牡蠣だな

【いつか来る春のために】❼ 三人の家族編 ⑥ 黒田 勇吾

 康夫おじさんは夕方6時過ぎにやってきた。美知恵は出来上がった牡蠣鍋を炬燵のテーブルに置いておじさんと酒を飲み始めた。おつまみもいくつか用意してゆったりとした気分で久しぶりにお客さんを迎えての楽しい夕餉になった。加奈子も座って光太郎を抱っこしながら食事に加わった。
 牡蠣鍋を愉しみながらいろいろな話をした。それは他愛ない話であったり少し深刻な話であったりした。康夫おじさんは、楽しそうに笑ったり、時には考え込んだりした。でも話をすることによって癒される心もあると美知恵はその様子を見ながら思った。美知恵はおじさんの話をできるだけ相槌を打って聞くように心掛けながら、自分もお酒をおちょこで少しずつ飲んだ。おじさんは酒が強い。コップで飲んでいたが、最近はあまり飲めなくなったなぁと言って赤い顔で笑っている。
「おじさん、適量の酒は体にいいからねぇ。酒にのまれなくなったというのはいいことだっちゃ」と美知恵はおじさんを持ち上げた。
うん、とおじさんは頷きながら、
「でもなぁ、酒を飲んでも忘れられることと、忘れられないことがあるっさ。それは仕方ないべさ。忘れられないことは心にぎっしりと刺さった傷だからなぁ」と言って黙った。加奈子はそんなおじさんの言葉に何も言えず、
「おんちゃん、光太郎眠くなったみたいだからちょっと寝かせてくるね」と断って隣の部屋に行った。美知恵はおじさんの様子を見ながら静かに言った。
「おんちゃん、笑いだい時はとことん笑って、そして泣きたいときは思いっきり泣いだほうがいいんだよ。我慢することないがら。おんちゃんは山のような悲しみを背負ってしまったんだもの、仕方ないべさ」
 美知恵の言葉に深く頷きながら康夫おじさんは感慨深そうにつぶやいた。
「みっちゃん、確かにそうだ。俺ぁ、まだまだ泣き足りないんだべなぁ。時々日和ヶ山にのぼって海を眺めているときに、いつも思うんだ。この太平洋の水と同じだけの涙を流したらこの悲しみも癒えんでねえがなって。そんくらい思いっきり泣いてみたいなぁって思う。二人の弟たちの分も代わりに泣いであげて弟たちの悔しさが晴れだら、まだ俺ぁも前に進むことができるんでねぇがなぁって。そしたらあとは残り少ない人生だども、夢川の浜の若い衆が牡蠣やホタテの養殖、そして漁がちゃんとできるようになって、また元の暮らしが軌道に乗るのを見届けたいと思う。そしたらそれが俺ぁの所願満足になんだべなぁ」静かな口調で話すおじさんの顔は酒で赤ら顔だったが、平穏なほほえみを見せて幸せそうだった。
 美知恵は何度も頷きながらおじさんをじっと見つめた。そうしておじさんが所願満足になる将来の夢川の浜の姿を思い浮かべてみた。しかしそれはまだ儚い未来の幻のようにしか思えなくてやがてやりきれない悔し涙が不意に頬を伝って流れたが、おじさんにはその顔を見せないように台所に立った。

           ~~❽へつづく~~

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