子もしばし驚きの表情だった。そんなサプライズなイベントの話をした後、鈴ちゃんは帰っていった。夜の十一時に近かった。美知恵と加奈子はそのあとお茶を一杯飲みながら康夫おじさんや鈴ちゃんのことを少し話しあった。しばらく話した後、話が尽きないからそろそろ寝ようか、と美知恵が言って後片付けを始めた。結局二人が床に入ったのは十二時を回っていた。寝しなに加奈子が美知恵の部屋に来て言った。
「お母さん、それじゃ明日はお留守番宜しくお願いします。九時ごろには出てお昼過ぎには帰ってきますから」
「加奈子さん、ゆっくりいってらっしゃい。街中は風も穏やかだろうし明日も晴れるようだからのんびり光太郎と買い物でもしてきたら。それじゃあおやすみなさい」美知恵は布団に入りながらそう言った。加奈子もおやすみなさい、と言って自分の部屋に入った。

 美知恵は布団に入って天井を見ながら鈴ちゃんのことを思った。愛する家族を失うということは、生きる希望を失うことだ。悲しみを通り越してそれは絶望へと人を追いやる。そこから立ち直るということは容易なことではない。美知恵は自分も経験しているからそれは痛いほどよくわかった。私も半年ほどは絶望の淵をうろうろしていた。でも私には嫁の加奈子さんと半年後に生まれた光太郎がいた。だから何とか悲しみを押しやって希望の道を進み始めることができた。それが無かったらどうなっていただろう。鈴ちゃんが可哀そうだな。独りぼっちになったんだからどんなにか苦しいことだろう。

 美知恵は鈴ちゃんの帰りしなの笑顔が眩しく見えたことを思った。どれほどの激烈な悲しみがその裏にあるのだろうか。そう思うとまた涙が出てくる。本当に私は涙もろくなったなあ。そうして泣いているうちにやがて自分の息子の思い出が心に浮かんできた。鈴ちゃんの笑顔と、隆行の笑顔がぼんやりと心のなかで重なった。

             ~~⓲へつづく~~

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