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【いつか来る春のために】❷第一章三人の家族編① 黒田 勇吾

・・・・隆行,あなたは私に大切な思い出を三つ残していってくれたね


こうして仮設住宅に嫁の加奈子さんと孫の幸太郎と一緒にいると、しんどいくらいにあなたの想い出がじわじわと滲んでくるんだよ。隣の四畳半の部屋の仏壇には、お父さんとおかあさんとあなたの三人の写真が飾ってある。毎日花に水をやってひっそりとお祈りをしてる時も、なぜかあなただけの想い出が鮮明に溢れ出てきて、お父さんとお母さんのことは、不思議なくらいぼんやりとしか思い出されないんだよ。


そうだねぇ、隆行が小学校一年の時だった。漁に出た夫の船が遭難してしまった時もあなたは涙ひとつながさないで、じっと耐えていた。耐えているのか、遭難の意味が解らなかったのか、今となってはどちらだったか確かめようがないんだけどねぇ。お父さんの遺体が上がらず、やがて捜索が打ち切られたときも、お母さんがいれば大丈夫だよ、と笑っていたあなたを見て、私も悲しむのをやめにして、夫の遭難を忘れようと踏ん張ったもんだったねぇ。あなたが残していってくれた想い出のひとつは、そう、あなたの笑顔だよ、隆行。

あなたは小さいころから、笑ってばかりだった。私のどんなしぐさにも、
直ぐに笑う不思議な子だった。赤ちゃんの頃は、泣くよりも笑うことの方が多かったね。

近所の公園に遊びに行けるようになった2歳の頃は、走り回って、そして笑い転げてばかり。砂場で躓いて転んでも、泣かずに笑ってた不思議な子だった。

小学生になって、学校に行くようになり、宿題が分からないと言っては笑い、わかったと言っては笑う。悲しむとか、悔しがるとかの感情があまりなかった。でもそれはそれであなたの個性だったのかもしれないねぇ。

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「お母さん、今光太郎におっぱいあげてますから、洗濯物取り込んでくれますか」東隣りの部屋から聞こえた加奈子の大きな声に、やっともの想いから我に戻った美知恵は、加奈子に聴こえるように。はいよ!と声をかけて玄関を出た。三月の初めの牧野石市の街は、この季節になると、日差しが強くなり始める。もんやりと温かい。美知恵は洗濯物を取り込みながら、立ち並ぶ仮設の屋根の向こうの太陽を見ながら、眩しさに目を細めた。

            ~~へつづく~~

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